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zoom RSS 駒村康平『大貧困社会』(角川SSC新書)

<<   作成日時 : 2010/01/16 11:51   >>

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「大貧困社会」とは、日本のことである。

小泉政権は当初、所得格差の拡大が進行している事実を認めなかった。

まるで歴史修正主義者が日本の加害の歴史を否認するかのように。

やがて格差の存在は認めるほかなくなったのだが、
こんどは「格差があって何がわるい」と居直るようになった。

不況を乗り切るために日本の政治家が頼ってきたのは、
いつでも巨大な公共事業だった。

バブル崩壊以降、国は、景気刺激、地方振興のために公共事業を推奨したが、その財源の多くは、借金である地方債でまかなわれた。国は地方債の発行を増やしても、返済時には政府が財政支援すると約束し、償還金の財源を地方交付税交付金という国から地方への財政移転に上乗せする制度を導入したからだ。この結果、地方自治体は安心して借金を続け、無駄な公共事業を拡大し続けた。しかしそんなうまい話が続くわけがない。地方債の返済がピークになると、小泉政権は国の財政再建のため地方交付税交付金の削減を行ったのだ。ハシゴを外された自治体の中には、借金を返済できなくなり、粉飾決算を繰り返したあげく夕張市のように破産する自治体も出てきた。(38頁)


おかげで国も地方も借金漬け。

他方、国民はどうかというと、これまた厳しい状況。

とりわけ派遣労働の自由化が、格差を拡大させてきた。

 派遣労働は、1986年の労働者派遣法施行によって認められた働き方であるが、制度成立当初は、その対象業務は通訳やソフトウェア開発などの専門種に限定されていた。(47頁)


ところが、規制緩和の声に乗って、派遣労働が拡大された。

……1999年になると……原則自由化された。そして2004年になると、製造業務への派遣が解禁され、さらには製造業でも派遣期間が最長3年に延長され、一気に派遣労働者が増加した。(48頁)


また、3年経つと間接雇用から直接雇用に切り替えないといけなくなるため、
企業は2年11ヶ月目に突然解雇するといった暴挙を横行させた。

失業してもセーフティネットがあるはずなのだが、
これがきちんと機能していないのが現状だ。

雇用保険は、2007年4月からは週20時間以上労働し、1年以上引き続き雇用が継続する労働者全員が加入することになった。……
 ……しかし、2006年度現在で失業者約275万人に対し、失業給付(雇用保険の一般求職者給付)の受給者は平均で58万人であり、失業者の2割程度しかカバーしていない状態である。(54頁)


失業者の2割しかカバーしていない失業保険など、
ほとんど何の役にも立っていないのと同じであろう。

働くひとたちは心身ともにぼろぼろ。

……労災(労働者災害補償保険)においても、労災未加入そして労災とばし、労災隠しが横行している。……労災の保険料は全額企業負担で、さらに労災が発生すると保険料が引き上げられるなどのペナルティーがある。(55頁)


企業は労災隠しで逃げ通すつもり。

欧米では不安定で低賃金の非正規雇用を総称して、「マックジョブ」(ファストフード店のマニュアル労働のような単純で面白みのない、将来もない仕事)と呼んでいるほどだ。(57頁)


聞いた話によると、
アメリカの学校では先生が子どもたちにこう言って尻を叩いている
ところがあるという。

「ちゃんと勉強しないと、マクドナルドくらいでしか働けなくなりますよ」と。

欧米諸国では、さまざまな若者の雇用支援を行なっているという。

 ……欧米各国では雇用政策にとどまらず教育・キャリア形成・就業を連携させた「若者政策」を採用し、若年無業者の抑制を図っている。具体的には、イギリスの「福祉から職へ」政策、ドイツのJUMP政策、デュアルシステム、スウェーデンのシティズンシップ政策、アメリカのジョブ・コア(宿泊型若年者集団教育)、WIA若年プログラムなどの政策がそれである。(57頁)


どれほど効果をあげているのかは不明だが、
なかでも有名なのがデンマークのフレキシキュリティだろう。

 ……特に注目されているのがデンマークのFlexicurity政策である。Flexicurity政策とは、フレキシビリティー(Flexibility)のFlexとセキュリティー(Security)のcurityを合わせた造語である。労働市場の規制緩和を行い、転職しやすく労働市場の柔軟性を保ちながら、一方で手厚い失業保険制度・所得保障政策を行う政策である。(58頁)


他方、日本ではどうか?

……2003年6月に発表された若者自立・挑戦プラン……。具体的には、若者の自立・挑戦のためのアクションプラン、安倍内閣の再チャレンジ支援策・成長力底上げ戦略、YES−プログラム・若年者就職基礎能力支援事業、ジョブカフェ、若者自立塾、地域若者サポートステーション、日本版デュアルシステムなど目白押しである。(58−59頁)


では、こちらの効果はどうなのだろうか?

 そこで大企業の人事担当者の意見などを聞くと、「こうした政策には形式的には協力するが、『対人折衝能力』『文書作成能力』といった講習会修了書やジョブ・カードを持参してきた非正規労働者を喜んで採用するかというと、それは基本的にはあり得ない」と答える。(59頁)


あらら。

安倍政権は雇用対策でも役立たずであった。

日本は医療制度もぼろぼろ。

 サラリーマンの加入する健康保険は、厚生年金と同様に給与に比例して保険料が決まり、労使が半額ずつ負担、給与から天引きされるため、未納が発生しにくい。
 一方、国民健康保険は、一般的に自営業者の医療保険と理解されがちであるが、……自営業者・農林水産業者が占める割合は21%で、他に正規・非正規労働者が25%、無職が50%存在する……。つまり失業者の増加は、健康保険から離脱し、国民健康保険に流れ込む人が増加することを意味している。この国民健康保険の保険料は、市町村によって計算方法が少しずつ異なるが、基本的には定額の基本保険料に加え、家族の人数、所得、資産に応じて保険料が決まり、加入者が自ら保険料を支払うことになる。(70頁)


医療制度を複雑にすることで、いったい誰が得をしているのだろうか?

東京都の平均寿命は……2000年には男性15位、女性36位まで落ちている。大阪は男性43位、女性46位とかなり低い。(74頁)


大阪府はどうしてこんなにも順位が低いのか?

構造改革路線は、日本に何もいいことをもたらさなかった。

竹中平蔵はよく、企業は間違いなく成長した、と自信満々に述べる。

だが、企業が繁栄しても、労働者の暮らしは一向に良くならなかった。

なぜか?

企業の収益は戦後最高を記録する一方、労働者の賃金は伸び悩み、労働分配率が低下したからだ。規制緩和・成長路線派が主張した「おこぼれ」効果は、実はほとんどなかったのである。(80頁)


自民党や公明党は、ずっと、
企業の業績が回復すれば労働者の暮らしも良くなる、と言っていた。

だが、実際はそうはならなかった。

自民党・公明党のみなさんは、おとしまえをつけていただきたい。

本書では、年金制度における第3号被保険者問題のことも取り上げている。

(……ただし、第3号被保険者になるには、サラリーマン・公務員の被扶養の配偶者で、年収130万円未満などの条件を満たす必要がある)。(99頁)


専業主婦たちのなかには、制度改革の足を引っ張ろうとするひとがいる。

 さらにパートをしている第3号被保険者の主婦は、年金では第3号として、健康保険では被扶養者家族として、自分たちは保険料を負担しなくても社会保険を利用できるため、非正規労働者への厚生年金、健康保険の適用にも反対する。(99頁)


世代間の不公正も見逃せない。

世代別に、一生涯で賃金の何%の厚生年金保険料を支払ったか、
出生年別に比較したものがある。

それによると……。

1年あたりでほぼ同額の年金を受け取るにもかかわらず、1935年生まれの人は1985年生まれの人に比較して、3分の1しか保険料を負担してこなかったことがわかるだろう。(101頁)


以前、議員年金が問題になったとき、
議員年金の廃止に反対していた保守系議員が言っていた。

「議員年金を廃止したら食べていけない」と。

議員年金がなくなっても、国民年金がある。

では、国民年金で生活していけるだろうか?

……特に女性の年金額は平均月額4.8万円、3万円以下の人も11%いる。(110頁)


こんな金額でどうやって生活していけるというのだろうか?

だから先の国会議員の言っていたことは正しい。

しかし、こんなにひどい国民年金にしたのは、誰か?

「あなた自身ではないか!」

そう言い返してやりたい思いである。

 日本でも、年金や医療保険の空洞化を解消する方法は、賃金に比例して保険料が決まり、企業と労働者で保険料を折半して支払う厚生年金や健康保険を、非正規労働者や偽装自営業者にも適用拡大していくのが最も効率的であろう。(112−113頁)


ここは著者の提案なのだが、議論の余地はありそうだ。

……格差拡大社会は警察・防犯コストがかかる社会になること……。(126頁)


うん、そうだ。

治安関連のビジネスが儲かる社会は、健全な社会か?

著者によると、
格差が広がっていく日本社会では、
「剥奪」と「社会的排除」が進行しているという。

「剥奪」とは、所得や金銭的な問題とは関係なく、一般に人々が使える、あるいは所有することができるはずの「モノ」や「サービス」を利用できない状態を指している。OECDの国際比較では、日本はこの「剥奪度」という点からも貧困率は上位に位置している。(127頁)


そうなのだ。

貧困層は、努力が足りないのではない。

彼らは、「モノ」や「サービス」を剥奪されてしまったひとたちなのである。

次に「社会的排除」とは、モノやサービスに加え、人間関係も失い社会的に孤立した状態になることである。……たとえばホームレス、アルコール中毒、多重債務、孤独死といった現象は貧困問題と併発して起こっているが、ある意味で貧困をきっかけに、剥奪や社会的排除が起こり、さらに問題が深刻化していったことを示している。(127頁)


「剥奪」と「社会的排除」。

怖ろしいことを平気でするひとたちである。

 本来、生活保護は所得が生活保護基準の定めた最低生活費水準(男33歳、女29歳、子ども4歳のモデル3人世帯。東京在住で16万7千円。住んでいる地域や世帯人数によって異なり、受給できる金額は最低生活費から世帯の収入を引いた差額)を下回っていれば受給できるものであるが、実際には受給するまえに「補足性の原則」、「他法優先」という2つのルールが適用される。「補足性の原則」とは、生活保護を利用する前に、自分が使える資源や能力を使って努力したかということである。本当に働くことができないのか、資産はないのか、親戚に応援を頼んだのかということも細かく調査される。「他法優先」とは、生活保護よりもまず、年金や雇用保険を利用するという原則である。(132−133頁)


生活保護といえば、「不正受給」。

最近でも、北海道でタクシーを使った通院費2億円の不正受給などの問題が明らかになったが、モラルハザード、濫給などによる不適切な生活保護給付は年90億円程度あるといわれる。しかし、生活保護制度の給付総額は2.6兆円であり、不正受給がそれほど多くあるわけではない。むしろ先にふれたように、80%の貧困世帯が生活保護から漏れている可能性があるのだ。(133−134頁)


ほらね。

不正受給の話をことさら強調するひとというのは、犯罪的なのだ。

行政や新聞には「生活保護を受けているくせにいい服を着ている」「生活保護世帯なのに出前をとった」といった隣人や地域の住民からの投書も寄せられる。(134頁)


「世間」のひとたちというのは、じつに性格がわるい。

……2004年の年金改革により、物価が年率で0.9%以上上昇すると、年金にマクロ経済スライドという機能が発動する。(137頁)


すると、どうなる?

現在、満額で6.6万円の年金は2025年には満額で5.6万円の価値しかなくなってしまうのだ。(138頁)


政府による巧妙な仕掛け。

 一方、生活保護制度では、食費や光熱費などの基礎的な生活費に相当する「生活扶助額」は地域・年齢・世帯構成によって若干違うものの、70歳の1人世帯で月額6.2万円〜7.8万円程度となっている。この金額は一般国民の消費支出の60%程度を目標に設定されており、一般国民の消費支出に連動して調整されるのだが、ちょっとこの金額を見て欲しい。満額の基礎年金額6.6万円より多くなっているのだ。
 このように生活保護と基礎年金の額はすでに逆転し、生活保護のほうが40年間保険料を支払った満額年金よりも高くなってしまっている。(138頁)


これもしばしば指摘される制度の矛盾である。

このように現在は年金と生活保護の整合性が失われ、役割分担が崩壊しつつあるのだ。(139頁)


こうした現状を招いたのは、ほかでもない、自民党・公明党政権だ。

日本の貧困には、ある特徴が見られるという。

また親が働いているひとり親世帯の子どもの貧困率が高いという、他国に見られない例となっている。(141−142頁)


働いていても貧困。

子どもにいったいどんな「自己責任」があるというのだろうか?

 さらに、増加している児童虐待の背景にも貧困問題があると報告されている。(142頁)


そんな国では精神も荒むだろう。

 基礎年金を税方式にして高齢者全員に税財源で年金を保障しながら、さらに厚生年金で上乗せの報酬比例年金を加えるという、巨大な年金政策をやっている国は世界中どこにもない。つまり日本の基礎年金税方式は世界の流れと逆行しているのだ。(162頁)


このあたりは、とりあえず著者の苛立ちが伝わればよい、
と思って引用してみた。

さて、これほどぼろぼろになった社会保障制度を建て直すには、
お金をたっぷり持っている企業の負担を増やすしかない。

しかし、そうすると、必ずこういう反論が出てくる。

企業負担が増加したら、企業は海外へ出ていく、と。

それでもいいのか? と。

フィンランドを代表するIT企業ノキアの経営陣は、「企業の社会保障費負担が増加したら、本社を負担の低いイギリスに移すのか」というマスコミの質問に対して、「フィンランドには質のよい国民、環境、教育そして基本的な経済政策がある。ノキアの企業理念、その基本となる精神、そして会社の製品開発力はフィンランドあってのものである」……と述べている。(185頁)


「負担増になったら日本から出て行くぞ」と脅してくる企業に対しては、
とりあえずこう答えておこう。

「ノキアを見習いなさい」と。

さらに負担と給付について矛盾する意見、つまり「格差・貧困は縮小してほしい」が「小さな政府」でそれを成し遂げて欲しい、という無い物ねだりをする国民が20%弱存在することも忘れてはならない。実はこの人たちが選挙の攪乱要因になっているのだ。というのも、この人たちはきちんと現実を見ずに、その時々でおいしい政策を提言する政治家にばかり投票する傾向があるからだ。つまり選挙のたびに意見が変わる彼らのために、政策の一貫性が失われることになっているといえる。(187−188頁)


まあね。

小泉政権を圧倒的に支持していたのは、有権者ですからね。

……「私はもう80歳を過ぎているから、2025年の年金財政のことなんか関係ないし、関心もない」、「将来世代はどうでもいいから、とにかく私たちの世代の社会保障給付は1円も削ってほしくない。私たちは大変苦労した世代なんだから、十分な給付を受けるのは当然だ」とうい高齢者の発言が後を絶たない。(192−193頁)


ずいぶんと身勝手なことをおっしゃる方々である。

 ところが、現在の政府は、定額給付金をばらまき、旧態依然とした公共投資や減税策を進めるといった程度の政策しか提案できない状態になっている。ただし、こうした「愚かな政府」を選んだ責任は国民にある。定額給付金を政府による「キャッシュバックキャンペーン」などと勘違いして、愚かな投票行動をすれば、そのツケはすべて自分たちに返ってくるのだ。これからは安易な政策や政治家のキャッチコピーは偽物である、ということを見抜く洞察力がますます必要になってくる。(195−196頁)


いまでもネット上では麻生太郎をかばう意見があるようだが、
こうした愚かなひとたちがいる限り、まともな制度はできない。

ああ、困ったものである。









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