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zoom RSS 『完訳グリム童話集』全7巻(ちくま文庫)F

<<   作成日時 : 2010/05/28 12:09   >>

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今回が『グリム童話集』の紹介の最終回である。

これまでと同じように収録されている内容から。

(172)かれい/(173)さんかのごいとやつがしら/(174)ふくろう/(175)お月さま/(176)寿命/(177)死に神の使い/(178)プフリーム親方/(179)泉のほとりのがちょう番の娘/(180)エバのふぞろいな子どもたち/(181)池に住む水の精/(182)小人の贈りもの/(183)大男と仕立て屋/(184)くぎ/(185)墓のなかのかわいそうな少年/(186)ほんとうの花嫁/(187)うさぎとはりねずみ/(188)紡錘と杼と針/(189)お百姓と悪魔/(190)テーブルのうえのパンくず/(191)てんじくねずみ/(192)泥棒の名人/(193)たいこ打ち/(194)麦の穂/(195)墓の盛り土/(196)リンクランクじいさん/(197)水晶の玉/(198)マレーン姫/(199)水牛の皮の長靴/(200)金の鍵

[子どものための聖者伝](1)森のなかの聖ヨセフ/(2)12使徒/(3)ばら/(4)貧しさとつつましさは天国に行きつく/(5)神さまの食べもの/(6)3本の緑の枝/(7)聖母のグラス/(8)おばあさん/(9)天国の婚礼/(10)はしばみの枝


『グリム童話集』には200の物語と、最後に10の聖者伝が加えられている。

率直に言って「聖者伝」はあまりおもしろくなかった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


自然の姿を見て、世界のありようを見て、ひとびとは多くの疑問を抱いた。

その疑問に独特のかたちで答えようとするのも童話の役割である。

「寿命」

 神さまは世界をおつくりになったあと、すべての生きものに寿命を定めようとなさいました。そこへろばが来て、
 「神さま、わたしはどのくらい生きるのでしょうか」と聞きました。
 「30年」と神さまが答えました。「それでいいか」。
 「とんでもない」とろばが返事をしました。「それでは長すぎます。思ってもみてください、わたしの暮らしはひどく骨が折れます。朝から晩まで重い荷物を運び、穀物のふくろをいくつも粉ひき場ヘひきずっていって、ほかのものたちがパンを食べられるようにしているのです。でも、はげますとか元気づけるとかいっては、なぐられたり、けとばされたりするだけです。その長すぎる年月を、どうかすこしばかり減らしてください」。それを聞いて、神さまはかわいそうに思い、18年減らしてやりました。ろばが安心して立ちさると、犬がやってきました。
 「おまえはどのくらい生きたいか」と神さまは犬に聞きました。「ろばには30年は長すぎたが、おまえはそれでいいだろう」。
 「神さま」と犬が答えて言いました。「それは神さまのおぼしめしですか。思ってもみてください、わたしがどんなに走りまわらなくてはならないものか。足がそんなに長くはもちません。それに、いずれ声がかれてほえられなくなり、そのうえ歯がぬけてかみつけなくなったら、あとはもう、すみからすみをうろうろして、うなるよりほかに能がありません」。神さまは犬の言い分をもっともだと思い、12年減らしてやりました。そのあと猿がやってきました。
 「おまえはきっと、30年生きたいだろうな」と神さまは猿に言いました。「ろばや犬とちがって働く必要がないし、いつもごきげんだからな」。
 「とんでもない」と猿が答えて言いました。「そう見えるだけで、じつはちがうんです。きびのかゆが降ってきたとしても、そいつを食べるスプーンがありません。それに、いつもおかしなことをしたり、しかめっつらをしたりして、人を笑わせなくてはなりません。それでりんごをもらっても、いざかんでみると、きまってすっぱいんです。おどけの裏に悲しみあり、とはよく言ったものです。30年もそんなことをやってはいられません」。神さまはめぐみをたれて、10年減らしてやりました。
 いちばんしまいに人間がやってきました。人間は楽しそうで、健やかで、元気いっぱいでした。そして、寿命を決めてください、と神さまにたのみました。
 「おまえは30年生きなさい」と神さまが言いました。「それでいいか」。
 「なんて短いんでしょう」と人聞は大きな声で言いました。「やっと家を建てて、自分のかまどに火をともし、木を植えて、その木に花がさき実がなって、いざ人生を楽しもうと思ったところで、もう死ななければならないのですか。神さま、どうかわたしの年月をのばしてください」。
 「ろばの18年を足してやろう」と神さまが言いました。
 「それでは足りません」と人聞が答えました。
 「犬の12年もおまえにやろう」。
 「まだまだ、すくなすぎます」。
 「よし」と神さまが言いました。「猿の10年もやることにしよう。だが、それでおしまいだぞ」。人間は立ちさりましたが、でも満足してはいませんでした。
 こういうわけで人聞は、70年生きることになりました。最初の30年はもとからの人間の分です。これはすぐにすぎさります。そのあいだ人聞は、健やかで、ほがらかで、楽しく仕事をし、自分の人生を楽しみます。そのあとにつづくのが、ろばの18年です。そのあいだ人間は、次から次へと重荷をしょわされ、ほかの人たちを養う穀物を運ばなくてはなりません。いっしょうけんめいつくした報いは、なぐったりけったりです。それから犬の12年がやってきます。そのあいだ人聞は、すみのほうにころがってうなっているのですが、歯がないのでもうかむことはできません。この年月がすぎると、しめくくりに猿の10年がやってきます。このときになると人間は、頭がぼけておろかになり、ばかげたことをして、子どもたちの笑いものになります。
(26−30頁)


お年寄りにはずいぶんと失礼な話である。

それにしても、この話では神の全知全能」における「全知」が否定されている。

さて、「墓のなかのかわいそうな男の子」というお話では、
「あれ? これ、聞いたことがあるぞ」という部分が出てくる。

これはこういうお話だ。

むかしむかしあるところに、羊飼いの男の子がいた。

両親を亡くした彼は、あるお金持ちの家に預けられることになった。

ところがこの家のものたちはけちでいじわるだった。

どんなに働いても食べ物は少ししか与えられず、よく殴られた。

ある日、男の子は家畜の番を言いつけられた。

しかし、男の子は数々の災難にあってしまう。

家畜がほかの動物に連れ去られてしまったのだ。

 「あーあ」と男の子はさけびました。「これでおしまいだ。意地の悪いだんなは、じようだんでおどしたわけじゃない。だんながもどってきて、しでかしたことを見たら、おれはなぐり殺される。いっそ自分から死んでやれ」。
 男の子は、まえにおかみさんが、
 「毒の入ったつぼがひとつ、ベッドのしたに置いてある」と言うのを聞いたことがありました。でも、おかみさんがそう言ったのは、人につまみ食いされるのを防ぐためでした。なにしろ、つぼには蜂蜜が入っているのですから。男の子はベッドのしたへはいこんで、つぼをとりだし、すっかり食べてしまいました。
 「どうしたんだろう。死は苦い味がする、とみんな言うけれど、こいつはあまいな。おかみさんがよく死にたがるのもふしぎはないや」。男の子はいすに腰をかけて、死ぬ覚悟をしました。ところが、体は弱っていくどころか、栄養になる食べもののせいで、元気が出てきたような気がしました。
(113−114頁)


ね? 聞いたことがあるでしょ?

最後に紹介するのは、この童話集のなかでわたしがいちばん気に入ったお話だ。

ほとんどのひとはこの話を知らないと思う。

実際にはじめから終わりまで読んだからこそ、発見できたお話。

わたしはこれを読み、しばらくお腹を抱えて笑っていた。

とっても短いお話だ。

「テーブルのうえのパンくず」

 おんどりがあるとき、仲間のめんどりたちにむかって言いました。
 「さっそく部屋へあがっていって、テーブルのうえでパンくずをついばもうじゃないか。おかみさんはだれかのところへ出かけてしまったよ」。すると、めんどりたちが言いました。
 「だめ、だめ。行かないほうがいいわ。おかみさんはいつだって、わたしたちをしかりつけるんだから」。そこで、おんどりが言いました。
 「わかりっこないさ。いいから行こうよ。おかみさんは、うまいものなんかくれたためしがないじゃないか」。そこで、めんどりたちがまた言いました。
 「だめ、だめ。その話はもうおしまい。わたしたちは行かないわ」。ところが、おんどりがやいのやいのとうるさく言ったので、とうとうめんどりたちはテーブルのうえヘ行き、夢中になってパンくずを拾いだしました。ちょうどそこへ、おかみさんがやってきました。そして、すばやく棒をとると、鳥たちを追いはらって、ひどい目にあわせました。やがて鳥たちは下へおりて、家のまえで落ちあいました。めんどりたちはおんどりに、
 「そっ、そっ、そっ、そっ、それ見たことか」と言いました。するとおんどりは笑って、
 「こっ、こっ、こうなると思っていたよ」と言いました。それからみんないなくなりました。
(156−157頁)


いかがだっただろうか?

190番目にこんなにもおもしろい話が隠れていた。

傑作である。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


歴史学者の阿部謹也が、かつてどこかでこんなようなことを書いていた。

わたしたちは「メルヘン」を作り話、創作話だと考える。

けれども、「メルヘン」は単なる作り話ではない。

「メルヘン」は当時のひとびとの「現実」だったのである、と。

それは、実際にあった「史実」という意味ではない。

そうではなくて、当時のひとびとの願望をさまざまに映し出している、
という意味で「メルヘン」は「現実」にほかならない、というのだ。

不正確かもしれないが、そんな内容だったように記憶している。

いま手元にその文章がないので確認できないのだが。

「メルヘン」には、
歴史学的なアプローチもできるし、精神分析的なアプローチもできる。

政治学的アプローチでさえ不可能ではない。

そして最後に取り上げた「テーブルのうえのパンくず」のように、
読んでげらげら笑うという読み方もできる。

これが「メルヘン」の「魅力」なのだろう。








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