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zoom RSS 斎藤環『関係する女 所有する男』(講談社現代新書)@

<<   作成日時 : 2010/04/24 16:45   >>

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男と女は同じなのか? それとも違うのか?

男女に大きな差異があるとしたら、その違いはどこにあるのか?

誰もが大好きな話題だろう。

これをテーマに書かれたのが本書である。

本当はこうした「問い」そのものに暴力性が潜んでいるのだが、
「男とはこういう生きものだ」
「女とはこういう生きものだ」
といった本質主義の問題点を理解したうえで男女の差異を考えるなら、
それは有意味なテーマである、と著者は考える。

なぜなら、男女の差異をめぐるイデオロギーは、
現実のひとびとのありように少なからぬ影響を与えているからだ。

著者は著名な精神科医である。

フロイトとラカンの思想は知っておくべきだが、
精神分析についてあまり知らなくても読める内容になっている。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「最近の男子は弱くなった」

「草食系男子が増えているっていうし」

いかにも石原慎太郎が言いそうなこうした凡庸きわまりない言説は、
保守的な有象無象によっても繰り返し使われている。

「最近の女性は強くなった」という感想は、「いまどきの若者はだらしがない」という言葉と同様に、戦後のメディアで繰り返し使用されてきた言い回し(「強くなったのは女性と靴下」など)に過ぎない。この種の紋切り型が隠蔽し続けているものは、依然として不当な抑圧を被り続けている女性の実態ではなかっただろうか。(22頁)


著者はここで西尾幹二と八木秀次という没知性極右を批判する。

彼らの典型的なロジックはこうだ。たとえば、多くの女性は結婚して子供を生むことを幸福と感ずる、という事実がある。だからこそ、すべての女性は早く結婚して子供をたくさん生むべきである、と。(32−33頁)


八木秀次というのは、
あのワケのわからない「Y染色体」説を持ち出して、
女性天皇に強く反対していた人だ。

……八木秀次氏は、女帝容認論批判にあたって、男系でなければ神武天皇以来の「Y染色体」の系統が絶えてしまうという論理を全面展開したことがある。この議論、歴代天皇の身体を単なる染色体の容器扱いするような、そうとう「不敬」な議論ではないだろうか。
保守的論壇人は、天皇(制)が好きすぎるあまり、時々とんでもない不敬発言(雅子妃は仮病、とか)をすることがあるが、ここまでひどいものはあまりみたことがない。(33頁)


右翼を名乗る諸君はよく八木秀次のようなひとを許しているなあ、
とわたしも思う。

そして著者はこう述べる。

……八木秀次氏の議論……その論旨は、天皇制が本質的にはらんでいる差別の構造を如実に示した「症状」として、いまなお検討にあたいするものだ。(75頁)


右派・保守派が「ジェンダー・フリー」に難癖をつけるときに
決まって依拠する考え方がある。

「自然な身体」という概念だ。

「男女の身体は異なっている、それが自然だ」

「だからわたしたちの言っていることは差別ではない、区別だ」


ああ、何度わたしたちはこうした凡庸な屁理屈を聞かされてきたことだろう?

「自然な身体」という概念それ自体がイデオロギーであることを、
彼らはこれっぽっちも疑ってもみないのだ。

この「自然な身体」というイデオロギーを素朴に信じてしまっているのは、
あからさまな右派に限らない。

ここで著者が次なる批判の的にしているのが、
作家の村上春樹と巷では評判が良いらしい内田樹である。

この村上春樹批判や内田樹批判は正しい。

そしてもうひとり。

メディアで引っ張りダコの茂木健一郎だ。

 僕はかつて、脳科学者・茂木健一郎氏との往復書簡を出版社から依頼されて引き受けたことがある……。残念ながら、いったんは引き受けたはずの茂木氏から、返信はついに来なかった。(57頁)


論争を挑まれることを察知した茂木が逃げた、ということらしい。

詳細は本書を読んでいただきたいが、この茂木健一郎批判も正しい。

巷には、科学を偽装したもっともらしい本が氾濫している。

 ……もっとも悪質な例は、アラン・ピーズとバーバラ・ビーズによるベストセラー『話を聞かない男、地図が読めない女』(主婦の友社、2002年)である。……この本で紹介されている科学的知識の多くが、まったくの誤謬かでたらめである。全世界で600万部も売れたというベストセラー本が、かなり程度の低い疑似科学本であったという事実には、ちょっと空恐ろしさすら感じる。(59頁)


それにしても、
世の中はどうして「男と女の違い」を強調する言説に溢れているのか?

理由は簡単だ。

ひとびとがそれを求めているからである。

 人々が求めているのは、性差にまつわるさまざまなエピソードの断片なのだ。彼らが欲するのは、差異の本質を知ることではない。そうではなくて、差異の再確認であり、脳科学にせよ心理学にせよ、その差異を固定してくれる安定した「答え」なのだ。(62頁)


だからひとびとは、
「男女の差異」を指摘する言説をつまみ食いしては
「そうだそうだ」と日々消費していく。

最近の流行だと、「脳科学」もそのひとつだ。

世の中の現象を何でも「脳」で説明しようとする。

「イメージと直観の右脳、言語と論理の左脳」という俗説がよく聞かれるが、
これも似非科学だと著者は言う。

……言語野は、常に左半球にあるとは限らない。利き手との関係で、左利きの人の場合は右半球に言語野がある場合も多いのだ。(64頁)


同性愛者のこともそうだ。

社会は同性愛を「異常」な性向と見なす。

でもなぜそうした「異常」が発生してしまうのか?

その原因を「身体」に求めてしまえば納得しやすい、というわけだ。

1993年、ゲイの遺伝子が発見された、というニュースが、大きく報道された。アメリカの国立癌研究所のディーン・へイマーらのチームが同性愛遺伝子を発見したと「サイエンス」誌上で報告したのである。その遺伝子は「X染色体の長腕部位の28」に存在するとされた。(72頁)


このように、ジェンダーのありようを、
脳やホルモンや遺伝子と単純な因果関係で結びつける議論が横行している。

さて、このジェンダーが鋭く問題化するのは、やはり結婚という場面であろう。

著者は「なぜすべての結婚は不幸なのか?」と問うているのだが、
その前に「結婚」というものをひとびとがどう捉えているのかを見てみよう。

 2005年の統計では、男性30歳代前半で未婚率が5割に近づき、女性20歳代後半の未婚率も約6割になっている。……「パラサイト・シングル」の人口は現在1100万人……パラサイトの定義は、上限34歳まで……。(82頁)


せっかくジェンダーについての偏見を批判していたのに、
ここで著者が不用意に「未婚率」という用語を使用しているのは問題だ。

もっとも他の箇所では「非婚」という言葉も使ってはいるのだが。

結婚についてはいくつもの「格言」が存在する。

ざっと見てみよう。

○ ウェディングケーキはこの世でもっとも危険な食べ物である。(アメリカの諺)

○ あらゆる人智の中で結婚に関する知識が一番遅れている。(バルザック)

○ 正しい結婚の基礎は相互の誤解にある。(ワイルド)

○ すべての悲劇というものは死によって終わり、すべての人生劇は結婚をもって終わる。(バイロン)

○ 夫が妻にとって大事なのは、ただ夫が留守の時だけである。(ドストエフスキー)

○ 正しい結婚生活を送るのはよい。しかし、それよりもさらによいのは、全然結婚をしないことだ。そういうことのできる人はまれにしかいない。が、そういうことのできる人は実に幸せだ。(トルストイ)

○ 結婚をしばしば宝くじにたとえるが、それは誤りだ。宝くじなら当たることもあるのだから。(バーナード・ショウ)

○ 結婚したまえ、君は後悔するだろう。結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう。(キルケゴール)(85頁)

○ 人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する。(アルマン・サラクルー)

○ 孤独が怖ければ結婚するな。(チェーホフ)

○ よい結婚はあるけれども、楽しい結婚はめったにない。(ラ・ロシュフコー)

○ 人は間違った理由で結婚し、正しい理由で離婚する。(宮本美智子)

(86頁)


著者によると、昨今「婚活」なる言葉が流行るのは、
「モテと非モテの格差」が存在している結果なのだという。

ともあれ、「結婚」はいまもひとびとの目標である。

「結婚=幸福」のイメージは強固に維持されているが、
現実には「結婚」は「幸福」を約束しない。

どうして現実の結婚はすれちがいを生むのだろうか?

ひきこもりの子供を抱えた家族の相談で、心配そうにやってくるのはほとんど母親だ。……つまり、熱心な母親と無関心な父親という組み合わせは、圧倒的に多いのである。
 子供に対する態度も対照的だ。何につけ子供の問題に対しては責任を感じがちな母親に対して、父親は徹底して問題から逃げようとする傾向が強い。(95頁)


なるほど。

この様子は容易に想像がつく。

……ひとたび妻子が所有される立場に甘んじることなく自己主張をはじめると、男たちのとる行動は決まっている。キレるか逃げるか、あるいはその両方か。ついでに言えば「ひたすら耐える」は典型的な「逃げ」行動のひとつである。(96頁)


このような亀裂はなぜ生じるのか?

つまり、結婚に「所有」を求める男と、「関係」を求める女との違い、ということだ。(90頁)


妻のことを「釣った魚に餌はやらない」と表現する夫は多いが、
これこそ「所有の発想」の典型なのだ、と著者は言う。

これが本書の主張だ。

男は「所有」を求め、女は「関係」を求める。

夫は妻を所有しようとする。

妻は夫との関係を求める。

「所有と関係」の違いは、人間関係だけでなく、消費行動にもあらわれる。

結婚生活における「すれちがい」は、欧米でもジョークのネタになっている。

本書で紹介しているものを取り上げてみよう。

○ お金……男は必要とあらば1ドルの品物に2ドルでも払う。女はたとえ必要でなくても、セール中なら2ドルの品物を1ドルで買う。

○ 洗面所……男は6つのものを置く。歯ブラシ、歯磨き粉、髭剃りクリーム、かみそり、石けん、タオル。女は平均337個のアイテムを置く。男はそのうち20個以上の用途がわからない。

○ 未来……女は結婚するまで、未来について思い悩んでいる。男は結婚するまで、未来を思いわずらうことはない。

○ 結婚……女は男が変わることを期待して結婚するが、男は変わらない。男は女に変わらないことを期待して結婚するが、女は変わってしまう。(98頁)

○ 成功……成功した男とは、妻が浪費する以上に多く稼ぐ男のこと。成功した女とは、そんな男を、ゲットした女のこと。

○ 子供……女はわが子のすべてを知っている。歯科の予約、恋愛、親友、大好物、心に秘めた恐れ、希望、夢まで、あらゆることを知っている。男は、なんとなく、小さい人間がいつも家にいるような感じを持っている。(98頁)


女性は「お得感」に弱い、とよく言われる。

それゆえ「セール」「バーゲン」という言葉の響き方は、男と女でかなり異なっているはずだ。(100頁)


これは女性が「関係」を求めているからだという。

男性にとって「結婚」とは、女性を所有する最終形態である。

異性に対して活発でない男性は、マニアやおたくとして、本やフィギュアなどの所有に励む。(102頁)


夫が集めているコレクションを見て、
「そんなガラクタ、さっさと処分してよ」と怒る妻の話は、よく聞くものだ。

結婚した女にとって、結婚したての男は、まだ「未熟な夫」でしかない。その夫が自分との関係の中で「最高の夫」へと変化していくプロセスこそが、女の希望である。しかし男は逆だ。男にとっては結婚したばかりの妻こそが「最高の妻」なのである。性格的にも外見的にも。(102頁)


結婚したとたんに夫が豹変した、という話もありふれたものだが、
それは夫が欲しい女性を「所有」してしまったからにほかならない。

独身時代にはよくデートに連れて行ってくれたのに、
結婚したとたんに休日は家でゴロゴロするようになった、
という妻の愚痴もよく聞くものである。

トロフィーワイフという言葉があるように、成功した男性にとって、若く美しい妻はご褒美の賞品のようなものだ。モデルや女優が選ばれがちなのは、それが他人の所有欲や羨望をかき立てる記号としてわかりやすいからだ。(102−103頁)


結婚生活におけるすれちがいの根底には、ジェンダーの差異がある。

そしてそのジェンダーの差異とは、
「男性の所有原理/女性の関係原理」である、と著者は主張している。

ここには相当に深い認識・発想の溝がありそうだ。









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