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zoom RSS ジェラルド・カーティス『代議士の誕生』(日経BPクラシックス)@

<<   作成日時 : 2010/06/17 09:05   >>

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本書は、政治学ではとてもよく知られた本である。

しかし、長いこと絶版状態で手に入れるのが困難であった。

それが出版社をかえて、訳者もかわったと思うのだが、新たに出版された。

参院選を控えたいま、ぜひ多くのひとに読んでもらいたい作品である。

代議士はどのようにして生まれるのか?

日本の政治・民主主義はどのようなレベルにあるのか?

おそらく本書を読んだひとは、その内容に愕然とするはずである。

日本の自称「民主主義」の実態はこの程度のものだったのか、と。

なお、編集者・出版社にひとこと申したい。

なぜ段落のはじめを「2段」も下げるのか?

そんな作法は日本語文章には存在しない!

読みにくいったらありゃしない。

気まぐれでおかしなことをしないでいただきたい。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


ジェラルド・カーティスは、アメリカ人の政治学者だ。

彼は日本の政治を研究し博士論文を執筆するために、いまから40年ほど前に来日。

大分県に住んで、ある政治家に密着取材を行なった。

その政治家の名は「佐藤文生」(自由民主党)といった。

彼の選挙運動を調査することによって、
日本の草の根民主主義はどう機能しているのか、
自民党の政治家は選挙をどう勝ち抜いているのか、
日本の社会のあり方が選挙にどう影響しているのか、
といった問題を著者はつぶさに目撃し探っていった。

1960年代の日本の政治はどのようなものだったのだろうか?


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


自民党は、政権与党として、長期にわたって戦後日本政治を牛耳ってきた。

 自民党では、官僚出身か地方議員出身かで、政治家のタイプがまったく異なる。元地方議員からみれば、官僚OBは官尊民卑の態度が抜けず、政治家一筋でやってきた党人脈でなければ庶民の気持ちはわからないという意識が強い。一方、官僚OBからみれば、元地方議員はがさつで知性や教養に乏しく、政策がわからない。政策通のエリート集団がいなければ、政策に絡む複雑な問題には対応できないと考えている。(53頁)


地方自治体の幹部が自民党から出馬するケースも多かった。

内部にそのような反目を抱えていても、選挙運動のやり方はみな同じだった。

日本では、たとえば村に念願の道路ができたとき、政治家が村のために頑張ってくれたと感謝するのが普通であり、政治家として当然の義務を果たしたと考える人は少ない。道路をつくるためにきっと上のほうに無理をいってくれたのだろうと気を回し、その政治家に借りができたと感じる。道路をつくった政治家は、いわばその借りを返してもらう形で票をまとめるのである。(93頁)


ここには日本の、とりわけ地方の有権者の意識がよくあらわれている。

有権者の意識を支配しているのは、「世間」の論理だったのだ。

佐藤文生は、大分県の県議を務めていた。

衆院選に出るにあたり、彼は地盤を「後継者」に譲った。

政治家には「親分・子分」関係があり、
子分は親分への忠誠を誓って選挙運動を全力で応援する。

佐藤文生は、大分2区から出馬した。

彼は、旧制杵築中学の同級生を中心に選挙組織をつくった。

 全体を統括したのは41歳になる佐藤の親戚で、当選2回の市会議員、杵築中学のOBである。あとの6人も杵築中の同級生が4人、佐藤の1年先輩が1人、もう1人は佐藤の母親と同郷で長年家族ぐるみのつき合いをしている61歳の男性だった。
 佐藤は旧制中学時代の友人とは連絡を欠かさず、同窓会に出席し、OB会や記念事業に多額の寄付をするなど、人脈を保つため人一倍努力していた。選挙の応援部隊として旧制中学時代の仲間をいかに重視していたかがうかがえる。
 別の市町村では、親戚が組織の中核になった。また、県連青年部の仲間も貴重な戦力となった。佐藤の自前の集票マシーンは、勢力範囲が地元の別府にほぼ限られていた。県議在任中、県連青年部長をつとめていた佐藤は、青年部の人脈を利用して、自分の選挙組織を選挙区全域に広げたのである。(102頁)


日本では、選挙組織以外に、じつは重要な「協力機関」が存在していた。

各地の町内会が自民党と密接に結びついているのだ。

 町内会で自民党支持者が幅をきかせていることについて、ある学者は「自民党組織の末端をになう」のが町内会だと指摘している。おそらく、自民党の組織はそこまで草の根レベルに浸透していないが、保守層が町内会を掌握していることは事実だ。別府の町内会は自民党の末端組織ではなく、保守的な考え方、保守的な政治家に共感する傾向が強い人の集まりである。自民党候補にとっては、支持者を集める絶好の場となる。(176−177頁)


町内会は、いまでは警察の下部組織にまで成り下がっているところもあるが、
日本の保守主義やファシズムを支えてきた存在として重要なものなのだ。

佐藤の事務所は普段から世話人にいろいろ気を配っている。スピード違反の罰金減額から子供の高校入学の世話まで、様々な相談事にいつでも応じるし、年賀状、暑中見舞いや中元・歳暮も欠かさない。(183頁)


ここでも「世間」の論理が支配していることがよく分かる。

一番多いのは就職と進学の世話だという。

政治家による「口利き」は、保守政治家の得意技だったのだ。

最近では、「本当の保守主義」なる主張を掲げる政治家・学者がいるが、
保守主義はこうした「不正の温床」を批判することはできない。

保守の基盤にあるのは、こうした「世間」のしがらみだからである。

したがって、「本当の保守主義」なる看板は「にせ看板」だと言ってよい。

政治家にとってもっとも経費もかさむのが、冠婚葬祭だという。

もちろん、すべての支持者の冠婚葬祭に顔を出すわけにもいかない。

その場合は、花輪を出したり、
佐藤かスタッフが弔問に訪れたり、
弔電だけを送るといった対応がとられていたという。

 日本の暦は年中行事の連続で、政治家はそうした機会をとらえて有権者に挨拶状や贈答品を送る。年賀状と暑中見舞は、それぞれ2万通にも及ぶ。このほか初夏か晩夏に季節の挨拶状を出すこともある。
 お盆になると、初盆を迎えた家にお供え物やご仏前を配る。67年には、佐藤の夫人とスタッフ3人が大分2区内の初盆を迎えた家を回って、300箱の線香を配った。挨拶に行かなかった家にもお見舞い状を送った。
 他にも様々な手を尽くして、政治家は自分が有権者を気に掛けていることを伝える。「世話好き」という評判が立てば、これほど名誉なことはない。
 地元で要する費用の相当部分を占める寄付についても、触れておく必要がある。老人会の集まりに2、3本の酒を贈ることから橋や公民館の建設、宗教団体への数千円にいたるまで、政治家、とくに国会議員や代議士候補者は、さまざまな団体や目的のために寄付を求められる。来賓として招かれる集会にはご祝儀を持参する。出席できないときは、近くの酒屋から酒を配達させる。一つ一つはたいしたことはないが、積み重なると、相当な額になる。(222−223頁)


よくぞここまで日本の特徴を描き出していると感心する。

外国人研究者だからこそ可能だったのかもしれない。

日本人は「日本のことは日本人がいちばんよく知っている」と思い込んでいる。

だが、そうではないことがここからもよく分かる。

政治家の「心配り」は、これだけにとどまらない。

 佐藤は67年総選挙前の半年間で、宇佐郡の寺院の屋根の葺き替え、別府の公民館建設2件、杵築市の橋建設、中津で活躍した明治時代の歯科医の胸像建立のほか、別府で自分を支持してくれる宗教団体にも、かなりの寄付をした。(234頁)


こうして佐藤文生は、有権者の心を掴んでいった。

歯医者の胸像を建ててやるのも、
冠婚葬祭にこまめに顔を出すのも、
宗教団体に寄付をするのも、すべて選挙のためなのである。

政治家のこのような姿を見た日本の有権者は、
「佐藤さんはほんとにいいひとだべえ」と心惹かれていくのである。

そういうことをしない政治家は、「あのひとは気のきかねえひとだべえ」と嫌われる。

有権者は、「いいひとかどうか」で投票を決める。

その場合の「いいひと」というのは、あくまで「世間」の論理に忠実なひとだ。

公正な社会をつくる。

戦争をなくす。

憲法を守らせる。

人権を保障させる。

差別をなくす。


そうした意識で投票しているわけではまったくないのである。

政策の内容はそれほど重視されない。

憲法をふみにじろうと、人権を侵害しようと、マイノリティに差別的であろうと、
「いいひと」であれば有権者は支持してしまうのである。

それが日本人のレベルだった。

「政治家の心配り」が、有権者の心をわしづかみにするのだ。










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