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zoom RSS 内藤正典『イスラムの真実と世界平和』(マガジンハウス)

<<   作成日時 : 2010/05/21 03:45   >>

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この本は薄い。

薄いブックレットなので、あっという間に読める。

ゆっくり読んでも1時間もあれば読み終える。

イスラムへの誤解や偏見をひとつずつ解きほぐしていく内容で、
びっくりするほど分かりやすい。

それもそのはず。

これは高校生に向けて行なわれた講演録なのである。

いま世界を不安にしているのは、イスラム教徒ではない。

わたしたちのイスラム教に対する誤解と偏見である、と著者は言う。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


意外と知られていないのが、イスラムの神さまのことではなかろうか?

イスラム教が唯一絶対神アッラーを信仰する一神教であることは誰でも知っている。

けれども、日本ではよく次のように言うひとがいる。

一神教はそれぞれ自分の神さまを信仰しているから、
自分だけが正しいと考えて、どうしても対立してしまうのです。

したがって欧米や中東のひとたちは闘争的で対立的なのです。


これは端的に言って無知である。

このように言うひとたちは、だいたい決まってそのあとにこう言う。

それに対して多神教の日本は神さまがたくさんいます。

だから多様性を認め、非闘争的で、寛容なのです。


自画自賛の自己中心的な日本人である。

ほんの数十年前に日本は何をしたのか、ということをすっかり忘れている。

間違って信じ込んでいるひとが多いようだが、
キリスト教徒もイスラム教徒も別々の神さまを信仰しているのではない。

 ユダヤ教徒キリスト教とイスラム、この3つは神さまが1人、神は1人だと言っている以上、3つの宗教の神は同じということになります。(21頁)


彼らはみな同じ神さまを信仰しているのだ。

ではなぜ「9・11同時多発テロ事件」のようなテロが起きるのか?

そう反論するひともいるだろう。

 しかし、宗教の違いからテロを起こしたというのはまったくの誤りです。それは過去200年ぐらいにわたって、キリスト教徒が、というより、アメリカとか、ヨーロッパの国家が、ムスリムたちにあまりにひどいことをし過ぎたことが原因です。いじめにいじめを重ねられてきて、ついにムスリムの一部が暴走したのが、「9・11」」をはじめとするテロです。(25頁)


アメリカが世界中で何をしてきたのかを知らないひとだけが、
上のような台詞を吐けるのである。

アメリカのブッシュ前大統領もアフガニスタンやイラクで、ずいぶんとひどい戦争を起こしました。彼は熱心なキリスト教徒です。
 しかし、キリスト教には、あのような暴力的な戦争を許す教えはありません。マタイによる福音書にも、剣を取る者はみな剣で滅びる、という教えがあるように。(46−47頁)


でもひとびとは、キリスト教は暴力的だ、とは言わない。

もっとも、イスラム世界には、「テロ」に共感してしまうひとたちもいる。

なぜか?

それは、日本にいるとなかなか理解することができない。

たとえば、イラク戦争などの報道を考えてみるとよい。

私たちは「イラク戦争のニュース」を見た、と言えるだろうか?

 日本にいる私たちは、実は、その映像を見ていないのです。日本のテレビは血まみれになった子どもの映像などは、放送コードでNGなので出しません、絶対に。だから、ほとんど見なかったんです。爆弾テロがありましたとか、攻撃がありましたってアナウンサーが言ったときに、煙が上がっている映像ぐらいはテレビのニュースで見るけど、死んだ人の姿は見てないでしょう。
 ところが、中東とか、イスラム世界の放送局が、子どもの亡骸を抱いて泣いている父親の姿を全部映してるんです。毎日、毎日。(60−61頁)


ムスリムにとって、女性や子どもたちが殺戮されることは、
断じて許すことのできないことなのだ。

だからアメリカやイギリスを批判するのである。

こう考えると、
日本人の方が女性や子どもが殺されることに平然としていられるのではないか、
と思わずにはいられない。

イスラム教は女性差別をする、という批判も根強い。

だがこれも勘違いだ、と著者は述べる。

イスラム社会では、仕事よりも家庭の方が圧倒的に地位が高いという。

その家庭を仕切っている妻や母である女性は、断然地位が高いのだという。

……女性が外に出て行くことで「自由を得られる」と考えるなら、イスラム社会の女性は不自由ということになるでしょう。しかし、外で働いたり社会進出をすることを「自由」と思っていなければ、家を守る女性が「不自由」ということにもなりません。(28頁)


もっともだからといって、イスラム社会に女性差別はない、
などと短絡的に思い込むのも困りものであるが、
イスラムは女性差別的だというのも表面的な見方だ、という。

トルコ、パキスタン、バングラデシュ、いずれもムスリムの国ですが、今までに女性の首相が出ています。日本には、まだ女性首相は出ていませんし、アメリカ大統領にもいません。このことを考えると、イスラムだから女性の社会進出を認めないんだ、とは少なくとも日本人の私には言えませんね。(29頁)


たしかに日本はひどすぎる。

国会を見よ。

企業経営者の集まりを見てみよ。

脂ぎったおっさんばかりではないか。

「一夫多妻制」も女性差別の典型として非難の的になることがある。

欧米だけでなく、日本においても、「一夫一婦制」だ。

なかには「何人も妻を持ててイスラムの男性はいいな」などと
無責任な羨望を述べる日本人男性がよくいるが、
多くの場合、「一夫多妻制」は女性の人権を軽視していると批判される。

 でも今の時代、ムスリムにこの話をすると、必ず「じゃあ聞くが、あなた方は、その一夫一婦制を守っているのか?」と言い返されます。現実問題として不倫の問題とかいっぱいあるわけで、ヨーロッパやアメリカの社会、そんなの守っていない人は、いくらでもいますよね。今では、ほとんど罪の意識もない。人間として、婚姻にしばられずに他人を愛することは自然だという意見さえあります。(72−73頁)


なるほど。

では、日本を含めて、欧米でも「一夫一婦制」は実質的に守られていないのだから、
非難されるいわれはない、と彼らは言うのだろうか?

そうではない。

……奥さんがいるのに浮気したという場合、どうするかなんですけど、イスラムの場合、ばれちゃうと、「じゃあ、おまえ、2人目とちゃんと正式に結婚しろ」と言うことになります。それを拒否すると、不倫は重罪ですから、場合によると死刑にされたり、相手の親族に殺されてしまうこともあります。(73頁)


どうして結婚を迫られるのだろうか?

不倫の結果生まれた子どもがいたとして、
その子は「私生児」とか「非嫡出子」とか呼ばれて不当な差別を受けるかもしれない。

 でもイスラムは、……生まれた子どもに何の罪があるんだ、という点をものすごく厳しく咎めます。不倫の結果、子どもが生まれたなら、それは親の罪であって、子どもには何の罪もない。なのに、なんで子どもが私生児として差別されるのか。これはフェアじゃない。だから子どもを救済するために不倫した相手と正式に結婚しろとと言ってくるのです。(74頁)


イスラム教で妻を4人まで持つことができるというのは、
孤児が理不尽な仕打ちを受けないようにするための配慮だったのである。

しかも複数の妻を持った場合、夫は妻たちを平等に扱わないといけない。

1人目が飽きたから2人目……というのは許されないのである。

イスラム教に対するイメージが相当変わってきたひともいるのではなかろうか?

ヴェールやスカーフについても著者は解説してくれているのだが、
これについては直接読んでいただきたい。

イスラム教は厳格で、断食月(ラマダン)があるではないか?

そう考えるひともいるかもしれない。

 だけどこれ、日の出か日の入りまでだけなんです。
 『コーラン』を読むと、「日が暮れたら飲んでもいいし、食べてもいいし、性的な関係も楽しみなさい」というふうに出てきます。(32頁)


実際『コーラン』を読んだことのないひとには意外かもしれないが、
『コーラン』を読んでみると、そこにはまったくちがった印象があるのだ。

まだ読んだことのないひとが多いだろうから、一読をおすすめする。

じつは、きわめて「商業的な言葉」で教え諭す神さまの教えが、
そこには並んでいるのである。

「商業的」というのが、『コーラン』のひとつの特徴でもある。

断食にしても、絶対に守れ、とは書かれていない。

 妊娠中の人、病気の人、旅行中の人は断食しなくていいよって書いてある。病気の人は、病気が治ったら、あとですればそれでいいと書いてある。それから断食できるのにしなかったら……、貧しい人に食べ物を施せと書いてある。(36頁)


どこか人間の弱さを認めているというのが『コーラン』なのである。

ただし、身体刑についてはどうだろうか?

石打ちの刑だとか、鞭打ちの刑だとか、手首を切り落とすだとか。

これは残酷な刑罰に思える。

もっとも、死刑はあって当然と考えるひとが多い日本では、
身体刑も残酷ではないと考えるひとも少なくないかもしれない。

身体刑については、著者はこう説明している。

 何か罪を犯した。じゃあ、これで刑務所に3カ月、入ってなさい。日本だったら、そうです。だけど例えば悪いことをしたのが、ある父親だとして、その父親が3カ月、刑務所に入ったら、奥さんと子どもはどうなるでしょう? そのあいだ、食べていけない。(69頁)


生活費を稼いでくるひとがいない。

 この場合、残った家族には何の罪もない。子どもにも奥さんにも罪はない。なのに、生活が苦しくなってしまう。これは不公正だ。フェアじゃないってことです。だから悪いことをした父親を鞭で叩いて、家に帰すんです。極端なことを言えば、手首を切り落としてでも、家に帰すということ。罪を犯した人間だけを、身体的に罰するけれど、家族がその咎を受けないようにしているのです。(69頁)


ここでも、女性や子どもといった弱者への配慮が見える。

犯罪者だけでなくその家族にも誹謗中傷を容赦なく浴びせかける日本と比べると、
イスラム社会のほうがはるかに合理的だと言える面があるのではないだろうか?

言うまでもないと思うが、
わたしは、日本に身体刑を導入すべきだ、と言っているわけではない。

『コーラン』は、来世で天国に行けるように現世で善行を積みなさい、と説く。

細かい戒律を説いている。

他方で、戒律を守れなくても心配しなくていいよ、と言う。

 何度読んでもすごいなと感じるのは、『コーラン』に描かれる神が強烈な怒気を含んで人間に命じるところと、たいへん優しい穏やかな感じで人間に「無理をしなくていいよ」と語りかけるところの対比です。人を不安に陥れたり、つらい試練を課すばかりの神ではないのです。規範を守りなさい。でも、欲望があるのもしかたがないのだから神が許した範囲では欲望に従って楽しんでいいんだよ。この2つのメッセージが、交互に、波が押し寄せるように人間に迫ってくるのです。(100頁)


『コーラン』に記されたイスラムの教えは、
じつは生きることを楽にしてくれる知恵だったのだ、と著者は指摘する。

この本よりも詳しい内容を知りたい、考えたい、
というひとには以下の本をおすすめしておきたい。

いずれもわたしが読んで大いに刺激を受けた本である。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


・ 『コーラン』井筒俊彦訳、全3巻(岩波文庫)

・ 井筒俊彦『イスラーム文化』(岩波文庫)

・ アミン・マアルーフ『アラブが見た十字軍』(ちくま学芸文庫)









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