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zoom RSS デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』(作品社)

<<   作成日時 : 2010/08/25 03:08   >>

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先日ニュース番組に、新人の参議院議員たちが映っていた。

メディアの注目を浴びていた新人議員がインタビューを受けていた。

それを見てわたしは「あれ? 竹中平蔵がまたなんで?」と思った。

よく見てみると、それは「竹中平蔵」ではなく「ヤワラちゃん」だった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


竹中平蔵は、小泉政権で構造改革を推し進めた中心人物だ。

「小さな政府」を目指すこの構造改革を支えていたものは何か?

それは、「新自由主義(ネオ・リベラリズム)」と呼ばれるイデオロギーだ。

まずこの点を確認しておこう。

新自由主義を信奉するひとたちは、
自分たちはイデオロギーとは無縁であるかのようにふるまう。

「イデオロギーの時代は終わった」などと白々しく言う。

でも実際は、新自由主義はイデオロギー以外の何ものでもない。

ではいったいどのようなイデオロギーなのだろうか?

 新自由主義とは何よりも、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する、と主張する政治経済的実践の理論である。(10頁)


この思想にとりつかれたひとたちには、どのような人物がいたのだろうか?

サッチャー、レーガン、チリの独裁者ピノチェト、竹中平蔵などなど。

この顔ぶれを見れば、心あるひとなら誰もこの思想に共感しないだろう。

だが、この思想はまだこの世界で大きな力を持っている。

わたしの周りにも、このイデオロギーに洗脳されている大人がたくさんいる。

彼らのせいで多くのひとびとが苦しんでいるというのに、
苦しんでいるどころか多くのひとびとが殺されたというのに、
彼らは何ひとつ「おとしまえ」をつけてくれないし「責任」もとらない。

彼らが支持する新自由主義は実際に何をしてきたのか?

彼らが敬愛する「自由」とはどういうものなのか?

2003年イラクの連合国暫定当局(CPA)のポール・ブレマー代表が、
次のような恐るべき占領計画を発表したのをご存知だろうか?

……「公共事業体の全面的民営化、イラク産業を外国企業が全面的に所有する権利、外国企業の利潤の本国送金を全面的に保護すること〔……〕、イラクの銀行を外国の管理下に置くこと、内国民待遇を外国企業に開放すること〔……〕、ほとんどすべての貿易障壁の撤廃」である。これらの命令は、公共サービス、メディア、製造業、サービス業、交通運輸、金融、建設など経済のすべての領域に適用された。(17頁)


新自由主義者は、それらの政策をすでにピノチェト政権下で実験済みだった。

彼らはIMFと協力し自分たちの理論にしたがって経済を改革した。国有化を取り消し、公的資産を民営化し、水産物や材木などの天然資源を民間に開放し乱獲させるがままにし(多くの場合それは先住民の抵抗を残酷に押し切ってなされた)、社会保障を民営化し、外国からの直接投資や自由貿易を促進した。チリでの操業から得られた利潤を本国に送金する外国企業の権利が保証された。(20頁)


「自由」とは、多国籍企業にとっての「自由」だった。

もちろん新自由主義はアメリカのレーガン政権下でも実行された。

その結果、アメリカはどうなったのか?

1970年代後半に新自由主義政策が実行されたあと、アメリカの国民所得のうち、上位1%の所得者の収入が占める割合は、20世紀末には15%にまで増加した(第二次世界大戦前の割合にかなり接近した)。アメリカの上位0.1%の所得者の収入が国民所得に占める割合は1978年の2%から、1999年には6%以上に増大した。他方で、最高経営責任者(CEO)の給与と労働者の給与の平均値の比率は、〔上位50位以内の数値で見ると〕1970年代の30対1強から2000年にはほぼ500対1へと広がった……。(29頁)


サッチャーのイギリスではどうだったか?

イギリスの上位1%の所得者は、1982年以降、国民所得に占める割合を6.5%から13%へと倍増させた。(29頁)


つまり、国民が必死に稼ぎ出した富を、一部の富裕層がごっそりくすねたわけだ。

それだけではない。

レーガンなどは労働者の権利をことごとく破壊した。

有名なのが、全米航空管制官組合(PATCO)をめぐる事件である。

◆全米航空管制官組合:最盛期には1万2000人の管制官を組織していたAFL-CIO所属の組合。1980年の大統領選挙ではロナルド・レーガンを支持。だがレーガンは1981年、労働条件の改善を求めた同組合のストライキに対して組合員の約9割にあたる1万1359人を解雇することで応じた。その後、1987年に結成された全米航空管制官連合(NACA)に団体交渉権を奪われた。(40頁)


ここでの「自由」とは、「略奪・収奪・搾取・暴力の自由」にほかならない。

新自由主義者たちは、「大きな政府」を批判するキャンペーンも展開した。

レーガンによって環境規制や労働安全衛生や医療に関する権限ある地位に任命された者たちが、これまでになく声高に「大きな政府」批判のキャンペーンを張った。航空機と電気通信から金融にいたるまで、ありとあらゆるものに対する規制緩和は、大企業が利益をあげるための無制限の市場的自由の新しい領域を切り開いた。投資に対する優遇税制は、資本が組合組織率の高い北東部や中西部から、組合組織率が低く労働規制の緩い南部や西部に移動することを効果的に後押しした。金融資本はしだいにより高い収益率を求めて海外に目を向けるようになった。自国の産業空洞化と生産の海外移転がますます常態化した。市場は、競争やイノベーションを促進するものとしてイデオロギー的に描き出されていたが、実際には、独占権力を強化する手段になった。法人税が抜本的に引き下げられ、個人所得の最高税率は70%から28%に下げられた。この一連の措置は「史上最大の減税」と言われた……。(40頁)


ふつうならこれを見て、新自由主義の危険性に気づく。

だが、彼らのイデオロギー政策は、
富裕層がさらに富を独占することが国民全体にとってもよいことであるかのように、
うまいこと錯覚させることができたのである。

1960年代には「ゼネラル・モーターズにとってよいことはアメリカにとってよいことだ」というスローガンがしばしば人口に膾炙したが、1990年代にはそれは、「ウォールストリートにとってよいこと、それがすべてだ」というスローガンに変貌した。
 したがって、新自由主義のもとで台頭しつつある階級権力の実質的な中核部分の一部を構成しているのは、CEO、会社の重役、そして資本が活動するこの聖地をとりまく金融、法律、技術部門のリーダーたちである。(48頁)


実際に利益を享受するのは、特定の集団だけである。

……「世界の金持ち上位200人の純資産は、1998年までの4年間で倍以上に膨れ上がり、1兆ドル以上になった。上位3名の億万長者の資産はそれまでに、最も発展の遅れた国々とそこに住む6億人の人々の国民総生産(GNP)の合計額を上回った」。(50頁)


もう1度言おう。

ふつうなら、これで十分に新自由主義の危険性を認識する。

だが、そうはならなかった。

そこで登場するのが、「都市伝説」である。

アメリカでは、
キャデラックを乗り回す「福祉の女王(ウェルフェア・クイーン)」といった話が、
ふりまかれた。

◆「福祉の女王」:公的扶助を受けていながら、高級車に乗って買い物をする黒人シングルマザーといったたぐいの、レーガン時代に人口に膾炙した真偽不明の逸話のこと。(78頁)


日本でも、
「みんなで手をつないで一斉にゴールする徒競走」だの、
「生活保護で贅沢な暮らしをするモラル・ハザード」だの、
そういった「都市伝説」や「噂話」がふりまかれた。

レーガンとサッチャーの成功は……すなわち、彼らが、これまでは少数派だった政治的・イデオロギー的・知的立場を採用し、それを一気に主流の地位に押し上げたことである。(88頁)


こうして新自由主義の正体が明らかになる。

新自由主義は、「プラグマティックでご都合主義的な思惑」にすぎない。

たとえば、ブッシュ大統領は自由市場と自由貿易を信奉しているにもかかわらず、鉄鋼業が盛んなオハイオ州での選挙戦の勝利を確かなものにしようと、鉄鋼関税を設定した。ちなみに、選挙結果は思惑どおりとなった。国内の不満を和らげるために、国外からの輸入数量制限が恣意的に設けられる。ヨーロッパ諸国は、社会的理由、政治的理由、はては美学的理由からあらゆるものの自由貿易を主張しているのに、自国の農業は保護している。特定の業界(たとえば武器取引)の利益を推進するために特別の国家介入がなされたり、中東のような地政学的に重要な地域では、政治的なつながりと影響力を獲得するために、信用の供与が恣意的に各国に拡大されていく。以上の理由からして、新自由主義の正統理論に常に忠実な原理主義的な新自由主義国家論者に出くわしたとしたらまったく驚くべきことだろう。(102頁)


ここに、新自由主義が新保守主義と手をつなぐ理由がある。

「小さな政府」論は、「小さな政府」を実現しないのだ。

彼らは、「自由」の名によって、公共性を破壊する。

あらゆる種類の公益事業(水道、電気通信、交通運輸)、社会福祉給付(公共住宅、教育、医療、年金)、公共機関(大学、研究所、刑務所)、戦争さえも(一例は、イラクで米軍とともに活動していた民間契約の「軍隊」である)、資本主義世界の隅々で、またそれを越えて(たとえば中国)、ある程度まで民営化されてきた。世界貿易機構(WTO)内部でいわゆる貿易関連知的所有権(TRIPS)協定を通じて確立された知的所有権は、遺伝物質や原種子を含むありとあらゆる種類の生産物を私的所有物として規定している。それゆえ、これらの遺伝物質の開発に決定的な役割を果たした当の人々から、使用料(レント)を徴収するということになりかねない。生物資源の略奪(バイオパイラシー)がはびこっており、世界の備蓄する遺伝子資源が、少数の大手製薬会社の金儲けのために略奪されていっている。地球の環境公共財(コモンズ)(土地、空気、水)の汚染が進み、生息環境(ハビタット)の破壊もますます進行しているが――これは資本集約型の農業以外のあらゆる農業生産を不可能にしている――、これもまた、あらゆる形態での自然の全面的商品化から生じている。知的創造性や文化様式や歴史を商品化すること(観光事業を通じて行なわれる)は、大規模な略奪を必然的にともなっている(音楽産業は、草の根の文化と創造性の領有と搾取で悪名高い)。(223−224頁)


新保守主義者の欺瞞も、ここに見事にあらわれる。

長年にわたる激しい階級闘争を通じて勝ち取られた共有財産(公的年金、福祉、国民医療の権利)は私的領域へと返還された……。(224頁)


新自由主義者は、金儲けのゲームに興じる。

規制緩和によって、金融システムは、投機、略奪、詐欺、窃盗を通じた再分配活動の中心の一つとなった。組織的な株価操作、ネズミ講型投資詐欺(ポンジー・スキーム)、インフレによる大規模な資産破壊、合併・買収(M&A)を通じた資産の強奪、先進資本主義諸国でさえ全国民が債務奴隷に追い込まれるほどの額の債務を支払わせること、そして言うまでもなく、会社ぐるみの詐欺行為や信用と株価操作による資産の略奪(年金基金の横領と、株価暴落や企業倒産によるその多くの破壊)。これらすべてが、資本主義的金融システムの中心的な特徴となった。(224頁)


だから、こうしたゲームに参加している企業や社員たちは、
みな「犯罪者」なのではないだろうか?

犯罪者は刑務所へ行くべきなのではないのか?

他方、労働者はどのような状況に追い込まれるのだろうか?

あまりにも多くの人々が、最も安く最も従順な労働供給を見出すための「底辺へ向かう競争」に巻き込まれていく……。(234頁)


「底辺へ向かう競争」。

神経と身体をすり減らす労働者。

たとえばメキシコの労働者は、短期契約によってカリフォルニアのアグリビジネスで働くことができるが、彼らは、病気になるやいなや(さらには浴びた農薬が原因で死亡した時でさえ)、メキシコへと情け容赦なく送り返される。(234頁)


日本では、いま日系ブラジル人や日系ペルー人たちが、
まさに同じような扱いを受けているのである。

そのことに心を痛める日本人は、あまりに少ない。

世界中の苦汗工場(スウェットショップ)で働いている労働者の、ぞっとするようなひどい労働条件と専制的状況についての話が満ちあふれている。中国では、農村出身の若い女性労働者の労働条件は、まったくひどいものである。「耐えられないほどの長時間労働、標準以下の貧困な食事、狭苦しい寄宿舎、殴ったり性的に虐待するサディスティックな経営者、支払いが数ヵ月遅れたり時にはまったく支払われない給料」。(234頁)


日系企業の中国工場で働く中国の労働者も、ひどい人権侵害を受けている。

アップル社の中国工場では、自殺者が続出しているという。

ジーンズで有名なリーバイ・ストラウス社も相当にあくどいようだ。

下請け会社で働いた経験を、若い女性が次のように証言している。

私たちは、いつも当然のように侮辱されています。上司は、怒っている時には、女性を犬とか豚とか売女とか呼びます。私たちはそれに口答えせず我慢強く耐えなければいけません。私たちは規定では朝の7時から3時まで働くことになっていますが(日給は2ドル未満)、しばしば残業させられ、ときには9時まで残業します。急ぎの注文がある時にはとくにそうです。どんなに疲れていても、いえに帰ることは許されません。200ルピー(10セント)の割増しをもらえることはあります。〔……〕私たちは住んでいるところから歩いて工場に行きます。工場の中はとても暑く、屋根は金属製です。すべての労働者に十分なスペースがなく、とても窮屈です。そこでは200人以上が働いていて、そのほとんどが女性ですが、トイレは工場全体で1つしかありません。〔……〕仕事から家に帰ってくると、他に何もする力も残ってなくて、食べて寝るだけです。(234−235頁)


新自由主義は人権を破壊する。

人間の暮らしを破壊する。

そして、環境もずたずたに破壊する。

レーガンは環境について一顧だにせず、ある時には樹木が大気汚染の主な原因だと断言したほどであった……。(238頁)


樹木が大気汚染の原因とは……。

レーガンというひとは、ものすごい大統領だったのだなあ。

新自由主義者は、環境などどうなってもいいと考えている。

労働者なんてどうなってもいいと考えている。

彼らが興味を示すのは、株価。

『ウォールストリート・ジャーナル』のような右翼メディアばかり読んでいると、
環境や人権などどうでもよくなってしまうのだろう。

訳者の渡辺治も、本書の終わりにこう書いている。

現実にも、戦後保守政治の下で推進された開発は、容赦なく伝統や地域を破壊した。むしろ、地域の地場産業や伝統・環境などの保全は、開発主義に反対する市民運動や共産党などの運動によって取り上げられた。京都の保守勢力が一貫して京都の開発を重視し、伝統と文化を守る運動はむしろ京都の革新勢力が担ったことはその典型例である。(324頁)


同感である。

保守政治家は、「美しい日本」などと言う。

「美しい日本のふるさと」などと言う。

しかし、日本の街並みや景観や環境をズタズタにしてきたのは、誰なのか?

地域を破壊してきたのは、誰なのか?

辺野古の美しい海を破壊しようとしているのは、いったい誰なのか?

保守政治家たちとゼネコン・土建屋ではなかったのか?

そして、右翼もその一味だったりするのだから、呆れたものである。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


けっこうボリュームのある本だが、一読をおすすめする。

巻末の解説もていねいで分かりやすい。














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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは、船頭です。
先日おっしゃってた「みんなの党」の正体が、これなのですね。
末恐ろしい事でございますm(__)m
船頭
2010/08/30 23:27
◆船頭さま

こんにちは。

おそらくそうだと思います。いまの日本の問題点は、われわれに示される選択肢が最悪なものばかりだ、ということですよね。「菅か小沢か」「民主党か自民党かみんなの党か」なんて、どれも選びたくないですよ。
影丸
2010/09/04 14:04

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