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zoom RSS 湯浅誠・雨宮処凛ほか『脱「貧困」への政治』(岩波ブックレット)

<<   作成日時 : 2010/08/11 08:51   >>

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本書は、北海道大学で行なわれたシンポジウムの記録である。

貧困問題に取り組む派遣村村長だった湯浅誠、雨宮処凛に加え、
北海道大学の宮本太郎・山口二郎・中島岳志が「貧困」について議論している。

貧困は発展途上国の問題だと思われていた。

だがその貧困がいま日本社会に広がっている。

どうしてだろうか?

それは、自民党政権時代から構造改革を実施してきたからだ。

アメリカ流の「小さな政府」路線を導入したからだ。

……ロバート・ライシュによると、ウォルマートを経営するサム・ウォルトン一族の資産はいまや900億ドルぐらいで、アメリカの下層の1億4000万人分の資産とほぼ一緒であるそうです。(26頁)


アメリカは、目指すべき理想的な社会などではない。

これは自明だ。

宮本太郎(北海道大学)は、次のように述べている。

山口さんと私がやった世論調査の結果なのですが、どういう日本にしていったらいいかというときに、だいたい58%ぐらいの人たちが「北欧のような福祉社会にしたい」と言うのですが、日本社会に必要な改革は何かというと、行政を信じられないからとりあえず行政改革で支出削減を、となる。(29頁)


日本の有権者は、どうやら問題を理解していないようだ。

「小さな政府」にしていったら、自分たちの首をますます絞めることになるのに。

問題の本質を理解できないと、どうなるか?

戦慄すべき事態がいま進行しているのではないか、と宮本太郎は指摘する。

……社会学者の土井隆義さんによると、……中高生たちのなかに「秋葉原で加藤に殺された人っていいなあ」って書いている人が、ある一定程度いたということです。
 これはどういうことかというと、自分はもう死にたくてたまらない、生きづらい。けれども、このまま自殺してしまえば、自分の味方をしてくれている人も悲しむし、みんなから「やっぱりあの子は弱い子だった、情けない子だった」と、死んでまで屈辱を与えられ続ける。けれども、加藤容疑者に殺された人たちというのは、「あの子はいい子でしたよ、こんな人生を歩んだ」って、肯定的に報道されるというのですね。被害者の家族にとっては辛すぎる現実で、そんな報道で解消される問題ではありませんが、「ああいう事件で私も殺されたら、親も「いい子だった」と世の中に言ってもらえるし、私だって、最後の最後、社会のみんなに認められて死ねる、いいな」と思ってしまう人たちがいるということに、私は衝撃を受けました。(38−39頁)


秋葉原通り魔事件が報道されたとき、
加藤被告に共感するひとたちが多かったことが話題になった。

だが、犠牲者に対しても、ねじれた共感を示すひとたちが多いというのだ。

本当は社会構造の問題や政治の問題だったりすることを「自己責任」とか「親の教育が悪い」とかという形で、家庭内に社会の矛盾を凝縮させてきた。だから、怒りが自傷行為や自殺、家庭内暴力とかになって、社会から見えなくされてきた。(39頁)


こう指摘するのは、雨宮処凛である。

問題のほんとうの原因は、社会構造と政治にある。

ひとびとはしかし、そこを見ることができない。

 働いている現場にはアジアの労働者の人たちが多く、実際私も飲食身店で働いているときに、日本人は時給が高いから、時給の安い韓国人と交換したいということをいわれて動揺した。そんな不安や不満が、たぶん90年代から、一部の底辺の若者に広がり始めたのだと思います。
 そういうことと、自分が右翼団体に入っていたことは、すごく関係があると思います。つまり、他者に対する敵意とか排他的な感覚は、自分が抱いた不満や屈辱感といったところから出てきたものです。(52頁)


底辺の若者の間で排他的な感覚が高まっているという。

そこで「日本人のおれたちの仕事を奪う中国人や韓国人」みたいな言い方をするネット右翼の人たちもすごくたくさんいて、そういう人の話を聞くと、工場で仕事を奪い合っているという感覚が共有されています。やっぱり、最低賃金競争をしているという実感が伝わってきます。
 例えば、日雇い派遣のお弁当の工場なんかだと、現場は日本人とラテンアメリカの人と中国の人で、壁の注意書きがスペイン語とか中国語だったりします。そういう現場で90年代以降、一部の若者が働き始めるようになって、自分が「日本人である」ということしかアイデンティティの拠り所がなくなり、外国人労働者と自分を差別化できないという現象が生まれています。ここでは、現実の過酷な労働環境と排他的なナショナリズムが連結するという現象が起こっています。(52頁)


これは、アメリカやヨーロッパで見られる「移民排斥」とまったく同じ反応だ。

そして一部の企業や政治家は、不満を外国人に向けようとする。

 最近では、もっと事態は進んでいて、日本のフリーターが外国人労働者として外国に派遣されているという実態があります。例えば、中国やタイにフリーターが、コールセンターの仕事で派遣されたりしています。時給は300円。いままでコールセンターは沖縄にたくさんありました。沖縄は最低賃金が最も低い地域の一つなので、沖縄に集中していたわけですが、これが中国やインド、タイに移転し、そこに非正規雇用の行き場のない日本人が派遣されています。彼らは「海外で働く」とか「中国語が勉強できる」といった謳い文句につられるのですが、渡航費はすべて自腹。月収は5万円ぐらい。これでは生活できない。(53頁)


労働者たちが問題の本質を理解できるようにすること。

問題を生み出している真の原因を理解できるようにすること。

声をあげてほんとうの改革を進めること。

その声は、外国人たちとの連帯によってあげること。

これがわたしたちに課せられている問題である。











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