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zoom RSS 小熊英二『インド日記』(新曜社)@

<<   作成日時 : 2010/09/18 10:38   >>

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小熊英二の研究書は、必要性からほとんど読んでいる。

でも、この作品だけは敬遠していた。

旅行記ならとくに読まなくてもいいかな、と勝手に思い込んでいたからだ。

だが、読んでみたら意想外におもしろかった。

インド旅行を計画しているひとには必読なのではなかろうか?

インド旅行の予定がないひとでも、
海外旅行に行くことのあるひとならとても参考になると思う。

海外に行ったひとびとは見聞を広めて帰ってきたと思い込んでいるが、
しばしばひとはかえって偏見や思い込みを強めて帰ってくるものだからだ。

これを読むと、教養のないひとが海外に行くのは怖ろしい、と痛感させられる。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


著者は、デリー大学の客員教授として講義を担当することになった。

本書はそのときの記録である。

興味深い記述が数多くあるのだが、そのなかからいくつかを拾ってみたい。

インド滞在中、「親日知識人のラジブ氏」というひとの家に宿泊した、という。

ここで「親日」という単語を使っているところは、いただけないのだが、
ラジブ夫妻には22歳の息子がいたという。

デリー大学で経済学を勉強して、アメリカの多国籍企業であるゼネラル・エレクトリックの支社に勤めたのだが、なんと勤務はアメリカ時間。本社の指令を受けるため、アメリカの昼にあたる真夜中に働いているのだそうだ。(22頁)


日本でも珍しくない話だと思うが、合わせなければならない方は大変だろう。

逆に、インド時間に合わせて働いているアメリカ人はいるのだろうか?

しばらくすると、著者は体調を崩しはじめたという。

インド料理がダメだったのか?

……とりあえずお湯とライスをもらい、茶漬けをさっそく試して食べた。あまりうまくなかった。要するに、インド料理に限らず、疲れたときは何もかもだめなようである。
 このタイミングで日本食を試せたのは貴重な体験だった。要するに、体調がおかしいがゆえに日本食を欲しいとは感じるが、実際に食べてもうまいとは限らないのである。ナショナリズム全般にいえることだが、現状が悪いときにはシンボリックなもの(「日本」)に希望を託すが、それそのものを入手すると期待が裏切られたりする。これは政治運動でも同じで、「日本」に期待した沖縄の復帰運動がそうだった。ここで茶漬けを実際に食わなかったら、「やはり日本人だから茶漬けがいい」といった認識だけが残ったろう。ナショナル・アイデンティティ形成にかんする、自分をつかった人体実験である。(34頁)


著者は冷静に自分を観察している。

おそらく普通の日本人観光客だったら、
「やっぱり日本がいちばんだよねえ」などと言うところだろう。

なお、わたしは、これまで海外旅行中に体調を崩した経験が一度もない。

ベトナムでも大丈夫だった。

まだまだディープな旅行をしていないということなのだろうか?

ある日、著者はラジブ夫妻とこんな会話をしたという。

インドで英語を日常語としている人口はどのくらいかと聞いたら、たぶん5パーセントぐらいだろうという。
 ここで私が、西アフリカのマリ共和国(フランスの植民地だった)でフランス語を日常的に話している人口は0.1パーセントぐらいだと言ったら、一波乱がおきた。プニマ夫人が、「マリなんて知らないわ。インドはずっと大きな国よ」と語気を強めたのである。
 なぜだか一瞬わからなかったが、ここで国際交流基金のスタッフの言葉を思い出した。いわく、「インドの知識人は、欧米諸国とくらべて不便だとかいった批判は素直に甘受するが、フィリピンより悪いとか言うと怒る」。近代日本の知識人も、欧米の知識人から、欧米と日本を比較されて批判されるのは甘受したが、朝鮮や中国、あるいはアフリカ諸国と比較されると、「一緒にするな」と激怒したものである。(45頁)


このあとの著者の行動がおもしろい。

彼は言葉をつづけてみたのである。

ここは正直に聞くべきだと考え、「西アフリカとインドを比較したのが気に障ったのか」と聞いてみた。プニマ夫人はいつもの肝っ玉母さん風にもどり、「いいのいいの、小さなことよ。インドは大国、気にしないわ」と言う。(45頁)


正直にその先を聞いてみる、というのはなかなかできることではない。

さて、インド料理は、どれも「カレー的」にしか感じられないという。

日本人なら、「日本料理はその点、多彩だ」などと思ってしまうかもしれない。

だが著者はそれを否定している。

おそらくインド人が日本料理を食べたら、「どれもこれもみんな醤油味料理」だと思うだろう。(51頁)


それはそうだろう。

わたしたちは、何かと「日本」という単位でモノを考えてしまう。

「日本文化」、「日本料理」、「日本語」などなど。

こうして安易に「文化」と「国家」を重ねてイメージしてしまう。

最近では、捕鯨賛成派にこの妄想が顕著だ。

けれども、ある程度以上の教育を受けたひとにとっては常識なのだが、
「日本」というのは「近代」になって創り出されたものなのである。

右翼の諸君は、そこがまるっきり分かっていない。

江戸時代は身分や藩によって分断された社会であり、一目見ただけで、あるいは一言話すだけで、どこの地方のどの身分か、すぐわかってしまう。そういう社会では、身分も地方も超えて「われわれは日本人だ」という意識よりも、「どこそこ村の農民」といった意識のほうが強い。文化にしても、「日本文化」が存在したというより、「京都の貴族文化」や「水戸の農民歌」があったというほうが正確である。(54頁)


江戸時代に「わたしは日本人だ」というアイデンティティを持っていたひとは、
おそらくほとんど存在しなかっただろう。

「日本人が日本人としてのアイデンティティを持つこと」は、当たり前ではない。

江戸地方の料理にすぎなかった握り寿司や、京都の宮廷に献上していた菓子(当然ながら庶民は食べていなかった)が、情報や流通の発達によって全国に広まり、「日本の料理」になるという現象が起きてくるわけだ。
 さらに文化財の保護政策や、国民共通の義務教育も影響する。たとえば明治期には、政治家や官僚たちが中心になって、廃屋同然になっていた興福寺や、真言宗の末寺にすぎなくなっていた法隆寺を再興する動きが起こる。やがてそれらは、「京都の仏教寺院」ではなく、「日本の伝統文化」として国定教科書に掲載されていった。こうして、世が世なら寺院の建設に強制労働させられる側だったはずの平民たちまでが、「京都のお寺はわれわれ日本人の伝統文化」という意識を持つことになる。「日本人」という意識、あるいはナショナリズムは、交通の発達や身分制度の解消といった、近代化の結果として生まれてくるのである。(55頁)


「捕鯨は日本の伝統文化だ」と思い込むひとたちも、このことが分かっていない。

そういう意味で、彼らはとってもおめでたいひとたちなのである。

ああ、おめでたい、おめでたい。

ということは、本書を読むにあたっても、
著者が「インドでは」などと書いているところは注意して読まないといけない。

「日本では」とか「インドでは」とかいった表現は、あくまで便宜的なものなのだ。

インドと日本では、会社の習慣も異なるという。

 インドでは、「自分は会計係である」といった職種がまず第一であり、働いている場所は第二義的である。しかし日本の会社では、所属している会社の名前を第一に聞かれるが(「どちらの小熊さんですか?」というやつだ)、そこで経理を担当しているか営業をしているかはほとんど問われないし、昨日まで経理部にいた人間がセールス部門に回るといったことが頻繁におこる。だから現場で一から仕事を学ばなければならないことが多く、それを経済学上では「OJT」(On the Job Training)というのだ、といった内容である。(65頁)


インドの学生は、日本のこの習慣にひどく驚いたそうだ。

大学で法律を勉強した人間がセールスをやったり、金融を勉強した人間が総務を担当したりするのも普通のことだと説明すると、「それじゃ先生、大学で勉強してもしなくても同じじゃありませんか」という質問。その通り、だから日本の大学生は勉強しないと回答すると、「それじゃ、日本では何のために大学に行くのですか」という質問が出た。大学の場合も「何を学んでいるか」ではなく、「どこの大学に所属しているか」のほうが問題とされ、それじたいがステイタスになるからだと回答すると、開いた口がふさがらない様子だった。
 ただし、日本にもいろいろな職種があって、こういった人事システムをもつ「大会社」に正社員として勤めている人間とその家族は、数え方にもよるが日本の人口の20パーセント前後だということも話しておいた。(66頁)


もっとも、将来の仕事に役立つ技能を学ぶところが大学だ、
と思ってしまうとしたら、それも問題のある見方なのではなかろうか?

大学は専門学校とはちがう。

また、よく日本的経営などと言われ、終身雇用だの企業内労組だのと言われる。

しかしそれは大企業の話である。

とはいえ、大企業では学歴がいまでも大きな要素となっている。

 思うに、日本での学歴は、インドでのカーストと同じくらいの拘束力を持っている。日本では、インドでカースト間の結婚や交際が少ないと聞くと、「差別があるんだな」と感じる人が多いだろう。しかし日本でだって、大学出の女性が、中卒の男性と結婚しようとしたら、まずまちがいなく家族から大反対されるはずだ。それ以前に、学歴のちがう者どうしは就職場所も生活範囲もちがうから、まず出会うチャンスがない。出会ったところで共通の話題もないだろうから、交際も当然少なくなる。インドがカーストで輪切りにされた社会だとすれば、現代日本は学歴や会社名で輪切りにされた社会だ。(67頁)


以前も書いたことだが、
日本にもカースト制度があるのではないか、という視点は重要だ。

日本には「カースト制度」も「アパルトヘイト」も残存しているのだから。

インドでも、日本と同じように、右傾化が顕著だという。

独立からすでに50年が経ち、「建国の理念」が薄らいで右派が台頭しているという状況は、日本のいわゆる「戦後民主主義」が戦後50年とともに衰弱している状況とパラレルである。(70頁)


著者は、時間を見つけて、美術館に足を運んだという。

だが、インドらしい文化を体験できる美術館ではなく、現代アートの美術館へ。

ラジブ氏に「現代美術館に行った」と言うと、国立博物館を薦めた彼は一瞬意外そうな顔をしたが、「古代人の偉大さより、現代人の苦闘のほうに関心があるんでね」と言うと、むこうもおだやかに微笑んだ。(86頁)


インドのひとびとと著者はさまざまな話題で会話を楽しんだようだ。

日本人が海外へ行くと、
「日本はその点、どうなのか?」といった質問を地元のひとから受けるだろう。

知識人ともなると、日本の有名な文化人に関する質問が出てくるらしい。

三島や川端康成、小津安二郎などについて意見を求められたので、これらの人びとが西洋でウケるのは、彼らが日本でもっとも西洋化した視点を持った人びとだったからで、日本の題材を西洋的視点に適合するよう処理するのがうまかったからだと思う、と答えた。(87−88頁)


海外のひとたちとさまざなま話題で話が盛り上がる。

さぞかし楽しい時間であったことだろう、と思う。











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