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zoom RSS C・ダグラス・ラミス『要石:沖縄と憲法9条』(晶文社)A

<<   作成日時 : 2014/06/09 09:16   >>

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前回のつづきである。

著者のダグラス・ラミスは、次のような手紙を配布したことがあるらしい。

アメリカの国防省から給料をもらっているみなさんに聞きたいことがある。アメリカが沖縄に軍基地を置くことをどうやって正当化できると思うか。一体その権利がどこからくるのか。この問題について不安になることがあるのか。あるなら、あなた方は自分にどうやって説明するのか。本当に知りたいから。


すると、以下のような反応が返ってきたという。

いろいろな答えが来た。基地がないと北朝鮮か中国か台湾(ママ)が侵略するだろう。基地がないと沖縄の基地労働者、特に芝生を刈ってくれる庭師、は職を失って、沖縄の経済は破産するだろう。基地反対デモに参加している人は沖縄人ではなく、本土日本の左翼団体が沖縄へ送る人だけだ。「僕の妻の叔父さんが、基地に反対していないのに、村の圧力で反対デモに参加させられた」などなど。(163頁)


これはとても興味深い。

なぜなら、日本の右派もこれと同じことを言っているからだ。

またしても日本人右派はアメリカ人の猿マネだったわけである。

「友よ、これは戦利品だ。第二次世界大戦中、アメリカが沖縄を勝ち取った。この岩をゲットするために、多くのアメリカ人が命を失った。アメリカの領土になった。アメリカは親切に沖縄を日本ヘ返したが、それにはアメリカの利益を守るために軍基地を残してもいいという条件が付いていた。やろうと思えばそのすべてを持ちつづけることができた(アメリカ領土であるグアムでやっているように)ので、その時の同意によって我々が持ちつづけてもいいとなっていたものを持ちつづける権利が当然あるのだ。」(163頁)


アメリカにとって沖縄は戦利品だった。

ここだけは日本人右派は無視するのだが。

……基地は社会的な機能を果たしている。階級社会のなかで治安を守る有効な方法の一つは、最も貧しく、差別されているグループに、さらに地位の低いグループがいる、と説得することであるのは、周知のとおりだ。米軍に志願する人たちの多くは、アメリカの最も貧しく、差別されているグループからくる、ということもよく知られている。新しく入隊した志願者の多くは、仕事を持ってなく、持つ希望もあまりないティーンエージャーだ。海外の軍事基地へ派兵された時は、彼らにとって、一生で唯一の、人々を威圧する、あるいは、支配者側に立つ、経験だろう。もちろんこれは代理体験であり、幻想ではあるが、帝国の力が自分の個人的な力になると感じるのだ。その力が自分の体の中にで〔ママ〕流れているような気分になり、特に男性の場合、それは性的能力になると感じる。(166−167頁)


沖縄はいまだに陵辱されているのだ。

それなのに日本人は心を少しも傷めない。

なぜか?

犠牲を沖縄に押し付けているからである。

 30年前、原発反対運動をやっていた広瀬隆は、東京の新宿駅の近くに原発を造るべき、という風刺の本を書きました。……「政府によると原発は安全なので、いいでしょう」と。彼はそう書いたビラを新宿駅前で配り始めましたが、通勤中のサラリーマンにかんかんに怒られました。「何言ってる! 危ないじゃないか!」「そうですか。じゃ、あなたは原発反対ですか」「反対するわけないだろう! ただ、あれは遠いところに置かなければいけない。人口の少ないところに。」(204頁)


基地を沖縄に押し付けるのも、まったく同じ心理からである。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


ブッシュ・ジュニアは、世界のルールを勝手に変更してしまった。

どのようにか?

*米国は国連を無視し、単独的に行動してもよい。

*米国は国連憲章第33条(交渉の義務)を無視し、敵対している勢力と交渉を断ってよい。

*米国は国連憲章第2条の4(侵略戦争の禁止)を無視し、他国を侵略してもよい。

*米国は米国の利益に合わない他国の政権を倒し、自国の利益になるような政権に交代させてもよい。

*米国は他国内で、他国の国民を逮捕し、監禁してもよい。

*米国は1949年ジュネーブ条約(捕虜の扱い)に縛られていない。

*以上のそれぞれの権利は米国以外の国に適用せず、米国のみのものである。したがって、国際法は「法の下の平等」の制度から、支配する国における法と支配される国における法は異なる、という制度に変わる。(218−219頁)


日本はこれを支持した。

米国にこのような権利を認めるということは、
「米国」の代わりに任意の国を入れて、
ほかの国にも同じようなことをしてもよいと認めることだ。

上の「米国は」を「◯◯は」に変えて読んでみる。

「◯◯」は「中国」でもいいし「北朝鮮」でもいい。

日本人はそう認めたのだ。

だから安倍政権が中国をやたらと非難しているのは合理性がない。

その後、オバマが大統領になった。

オバマはブッシュ・ジュニアとちがい、こう言った。

*米国は交渉を重視すべきだと言った。

*米国はジュネーブ条約を守るべきだと言った。

*米国は拷問をやめると言った。

*米国はグアンタナモ刑務所を閉鎖すると言った。

*直接は言わなかったが、イラク戦争は間違いだったと解釈できる言葉を使った。

*世界の核兵器を少なくするように努力すると言った。(219−220頁)


だが、「言ったこと」に注目するだけではいけない。

「言わなかったこと」にも注目するべきだ。

なぜならそこにこそ真実があるからである。

*米国がその最も重要な創立者であるということ以外、国連のことにほとんど触れなかった。

*世界の安全を保障する勢力は(国連ではなく)米国だと言った。

*イラク侵略は戦争犯罪だと言わなかった。

*グアンタナモ刑務所にいる囚人たちの監禁は無法だと言わなかった。

*拷問を禁じる大統領令を出したと言ったが、その令を出す前に行った拷問が犯罪だったと言わなかった。

*米国のアフガニスタン侵略と強制的政権交代は間違いだと言わなかった。(220頁)


この視点は、オバマ発言の分析以外にもきわめて重要だ。

メディアは政治家の発言に注目するが、
政治家が慎重に「言わなかったこと」にも注目するべきなのだ。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 


読者のみなさんはケビン・メアという名前を憶えているだろうか?

在日米大使館に勤め、沖縄総領事も務めた人物だ。

数々の問題発言で解任された人種差別主義者である。

その彼が沖縄の領事官だったときのことである。

 ある日、私たちのすぐ隣に座っていた彼が、若い沖縄の女性に、ナンパに聞こえる話をしているのが聞こえた。
 「沖縄では、僕に友達はいないの。『メイヤー、ゴーホーム』という看板をたてる人もいるの」
 ちょっとめそめそした声で、まあまあ上手な日本語で話していた。彼女は、期待された役をちゃんと演技して、「ああ、かわいそう」とか答えていた。
 メイヤーは、ブッシュ大統領に任命された、ネオコンで、沖縄では傲慢で無礼な人として有名だった。去年、米軍が強引に、船いっぱいの兵士を石垣島に「レクリエーション」のために上陸させた時、メイヤーはわざとその船に乗り、反対デモをしている住民に(日本語で)「バカヤロー」と叫んだのは、沖縄の新聞に大きく取り上げられた。外交官が彼の本職なはずなのに。そのしばらく後、また新聞に出た。同じスターバックスで、男のお客さんが、熱いコーヒーを彼のひざにかけ、「帰れ!」と叫んだ。沖縄で友達があまりいなかったのは確かなようだ。(225−226頁)


先にも記したが、彼はその後解任された。

と、日本では報道されていた。

……メイヤーが沖縄から消えた。ところが、彼はクビになったのではなく、昇格し、国務省の日本担当の次官になった。(226頁)


オバマが大統領になってからのことである。

じつは少し前のこと、わたしは久しぶりにこのメアの顔をテレビで見た。

フジテレビのニュース番組が、
沖縄の基地問題に関してケビン・メアにインタビューをしていたからだ。

メアに中国の脅威を語らせ、
基地の重要性を語らせるような内容だった。

メアのような「専門家」に「真相」を語らせることで、
フジテレビは視聴者に米軍基地の存在を納得させたかったのだろう。

フジテレビのやりそうなことである。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


日本国憲法9条を守るべきだという意見のひとがいる。

しかし彼らの多くは「日米安保条約」は必要だと言う。

 最近の世論調査によると、日本国憲法の第9条を変えない方がいいと答える日本人は64%(朝日新聞2009年4月)だが、日米安保条約がアジア太平洋の安全に貢献していると答えるのは75%(読売新聞―ガラップ、2009年12月)である。(233頁)


当ブログでは何度もこれを批判してきたが、
9条を守りつつ日米安保条約も認めるというのは矛盾だ。

頭のイカれた証拠である。

なぜ彼らは日米安保条約は必要だと言うのだろうか?

それはアメリカ軍が日本を守ってくれると信じているからだ。

……実は、例えば普天間基地の海兵隊はイラクやアフガニスタンに行ったり来たりしている。イラクにいる米軍はどうやって日本を守るのだろうか。(232頁)


知らないひとがあまりに多いのだが、
日米安保条約は米軍基地を日本に置くための条約であって、
日本を守るための条約ではない。

日米安保条約には日本を守るとは書かれていないのである。

日米安保条約で米軍の駐留を認める日本人は、
しかしその米軍基地を沖縄に押し付けている。

……「沖縄は日本全国の領土の0.6%にしかないのに、日本にある米軍基地の75%は沖縄にある」と。……逆にいうと、のこりの25%の基地は、沖縄以外の99.4%の領土にあるということだ。人口で計算すれば、沖縄人の1人当たりの基地負担は、ヤマト日本人の280倍(嘉手納町の場合、それは1480倍)になっている(琉球新報2010年5月15日)。(235頁)


これは異常な構造である。

……世論調査によると、全国の安保支持率は75%である。それに対して、沖縄での安保支持率は7%だ(琉球新報2010年5月31日)。安保条約は、米軍基地を日本領土に置く、という条約だ。安保を支持することは、米軍基地を置いてほしい、という意味以外何物では〔ママ〕ない。であるならば、その基地を「欲しくない」人のところを〔ママ〕置くよりも、「欲しい」と言っている人のところに置くのは、珍しくない、ごく当たり前の考えなのではないだろうか。(236―237頁)


わたしもそう思う。

米軍基地が必要だと言うのであれば、
そう言っているひとたちのところに移設するべきだ。

だが分かっている。

そうなると日本人は基地移設に反対するのだ。

そして結局は沖縄に置き続けるのだ。

どうしてこのようなことが平然とできるのだろうか?

理由は簡単である。

日本人が沖縄を差別しているからである。

そんなことはない、とひとは言う。

「だってわたしは沖縄が大好きだもの」と。

「ゴーヤチャンプルーも大好きだもの」と。

だが、彼らが沖縄が好きだと言うのは、沖縄が日本の植民地だからなのだ。

沖縄に旅行するひとたちは、一種の植民地体験を楽しんでいるのである。

(この「植民地体験旅行」現象は日本だけではない。アメリカにとってのハワイ旅行もそうだ。「この世界でもっとも行きたくない所がワイキキだ」とハワイ先住民に言われたことがある。もちろん、ワイキキで仕事している先住民は観光客を笑顔で迎えるだろうが、観光客でそれが業務用笑顔だと分かる人は少ないだろう)(242頁)


だから、沖縄大好きというひとたちが、
同時に差別主義者であっても何の不思議もない。

彼らは沖縄の異国情緒を楽しむ。

しばしの気分転換で日常の疲労を洗い流す。

でも彼らの誰ひとりとして、米軍基地を見に行くことはしない。

 そして、大分前から毎年500万人の観光客は〔ママ〕沖縄に来るといわれているが、もし例えばその中の10人に1人が、その体験によって積極的に反基地反安保運動を始めれば、10年ごとにその運動は500万規模で増加し、現在まで大変な、日本の政治を支配できるぐらいの勢力になったはずだ。ところが、日本の反安保運動は拡大してきたのではなく、数十年前から減り続けてきたのだ。(242―243頁)


沖縄が大好きだと言っても、そのひとは無罪ではありえない。

彼らは植民地主義者だからだ。

反基地・反安保運動に関わらずに「沖縄大好き」と言うひとは、
どんなに洗い落としても落ちない血にまみれている。

彼らの笑顔は、悪魔のそれである。








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