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zoom RSS 伊藤千尋『反米大陸』(集英社新書)

<<   作成日時 : 2013/05/26 12:45   >>

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日本人はアメリカに片想いをつづけている。

アメリカと仲良くすることがもっとも重要な外交政策だと思っている。

だからアメリカがどんなにひどいことをしても、批判しない。

アメリカに対する「卑屈な求愛」をつづける。

アジア諸国からの批判には居丈高に開き直るが、
アメリカから批判が寄せられると右往左往する。

保守派・ウヨクは、
アジアに対してはどこまでも傲慢で、
アメリカに対してはどこまでも従順である。

アメリカ帝国の没落はすでに始まっているというのに。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


これまでアメリカは、米大陸において、暴虐の限りを尽くしてきた。

民主主義と自由の理念を掲げていたアメリカは、
その主張に反して各国の軍事独裁政権を支えてきた。

世界各地に残虐非道な親米独裁政権を築いてきた。

多くの人権活動家たちが拷問され、脅迫され、殺害された。

ところが、そのアメリカ大陸で、いまアメリカ離れが起きている。

2002年の大統領選で当選し、翌年就任した左派労働者党のルーラ大統領は、北東部の貧しい農家の生まれである。彼は、7歳のときから靴磨きをして自分の食べる分を稼ぎ、小学校を中退して12歳から3年間、日系人が経営するクリーニング店に住み込みで働いた苦労人だ。旋盤工になったあと労働組合運動に入り、軍政時代にはゼネストを指導し、大統領になると農地改革など改革を進めた。国際会議では開発途上国の立場を代弁し、今や第三世界きっての指導者である。(22頁)


アルゼンチンでは2003年に、左派のキルチネル政権が誕生した。

 2005年には、「南米のスイス」と呼ばれて南米の裕福な国の代表だったウルグアイで、政治の激震が起きた。伝統的な2大政党制を覆し、独立以来180年にして初めての左派政権が生まれる。大統領になったバスケスは貧しい労組幹部の子で、少年時代から日雇い労働や新聞配達をして育った。高校卒業後は企業に就職し、夜学で学び、医者となった人である。選挙の勝利宣言は、「大統領に就任しても、公務の合間を縫って、地域の診療所で医療活動を続ける」というものだ。(23頁)


南米で、続々と左翼政権が誕生したのだ。

 2006年に入ると、左派政権の誕生ラッシュとなる。ボリビアでは、チャベスと同じく、明確に反米を唱える社会主義運動党の党首、エボ・モラレスが大統領に就任。(23頁)


まだほかにもある。

 ……チリの大統領選で与党の統一候補、社会党のミッチェル・バチェレが当選した。彼女は、1973年に軍部がクーデターを起こした際に、逮捕されて投獄、拷問され、国外に亡命した人物だ。チリ史上初めての、女性大統領の誕生である。バチェレは公約に沿って、閣僚の半分を女性にした。(24頁)


まだまだある。

 さらにペルーでは中道左派、アメリカ革命人民同盟のアラン・ガルシアが大統領に就任した。彼は1985年にも大統領となっている。このとき「最も貧しい人々の政府となる」と宣言し、IMFに反発して債務の返済を一方的に制限した。(24頁)


まだまだ。

 ……スペイン語で「赤道」を意味する国エクアドルでは、反米左派のコレア元経済相が勝利した。……国連総会でベネズエラのチャベス大統領がブッシュを「悪魔」と呼んだ際に、コレアは「世界をひどく傷つけた間抜けなブッシュと比べるなんて、悪魔に失礼だ」と漏らしたほどの人物である。(24−25頁)


まだまだまだまだ。

 2006年11月には、中米ニカラグアの大統領選挙で、80年代に左翼革命政権を担ったダニエル・オルテガ元大統領が当選した。(25頁)


というわけで、南米で明確な親米右派政権はコロンビアだけになった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


いまだに目覚めていない日本人にとっては不思議なことかもしれない。

なぜ南米ではこれほど反米左翼政権ができていったのだろうか?

IMFは、債務返済のための条件として、水道事業の民営化を要求した。ボリビア政府は、アメリカ系の会社に水道事業を売り渡し、水道料金は一気に値上がりする。これに対して市民は怒りを爆発させ、2000年には、国内の各地で数万人規模のデモが起き、暴動や革命につながりかねないと見た政府は、再び水道を国営に戻した。……これを「水戦争」と呼ぶ。(30頁)


このボリビアの水戦争は有名である。

雨水を貯めて生活に使ったひとが窃盗罪で逮捕された、
という信じられない事件が起きたのだった。

ちなみに、麻生太郎(副総理・財相)が先日、
「日本の水道民営化」を提言したことを知っているだろうか?

どうしてこのことについて報道がほとんどないのか?

わたしには不思議でならない。

漢字が読めない麻生は日本もボリビアのようにしたいらしい。

かつてボリビアで「コカ戦争」があった。

コカは、麻薬の一種コカインの原料になる植物だが、現地の住民には伝統的な「お茶」である。コカは化学精製して初めて麻薬になるのであって、化学精製しなければまっとうな作物なのだ。とりわけ標高4000メートルという富士山より高い高地に住む先住民にとっては、コカは高山病の症状をいやす薬でもある。……
 ところがアメリカは、コカといえば麻薬の原料としか見ていない。……アメリカ政府は……米軍をボリピアに派遣してコカ畑を焼き払い、軍のヘリコプターでコカの畑に枯葉剤を空中撒布した。(30−31頁)


「コカ戦争」とはアメリカへの抗議行動のことである。

このとき先頭に立ったのが、コカ栽培農民組合代表のモラレスだった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


アメリカがじつは世界中の独裁政権を支えてきたことは、
一定の知識を持っているひとにとっては常識に属すことである。

 
チリの首都サンティアゴの中心部、憲法広場のそばに、石造りのいかめしい建物が立つ。大統領官邸だ。かつて造幣局だったためモネダ(貨幣)宮と呼ばれる。1973年9月11日正午前、空軍の攻撃機が、ここに爆弾を投下した。正面からは陸軍が、戦車や野砲、迫撃砲で砲撃した。クーデターだ。反乱軍の指導者は、前月に陸軍総司令官に就任したピノチェト将軍で、陸海空軍と警察軍の計4軍を率いて決起した。
 当時の大統領は、左派人民連合のサルバドール・アジェンデだった。アジェンデ大統領は、官邸からラジオ放送で、「アジェンデは降伏しない。チリは降伏しない」と宣言し、大統領警護隊とともに機関銃を手に戦ったが、1時間半の戦闘で、官邸は反乱軍の手に落ちた。アジェンデは2階の執務室の椅子に座り、死亡していた。最後まで戦った末に、自殺したとみられる。
 クーデターは成功し、ピノチェトは大統領となった。アジェンデ政権を支持した人民連合の政治家や労組など、左派の市民に対して、容赦のない「左翼狩り」が始まる。首都では兵士が工場や大学を襲い、クーデターを批判する市民に自動小銃を突き付け、臨時の強制収容所とした国立競技場に連行した。数日のうちに、広い競技場は、捕らえられた人々でいっぱいになった。その中には名高いフォーク歌手、ビクトル・ハラもいた。競技場で、人民連合をたたえる歌を歌ったハラは、ギターを弾く手を銃床で砕かれてしまう。彼を始め収容された人々の多くが、二度と生きて競技場を出られなかった。ハラの遺体は1週間後、死体置き場の何百という死体の中に紛れているのが発見される。彼の遺体には、弾痕が44もあった。うち33発は貫通し、至近距離から撃たれたことを示す。このとき全国で、10万人が逮捕されたといわれる。
 のちにピノチェト政権が倒れて、チリが民主化すると、国家による公式な調査が行われた。軍によって殺され、死体も確認されたのが2095人、行方不明のまま死体も見つからないのが1102人いたことがわかった。計3197人が、軍の手で殺されたのだ。これは明るみに出た人数で、実際には3万人が虐殺された、と人権団体は主張する。さらに北の砂漠地帯や南の南極に近い無人島に収容所が作られ、政治囚として4万2486人が強制収容された。1万人もの市民が拷問を受け、虐殺を逃れるため、100万人が国外に亡命したといわれる。
 ピノチェト軍事政権は、国会を閉鎖し憲法を停止した。勤労者のために設立された国立工科大学は閉鎖され、チリのすべての大学の学長に、軍人が就任する。マルクス主義関連の本はもちろん、チリのノーベル賞詩人、パブロ・ネルーダの詩集も禁書となり、集めた本を市民の目の前で兵士が燃やした。軍政を批判する新聞や雑誌は発禁処分となり、残ったのは財閥系の新聞と軍事政権の機関紙、アメリカ文化センターの新聞だけとなった。(117−119頁)


残虐な大量殺人の首謀者ピノチェト。

わたしから見れば、このオトコこそ「独裁者」なのだが、
アメリカにとってはそうではなかったらしい。

付け加えれば、この独裁者と親しかったのが英首相のサッチャーである。

さて、アメリカは他国の民主主義を武力で破壊した。

敵と見なしたものは容赦なく殺した。

「守衛」と名づけられた拷問は、拘束した人間を裸にしたり頭から袋をかぶせて、何時間もあるいは数日立ったままでいさせるものだ。「潜水艦」と呼ばれた拷問では、汚水や排泄物のたまった水槽に拘束した人の顔を浸けた。「乾いた潜水艦」とは、拘束者の頭にビニールの袋をかぶせて窒息させる拷問である。そのやり方を教えたのは、……「米軍アメリカ学校」だ。(129頁)


これもアメリカが行なってきたことの、ほんの一部にすぎない。

アルゼンチンでは1976年に軍部がクーデターを起こし、
陸軍総司令官のビデラが大統領になった。

このクーデタを支援したのもアメリカだった。

ここでもおぞましい残虐行為を繰り返し行なった。

たとえば次のようなものだ。

生きたまま飛行機から海に放り出すという残酷なもので、「死の飛行」と呼ばれた。首都の海軍機械学校に収容された市民15人から20人を、毎週木曜の早朝、海軍の輸送機に乗せて上空から海に突き落としたのだ。放り落とされる直前に目を覚ました人が、放り投げようとした兵士にしがみついたため、兵士もろとも空中に放り出されたこともあったという。このように海に落とされて殺された人々だけでも、2000人に上る。(131頁)


人間を生きたまま上空から突き落とすなど、
悪魔の所業と言わずして何と言おう。

中南米に誕生したのは、アメリカによって作られた恐怖政治だった。

これこそが正しい意味での「テロリズム」だった。

当時、労働組合の活動家や左派系と見られた人々が自宅から拉致され、死体が街中の路上に放置されたり、木に吊るされたりする事件が続発したが、その犯人が彼らである。このような行為を批判したカトリック教会のロメロ大司教は、ミサの最中に、信者を装った刺客の銃弾を浴び殺された。(143−144頁)


エルサルバドルでの事件である。

まさしくテロ国家である。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


中南米を支配するアメリカに反旗を翻したのは、キューバのカストロだった。

しかし彼の革命も当初は困難の連続だった。

 禁錮15年の判決を受けたカストロは、キューバ南部ピノス島の監獄に入れられる。この監獄は、第二次世界大戦当時キューバに住んでいた日系移民が、敵性国民として収容された場所でもある。アメリカべったりだったバティスタ政権は、第二次大戦が始まるとすぐ日本に宣戦布告し、国内にいる日系移民の男性を牢獄に強制収容したのだった。(171頁)


カストロはアメリカによって何百回も暗殺されかけた。

そのことがギネスブックにも認定されている。

当ブログでもそのことを以前取り上げた。

*「ならず者国家アメリカ

この歴史をどれほどの日本人が知っているだろうか?

ケネディは……CIAのキューバ侵攻を許可したが、これは現代のイラク侵攻で、ブッシュ大統領の周辺がイラクに攻め込めばもろ手を挙げて歓迎されると言ったのと、よく似ている。(178頁)


アメリカにも日本にもケネディを美化しすぎる傾向がある。

彼が実際に何をしたのか、知っておくべきであろう。

 ……革命の30年間で、キューバは中南米一の教育、福祉先進国になった。革命前は国民の3分の2が字が読めなかったのに、この時点では1.5%のみだ。授業料は、幼稚園から大学まで完全に無料。病院も治療費を払う必要はない。しかも医療技術は最高水準に達し、心臓移植をこの時点で、すでに56件成功させていた。平均寿命は、革命前の50歳から74歳に上がった。(181−182頁)


これはものすごいことである。

アメリカからの度重なる干渉と圧力と妨害に負けず、
このようなことを成し遂げるのは並大抵のことではない。

どうして日本人がこの革命を評価しようとしないのか?

不思議でならない。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


こうした歴史を背景に、アメリカからの自立の動きが各地ではじまった。

……1994年、ブラジルとアルゼンチンを中心に、近隣のウルグアイとパラグアイも加わり、南部の4つの国が合同して経済の共同体「南米南部共同市場(メルコスール)」のための最終議定書が調印され、95年1月には域内の関税を原則撤廃し、域外に共通関税を実施する関税同盟が発足した。(196−197頁)


目指すは市場の統合である。

2004年には南米の首脳会議が、欧州連合(EU)並みの南米国家共同体の創設を宣言し、将来は共通通貨を構想するにいたった。やがてベネズエラが正式加盟を表明し、チリやペルー、ボリビア、エクアドルなどアンデス諸国も準加盟した。これで南米の大半が、共同市場に結集したことになる。さらに中米のメキシコも、加盟の手続きに入った。(197−198頁)


市場の統合には、不戦共同体の樹立という意義もある。

 ……ベネズエラのチャベス大統領は2001年1月、米州ボリバル代替構想(ALBA)という、新しい中南米統合の枠組みを提唱した。(198頁)


そのチャベスは志半ばにして亡くなってしまった。

南米の産油国ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、ペルーは共同出資して、石油会社「ペトロスール」を設立した。また、CNNなどによるアメリカからの一方的な報道に対抗しようと、南米諸国が共同出資したスペイン語の国際テレビ放送局「テレスール」も、2005年に放送を開始した。本部はベネズエラにあり、「南米版のアルジャジーラ」と呼ばれる。(199頁)


チャベスを独裁者と呼ぶものがいればそう呼ぶがよい。

かえってその連中の本性が明らかになるというものである。

本書は、「反米大陸」の歴史をコンパクトにまとめている。

初心者にはおすすめできる。









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