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zoom RSS 『完訳グリム童話集』全7巻(ちくま文庫)E

<<   作成日時 : 2010/05/27 23:29   >>

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第3巻について追記を行なった。

「白雪姫」についてひと言触れておくのを忘れたからだ。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


さて、きょう紹介するのは第6巻だ。

いつものように収録されている作品から。

(131)きれいなカトリーネルエとピフ・パフ・ボルトリー/(132)狐と馬/(133)おどってぼろぼろになった靴/(134)6人の家来/(135)白い嫁と黒い嫁/(136)鉄のハンス/(137)3人の黒い王女/(138)クノイストと3人の息子/(139)ブラーケルの娘/(140)うちのやとい人/(141)羊と魚/(142)ジメリの山/(143)旅に出る/(144)ろば/(145)恩知らずの息子/(146)かぶ/(147)火に焼かれて若返った男/(148)神さまのけものと悪魔のけもの/(149)おんどりのはり/(150)ものもらいのおばあさん/(151)ぶしょう者3人/(151a)ぶしょうな下男12人/(152)羊飼いの男の子/(153)星の銀貨/(154)ごまかした銅貨/(155)嫁選び/(156)投げ捨てたくず/(157)親すずめと4羽の子すずめ/(158)のらくら者の国の話/(159)ディトマルシェンのうそ話/(160)なぞなぞ話/(161)雪白とばら紅/(162)かしこい下男/(163)ガラスのひつぎ/(164)なまけ者のハインツ/(165)グライフ烏/(166)たくましいハンス/(167)天国の小百姓/(168)やせっぽちのリーゼ/(169)森の家/(170)喜びと悲しみを分かちあう/(171)みそさざい


よく見ると、151番が2つあるのが分かる。

童話の特徴のひとつに「反覆」がある。

この「反覆」がハッキリと出ているものを引用してみたいと思う。

「きれいなカトリーネルエとピフ・パフ・ポルトリー」

 「こんにちは、ホレンテ父さん」。
 「ありがと、ピフ・パフ・ポルトリー」。
 「あんたの娘さんを嫁にもらえないかしら」。
 「いいとも。母さんのマルコー(メルク・クー)と、兄さんのホーエンシュトルツと、姉さんのケーゼトラウトと、きれいなカトリーネルエが賛成なら、かまわないよ」。

  「じゃあ、マルコー母さんはどこ?」
  「牛小屋で乳をしぼってるよ」。

 「こんにちは、マルコー母さん」。
 「ありがと、ピフ・パフ・ポルトリー」。
 「娘さんを嫁にもらえないかしら」。
 「いいとも。ホレンテ父さんと、ホーエンシュトルツ兄さんと、ケーゼトラウト姉さんと、きれいなカトリーネルエが賛成なら、かまわないわ」。

  「じゃあ、ホーエンシュトルツ兄さんはどこ?」
  「まき小屋でたき木を割ってるよ」。

 「こんにちは、ホーエンシュトルツ兄さん」。 
 「ありがと、ピフ・パフ・ポルトリー」。
 「妹さんを嫁にもらえないかしら」。
 「いいとも。ホレンテ父さんと、マルコー母さんと、ケーゼトラウト姉さんと、きれいなカトリーネルエが賛成なら、かまわないよ」。

  「じゃあ、ケーゼトラウト姉さんはどこ?」
  「畑でキャベツを切ってるよ」。

 「こんにちは、ケーゼトラウト姉さん」。
 「ありがと、ピフ・パフ・ポルトリー」。
 「妹さんを嫁にもらえないかしら」。
 「いいわよ。ホレンテ父さんと、マルコー母さんと、ホーエンシュトルツ兄さんと、きれいなカトリーネルエが賛成なら、かまわないわ」。

  「じゃあ、きれいなカトリーネルエはどこ?」
  「自分の部屋で小銭をかぞえてるわ」。

 「こんにちは、きれいなカトリーネルエ」。
 「ありがと、ピフ・パフ・ポルトリー」。
 「おれの嫁さんになってくれない?」
 「いいわよ。ホレンテ父さんと、マルコー母さんと、ホーエンシュトルツ兄さんと、ケーゼトラウト姉さんが賛成なら、かまわないわ」。
 「きれいなカトリーネルエ、嫁入りの持参金はどのくらい?」
 「現金で14ペニヒ、借金が2グロッシェンと半分、干した果物が半ポンド、8の字形のパンがひとつかみ、にんじんがひとつかみ、

   ざっとこんなもんよ、たいした持参金じゃない」。

 「ピフ・パフ・ポルトリー、あんたの仕事はいったいなんなの? 仕立て屋かしら」。
 「もっといいもの」。
 「靴屋かしら」。
 「もっといいもの」。
 「お百姓かしら」。
 「もっといいもの」。
 「家具職人かしら」。
 「もっといいもの」。
 「かじ屋かしら」。
 「もっといいもの」。
 「粉屋かしら」。
 「もっといいもの」。
 「ひょっとして、ほうきづくりかしら」。
 「そう、そのとおり、すてきな仕事じゃない」。
(9−14頁)


「反覆」がリズミカルに展開されているのが分かる。

ちなみに、当時の通念として、
「ほうきづくり」という職業は、社会の最底層と見なされていたという。

上の話のように舌を噛みそうな名前が頻繁に出てくるのは、
言葉遊びも童話の重要な要素になっていたからであろう。

つぎの話にも「反覆」が見られるが、ちょっと風変わりなお話である。

「うちのやとい人」

 「あんた、どこへ行くの?」
 「ワルペへさ」。
 「わたしはワルペへ行く。あんたはワルペへ行く。それじゃあ、いっしょに行こうよ」。
 「あんたにも亭主いる? なんて名前?」
 「カーム」。
 「うちの亭主はカーム。あんたの亭主はカーム。わたしはワルペヘ行く。あんたはワルペへ行く。それじゃあ、いっしょに行こうよ」。
 「あんた子どもいる? なんて名前?」
 「おでき」。
 「うちの子はおでき。あんたの子はおでき。うちの亭主はカーム。あんたの亭主はカーム。わたしはワルぺヘ行く。あんたはワルペヘ行く。それじゃあ、いっしょに行こうよ」。
 「あんたのとこにもゆりかごある? なんて名前?」
 「ヒッポダイゲ」。
 「うちのゆりかごはヒッポダイゲ。あんたのとこのゆりかごはヒッポダイゲ。うちの子はおでき。あんたの子はおでき。うちの亭主はカーム。あんたの亭主はカーム。わたしはワルぺヘ行く。あんたはワルペへ行く。それじゃあ、いっしょに行こうよ」。
 「あんたのとこにも下男いる? なんて名前?」
 「ちゃんとやれ」。
 「うちの下男はちゃんとやれ。あんたのとこの下男はちゃんとやれ。うちのゆりかごはヒッポダイゲ。あんたのとこのゆりかごはヒッポダイゲ。うちの子はおでき。あんたの子はおでき。うちの亭主はカーム。あんたの亭主はカーム。わたしはワルペヘ行く。あんたはワルぺへ行く。それじゃあ、いっしょに行こうよ」。
(88−90頁)


たまたま何でもいっしょだったのかもしれないが、
ひょっとするとひとりの頭のなかで展開されている自問自答なのでは?

そんなふうにも読める。

そうすると尋常な話ではなくなる。

すごい。

つぎは、「なぞなぞ」の話。

「羊飼いの男の子」

 むかしむかしあるところに、羊飼いの男の子がいました。この子は、どんなことを聞かれてもかしこい返事をするというので、世間に広く名が聞こえていました。この国の王さまもそのうわさを耳にしましたが、信用しませんでした。そこで男の子を呼びだして、こう言いました。
 「これから出す3つの問いに答えてみよ。うまくできれば、わが子と見なしてそばに置き、この王家の城に住まわせてやろう」。男の子は、
 「その3つの問いというのは、どういうものですか」と聞きました。王さまが、
 「はじめの問いは、世界の大海のなかに水は何滴あるか、というものだ」と言いました。羊飼いの男の子は、
 「王さま、わたしがまだ数えきらないうちに、川から海ヘ水が1滴も流れこまないようにしてください。地球のうえにある川という川を全部とめていただきたいのです。そうしたら、海のなかに水が何滴あるか、お答えします」と言いました。
 「ふたつめの問いは、空には星がいくつあるか、というものだ」と王さまが言いました。すると男の子は、
 「大きな白い紙を1枚ください」と言いました。紙をもらうと、ペンで小さな点を打ちまくりました。それで、よく見ることも数えることもできないほど多くの点が紙のうえにちらばって、無理に見つめると目がかすんできました。こうしておいて男の子は、
 「空には星が、この紙のうえの点と同じ数だけあります。さあ、数えてください」と言いました。けれども、そんなことはだれにもできませんでした。
 「3つめの問いは、永遠というのは何秒あるのか、というものだ」と王さまが言いました。羊飼いの男の子は、
 「ポンメルン地方の奥まったところにダイヤモンドの山がありますが、この山の高さは1時間の道のり、幅も1時間の道のり、奥行きも1時間の道のりです。この山ヘ100年に1度ずつ小鳥が飛んできて、くちばしをダイヤモンドで研ぎます。こうして山が研ぎへらされていき、すっかりなくなったときに、永遠の最初の1秒がすぎさったことになります」と言いました。
 これを開いて、王さまが言いました。
 「おまえは問いを3つともといた。まるで賢者のようにな。これからはわたしのところに住み、王家の城で暮らすがよい。おまえをわたしの子と見なそう」。
(149−151頁)


まるで「一休さん」のような話である。

おの話でおもしろいのは、王さまには「答える力」がないという点である。

王さまは「問う」だけ。

もし王さまに「答える力」があったなら、王さまの権力と権威は絶大だったろう。

もし王さまが自然について何でも知っていたら、王さまの地位は絶対的だったろう。

しかしこの話では、王さまには自然の謎を解く力はない。

彼は「問う」ことができるのみである。

王さまは無力だったのである。

最後にひとつ。

「火に焼かれて若返った男」という話の語り出しは、なかなかおもしろい。

 むかしむかし、神さまが地上を歩いていたころのことです。
(126頁)


この話に出てくる「神さま」は、地上を歩くだけでなく、
かじ屋に宿を頼むし、泊めてくれればお礼も言う。

しかし、人間が「神さま」の真似事をしようとすると厳しく罰する。

「神」のイメージが大きく変わろうとしている時期のお話なのかもしれない。













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