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zoom RSS 小森陽一/崔元植/朴裕河/金哲【編著】『東アジア歴史認識論争のメタヒストリー』(青弓社)

<<   作成日時 : 2010/07/17 11:27   >>

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いくつかコメントをいただいている。

もうじきお返事を書くつもりなので、しばらくお待ちください。

この間、相変わらず腹立たしいこともあったし、
小躍りしたくなるほどうれしい出来事もいくつかあった。

腹立たしいことと無縁な人生を生きていくことは不可能なのであろう。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


本書は、日本と韓国の研究者たちによる論文集である。

最近わたしは中国人の若者と話をする機会が多いのだが、
彼女たちの意識は概して日本人よりもずっと高い。

歴史についてもわりと勉強しているし、自己主張もきちんとできる。

それに比べて日本人はどうだろうか?


◆「東アジア史」の可能性(成田龍一)

2005年は、東アジアのなかで、歴史認識の温度差を感じさせる出来事が相次いだ。たとえば、春先の韓国と中国でのデモを、日本のメディアは「反日」と名づけて報道した。日本の外交政策や外交姿勢に反対するデモであったにもかかわらず、日本のメディアは、日本の総体を対象としたデモであるかのように報じ、デモを攻撃した。あるいは、歴史教科書問題や靖国神社への首相参拝問題に対するアジアからの批判に関して、(アジア諸国からの)「反発」という言い方で報道してもいる。これらは、戦争の記憶のありようや「いま」の東アジアに関わる問題を日本への反発として扱う姿勢にほかならず、中国や韓国との温度差を縮めようという姿勢は見えにくい。(115頁)


これほどまでに精神的未熟さを露呈しているのがいまの日本人である。

「反日デモはけしからん」

「反日デモの背後には中国・韓国政府による反日教育がある」


こう日本人は反発してみせた。

だが、「反日教育」が行なわれているのなら、
なぜその後めっきり「反日デモ」が見られなくなってしまったのだろうか?

「反日教育」が行なわれているというのなら、
もっと頻繁に、現在でも、「反日デモ」が行なわれてもよそさそうではないか。

日本の政治家たちが、日本国民の言動に問題があれば、
それに対して厳しい批判が起きるのは当然のことではないか!

日本人は、日本の側にこそ問題があることを見ようとしない。

日本の戦前・戦時・戦後の連続性を見ようとしない。


アジア女性基金問題と知識人の責任(和田春樹)

 ナチス・ドイツは最後まで戦って、いわば「玉砕」した。首都は占領され、国家元首は官邸地下室で自決した。ナチス国家は完全に粉砕された。ドイツは分割占領され、占領軍の軍政のもとに置かれた。数年後に自分たちで憲法を作り、新しいドイツ国家が東西に分裂して生まれた。これに引き替え、天皇の詔書で戦争を始めた日本は本土決戦、1億玉砕を回避して、同じ天皇の詔書によって戦争を終えた。日本国家は存続し、アメリカ軍の単独占領のもとで、占領軍の指揮下に新憲法を受け入れ、戦後改革を進めた。天皇は退位せず、「平和国家」建設を唱え、帝国軍隊の統帥者から平和国家の象徴に変身した。
 日本では将軍と軍人は去ったが、天皇と官僚たちは残ったのである。大東亜戦争を始めた内閣では、首相の東條英機と外相の東郷茂徳がA級戦犯となり、東條は処刑され、東郷は服役中に死んだ。蔵相・賀屋興宣、商工相・岸信介、農相・井野碩哉、大東亜相・青木一男は戦犯になることを免れ、追放されたが、みな戦後政治に復帰し、政権党の議員となった。うち岸は首相となり、賀屋は法相となった。
 だから古い観念は日本社会の一部に、なんらの反省のないままに完全に生き残った。(134−135頁)


彼ら戦犯を政界に復帰させたのは、アメリカ政府であった。

だから日本の右派は、アメリカの忠実な下僕なのである。

CIAから金をもらっても「恥」とも思わなかったのである。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


さて、この本では、いくつかの論文で「ある問題」を取り上げている。

きっかけとなったのは『ヨウコ物語』という児童文学作品だった。

『ヨウコ物語』問題を知らないひとのために、あらましを紹介しておこう。

『ヨウコ物語』(原題So far from the bamboo grove)は、
ヨウコ・カワシマ・ワトキンズという在米日本人女性が1986年に発表した作品だ。

敗戦直後を舞台とした自分史の苦難の物語だという。

戦争の悲惨さ、理不尽さを伝える子供向けの物語であったのだろう。

アメリカで出版されるとたちまち話題になり、
中学校の教材として使われるようになったのだという。

ところが、これが問題になった。

 『ヨウコ物語』をめぐる論争の発端は、学校の授業でこの本を読んだコリアン・アメリカンの生徒が泣いて帰宅し、事情を聞いてショックを受けた両親が学校に抗議をしたことにある、というのが通説となっている。この作品に描かれたコリアン像のせいで、クラスの他の生徒たちからからかわれた、という話も伝えられた。(269頁)


コリアン系アメリカ人の学生はこの物語を読んでなぜショックを受けたのだろうか?

それは、この小説の内容に関わっている。

この小説は幼い少女の戦争体験が描かれている反戦小説として評価され、アメリカで大きな反響を呼び、中学校のリーディングの教材として採択された。小説の内容は、父が満洲に駐在する軍人だったため朝鮮に住んでいた日本人少女が、朝鮮の解放以降、日本に帰国するまでの苦しい旅程を描いた物語である。小説には、韓国人が日本女性を強姦する場面が描かれており、帰国の途につく日本人に対する韓国人の脅威が表現されている。そのため、植民地支配の時代の歴史的脈絡が省略されたまま、単純に加害者「韓国」と被害者「日本」の歪曲された図式が表出されていると指摘されている。在米韓国人社会の父兄は、この小説がアメリカの青少年および韓国人社会の青少年に歪曲された歴史の認識体系を植えつけるおそれがあるとして、「リーディング教材採択反対運動」を展開した。この運動が韓国社会に報道されると、『ヨウコ物語』をめぐる議論が大きく拡大した。こうした事態がきっかけとなり、出版社は小説の販売を中止する措置を下した。(159頁)


つまりこの小説では、日本人が被害者、韓国人が加害者として描かれているのだ。

クラスの子どもたちがコリアン系の生徒をからかったのは、
この物語によって韓国人がいつの間にか戦争の加害者にされていたからなのか。

しかも作者の歴史認識が相当に甘かったことも、のちに明らかになったという。

……著者が日本軍「従軍慰安婦」問題をよく知らないと発言したことが明らかになったことによって、著者の歴史意識のなさが指摘された。(160頁)


日本語圏ではいまのところ、
『ヨウコ物語』をめぐる議論が歴史修正主義派によって
利用される気配は見えないというが、
それは彼らに知性が欠落しているからであろう。

機会さえあればご都合主義的に利用してくることは大いに考えられる。

この問題はどのように考えたらよいのだろうか?

米山リサによる優れた解説を見てみたいと思う。


日本植民地主義の歴史記憶とアメリカ(米山リサ)

まず、「それ見たことか、これこそ反日だ」と歴史修正主義者が言いそうだから、
事実関係を確認しておかないといけないだろう。

もっとも、13人の保護者たちは必ずしも同書を教育現場から完全に撤去することを求めたのではなく、より高学年の教材として使用することや、歴史背景を教えることなどを条件として同書を採用することを要求したといわれる。(269頁)


なるほど。

被害者であるはずの韓国が加害者にされてしまっては、
黙っている方がおかしいというものであろう。

この小説の作者がいくら「素朴」に「戦争の悲惨さ」を伝えようとしたのだとしても、
そこには決定的に欠落している「問い」がある。

その「問い」とは何か?

あるレヴューの投稿者が、この重大な「欠落」を鋭く指摘しているという。

「なぜヨウコの家族は朝鮮半島北部にいたのか?」「お父さんはどんな仕事をしていたのか?」。戦後、シベリアに抑留されていたことから見ると、ヨウコの父親は戦争犯罪人だったと考えられる、とも推測している。(276頁)


こうした話は、ナチスに置き換えて考えてみると分かりやすい。

この投稿者は、「第二次世界大戦のオランダから逃れるナチの家族の少女の苦労話」を同じような無批判性をもって出版できただろうか、と問いかける。……歴史表象については批判的な歴史認識に根ざした判断ができるのに対して、アジアの戦争被害について同様の判断ができない出版社、児童文学批評家、学校関係者たちの無知、無批判性、そしてそれを許してきたアメリカ社会にあるアジア人(日本人を含む)に対するレイシズムを、この投稿者は指摘するのである。(276頁)


ここで著者は、さり気なく次のように述べている。

『ヨウコ物語』は、児童文学の古典の一つであるバーネット著『小公女』ときわめてよく似たストリー性から成り立っている。(278頁)


ということは、この作品には大した独自性も見られないということだ。

そこで疑問がわく。

ではなぜ『ヨウコ物語』がアメリカで戦争被害を描いた書として好まれたのか?

ここから著者の鋭い考察が発揮される。

……同書において日本による朝鮮植民地支配の歴史背景が空白となっていることは、アメリカの読者にとって米国のアジア諸地域での歴史を封殺し、同書を戦争被害の書としてだけ読むことを可能にする。同書における日本の植民地主義の詳細の欠如は、米国における自国の植民地支配の歴史認識の欠如と共犯関係にあるのだといえる。これに対して、『ヨウコ物語』をコリアン・アメリカンの位置から批判するという作業は、戦争の被害の普遍的な惨酷さを訴えるとされるテクストに、植民地主義批判の視点を介入させることを余儀なくするのである。それは同時に、米国の植民地侵略や占領の歴史について考えさせるきっかけとして同書を読むことにもつながるかもしれない。(280頁)


日本の歴史修正主義者たちがもしこの騒動を知れば、
恐らく韓国のひとびとの反応を非難し、作者を単純に擁護しようとするだろう。

作者が日系人である、という単純な理由で。

だが、その行為自体がレイシズムを反復するのである。

日本人に対する白人のレイシズムを補強することになる。

そして、アメリカの日本に対する植民地支配を正当化していく。

どうだろうか?

日本の右派こそが対米従属・対米隷属をすすめていることが分かる。

「自主憲法の制定」?

「NOと言える日本」?

笑わせてもらっては困る。

アメリカのメディアはこの問題をどのように伝えたのだろうか?

「ボストン・グローブ」紙は、この問題を次のような対比で伝えたという。

……ワトキンズは常に慎み深さ(humility)、優しさ、寛容さ、といった概念と結びつけられてきた。これに対して、同書に異議を申し立てる側に立つコリアン・アメリカンの保護者をはじめとする人々は多くの場合、「怒り」や「抗議」だけに結びつけて描かれているのである。……異議申し立てをする人々の側を、謙虚に慎み深く他人に接しようとしている人間に対して思いやりや容赦を欠いた非寛容な存在であるかのように映し出してしまう。(281頁)


この構図は、アメリカ国内の、さらに言えば欧米社会の「善意」を反復している。

このことは、オペラの古典『蝶々夫人』や、
より最近ではミュージカル『ミス・サイゴン』などの興行に反対する
アジア系アメリカ人の運動に対する誹誘中傷とも無縁ではない、と著者は言う。

抗議するアジア系アメリカ人が、
芸術の普遍的価値を理解できない人間性を欠いた劣位の人間、
偏狭で寛容性に欠く人々としてしばしば非難されてきたのである。

非人間として扱われることに抗議する人々が、逆にそのことによって非人間化されてしまうという、このサイクルを断ち切るには、抗議を受ける者たちこそが、まず、謙虚さや「慎み」の覆いから歩み出し、うろたえ、真の和解と対話を妨げるものに対して怒り、「たたかう」姿勢を示し始めるしかないとはいえないだろうか。(282頁)


以上の要約では理解しにくいところも多いだろう、と思う。

この米山リサの論文は必読である。

見事なレイシズムの分析・考察・問題提起になっている。

それほど長い論文ではないので、ぜひ読んでいただきたい。

最後に、『ヨウコ物語』の問題点を、
韓国人研究者の論文のなかから紹介しておこう。


帰還の物語を再読する(辛炯基)

 日本人の帰還については、敵地に残された自国民を救出するという意味で「引き揚げ」という用語が使われた。……帰還の過程で子どもたちが飢えと病で死に婦女子が強姦にあったとうい受難の物語は、引き揚げの記憶を充足させた。この受難の記憶は日本人も戦争の被害者であることを主張するものだった。(247頁)


日本人の無責任ぶりは、犯罪的である。












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レイシストとは誰のことか?
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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
お前、日本人じゃないだろ。
何が従軍慰安婦だ。そんなでたらめな話よくも出来たな。
そんな話をするなら、韓国人がどれほど残虐非道なことを日本人にしてきたか、お前は知らんのか?
日本人の人権を無視する輩が過去を語るなや。
このレイシストが!!
いつまでも被害者づらするな。
2010/07/17 21:42
ほほぅ。最近は「反日」にかわって「レイシスト」という言葉を使うのか。
それにしても、文末の
> 日本人の人権を無視する輩が過去を語るなや。
> このレイシストが!!
はケッサクですね。レイシストって意味わかってんのか?
あんたのことを指す言葉だと思うが。

さて影丸さん、おひさしぶりです。
アラサーになった出版ワーキングプアのパンダです。
以前から伺いたいと思っていたのですが、映画「ザ・コーヴ」とそれをめぐる騒動についてはどうお考えでしょうか。
たぶん、上の方の「レイシスト」なんていう、新しく覚えたっぽい言葉づかいも、この辺から出てきてるような気がするのですが。
パンダ
2010/07/21 23:36
> 日本人の人権を無視する輩が過去を語るなや。
> このレイシストが!!
はケッサクですね。レイシストって意味わかってんのか?
あんたのことを指す言葉だと思うが。

おもしろすぎです。パンダさん。。。
ごもっともでございます。
さぶしるま
2010/07/24 05:41
◆いつまでも被害者づらするな。さま

はじめまして。ずいぶんと失礼な方ですね。

あなたは、またもや、病的なネット右翼の貴重な「証拠」を提供してくださいました。いただいたコメントは、あらためて記事にして、考察させていただこうと思います。そこでは「レイシスト」の正しい意味も解説しようと思います。お楽しみに。

あなたのようなひとを刑務所に送りこめる日が来るまで、がんばろうと思います。あなたのおかげでますます闘争心がわいてきました。
影丸
2010/08/25 01:38
◆パンダさま

鋭いコメント、ありがとうございます。そして、お返事がすっかり遅くなってしまって、失礼いたしました。

最近のネット右翼にかかると、「レイシスト」や「ファシスト」の意味が勝手に変えられてしまうみたいですね。興味深い症状だと思います。ご指摘のとおり、彼らは「レイシスト」や「ファシスト」という言葉を最近覚えたように思いますね。意味がまったく間違っていますけど。

『ザ・コーヴ』をめぐる騒動については、率直に言って、うんざりしていますが、この傾向は『ザ・コーヴ』よりも前、小泉首相(当時)が靖国参拝を強行したころから顕著になったものではないでしょうか? その背景には、小林よしのり、『嫌韓流』などのマンガがあると思います。差別マンガに洗脳されたのでしょう、きっと。
影丸
2010/08/25 01:56
◆さぶしるまさま

パンダさんのコメントはお見事でしたね。

それにしても、↑のようなコメントを見ると、ほんとうに情けなくなりますね。日本の「学力低下」は相当に深刻です。
影丸
2010/08/25 01:58

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小森陽一/崔元植/朴裕河/金哲【編著】『東アジア歴史認識論争のメタヒストリー』(青弓社) フォーラム自由幻想/BIGLOBEウェブリブログ
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