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zoom RSS ジョージ・M・フレドリクソン『人種主義の歴史』(みすず書房)・続

<<   作成日時 : 2014/06/13 09:35  

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世の中には変わった本がある。

著者によって書かれた本文より、
訳者が書いた解説のほうを高く評価したくなる、 という本がある。

本書がそれである。

というわけで、李孝徳による訳者解説を今回は取り上げたい。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


訳者によれば、フレドリクソンの人種主義の定義は、次のとおりだ。

……「支配的権力を持つエスニック集団や歴史的な集団が、別な集団に対して、否定的に認知される身体的・文化的な集団的差異を共約不可能で、遺伝的に不変であると規定して本質化(=人種化)し、優等/劣等で階層化された人種秩序を作り上げたうえで下位へと位置づけ、その劣位性を社会悪と見なして差別、周縁化、支配、排除、殲滅といった暴力を合理化しつつ、社会的に行使すること」(179頁)


ここにはどのような特徴があるのだろうか?

……「他者」に対する偏見やステレオタイプ化といったレベルで一般化せず、「他者」に一方的に付与した否定的な属性としての差異をその「他者」の本性として遺伝的に本質化する点と、そうした本質化が「他者」に対する社会的な暴力(差別、支配、排除、殲滅)の合理化と実行に結びつくという点で限定している……。(180頁)


これにはメリットがあると訳者は言う。

不毛なイデオロギー論争・抽象論争に走ることなく、
差別、支配、排除、虐殺などの「他者」を否定する
政治実践に関わって機能するものに限定しているからである。

またフレドリクソンによれば、
レイシズムはナショナリズムとも深いつながりを有している。

そこには3つの体制の共通点があるという。

対外戦争の敗北から生じたナショナル・アイデンティティに関わるルサンチマンが人種化されたマイノリティに転嫁されたものだというのである。
 ジム・クロウ法(連邦法federal lawではなかったが、州法=国法state lawではあった)は、独立を試みて北部に鎮圧された南部の残恨が南北戦争によって解放された黒人に向けられたものだった。ナチス・ドイツのニュルンベルク法はユダヤ人から市民権を剥奪したが、それはドイツ国民が第一次世界大戦の敗北と戦後賠償によって味わった屈辱と窮境の原因をユダヤ人に着せていたからであった。1908年のボーア戦争で英国に破れたボーア人(トランスバール共和国とオレンジ自由国)は、英国側についたアフリカ人に敗北のルサンチマンを向け、人種隔離政策を実行し、この政策がのちの南アフリカ政権のアパルトヘイト体制を準備することになった。(189頁)


このように訳者はフレドリクソンの特徴がどこにあるのかを、
分かりやすくまとめてくれている。

これは読者にとってはとても助かる。

何冊もの翻訳本を読んでいると分かることがある。

訳本のなかには、訳者による簡単な挨拶しか書かれていないものも多い。

ひどいものになると、挨拶すら書かれていないものまである。

これは訳者の怠慢にほかならない。

翻訳をしたらあとはすべて読者任せでは、やっつけ仕事と同じである。

いや、訳者がじつは本文を理解していないのではないか、
だから解説文を書く自信がないのではないか、
と思われる本もたくさん存在する。

だが本書はちがう。

訳者が本書の特徴を要約してくれている。

それだけではない。

フレドリクソンの問題点も指摘してくれているのである。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


フレドリクソンは、日本における在日朝鮮人差別を、
欧米のレイシズムとは別種のものと捉えている。

欧米から見れば日本人も朝鮮人も同じ人種に見えるからなのか。

だがそれは誤解である、と訳者は指摘する。

まず、日本は「不可触民として人種化された集団」を持ってきたことがある。

すなわち被差別部落の問題である。

被差別部落は人種問題ではない、と日本人は言うかもしれないが、
じつは日本人自身がこれを人種問題にしてきた歴史があるのである。

実際、往時には被差別部落の人々を異民族だと見なして「他者化」する説が存在したし、日本国内ではあまり認知されていないが、いわゆる同和問題は、国連では人種主義(レイシズム)に範疇化される人権侵害と見なされ、人種差別撤廃条約や国際人権規約を批准している日本に対し、改善や解決の勧告が出されている事実がある(このほかにも、在日朝鮮人、アイヌなどのエスニック・マイノリティ、在日外国人に対する人種差別への勧告が出されている)。(195頁)


被差別部落というカースト制は、日本にもあった。

つぎに、先住民への差別の問題がある。

 また、近代国家「日本」の国境画定は、先住民を従属化し、海外の民族国家を併呑しつつ人種秩序を構築するとともに行われた。(195頁)


いわば「非日系臣民」の取り込みである。

これらはすべて欧米をマネして行なわれた。

 実際、日本人の人類学者・歴史学者は、欧米の民族学の顰みに倣って、日本民族を文明人、すなわちアジアの白人として自己同定するために、アイヌを今なお先史を生きる先住民に、琉球人を大和民族の古来性を残す民族文化の周縁者に同定し、両者への暴力的な同化を合理化・補完する人種観をつくり上げたのである。「人類館事件」として知られている出来事(1903年(明治36)の大阪勧業博覧会で「学術人類館」と称する見世物小屋が設置され、学術研究資料の名目でアイヌ、台湾生蕃〔漢民族に同化していない台湾山岳民族〕、朝鮮人、ジャワ人、トルコ人、アフリカ人とともに琉球人の遊女2人が「琉球の貴婦人」と銘打って展示されたため、「琉球新報」に批判記事が掲載されて沖縄の輿論が沸騰した)などは、「西洋」を典範としつつ、日本の帝国的国民主義イデオロギーに沿って抑圧移譲的に組み替えられた社会進化論的な人種秩序が、この時点ですでに社会化されていたことの証左だろう。
 ……1889年制定の「旧土人保護法」が廃絶され、アイヌ文化振興法が制定されたのは1997年のことで、「旧土人」(日本の臣民になる以前は野蛮人であった)というこの名称は百年にわたって公式に使われ続けたのである……。(195−196頁)


このアイヌ政策も、アメリカの先住民政策をマネたものだった。

さらに台湾・朝鮮半島・中国大陸へと日本の侵略は拡大していく。

その過程に尖閣諸島や竹島の領有があったのである。

本書は領土問題を扱うものではないため、
尖閣や竹島への言及は見られない。

しかしこれを読む私たちは、
当然領土問題も視野に入れて読まなければならない。

さて、以上見てきたように、日本の支配はつねに欧米のパクリだった。

ただここで注意しなければいけない点がある、と訳者は言う。

 大日本帝国のこうした人種主義体制を考える際に重要なのは、その体制が臣民の平等(一君万民)という明治国家の国家イデオロギーの延長において構築された点である。つまりこの国家イデオロギーは、フレドリクソンのいう普遍主義の面を持っていたわけだが、同時に、欧米列強に対抗するための近代化への強い志向、非ヨーロッパの二等国としての屈辱感、アジアにおける近代国家の先駆けとしての優越心などがないまぜになった文字どおりのコンプレックスも含んでいた。(197頁)


まさにそうだ。

日本人による欧米のパクリには、
みじめなコンプレックスが存在していたのである。

このコンプレックスは欧米人にはないだろう。

アジアの暴君だからこそ抱えた心情だったのだ。

 大日本帝国は、欧米列強とは異なり、統治する「外地」の民族的多元性に意識的であったから、統治イデオロギーはその多元性を前提にした平等という形で構想された。軍部の傀儡であった満州国の国家イデオロギーは五族協和であり(もともとは清朝末期から中国で唱えられていた漢・満州・蒙古・回・蔵の五族からなる民族共和論を、満州・漢・蒙古・日本・朝鮮の五族に横領したものである)、37年に勃発した日中戦争の目的は「日満支三国」の提携による東亜新秩序の建設にあると宣言された。40年にはその「東亜」に東南アジア、インド、オセアニアの一部が加えられて大東亜共栄圏が構想され、アジア太平洋戦争を合理化するイデオロギーとなった。ここで留意すべきは、こうした「秩序」が「一君万民」と「一視同仁」、すなわち「天皇の赤子」であれば無差別に仁愛が施されるという平等主義において構想されたことである。だからこそ大日本帝国は欧米列強の人種主義や植民地支配を告発し、アジアの解放を僭称することができたのである……。(197−198頁)


もちろん「アジアの解放」はウソだった。

「諸民族の平等」も真っ赤なウソだった。

 しかし日本が欧米列強に求めた平等は、国際秩序における列強との対等性であって、差別的な国際秩序を解体したうえでの諸人民の普遍的な均等性ではなかった。つまり大日本帝国が主張した平等は列強に対しては普遍主義的な面を持ってはいても、決して普遍的なものではなかったのである。
 実際、「一視同仁」としての平等という普遍主義は、「天皇の赤子」でなければならないという大日本帝国固有の特殊主義を生み出した。国家神道の宣教のために植民地・占領地にことごとく神社を建立し……、神社参拝、宮城遥拝、各戸ごとの神棚の設置、「皇国臣民ノ誓詞」の斉唱といった儀式的な慣行を非日経住民に対して強迫的に強制し続けなければならなかったのは、この特殊主義のゆえだろう。……支配地における国家神道の宣教目的は、その住民を「洗礼」といった参加儀式を通じて信仰共同体のメンバーにすることではなく、文化的に日本人化することであったから(同化政策の支柱は日本語・日本文化の「薫育」であった)、非日系住民が皇民であろうとしていることを確認するためには、日々の儀式的実践においてしかなかったのである。
 この特殊主義が人種主義的なのは、日本人は本来的に皇民であるものの、非日本人は本来的に皇民ではないからである(いわば未皇民である)。だから非日本人が平等を獲得するには努力して皇民にならなければならない。しかし与えられた自由のなかで皇民になるために努力しても、日本人=皇民と非日本人=未皇民は本質的に切り分けられているから、未皇民は決してまったき皇民になることはできず、そうである以上完全な平等を獲得することは原理的にできない。つまり未皇民にとってその努力は、現状の不平等を乗り越えるために支配者から差し出された可能性ではあるものの、決して成就されることのない「夢」に向けた徒労であるほかはないのである。そして本来的に皇民である日本人は、未皇民の無限の努力によっても獲得されない地位にいるがゆえに、本質的な人種的優越性を無前提に生きることが可能になるわけである。(199頁)


これが普遍主義と特殊主義の虚偽関係だ。

日本の「お家芸」と言ってもよい。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


最後に、現代の新人種主義について再確認しておこう。

……新人種主義と呼ばれる、遺伝的な差異よりもエスニック集団の文化的差異を本質化して社会的排除の理由にする古くて新しい人種主義……。(201頁)


ヨーロッパでも極右勢力が抬頭している。

フランスでもイタリアでもドイツでも、イギリスでも。

 戦後の経済成長を旧植民地からの移民労働者に依存したヨーロッパ諸国では……、産業構造の変化に伴って失業者の増加や経済不安が生じると、もともと「国民」にそぐわない資質を持つという文化本質主義的な理由で移民およびその子孫に対する差別や排外主義が起きた。合州国では都市化の進展とともに大都市中心部がインナーシティ化して黒人のゲットーやヒスパニック系のバリオとなり、中産階級以上の白人層が住環境や治安の悪化からその居住地域を郊外に移したことで、都市のスラム化による諸問題が社会構造の問題であるよりは幸甚やヒスパニック系住民のエスニック的な問題、すなわち文化本質主義的な問題として論じられるようになった。日本でも日系中南米人やアジア・中東からの外国人労働者を含む在日外国人に対する差別が、生活習慣や言語といった文化の違いを理由に無自覚のままに行われているが、多くは人種差別撤廃条約や国際人権規約に違反する立派な人種差別であり(日本の裁判でもそうした判決が出されている)、これなどは新人種主義の範疇に入るものだろう。(201頁)


日本も忘れてはいけない。

……このグローバリゼーションという普遍化=世界の一元化はかつてない規模と速度を持つものであるだけに、エスノ−宗教的なものであれ、エスノ−人種的なものであれ、人種主義は従来の形態を変えつつも、苛烈な形で展開していく可能性を秘めていると言えるだろう(実際、西欧諸国では排外主義をあからさまに標榜する極右政党が国民の一定の支持を獲得し、勢力を持ってきている現実がある)。
 ……
 こうした状況を考えるとき、現代社会に生きるわれわれは、決して人種主義に対して部外者であることはできない。部外者でありえない以上、人種主義に意識的であることでしか、人種主義に対抗するすべはない。(203頁)


ヨーロッパの極右勢力の抬頭は脅威である。

ただそのことはまだヨーロッパで認識されている。

より深刻なのは日本である。

というより、驚くべきことには、欧米におけるユダヤ人や黒人に対する差別だけを人種主義と考えていて、日本には人種主義がないと多くの学生が思っているのである(国際社会では日本の諸人種差別が取り上げられ、問題視されてきたにもかかわらずである)。(204−205頁)


日本に人種主義がないと思っているひとは意外に多い。

というか、大半のひとがそう思っている。

これは何をあらわしているのだろうか?

答えはひとつしかない。

大半の日本人が人種主義者であるということである。









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