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zoom RSS 湯浅誠『どんとこい、貧困!』(理論社)C

<<   作成日時 : 2010/06/13 02:08   >>

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きみたちにも、毎日いろんなことがあるでしょう。

楽しいことばかりじゃなく、イヤなことだってあるよね。

イライラすることもある。

そういうとき、ほかの誰かがつらい目にあっているのを見ると、
「ざまあみろ」と思ってしまうこともあるかもしれません。

◆自己責任論・その4「自分だけラクして得してずるいんじゃない?」


湯浅さんはテレビにも出演するから、有名になりました。

ある日、彼のもとにこんなメールが届いたそうです。

 「俺の血税返してくれよ! おまえらのおかげで働かない屑どもに俺の血税が使われているんだよ!!!/俺の血税返してくれよ! おまえらのおかげで努力しない無能なやつらに俺の血税が使われているんだよ!!!/社会のダニ、湯浅誠および共犯者ども」。(95頁)


もしきみたちのところに、見ず知らずのひとからこんなメールがきたらどう思う?

怖い?

そうだね、怖いよね。

それから?

悲しい?

そうだね。

残念ながら日本人のなかにはこういう卑劣なマネをするひとがたくさんいます。

そしてそれがきみたちよりもずっと年上の大人だったりします。

実際にこういう卑劣なメールを送らなくても、
「自己責任論者」にはみな、これと似た心情があるのではないでしょうか?

え? そんな大人にはならないぞ、だって?

うん、その気持ちは大事だね。

でもね、湯浅さんは、こういうメールを受け取って、
「どうしてこのひとはこんなメールを送ってきたのだろう?」って考えています。

すごいね。

 メールをくれた人の場合、自分は苦しみながら働いているのに、誰もがそうやって苦しんで働くべきところを、私たちのせいで努力もしないで楽してお金(「生活保護」)をもらっている人たちが生まれている。それはずるい、という気持ちになったんじゃないかと思う。
 この心持ちには、さらに2つの傾向がある。ひとつは、自分が苦しければ苦しいほど、他人はずるいという気持ちが強まる、という傾向。自分が守っているルールが本当は守りたいものではなく、守らされている、と感じるとき、でもいやいやながらも守っているんだぞという気持ちのあるとき、それをかるがると踏み越えていくように見える人をみつけると、それはもうガマンならない。
 もうひとつは、あまりにもちがいすぎる人には目がいかず、自分に近いところでちょこっとだけずるしているように見える人のことがとくに気になる、という傾向。(96−97頁)


この2つの傾向が見えたなら、ではどうすればよいのでしょうか?

1つ。

自分が苦しいなら、その苦しみの原因はどこから来ているのかを考えること。

自分が苦しいのは別にホームレスや派遣労働者のせいなんかじゃないでしょう。

本当の原因はどこにあるのかをよく考えることが大事です。

もう1つ。

目がいかないところに目を向けること。

世のなかにはものすごいお金持ちがいる。

前の首相も、前の前の首相も、そうだった。

じゃあ、どうして彼らはお金持ちになれたのでしょうか?

それを知ることが大事です。

だから「麻生首相の家を見に行こう」というツアーが以前企画されたのです。

ニュースでも少しだけ報道されたので覚えているひともいますか?

あんまり知らない?

そうか。

あのときは、ただ麻生太郎の家を見に行こうとしただけだったのに、
何と警察に逮捕されてしまったひとがいたんだよ。

どうやら国は、見せたくないものがあるみたいだ。

 しかも税金を集めている国の機関や大金持ちにぶつけるんじゃなくて、自分よりもっと苦しい思いをして当然のはずなのに、自分よりひーひー言ってなきゃいけないはずなのに、自分のちょこっと前を歩いているような人に対して怒りの矛先が向かっていく。この人の文面は強烈でひいちゃうものだけど、その心持ちは、じつはわりと多くの人たちに共通しているような気がする。(98−99頁)


怒りを自分よりも強いひとに向けられないなんて、弱虫だよね。

「そうよね、きっとそもそも働かなくても食べていける仕組みがあるからいけないんじゃない?」


「働かざるもの、食うべからず」?

よくそんな言葉を知っているねえ。

ああそうか、それもきみたちの親が家で言っていたのだね。

では、働いていないひとたちが食べていける仕組みは、本当におかしいかな?

 人生80年とすると、少なくとも中学卒業までの義務教育期間(15年間)と、高齢者と呼ばれるようになる65歳以降の15年間の合計30年間、つまり人生の4割近くは「働かなくても食べていける」状態がふつうのはずだ。そうなるように私たちの社会は、さまざまな「働かなくても食べていける仕組み」をつくってきた。
 また15歳以上65歳未満でも、その間50年もあれば誰だって病気もするし、事故にあるかもしれない。失業することだって、子育てをすることだってあるだろう。人生の途中に起こるさまざまな変化・トラブル(「リスク」ともいう)にそれぞれ対応できるようにするために、じつに多様で細かな仕組み(制度)をつくってきた。それはそれは大変な努力と労力の積み重ねだったろうと思う。(105−106頁)


きみたちはいま働いていないよね。

でも、食べている。

お年よりや病気のひとたちも、働けない。

もっと分かりやすいのは、赤ん坊だって働いていない。

じゃあ、そういうひとたちは飢えるべきなのでしょうか?

仕事が見つからないひとたちだって、おんなじでしょう。

◆自己責任論・その5「かわいそうだけど、仕方ないんじゃない?」


やっと「かわいそう」という見方が出てきましたね。

これまでは「ずるい」「甘えてる」といった非難する言葉ばっかりだったけど、
やっと不遇なひとたちに対して同情する言葉が出てきました。

でも、同情は社会を変える力になりません。

あるひとを見て「かわいそうだな」と思っても、
そのつぎには「それに比べて自分は何て恵まれているんだろう」って思うでしょう。

きみたちの親のなかにも、
「アフリカの子どもを見てごらんなさい、あなたは恵まれているのよ」
なんて言うひとがいるでしょう。

他人の不幸を利用して自分の幸福を再確認するというのは、
人間としてあまりいい趣味とは思えないけど、
それだけでなく、そういう同情は結局は社会をそのままの状態にしてしまうのです。

同情して済ませるひとたちって、結局、問題の原因を考えようとしないひとです。

 私は、貧困状態に放置された人の選択肢は基本的に5つしかないと言っている。それは、@家族に頼る、A自殺する、B罪を犯す、Cホームレス状態になる、DNOと言えない労働者になる。この5つだ。(116頁)


@ 頼れる家族がいないひとは、どうすればいいでしょうか?

国民老齢年金は、40年間保険料を払いつづけて、もらえるのは月々6万6000円だ。6万6000円じゃ暮していけない。(118頁)


これでどうやってお年よりは生活していけるというのでしょうか?

 親にとっては、たとえ40代になっていても子どもは子どもだから、「あんた、将来のことちゃんと考えてるのかい?」とどうしても厳しく当たってしまう。でも、子どもだって好きで失業しているわけじゃない。「考えてるよ。雇ってくれるところがないんだよ。どうしろって言うんだ」という気持ちになるだろう。家族の仲が悪くなっていく。(119頁)


問題の本質を知らない親は、「ちゃんと働きなさい」なんて子どもに言ってしまう。

それがきっかけで殺人事件に発展してしまったという事例もあります。

 日本では、11年連続で3万人を超える人たちが自殺している。……人口比の自殺率で世界8位となる(世界保健機構=WHOのデータ)。日本より自殺率の高い国は、リトアニア、ベラルーシ、ロシア、スロベニア、ハンガリー、カザフスタン、ラトビアだ。(121−122頁)


どうしていま日本では自殺するひとが多いのでしょうか?

湯浅さんの本では「11年連続」と書かれていますが、
先日発表されたデータによると、12年連続で3万人を超えたそうです。

社会は立場の弱いひとに向かって「自己責任だ」「甘えるな」と言う。

家族を頼ることができないひとはどうするか?

自分なんかこの世にいない方がいい、って思うかもしれない。

自分は社会に迷惑をかけているんだ、って思ってしまうかもしれない。

「自己責任論」こそがひとびとを自殺に追い込んでいるのではないでしょうか?

 高齢者人口は、この20年間で2倍に増えたけど、高齢者の犯罪は5倍に増えている。また、刑務所に入っている高齢受刑者の7割は5年以内に刑務所に舞い戻ってきている「出戻り」組だけど、その人たちが挙げている最大の理由は「生活困窮」だ。塀の外では食べていけないってこと。(124頁)


これが上のBにつながる問題ですね。

 殺人や強盗といった凶悪犯罪が増えてるわけじゃない。でも、食べられなくなった人たちの万引きとか無銭飲食は増えている。(125頁)


先生だって、いまの仕事がなくなって、お金がなくなって、
生活していく支援がなかったとしたら、
お腹がすいてたまらなくなって、犯罪に走ってしまうかもしれない。

犯人を非難して済む話じゃないってことがよく分かると思います。

Cはどういう意味か分かるよね?

ではDは分かるかな?

NOと言えないというのは、拒否できないということ。なにを拒否できないのかというと、ひどい労働条件でも拒否できない、という意味。(126頁)


社会が「自己責任論」の大合唱で、文句を言えない空気を作っています。

「甘えるな」と言われるから、ますます何も言えなくなります。

「自己責任論」は、立場の弱いひとたちの口をふさぐ効果を持っているのです。

 “NOと言えない労働者”になると、本人が困るだけじゃない。社会が困る。なぜって、“NOと言えない労働者”が増えていけば「べつに低賃金でも、不安定でも、雇用保険なんか入ってなくても、寮付き・日払いなら人は集まる」と考える経営者が増えていくからだ。実際、派遣会社にはそういう会社が少なくない。
 そうすると、ほかの経営者たちも「ウチももっと賃金を下げないと、ほかの派遣会社との競争に勝てない。生き残れない」と考えるようになるから、全体として賃金が下がり、福利厚生(雇用保険・社会保険にはじまり、通勤交通費とか、住宅手当とか、扶養手当とか)もけずられていく。結果として、労働市場全体の労働条件がずるっと下がる。(129−130頁)


「NOと言えない労働者」を増やすと、
結局みんなのところに跳ね返ってくるというのです。

このように考えると、「自己責任論」って、社会の敵なのではないでしょうか?

小泉くん、竹中くん、石原くん、金さん、徳光くん、わたみくん。

あなたたちはこのことをよく考えてみるべきですね。

「ボクだってそう思うさ。でも“グローバル競争”があるから、無理なんじゃないの? 企業が逃げちゃって、元も子もなくなっちゃうんじゃないの?」


なんだ、堀江くん。

いままでおとなしくしていたかと思ったら、急に発言しはじめたね。

あれ、勝間さんもうなずいているね?

まあいいでしょう。

 「社員の給料を上げて、人件費を増やすと、企業は海外に逃げちゃうよ」「税金上げると、金持ちは海外に逃げちゃうよ」。よく言われる。(141頁)


だからって働くひとたちの生活がどうなってもいいのでしょうか?

そんなはずはないよね。

でもこういう意見って、働くひとたちの生活を間違いなく壊すよね。

そう思うのだけど、湯浅さんはどう答えているでしょうか?

読んでみましょう。

企業は、私たちの生活に必要なもの、生活を豊かにするものを提供することで社会に貢献し、それゆえにさまざまな法制度で守られている。
 企業がもし、自分たちの利益だけを考えればよくて、社会のことは知らないというのであれば、それは社会に敵対する勢力だから、そういう企業は追い出したほうがいい。いたって、社会のためにいいことはない。
 それなのに、なぜか「海外に逃げるぞ」と私たちのほうが脅されている。おかしくないか? お金持ちもいっしょ。お金をそんなにたくさんもってるなら、社会全体のために使えばいいじゃない? だって社会の中で生きてきたし、いろんな人の世話になったんじゃないの? 学校だって行っただろうし、病院だって行ったことあるだろうし、両親も祖父母も日本社会の中で生きて、その中で育ってきたんでしょ? なんでそんな脅し方をするんだろう? みっともなくないか?(142頁)


ほんとだ、みっともない。

「出ていくぞ」と言うひとは、出ていけばいい。

ぜひ出て行ってほしいと思います。

そしてその企業やお金持ちの財産は社会で没収しましょう。

だってそのひとたちが稼いでつくった財産は、
わたしたちのおかげでつくることのできたものなのですから。

麻生くん。

きみの家の財産は、みんなで没収しましょう。

そして、強制連行で苦しい思いをさせられた犠牲者のために使いましょう。

きみは家がない状態から再スタートしてください。

そしてそのとき、「自己責任だ」と言われたら、どんな気持ちになるか?

先生はとってもたのしみです。

うん、先生もちょっぴり性格がわるかったね。

 企業に日本に残ってもらうためには、私たちは自分の生活が苦しくなってもガマンしつづけなきゃいけないんだろうか。(143頁)


そんなことはまったくありません。

企業が繁栄するために、
毎年3万人以上のひとが自ら死ななければいけないなんて、おかしい。

多くのひとたちが犠牲を強いられるなんて、どう考えてもおかしい。

 またテレビをつければ、「コメンテーター」と称するタレントや大学の先生が、自分の“溜め”をまったく自覚しないまま「運も実力のうち」「自分の力でつかみとらなきゃいけない」「甘えなければ仕事はあるはず」と説教している。本人の生活再建にはなんの役にも立たない説教を、ただ「自分だって苦労してきたんだ」ということを、言っている自分が気持ちよくなるためだけに、たれ流していたりする。
 その姿は、ひとことで言うと、醜悪だ。醜く、かっこ悪い。なぜなら、その人たちは自己責任論的な考え方を他人にだけ向けているから。(153頁)


みっともないし、みにくい。

何よりも下品ですね。

よく社会では、「人の意見はひとそれぞれだ」って言うよね。

でもさ、「自己責任論」って尊重されるべき意見なのでしょうか?

そうではないから、
先生はみなさんに「自己責任論」のひどさを考えてもらいたいのです。

 自己責任論の一番の目的、最大の効果は、相手を黙らせることだ。
 弱っている相手を黙らせること。これは弱い者イジメだ。
 弱い者イジメをする人間は、いつの世にも、強い者には絶対に歯向かわない。強い者に対しては「自分も仲間に入れてください」と媚びる。自分が強い側にいなければ、弱い者イジメができなくなるから、弱い者イジメをしている自分はいつか仕返しされるんじゃないかと怯えているからだ。だからかっこ悪い。(156頁)


立場の弱いひとたちに沈黙を強いる理屈。

「自己責任論」はれっきとした「いじめ」です。

いや、もっとハッキリ言いましょう。

「自己責任論」はまぎれもなく「暴力」にほかなりません。

弱いひとたちに対する想像力をいっさい欠いたのが「自己責任論」です。

 このポイントは、誰も幸せでない、ということ。誰ひとり、満ち足りて幸せを感じられる人がいない社会。誰もが誰かには「足りない」と言われ、誰かに対しては「足りない」と言い、結局誰も彼も「足りない」、満ち足りない社会。自己責任論は、そういう社会をつくる。
 そういう社会で暮したい? 私は暮らしたくない。(157頁)


先生もそんな社会に暮らしたくない。

・ 貧困は自己責任だ。

・ 失業は自己責任だ。

・ 病人や障がい者も自己責任だ。

・ 新型インフルエンザにかかるのも自己責任だ。

・ 会社でいやがらせを受けたって自己責任だ。

・ 女性が男性から暴力をふるわれるのも自己責任だ。

・ パキスタン人やアフガニスタン人が苦しい生活をしているのも自己責任だ。

・ 海外で犯罪に巻き込まれても自己責任だ。

・ 足立区で犯罪に巻き込まれても自己責任だ。

・ あなたの親が貧乏なのも自己責任だ。

・ あなたが大学に行けないのも自己責任だ。


もうこんなのはうんざりです。

キリがありません。

だったらみんなでもっといい社会にするために、
何ができるのか、何をしなければならないのかを、考えてみるべきなんじゃないかな。

きみたちは、どう考える?

つづく








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山路 独/未来へのヒント(私が在た証)
2010/06/16 00:26

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
バカサヨがまた妄言言っている。
トランス
2010/06/13 15:42
◆トランスさま

↑ こういう性格のひとが、自己責任論者です。みなさん、よく分かりましたか? はーい。
影丸
2010/06/13 22:47
◆トランスさま

せっかくコメントをくださったのに、からかうだけではつまらないですから、いかがでしょうか? どっちが本当のバカなのか、ここで勝負してみませんか? トランスさん。あなたのためにコメント欄を開放しておきますから、自己責任論批判に反論してみせてください。

お待ちしております。

お返事がなかったら、逃亡したものとみなし、遠慮なく罵倒させていただきます。よろしくお願いしますね。あと、あなたのブログあればぜひ教えてください。メール・アドレスでもいいですよ。逃げないでくださいね。
影丸
2010/06/13 22:52
◆トランスさま

あれ? まだ反論してくれないのですか? やっぱり逃げてしまいましたか? 反論できないなら、素直に認めればいいのに。
影丸
2010/06/22 08:42

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