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zoom RSS 佐藤栄佐久『知事抹殺』(平凡社)

<<   作成日時 : 2013/04/02 14:47   >>

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著者の名は、佐藤栄佐久である。

佐藤栄作ではない。

佐藤B作でもない。

佐藤栄佐久である。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


佐藤栄佐久は、福島県の郡山市で育った。

小さいころ、勉強熱心な子どもだったという。

 中学2年のときに、本宮から郡山に転居し、郡山第二中学校に転校した。そこで出会って、その後一緒に行動することになる仲間たちが、私の人格形成に大きな影響を与えることになった。私たちは先を争って勉強した。ひとりは英語の参考書をやりつくしてしまい、大学受験参考書に取り組んでいた。砂が水にしみ込むように、どんどん新しい勉強をやるのが楽しい。当時の郡山にはあまりいい書店がなかったので、日曜日の朝、ひとりで東北本線の急行列車に乗って上京、日本橋の丸善で洋書を物色して、カバンに詰めて帰って来るのが楽しかった。(18−19頁)


その後、伝統ある名門校・県立安積高校へ進学する。

大学は、東京大学法学部だった。

しばらくして彼は福島県知事になるのだが、
立候補の前に自民党本部からある指示が下された。

 安倍晋太郎氏から自民党幹事長室に呼ばれた。安倍氏は私に、「党に候補者を一任せよ」といわれた。要は「降りろ」というのである。(27頁)


党中央の決定に地方は従え、というのだった。

安倍晋太郎は、安倍晋三の父親である。

佐藤栄佐久は、知事になる前は、国会議員も務めていたらしい。

 参議院時代、私は中曾根民活を活用したリゾート開発法の制定(緑陽日本構想)にかかわった。当時の私は、金、雇用、開発がセットにでき、完成後は都会から人がやってくる一石四鳥の話だと思っていたが、知事に就任して、あまりにこれらの立法が開発優先の思想であったことを思い知り、反省した。(34−35頁)


東大を出ていながら民活路線の危険性に気づかないというのは、
何ともマヌケな話ではある。

ともあれ、地域を守るための条例をこんどは知事時代に作った。

そこで1989(平成元)年に作ったのが、全国初のリゾート地景観条例となった「福島県リゾート地における景観形成条例」である。(36頁)


これはどういう規制なのだろうか?

全国各地の観光地に林立したリゾートマンションは、周辺の景観を完全に変えてしまった。私は続いてゴルフ場規制にも乗り出し、ひとつのゴルフ場が、その自治体の面積の3%を超えないようなルールを作り、その後会員募集の条件など規制を厳しくしていった。
 バブルがはじけて不況が訪れた90年代なかば、リゾートマンションやゴルフ会員権はいっぺんに暴落した。あのとき規制せずにいたら、建設途中で工事が止まったマンションやホテルがリゾート地にそのまま残されただろう。各地で景観条例の制定があいつぎ、現在はほとんどの観光地の自治体に制定されているが、福島県の景観条例はそのさきがけとなった。(37頁)


ここで再確認しておこう。

日本の保守政権こそが率先して景観を破壊してきたのだということを。

わたしが本書を紹介するのは、景観条例を知ってほしいからではない。

佐藤栄佐久を襲ったその後の運命を知ってほしいからである。

その運命とは、原子力発電所をめぐるものであった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


東京電力の福島第一原発が、安全点検のために停止した。

これにより、東京電力のすべての原発が停止した。

2003年のことだった。

 日本にある原発の3分の1を所有する東京電力の全原発が止まったのだ。反原発団体ですら予想できなかっただろう。真夏の需要期を目前に控え、平沼赳夫経済産業大臣は「首都圏大停電」を示唆し、『読売新聞』や『日本経済新聞』が原発停止を非難する社説を掲げるなど、囂々たる非難と議論が巻き起こった。(49頁)


当時もいまと同じ「脅し」を右派や右派メディアはかけていたわけだ。

このとき佐藤知事は、原発の背後に巨大な勢力があることを知る。

彼が原発問題にはじめて近づいたのは、
チェルノブイリ原発事故の後だったという。

皮肉にも、戦後すぐに時代から、平和利用とともに、軍事戦略的に日本の原子力の必要性を声高に主張してきた中曾根氏の東欧訪問に、チェルノブイリはついてまわることになった。
 訪問国はこれらの国と国境を接するところが多く、晩餐会には、出された肉を指して、
「これはチェルノブイリで汚染されていない肉です」
 といちいち説明があった。(50−51頁)


政治家だけは安全な食料を口にしていたわけだ。

このときの体験が著者にとっては大きかったと、述懐している。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


原発は地方に大きな経済的利益をもたらす、とよく言われる。

だから地方も原発を求めているのだ、と言われる。

しかし、実際はそうではない。

 部品脱落事故を起こした福島第二原発3号機が、ようやく運転再開にこぎつけて1年も経たない1991(平成3)年9月25日、福島第一原発の地元である双葉町議会が、原発増設要望を議決した。
 かりに原発を1基作って、1兆円ほどの規模になったとする。国や電力会社は、1%程度の地元への見返りを考えるという。それが2基ある双葉町は財政的に恵まれているはずで、なぜ、というのが率直な感想だった。(53頁)


すでに原発マネーで潤っているはずの双葉町が、
どうしてさらなる原発を誘致しようとしたのだろうか?

「原発が本当に地域振興の役に立っているのだろか」との問題意識から、原発に代わる浜通り地方の新たな地域振興策を考えていた矢先だった私は、ショックを受けた。
「原発の後の地域振興は原発で」
 という要望が地元から出てきたということは、運転を始めて約20年、原発が根本的な地域振興のためになっていなかったことの証明だった。(54頁)


原発は、地域振興の役に立っているわけではなかったのだ。

原発を作ってしまうと、かえってそれに依存する構造ができてしまう。

これでは、麻薬中毒者が「もっとクスリをくれ」と言っているのと同じではないか。自治体の「自立」にはほど遠い。(54頁)


その結果としてどうなったか?

……2008(平成20)年、双葉町は福島県内で財政状態が一番悪い自治体となってしまい、新しい町長は税金分以外無報酬とするところまで追い込まれることになった。(55頁)


原発は、まさに地域を破壊するものだったのである。

保守政権は地域も破壊してきたのである。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


こうして佐藤栄佐久は原発に厳しい意見を抱くようになった。

しかし、すでに原発は日本各地で動いてしまっている。

原発が動けば、必ず放射性廃棄物・使用済み核燃料が作り出されてしまう。

その処理さえどうしていいのか決まっていない。

……東京電力は、1993(平成5)年4月13日、福島第一原発の敷地内に大きなプールを作って、その水の中で使用済み燃料を一時的に保管したいとの事前了解を福島県に求めてきた。
 ……
「福島原発は、最終的に使用済み燃料の保管場所になったりしませんね」
「2010年から再処理工場が稼働するので、同年からは原発敷地内の使用済み燃料を運び出していきます」
 ……
 ところが、1年後の94年6月24日、国の原子力政策を決定する原子力委員会は、
「2010年ごろに、再処理に関する方針を決定する」
 と、原子力政策を変えてしまった。(63頁)


2010年には使用済み燃料を運び出すと言っていたのに、
2010年ごろからどうするかを決めることにする、と言い出したのだ。

平気でウソをつくのが原子力マフィアのやり方だった。

福島県と国が交わした約束も、いとも簡単に破棄されてしまった。

さて、「ウソつき」といえば石原慎太郎であろう。

国の呼びかけで行なわれたある会議でのこと。

新潟県の平山知事が、こう述べたという。

「東京の山手線は、新潟県の水力発電所の電気で動いている」


すると東京都の石原知事(当時)はこう答えたのだという。

「新潟の、夜は熊しか通らない道はどこの金でできているのか」


この話を聞いて、著者はこう思ったという。

 ……石原知事は、原子力事業者との会合では「東京湾に原発を作っても構わない」と言っているそうだが、いざ原発立地地域の首長と顔を合わせるとこれだ。「本当に作ってみろ」と思う。(78頁)


石原慎太郎というのは典型的な卑怯ものなのではないだろうか?

話を戻そう。

次第に国の原子力政策に対して厳しい態度をとるようになった佐藤知事は、
原子力村の住人から睨まれるようになっていった。

福島県の副知事は、東電の常務からこう言われたという。

「あらゆる手段をもってしてもつぶす」(79頁)


この言葉はやがて怖ろしい事件となって知事に襲いかかることになる。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


佐藤栄佐久は自民党だった。

だから彼のことをあまり持ち上げないようにしたい。

 もともと私は、原発について反対の立場ではない。プルサーマル計画については、全国の知事の中で初めに同意を与えている。そういう私が、最後まで許さなかった「譲れない一線」のことを、国や関係者はよく考えてほしかった。
 それは、「事故情報を含む透明性の確保」と、「安全に直結する原子力政策に対する地方の権限確保」の二点であり、県民を守るという、福島県の最高責任者が最低守らなければならない立場と、同時に「原発立地地域と過疎」という地域を抱えていかなければならない地上自治体の首長の悩みでもある。(112頁)


東大を出ていながら、
プルサーマルの危険性やいい加減さに気づいていないのもマヌケだと思う。

ただし、透明性の確保と地方権限の確保は、
保守派であれ革新派であれ誰しも軽視できないもののはずだ。

ところが原発というシステムは、これらでさえ守ることができない。

国の原子力政策に厳しい意見を表明するようになるにつれ、
佐藤栄佐久は原子力マフィアにとって厄介な存在になっていた。

佐藤栄佐久は、2006年10月、東京地検により逮捕された。

容疑は「収賄罪」だった。

彼の後援会幹部も取り調べのために連日呼び出されたという。

そこで担当検事がこんなことを言っていたらしい。

 東京地検に出頭すると、
「知事の悪口をひとつでもいいから言ってくれ」
「15分以内に言え」
「想像でいいから言え」
「会社を潰されたくなかったら言え」(199頁)


ある検事は、こんなセリフまで吐いたという。

「佐藤知事は日本にとってよろしくない、抹殺する」(328頁)


佐藤栄佐久の事件は、冤罪の疑いが強いと言われている事件である。

しかし、昨年の最高裁において有罪が確定している。









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