そこで働く炭鉱労働者たちの口は固く閉じられていた。
経営者による手段を選ばぬ報復を恐れていたからだった。
株式会社という帽子をかぶった暴力団であり、事業所という壁をめぐらした監獄であり、従業員として登録された囚人であり奴隷であるという点で、なんといっさいの中小炭鉱は似ていることか。(4頁)
経営者にとって労働者の命などどうでもよいものだった。
……坑内の保安検査にやってくる鉱山保安監督官の眼をごまかすために、保安状態のわるい現場や鉱区外の盗掘箇所に通じる坑道を崩壊させて密閉し、たびたび作業中の坑夫たちを生き埋めにしてきた……。後でふたたび掘りあけて救出しているのだから文句はあるまいと会社側は主張するだろうが、もし密閉されているあいだに事故が起ったとすれば一体どうなるのか。(4頁)
閉じ込められた労働者には何も知らされていなかった。
「いつまで待っておっても炭車が入ってきません。そのうちにどんどん熱くなり、息が苦しくなってくるので、とうとうたまらなくなって坑道をあがっていってみると、坑道がつぶれて閉じこめられていました」(5頁)
彼らは極度の貧困に苦しんでいた。
自殺を試みたひともいた。
自分の血液を売ったひともいた。
ともあれ、人々は飢餓から逃れようとして必死にもだえた。女たちはあちこちのボタ山に石炭をひろい歩き、あるいは町に出て家々の便所の汲みとりをさせてもらったりなどして、いくばくかの金をえた。子供たちは山にいって雑草の若芽をつんだり、陥落池でザリガニをとったりして、少しでも食糧のたしにしようと努めた。そして夜おそく、閉店まぎわのパチンコ屋にもぐりこんで煙草の吸殻をひろい集め、もって帰って父親に吸わせた。中・小学校に通っている約80名の児童のおよそ40%が長欠児童であった。(20頁)
昭和30年代の、ある炭鉱町の暮らしである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
炭鉱事故では、これまでに多くの命が失われた。
日本の地底は今もなお抛棄されたままの幾百の屍をだきかかえている。石炭を掘りだすことにはどんな犠牲をも惜しまない暴君たちは、その犠牲者を掘りだすことにはなんらの熱意ももちあわせない。(140頁)
真っ黒になった坑夫の遺体写真が、本書に掲載されている。
労働者たちは言った。
炭鉱はいやだ。炭鉱で死にたくない。(152頁)
企業だけが暴利をむさぼり、
労働者は毟られるだけ毟られた。
水を汲みにいった少女が坑口で足を滑らせて溺死した。焼酎を飲んでいるところを発見されて生活保護を打切られた家の幼児が栄養失調で死んだ。(189頁)
たとえば、麻生太郎には、
このようなひとびとが同じ人間である、
といった感覚はまったくないのではないか?
北海道の炭鉱から九州の炭鉱へ渡り歩く労働者。
……浮草のように漂いつづけたひとりの坑夫が、売れるかぎりの血を売りつくした体をひきずりながら……。(192頁)
労働の地獄と飢餓の地獄をさまよう。
酷使された挙句に捨てられたある労働者は、こう言う。
「炭鉱で働くようになったおかげで、ほんとうにええ勉強になりました。それまで私にはなにひとつ見えませんでした。資本家は敵だ、警察は資本家の番犬だ、というような言葉を耳にするたびに、そんなバカなことがあるもんか、彼らだって同じ人間じゃないかと思っていました。しかしほんとうに彼らは人間ではないということが、つくづくと分かりました。人の顔や自然の景色はよく見えなくても、世の中の仕組みだけははっきりと見えるようになりました。これもみんなM社長のおかげです。M社長がめくらの私に眼をさずけてくださいました」(227-228頁)
高度経済成長期の日本を支えた炭鉱労働者。
しかし、各地の炭鉱閉鎖によって、彼らは仕事も失った。
追われゆく坑夫たち。もはや彼らのまえに明日がないことを彼らは知っている。誰がなんといおうと、明日が今日にもまして虚妄にすぎないことを、彼らは知っている。そのゆえに彼らは絶望も持たなければ希望も持たない。絶望を持たない――そこに絶望があり、希望をもたない――そこに希望がある、といえばいえるかもしれない。しかし、そんないいかたも所詮は虚妄であろう。
はっきりしていることは、ただ、夜がますます深まっているということだけだ。この真っ黒な夜の底で、われわれは彼らの屍をたべなければならぬ。明後日の朝をきりひらきたいと欲している汚辱にまみれた飢餓を、より一層たえがたいものとするために。(229-230頁)
本書が書かれたのは、1960年である。
必読である。
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