フォーラム自由幻想

アクセスカウンタ

zoom RSS 蓮池透・太田昌国『拉致対論』(太田出版)B

<<   作成日時 : 2010/01/12 11:31   >>

トラックバック 0 / コメント 0

拉致問題を解決するのは、ナショナリズムとは別の方角にある。

ところが、不幸なことに、家族会は右傾化を強めている。

支持者たちはさらに右傾化を強めて「うかれぽんち」になっている。

太田 被害者同士は国家の論理を超えた地点で結び合う必要がある。それを求めることばが、家族会の方々から聞かれない。……2003年7月20日、東京・文京区で開かれた「拉致被害者・家族の声をうけとめる・在日コリアンと日本人の集い」で、……主催者に在日朝鮮人がおり、そのうち1人の方が主催者挨拶で、北朝鮮が実際に拉致を行なっていたとは思ってもみなかったことについての「衝撃と反省」の言葉を述べました。主催者に在日朝鮮人の人びとがいることを知っていた横田さんごも有本さんも、「在日の方を憎むわけではないし、また在日の人びとに対する差別も嫌がらせも許せない」と、当然にも言われました。これが、被害者同士が結び合うことに繋がる言葉でしょう。……
 家族会事務局長の増元照明氏は、2009年になっても、「朝鮮人の大半は強制連行ではなく、徴用など経済的な理由で流れてきたのではと考える」(北海道新聞2009年3月31日付け札幌版朝刊)などと語っています。(125頁)


増元照明はどうしてそうなってしまったのだろう。

過去の歴史を勝手に捻じ曲げる権利は、彼にはない。

もし今後、北朝鮮にこう言い返されたらどうするつもりなのか?

「拉致などというのは存在しない」と言われたら?

「拉致被害者と言われるひとたちは自発的に来たのだ」と言われたら?

わたしがこの部分を読んで思い出していたのが、
「9・11同時多発テロ事件」の遺族ピースフル・トゥモロウズのことだった。

これについても以前記事にしたので、未読の方はこちらをどうぞ。

デイビッド・ポトーティとピースフル・トゥモロウズ『われらの悲しみを平和への一歩に』(岩波書店)

デイビッド・ポトーティとピースフル・トゥモロウズ『われらの悲しみを平和への一歩に』(岩波書店)・続

あまりに対照的な被害者家族の姿である。

さて、拉致事件を都合よく利用してきたのは、政治家だ。

例えばそのひとりに平沢勝栄衆議院議員がいる。

蓮池 ……
 「平沢さんはよくテレビに出ているんだから、この問題の本質をはっきりと言ってください。こんなふうに制裁ばかり主張せずに、交渉の方に持って行くべきだと言ってください」
とお願いしたら、
 「私はもうテレビでは拉致のことは話さない」
と言っていました。(132頁)


平沢議員は一時盛んにテレビ出演して拉致問題を熱く語っていたというのに、
態度を豹変させてしまったという。

これでは、
選挙目当てで拉致問題を利用していたのではないか、
と勘ぐられても仕方がないだろう。

蓮池 家族会に対してあえて言わせていただけば、初心を思い出せということです。……
 はっきり言えば、北朝鮮が繁栄しようと滅亡しようと、拉致被害者家族にとっては関係ありません。被害者の家族にとっては、拉致された肉親が帰ってくればそれでいい話です。歴史認識はもちろん必要ですが、あえてそれを口にはせず、それは政府が全うな見解を出してくれるのを待つという立場に立てばいいんです。(143頁)


と、蓮池透は述べているのだが、
この発言には共感することはできない。

心情としては理解できないわけではないが、
こうした姿勢こそが拉致問題の解決を遅らせてきたことを考えないといけない。

実際、弟の蓮池薫は、意味深な発言を残している。

◆いわゆる「世間」について――

「二重人格じゃないと生きていけない」(蓮池薫)


ここでいう「世間」とは、日本の「世間」のことである。

本当のことを言っても日本人は理解してくれない、という意味か。

◆植民地支配について――

「日本だけは被害者だというような態度で北朝鮮に接しても、ぶつかり合いにしかならないんだ」(蓮池薫)


拉致被害の当事者の発言であるだけに、重みがある。

ところで、弟の蓮池薫は、最近どのように過ごしているのだろうか?

蓮池 ……大学ではゴルフ部の顧問をやっているようですが、「ゴルフなんかやっているとまた何か言われるかな」という心配がありますし、パチンコなど絶対に行けません。「あいつは税金でパチンコをやってるよ」と言われかねませんから。地元では、娘息子はすべて国が試験免除、学費免除で大学を出しているとか、家賃も国が補助しているとか食費も全部出しているとか、少数ながらそういう言われ方をすることもあるんです。「あなたがたのために税金を納めたくない」という手紙も来ることもあります。そうなると、外食に行くにも行けないし、旅行に行くとしたらこっそり行くしかない。……
太田 「世間様」というのは、本当に度し難いものですね。(155頁)


なるほど。

そういうことがあって、
「二重人格じゃないと生きていけない」という発言につながったのか。

ここで批判されている「世間」には、大半の日本人が含まれていることだろう。

政治家の話に戻すと、
拉致問題をもっとも利用してきたのは、安倍晋三だろう。

蓮池透もそのことを認めている。

蓮池 彼〔安倍晋三〕はいちばん家族会を利用した政治家で、家族会を前面に出して自分が後から付いていくというやり方で総理にまでなった人です。総理になった後は、家族会に対してはご機嫌とりしかありませんでした。(163頁)


ところがその安倍晋三には、
拉致問題を解決するための戦略も思想も持ち合わせていなかった。

次の安倍発言がそのことを示している。

太田 ……安倍氏が内輪で北朝鮮について言っていることといったら、「北朝鮮なんて、ぺんぺん草1本も生えないようにしてやるぜえ」とか、「北なんてどうってことねぇよ。日本の力を見せつけてやるぜ」ですよ。取り巻きを相手にこんな水準の強がりを言ってみせているのです。間違いなく、金正日と相似形です。……このように低レベルな表現で、北朝鮮への敵意を煽っている男が持つ日本国家像――彼は、家父長的な道徳を尊び、国旗国歌・愛国心・天皇制の意義を強調し、自国が軍事的に突出することを好みます――は、金正日の北朝鮮国家像に瓜二つです。(164頁)


安倍晋三という御仁はどこまで幼稚なのだろうか?

太田昌国が述べている、日本の右派と北朝鮮が酷似している事実は、
わたしもこれまで何度も書いてきたことである。

蓮池 ……安倍さんがそうだったかは分かりませんが、敵を作ってそこへの怒りや憎しみでナショナリズムを煽り立てていくというのは、非常に危険だと思います。そういうやり方では偏狭で排外主義的なナショナリズムに陥りかねない。
 「1億3千万人総北朝鮮憎し」となった時期がありましたが、今回もミサイルが飛んだだけで政府もマスコミも反北感情を煽ろうとしています。ではそういう人たちは日本が昔何をやったのかを知っているのかといえば、半分以上が知らないのではないでしょうか。それは、歴史教育がすっぽり抜けているからです。(165頁)


それでは、日本の支配層の最大の問題は何なのか?

太田 ……蓮池さんが言われたように、日本社会総体として、あるいは政府の責任において、しっかりとした近代史の総括ができていないということが根本的な問題だと思います。(167頁)


日本政府は責任をとらないけれども、
北朝鮮政府だけは責任を追及される、という身勝手は通用しない。

そういう身勝手は人間社会では通じない。

したがって、拉致問題を放置してきた右派の責任は重大である。

太田昌国は、日本の右派についてこう述べている。

次の引用も長くなるが、大事なところだと思うので、拾っておきたい。

太田 ……彼らは歴史責任について何も考えておらず、むしろ侵略戦争であったことを否定したり、アジア解放戦争の側面があったとか、従軍慰安婦はなかったとか、あったとしても国家の責任ではなく商売としてやってきたことだとか、朝鮮人にも商売人がいたとか、そういうことを言い出し、過去の歴史と向き合おうとしません。また、「何度も謝っているじゃないか」とか、「いつまで謝り続ければいいのか」と言う人たちもいるけれども、本当の意味で日本政府が侵略戦争や植民地支配について謝罪し、それを学校教育や社会教育、政治家教育、すべての面でまっとうするという戦後史を、残念ながらこの社会は辿ってきていない。具体的な謝罪も補償もしていないから、問題が何度でも吹き返すのです。
 確かにビルマ、南ベトナム、フィリピン、インドネシアと日本は賠償協定を結んだ。他の被害国とも「経済協力協定」という名の準賠償を実現しましたが、その背後には、アジア諸国に対して米国がかけた圧力があったことを見ておかなくてはなりません。日本がアジアにおける反共軍事体制の重要な位置を占めるようになったから、できるだけ日本に経済的な出費を強いる過大な賠償請求はするな、見返りに米国は十分な援助をすると言って、50年代の賠償協定は、アジア諸国からするととても低く見積もられています。しかもそれらの国の「経済復興」に力を貸した日本企業は、ODA援助と似たように、利益を日本に還流する構造を作り出し、それを経済協力と称しています。それが当たり前になってしまったので、その不公正な構造を批判する問題意識が社会全体から消えている。(169−170頁)


「何度謝ればいいのか」といった開き直りは、日本人のなかに多く見られる。

この醜さについては、後日あらためて記事を書きたいと思う。

太田 ……「国家」というものが、内と外の民衆に対して行なってきた史実を知れば、自分が属する国家は常に正しく、隣り合うあの国は常に悪だというような捉え方は、成り立ちようもないことがわかります。相手国の「悪」ばかりを言い募るのではなく、自らの「悪」にも向き合わなければならない。それが外交の基本でしょう。(171頁)


では、相手国を敵視ばかりする「強硬論」は、
どのような問題をほかに生み出してきたのだろうか?

蓮池 ……巨大な工作船と言われた万景峰号という船があります。実は私も抗議に行ったことがあるのですが、万景峰号の映像を出すときには、必ず入港に抗議をしている人を写して、「けしからん巨大工作船がまた入港してくる」という論調になります。万景峰号には確かに工作船という面はあるけれども、あの船によって細々と北朝鮮に残している家族と対面したり、少ない物資を送ったりしている人々もいるわけで、そういう人道的な役割を負ってもいる。……あるメディアの人が、今話したような内容の報道をやりたいけれどもそれはできないと言っていました。(178頁)


「メディアは国民を煽動している」とよく言われる。

メディア批判はネット右翼の大好物でもある。

メディアには批判されるべきことが多々あることは事実だが、
メディアが一方的に国民を「煽動」「洗脳」しようとしていると思ったら、
それは大きな間違いである。

メディアには本当に伝えたいことがあってもそれができないこともある。

それは、国民、あるいは世間がそれを許さないからである。

だからわたしたちは、メディア批判をするときには、
ネット右翼と同じレベルに落ちないように気をつけなければいけない。

太田 ……制裁によって、経済的に困窮する親族を援助する手段がますます細っていくわけです。北朝鮮にいる親族から在日朝鮮人へ、病気で働けないからお金を送ってほしいという電話や手紙がきても、3年前、2006年の核実験以来、日本の経済制裁によって万景峰号などの船舶の出入国が禁止されている。だから万景峰号を通じてお金やものを送ることができない。空路で行くには旅費が高いし、船があったときほど簡単ではない。持ち込む金額も2009年5月から30万円までに制限されたという事情もある。北朝鮮への帰国者たちが日本の親族から送られてくるさまざまな物品援助や資金援助で暮しているというのはこれまでもずいぶん明らかにされているわけです。(197−198頁)


蓮池透は、在日コリアンのひとたちと対話の機会を持ったことがあるという。

そのとき、在日コリアンのひとりから謝罪されたという。

蓮池 ……在日の方から謝罪を受けたこともあります。別にあなた方が拉致したわけじゃないという話をしました。(204頁)


日本が総右傾化しているなかで、
在日のひとたちも相当に苦しい思いをさせられていることだろう。

対談の終わりに、蓮池透は、
救う会の佐藤勝巳と太田昌国を比較してこう述べている。

佐藤勝巳の大命題というのは結局のところ「北朝鮮打倒」だった、と。

蓮池 ……そのために家族を利用して、家族会を下部組織にしなければいけないとか、そういう意図のもとに作られた論理だった気がします。背景には怖いものがあったと思うんです。誠実な論理ではない。
 太田さんはまったく逆でしたね。(211頁)


そして彼はは最後にこう言葉を結んでいる。

 「制裁よりも交渉を」
 いかなる民族であれ、コミュニケーション、ネゴシエーションなくして、和解はありません。(218頁)


拉致問題を自分のストレス発散に利用してはいけない。

政治的野心のために利用してもいけない。

真の和解への方策を探らなければならない。

どこの国のひとであろうと、国家犯罪の犠牲者は等しく救われなければならない。








テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
蓮池透・太田昌国『拉致対論』(太田出版)B フォーラム自由幻想/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる