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zoom RSS 蓮池透・太田昌国『拉致対論』(太田出版)@

<<   作成日時 : 2010/01/10 23:16   >>

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約1年前に太田昌国著『「拉致」異論』という本を当ブログで紹介した。

まだ記事を読んでいない方はこちらをご覧になっていただきたい。

■「太田昌国『「拉致」異論』(太田出版)

今回紹介するのは、『「拉致」異論』の続編ともいうべき本である。

そしてこの本では、あの蓮池透が対談相手として登場する。

彼は、拉致被害者・蓮池薫氏の兄の蓮池透氏である。

口ひげをたくわえた彼の顔は、多くのひとが覚えているだろう。

その彼が、かつての自身の反北朝鮮的な態度を反省し、
「家族会」とは距離を置くようになった。

そのことについても、当ブログで記事を書いたことがある。

まだ読んでいない方はこちらをご覧になっていただきたい。

■「拉致問題と過去の清算

とても貴重な本だと思う。

これもぜひ多くのひとたちに読んでもらいたいと思う。

※著者のことはともかくとして、
 本来ならば「蓮池薫さん」などと記すべきだとも思うのだが、
 便宜上、以下、敬称略とさせていただくことをお断りしておきたい。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


拉致問題は、日本人のチンケなナショナリズムに火をつけた。

太田 ……安倍晋三氏とか中川昭一氏とか、相当に質の低い議員が拉致議連(正式名称は「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」)の中心人物であり、拉致問題に関して一見熱心に取り組んだように見られていたことは、非常に不幸なことだったと思います。安倍氏には官房副長官であった時代もあれば、ましてや首相権限を持った段階すらあった。この時、まともな方針を立てていれば、彼の責任においてやれることがもっとあったはずなのに、それをまったくやらないで無為な時間を過ごしたあげくに自滅していく。私は、彼の自滅の仕方は拉致問題の方針とも、はっきりと絡んでいると思っています……。(19−20頁)


拉致問題は、政治家によって日本の右傾化に利用されただけだった。

その証拠に安倍は、拉致問題を何ひとつ解決することができなかった。

麻生太郎も同じだ。

蓮池による安倍批判はこの後も繰り返されるのだが、
それについては後ほど引用することにして、話を進めよう。

蓮池 ……これまでは家族会や救う会の関係者といった、いわゆる「同じ陣営」の人たちと語るばかりだったので、私には自由な対話というものがなかったのかもしれません。
 ……
 ……日本中にも世界中にも様々な被害者がいます。にもかかわらず、拉致被害者の家族というだけで、自分たちが一番の悲劇のヒーロー、ヒロインだという錯覚に陥っていたところがあると思います。時間的余裕がありませんでしたし、周りに煽られたということもありました。(22−23頁)


当時のことをこう振り返る蓮池は、率直にかつての自分のあり方を反省している。

蓮池 ……当時はずっと、「日本はけしからん、北もけしからん!」という思考回路だったと思います。朝鮮半島問題を歴史的に考えるとか、政治や経済や文化を総合的に検証してみるとか、そういう発想はまったくありませんでした。
 「拉致という現実があった。北朝鮮が認めた。日本は24年間何やってたんだ。けしからん!」「政府は何やってたんだ。外務省は何やってたんだ。北朝鮮はけしからん」。これだけです。(25−26頁)


拉致問題を利用したのは政治家だけではない。

救う会の元会長・佐藤勝巳(現代コリア研究所所長)が、その典型であった。

佐藤は家族会のひとたちに次のように息巻いていたらしい。

蓮池 ……当時から、「拉致被害者は必ず生きているから、救い出せる」「北朝鮮は経済状態が逼迫しているし、食糧事情がものすごく悪い。北朝鮮は普通の状態ではないので、崩壊して当たり前だ。今年の冬はもたない」と何度も言われました。
 北朝鮮は崩壊するだろう、と。崩壊すれば戻ってくるだろう、と。ちょっと飛躍した論理かもしれませんが、それを毎日のように言われ続けたんです。家族は情報に飢えていますから、すぐに飛びつくわけです。決して疑問は持たない。……我々は救う会の母体である現代コリア研究所がどういうところなのかも知りませんでした。(28−29頁)


現在も北朝鮮政府は崩壊もしていないことを考えると、
「今年の冬はもたない」と何年にもわたって言い続けた佐藤勝巳なる御仁が、
どれほどの「目」を持っているひとなのか、容易に推察できるというものだ。

さすが「現代コリア」を「研究」している「所長」である。

その佐藤の人間性をよく示すエピソードが紹介されている。

蓮池 ……家族会の意向を表明する場合も、「家族会代表横田滋、救う会会長佐藤勝巳」というふうに、2人の連名になっていきました。書かれていることも「こんなことまで言っていいのかな」と思うほど過激な言い回しになっていったのですが、横田さんはああいう方ですから「NO」とは言いません。「横田さんはこんなこと言わないだろうな」という文言が並んだこともありました。北朝鮮打倒があからさまに主張されるようになりました。文体も内容も、とても横田さんが話すようなものではなく、学生運動の経験者が書くアジビラのような文章でした。(33頁)


やがて蓮池透はそれまでの対北朝鮮強硬姿勢をあらため、
考え方を大きく変えていくことになる。

そして家族会事務局長を解任される。

一体どうしてそうなったのだろうか?

蓮池 ……1つには救う会アレルギーみたいなものが出てきたんです。善意の裏に北朝鮮打倒という強い目的が見えたということでしょうか。……最初からおかしいと思っていたこともあります。閣僚に会う場合も、官邸に呼ばれる場合も、必ず家族会と救う会が同列で呼ばれるんです。佐藤さんは先頭を切って入っていって、閣僚に一番近い席に座り「あんたね」って、偉そうに喋る。……救う会からすると、家族会は下部機関だと思っていたのではないでしょうか。そういう面が見えてきて、嫌になっていきました。(35頁)


そして、興味深いことが蓮池透の証言から判明する。

それは、弟の蓮池薫たちが一時帰国したときのことである。

家族は、彼らをこのまま北朝鮮に戻してはダメだと、
何とか引きとめようと説得していたのだそうだ。

そのとき、救う会の人たちは意外にも引きとめようとしなかったという。

蓮池 ……救う会の人も「戻ってはダメだ」とは言いませんでした。(38頁)


結局、弟夫妻は日本に残ることになったのだが、
その後がまた大変だったそうだ。

蓮池 ……喜んでいれば、「めぐみちゃんがまだ帰ってきていないのに」と指摘されますし、ふさぎこんでいれば「うれしくないのか」と言われます。……私が銀座で飲んでいた時にも、そんなことがありました。おでん屋か何かで飲んで、エレベーターに乗りました。すると上のクラブから降りてきた人と一緒になったんです。そうしたらそのおじさんに腕をつかまれて、「オマエこんなところで飲んでいる場合か!」と強く腕を引っ張られて、外へつまみだされました。その人の部下が、「社長、やめてください」と言っても離さない。「飲んじゃ悪いんですか?」と返したら、「そうだ!」って。「偉そうに飲んでんじゃねえ」ということなのか、なんだか理解できなくて、取り乱してしまいました。(39頁)


この偉そうなおじさんは、
どうして相手を労わる言葉くらいかけてあげることもできなかったのだろうか?

やはりもっとも無責任なのは、「世間」のひとたちなのかもしれない。

蓮池 ……日比谷の野音で制裁集会というのがあったんです。みんな「小泉再訪朝反対!」と叫ぶんですよ。私は一緒に登壇していて反発を覚えました。私がそこで叫んだのは、「小泉さん、行って直談判してきてください」ということです。荒木和博さんたちに睨まれました。……
 最初は「救ってくれ」という署名の嘆願書だったのが、「制裁しろ」に変わってしまったんです。「経済制裁」と言い出したのは、救う会です。日本政府じゃありませんよ。(41頁)


「制裁」を求めたのが救う会だったというこの発言は、貴重な証言である。

蓮池 ……安倍さんも総理大臣になる前は、段階論者でした。ピョンヤン宣言によって、すぐに国交正常化交渉に入れる状況にあるから、まず5人の家族を返せと。返したら、国に国交正常化交渉に入る。その中でほかの人たちの問題を救っていく――2003年当時にはそう明言していました。それが、小泉さんの再訪朝の頃には「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」に変わってしまいました。……そのあたり、言っていることとやっていることがちぐはぐだという印象を受けます。(46−47頁)


なるほど。

安倍の強硬姿勢は、じつは一貫したものではなかったのである。

このことは意外に知られていないのではないだろうか?

蓮池 ……アメリカが北朝鮮へのテロ支援国家指定を解除した……時、「そんなに文句があるんだったら、日本でテロ支援国家を指定しろ。その1国にアメリカを入れろ」とヒル国務次官補(当時)が言ったと聞きました。私はなるほどなと思いましたね。ヒル氏が日本に来た時、盛んに「拉致問題の進展って何?」とも聞いていたらしいですが、それにも誰も答えられなかった。(50頁)


「制裁」を叫ぶひとたちには、じつは戦略も見通しもなかった。

じつにお粗末な「強硬路線」だったのである。

「制裁」を叫べば拉致問題が解決するわけではない。

では何が本当は必要なのだろうか?

太田昌国はこのことについて、次のように述べている。

太田 ……1つめは、植民地化・侵略・拉致など国家レベルで行なわれた政策、つまり国策に孕まれていた過ちを、犯した側がどう謝罪し、償い、その「誠意」を被害者側が認めて、その結果両者がいかに和解し合えるか、という問題を歴史的に考える道筋を作り出すことです。2つめは、その国策の下で、加害に加担した個人と、被害者にされた個人の双方が存在し得るわけですが、各人が特定の「国家」に属しているという制約によってそれぞれの運命は決定されている。歴史的な総括は、その「国家」に拘ることによってしかなされ得ないし、謝罪・補償・和解の諸段階も、さし当たっては、国家レベルで行なわれるほかはない。しかし、このような「国家悪」が生み出す問題を考えるにつけても、諸個人は究極的には、自らが属する「国家」の枠を超え、「国家人」や「国民」であることを超えた場所へ進み出ることが必要だ、と私は考えています。(52頁)


「国家対国家」「国民対国民」の枠組みにとらわれている限り、
本当の解決は不可能である。

大事なのは、そうした枠を超えていくことである。

太田 ……拉致被害者の家族会は、……まれに見る「国民的」基盤を持った圧力団体だと思います。政府、自民党、官僚、メディア――家族会に対しては、どこも率直には何も言えないわけでしょう。これはすごいことです。それが7年間も続いている。……偏狭なナショナリズムに依拠した運動方針を堅持している……。……植民地支配や侵略戦争の史実をめぐって「加害者呼ばわり」されることに不満を持ってきた人びとが、日本が「被害者」となったことに安堵感を覚えることで、煽動されているナショナリズムだから、です。(53−54頁)


ブルーリボンを胸につけて愛国者気取りのひとがいる。

「わたしは偏狭なナショナリストです」と言っているようなものである。

彼らに利用されてしまった拉致問題は、
その後も不幸な経過を辿りつづけることになる。









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