フォーラム自由幻想

アクセスカウンタ

zoom RSS 高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波新書)

<<   作成日時 : 2012/12/06 12:02   >>

トラックバック 0 / コメント 0

当ブログは、2008年に高木仁三郎の著書を紹介している。

東日本大震災の数年前のことである。

★「高木仁三郎『市民科学者として生きる』(岩波新書)

この記事を未読の方は、さきにこれをお読みいただきたい。

それから、今回の記事をご覧いただきたい。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


福島第一原発事故が起きて、「原発の安全神話は崩壊した」と言われた。

多くのひとがそう言った。

国会議員も原子力の専門家もそう言った。

そして、原発推進派から反対派に変わったひともいた。

いまだに原発を支持したり何の行動も起こさないでいたりする悪党も多いが、
いままで無関心だった自分を恥じたひとも少なからずいた。

「原発の安全神話は完全に崩壊した」と多くのひとが言った。

だが、本当にそうなのか?


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


1999年9月30日のことである。

茨城県東海村のJCOウラン加工施設で臨界事故が発生した。

このとき亡くなった作業員のことも、当ブログは取り上げている。

★「NHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命』(新潮文庫)

事故のあと、事故調査委員会が報告書を出した。

その報告書を読んでみると、いろいろ不十分な点はありますが、結構立派な言葉で、原子力安全文化の原点に戻れとか、原子力の「安全神話」を捨てなければいけないとか、さらにはモラルハザードの問題、人間の文化や精神のありように至ることまでが、一応書かれています。(11頁)


どうだろうか?

このときも「原子力の安全神話は捨てなければいけない」と言っていたのだ。

ウラン加工工場臨界事故調査委員会が1999年12月24日にまとめた報告書は、これまでの政府の諸報告書などとはひときわ異なるトーンで注目を浴びました。「いわゆる『安全神話』や観念的な『絶対安全』という標語は捨てられなければならない」と強い調子で言うのです。(14頁)


このときすでに、
「安全神話」や「絶対安全」という観念的な標語は捨てるべきだ、
と述べられていたのである。

これまで政府・関係者たちは、「安全神話の崩壊」を指摘してきたのだ。

そして2011年3月11日の福島第一原発事故。

このときも原発推進派は、同じことを言ったのではなかったか?

「安全神話は崩壊した」と言いながら、
結局は原子力政策を継続させてきたのではなかったか?

事故は何度も何度も繰り返されてきたのだ。

「事故」→「安全神話の崩壊」→「安全対策の強化」→
「事故」→「安全神話の崩壊」→「安全対策の強化」→ ……。

こうして日本人は同じ過ちを何度も何度も繰り返してきた。

そしてまた繰り返している。

このように見てくると、「われわれ日本国民は騙された」という弁明も、
素直に聞き入れることは不可能であることが分かる。

日本国民は、騙されたのではない。

直接、間接的に、原発を支えてきたのである。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


著者は、原子力村の内部について貴重な証言を残してくれている。

原子力村というのはどのようなところなのだろうか?

 ……研究室の中でもお互いに何をやったらいいかということについて、ほとんど議論をしない。何がこれから本当に世の中にとって必要なことなのか、大事なことなのかということが、きちんと議論されない。……いかにもポリシーがない。相互の議論もない。新しい分野をつっこんで勉強しようとか、また、お互いの研究の批判を少し厳しくやろうとすれば、すぐに待ったがかかる。それは原子力の分野に限ったことではなくて、日本の会社の特殊性なのかもしれませんが、そういうことにうんざりしました。(31頁)


議論がない。

ということは、民主主義が存在しない、ということだ。

ただ、非常につまらないところでの批判はあるのです。あいつはちょっと目立ちすぎているとか、会社の仕事をやって書いた論文を外に出しすぎているとか、そういう下世話な批判は受けるのですが、本当の質的な意味での議論や批判は行われていないのです。(35頁)


なるほど。

いかにもみみっちい日本人の姿である。

 だいたい原子力村というのは、お互いに相手の悪口を言わない仲良しグループで、外部に対する議論には閉鎖的で秘密主義的、しかも独善的、という傾向があります。その秘密主義に関して言えば、原子力というのは原爆の技術の歴史として始まったために、そもそも内部にも外部にも閉鎖的であらざるを得なかった、そういうところから始まっているのだと、ふつうは説き起こされます。しかし、私が実際に経験した現場では、そういう弊害というのはむしろもっとあとになって出てきたもので、実際には最初は必ずしもそうではありませんでした。日本の会社にわりとよくあるパターンかもしれませんが、何か会社の経営サイドのほうの思惑だけがあって、技術的な基盤がそれに伴わない。それから、あとは日本企業の特徴で、企業の中で人が徹底した議論をやらない、争わない、家族主義的なぬるま湯の中につかっているという、そういう体質の中で原子力産業が形成されていったというのが私の実感です。それが「三ない主義」をつくり、その後の原子力だけではなくて日本の企業の一つのパターンになっていったのではないかと思います。(40頁)


ここで出てきた「三ない主義」とは、
「議論なし、批判なし、思想なし」のことを意味している。

原子力村というのは、特殊な集団ではない。

日本社会の縮図なのではなかろうか?

原子力村の閉鎖性を批判してきたひとたちは、
自分たちの所属している企業、団体の閉鎖性も批判しているだろうか?

日本の「三ない主義」を批判しているだろうか?

その雑誌で私があるとき調べたことがあって、とても印象に残っていることがあります。原子力産業側で書いている人、それは別に電力会社の社長であるわけではなくて、一研究員のレベルであるとか、課長クラスであるとか、あるいは政府でもせいぜい課長クラスかそれよりももう少し下の課長補佐くらいの人たちが書いているのですが、私は役職で人を差別しているわけでは全然ないのですけれども、ただ、別に国を代表しているというのではなくて、一個人の立場で書いていて、そんなに国を背負って書かないでもいいと思うような人たちが、皆ものすごく国を背負ってしまっているのです。だいたい彼らの書いている論文の冒頭を見ると、必ず「我が国は」とは始まっています。「我が国における電力事業は」とか、「我が国の需給の状況を見ると」などというふうに、常に我が国ではこうなっていて、と始まるのです。
 つまり、自分はこう思うとか、自分ではこういうことをやっている、ということから書き起こすのではなく、我が国の原子力を取り巻く状況はこうである、我が国の電力需給というのは逼迫していて原子力がないとやっていけない、だからやらなくてはいけないんだ、という原子力必要論から必ず始まります。原子力の運命共同体論からまず入って、やらなくてはならないんだという結論があって、一番最初にそういう大前提としての正当づけがなされて、そのあとでいろいろな方策が述べられているのです。おもしろくも何ともない論理構造ですけれども、こういう構造をほとんどの論文がとっています。(62−63頁)


著者は、こうした体質が事故と無関係ではない、と指摘する。

こういうことは実は非常に怖いと思うのです。結局自分があるようでいて実はないのですから、事故があったときに本当に自分の責任を自覚することになかなかなっていかないのです。ですから、何回事故を起こしても本当に個人個人の責任にならない。最近はモラルハザードなどということを盛んに言いますけれども、少々厳しく言えば、モラルというものが確立する前提がない、そう思います。(64頁)


無責任体系の原子力村。

戦前から日本人は何も変わっていないのである。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


著者は、NPOを立ち上げ、行政に申請したときのエピソードを語っている。

これがまたすごい。

 NPO法の下では当該する管轄の自治体、すなわち東京都に申請をすればよいことになりましたが、そのころは社団法人ですと、原子力を司っているのは科学技術庁なので、科学技術庁に申請しなければなりませんでした。そこで科学技術庁に社団法人の申請をしに行きました。役所では申請を受け付ける前に非常に長いやり取りがあるのが常で、結局私たちは何度も足を運んで長い交渉をしましたが、残念ながら書類を出すまでに至らないで終わってしまいました。その中で一番問題になったのは、原子力資料情報室が公益の名に値するかどうか、公益に資する団体なのかどうか、ということでした。
 原子力資料情報室は定款で脱原発を目指すとうたっています。私たちはこの定款を変えるつもりはありませんでした。表現上はもう少し役所の審査を通りやすい表現に直してもいいけれども、脱原発という基本については変えるつもりはなかったのです。しかし、科学技術庁の役人からは、国の基本的な方針は原子力を推進することであり、それが公益なのだから、脱原発というようなことを言うのは公益に反すると、露骨に言われました。その際、引き合いに出してきたのは原子力基本法です。(117−118頁)


日本の行政にとって《公益》というのは《政府の考え》のことなのだそうだ。

国の考えに合わないものは《公益》ではないのだというのだ。

日本に民主主義が不在なのは不思議でも何でもない、という気がしてくる。

《公益》を《政府の方針》と見なす。

だから《公益》にとって不都合な事実を隠蔽してもへっちゃら。

……1997年3月の東海再処理工場のアスファルト固化処理施設内の火災爆発事故において、事故が隠蔽されただけではなくて、一連の虚偽の報告が意図的になされた……。(147頁)


虚偽報告(要するに、大ウソつきということ)は、何度も繰り返されてきた。

 しかも同じ年の夏、さらに驚くべきことが起こりました。東海再処理工場の事故から半年くらい経ったころのことです。当の動燃東海事務所では放射性廃棄物が非常にずさんに管理されていて、ウラン廃棄物をドラム缶に入れてピットに放置しておいたところ、ピットが雨水で水浸しになってしまったというのです。ところが、廃棄物の入ったドラム缶を放置したこともそれが水浸しになったこともまったくなかったかのように、虚偽の報告がなされていたのです。
 1997年といえば、動燃はいわば全社総ざんげのような形で、今まで事故を隠してきたり、正確に報告してこなかったり、あるいは情報を十分に公開してこなかったことについて、自己点検を行い徹底的に内部の体質改善に心がける、ということが大きく宣伝されていた時期にあたります。実はその真っ最中に、昔と何も変わっていない虚偽報告が行われていたことが明らかになったので、私は大変に驚いたのです。(148頁)


これまでの日本の原子力政策を見てくると、誰でも分かることがある。

事故は繰り返されてきた。

隠蔽・偽装工作・虚偽報告もたくさん繰り返されてきた。

それなのに、誰も責任をとらなかった。

福島第一原子力発電所事故でも、まったく同じことが繰り返された。

そしてまた同じことを日本人は繰り返そうとしているのだ。








テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波新書) フォーラム自由幻想/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる