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zoom RSS 坂井律子『ルポルタージュ出生前診断』(NHK出版)A

<<   作成日時 : 2009/09/14 09:46   >>

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いまでは信じられないことだが、1970年代に「不幸な子どもの生まれない運動」があった。

「不幸な子ども」とは誰のことか?

障害を持った子どものことである。

先天異常の子どもが生まれないようにするために、
胎児をチェックする出生前診断(胎児診断)を推進するというものだった。

しかもその運動の担い手は、自治体だった。

自治体が出生前診断の費用を負担するという運動があったのである。

つまり、自治体が「不幸な子どもの生まれない運動」をはじめたのだ。

ここには、障害児は「不幸な子ども」であるという認識があり、
さらには、「不幸な子どもは生まれない方がよい」という認識がある。

ここで辿っておかなければならないのが、優生保護法の歴史である。

優生保護法は1948年、戦争中の国民優生法を改正する形で制定された。優生保護法制定の引き金になったのは、戦後の「国家非常事態」ともいわれた人口爆発である。終戦後戦地からの復員、満州など旧植民地からの引き揚げで人があふれ、出産ブームとなった結果、人口は5年間で1千万人増加していた。このころ中絶は刑法の堕胎罪……によって禁じられていたが、食糧不足のなかで闇の堕胎や子捨てが頻繁に起こり、社会問題となっていた。(108頁)


かつて政府は「産めよ増やせよ」と出産を奨励していたのだが、
戦後は人口増に悩み、態度をコロッと豹変させることになった。

そこで中絶を合法化するために制定されたのがこの「優生保護法」だった。

この法律には、驚くべき文言が記されていた。

第一条では次のような条文である。
〈この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。〉
 刑法の堕胎罪は、その後も残ったが、優生保護法の定める条件に合えば中絶をしても罰せられないことになった。事実上の中絶の合法化である。(109頁)


「不良な子孫の出生を防止する」のがこの法律の目的だった。

ここでいう「不良な子孫」とは、障害者のことを指していた。

当時の厚生省の担当役人だった人物に、著者はインタビューを行なった。

彼はこう言ったという。

「国民の素質が悪くなっていいかというと、そんなことはない。優生というのは、いい言葉ですから……」(110−111頁)


ショッキングな発言である。

「優生というのは、いい言葉ですから」……。

優生保護法は第二条で、
〈この法律で、優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもって定めるものをいう。〉
 とし、第三章(第三条から第一三条)すべてを優生手術の規定にあてていた。そして、この条文によって、男性にはパイプカット、女性には輪卵管を縛るなどのいわゆる「断種」が行われてきた。「断種」が行われるとその人たちは、子や孫を残すことができなくなる。(114頁)


優生手術の対象とされたなかには、ハンセン病の患者たちも含まれていた。

ハンセン病の人たちに対する優生保護法に基づく断種は、実際に1992(平成4)年まで行われていた。(119頁)


驚くべきことに、ハンセン病患者に対する断種はつい最近まで行なわれていた。

優生保護法では優生手術について、本人の同意を必要とするものと、本人の同意なく、強制的に手術を行えるものとに分けている。本人の同意がなくても場合によっては強制的に手術を行える対象とされたのが遺伝性疾患を持つ人々(第四条)および精神障害者、知的障害者の人たち(第一二条)だった。国の統計では、この二つを合わせて1992年までの間に1万17件の優生手術が本人の同意なしに行われたとされている。……
 ……さらに1953年の通達では強制の手段としてやむを得ないときは、身体を拘束したり、麻酔薬を用いてもよいとされ、徹底されていった。(119頁)


著者は、断種手術を受けさせられたひとにもインタビューを行なっている。

次に紹介する「佐々木さん」というのは、脳性麻痺のひとで、
お姉さんの結婚話が出たときに「脳性麻痺の妹がいては」と言われるのがいやで、
施設に入り、その際に「手術」を受けさせられたひとである。

佐々木さんが受けたのは、子宮へのコバルト照射だったという。腰へのコバルト照射が一週間続けられた後、佐々木さんは吐き気や貧血に襲われた。(122頁)


障害者は障害児を産む、と考えられていたからだった。

なお、これに関連して、もうひとつの見逃せないおぞましい歴史的事実がある。

この問題を明らかにしたのは、1993年の毎日新聞による一連の調査報道である。6月12日の記事によれば、生理時の介助軽減を目的とした女性障害者への子宮摘出は、約40年間で30件以上という。(136頁)


先の選挙で大敗した自民党の国会議員のなかで、
厚労相の舛添要一は国民的人気が高いと言われているが、
彼はこうした問題に対して何をしてきたのかと問わずにはいられない。

優生保護法では、脳性麻痺の人は優生手術の対象だとは書いていない。しかもコバルト照射は規定された優生手術の方法を逸脱している。佐々木さんだけでなく、各地の施設や病院で障害者が不妊手術や子宮摘出という行為を受けている。(123頁)


法律には書かれていなかったひとたちも、断種を行なわれた。

法律をつくった「精神」が「拡大解釈」を招いたからだ。

「優生保護法」というのは、その名前から見ても分かるように、
「優生思想」にもとづく法律である。

「優生学」や「優生思想」というと、ナチス・ドイツのおぞましい歴史が想起される。

「優生思想」はナチスの敗北とともに第二次大戦後は姿を消したのではないのか?

「優生思想」は不幸な過去の遺物だったのではないのか?

しかし、日本政府の公的統計である優生保護統計を見ればわかるとおり、本人の同意によらない(医師の申請による)優生手術は戦前の国民優生法の時代より、戦後の、特に1950年代に激増している。(124頁)


じつは、優生思想はナチス・ドイツだけのものだったわけではない。

優生思想は、戦後の日本にこそ広がっていったものだったのだ。

このことについて、社会学者の市野川容孝はこう述べている。

市野川さんによれば、多くの人が「優生学」について誤解している。優生学は人種差別(人種主義)であり、国家主義、ファシズムであると思われているが、実は人種主義に限定されたものではなく、むしろ反戦平和主義と結びつく傾向があるという。(125頁)


「健康で国のために働くことのできる優良な国民」をつくる。

これが「優生思想」を育む土壌である。

「そういう風に考えると、日本で1950年代に優生手術が最も多く行われる理由もわかるでしょう。国の復興と成長。優生学は戦争のなかで成長するのではなく、『敗戦後』に育つものなのです』」(126頁)


国家や企業は「健康な人間」だけを望む。

繁栄を支えるのは「健康優良児」だとされる。

「健全な精神は健康な肉体に宿る」。

そして、ひとびとの間で「障害者は不幸」という傲慢な偏見・差別が蔓延する。

著者は次に、「青い芝の会」のメンバー横田弘にインタビューに行った。

1970年、神奈川県で母親が脳性麻痺の子どもを殺す事件が起き、母親に対して減刑嘆願が湧き起こった。横田さんたちは、この動きに猛反発し、以後の運動の契機となってゆく。横田さんたちは「重症児は殺されても当然か?」というゼッケンをつけて駅頭に立った。
 さらに、川崎市営や私鉄などのバスによる車椅子乗車拒否事件が1976年に起こる。横田さんたちはバスを占拠し、検挙者が出た(起訴はされていない)。
 障害者運動は様々な事件に遭遇して転換点を迎えていた。不幸だと嘆く親、自分たちを殺そうとする親、その親に同情する社会、常にありがたがることを要求する福祉、治すことを強いる医療。横田さんたちが言いたいことは山ほどあった。(130−131頁)


「青い芝の会」については、以前このブログでも取り上げたことがある。

彼らの運動が実を結んで、「優生保護法」は改正されることになった。

母体血清マーカーテストの普及が進んでいた1996年初夏、国会ではひとつの法律の改正案が、議員立法で提出されようとしていた。第一条に「この法律は優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」という条文を掲げた「優生保護法」……の改正案である。(106頁)


優生的な条項はすべて削除されることになった。

……48年ぶりに優生保護法は改正、母体保護法となった(6月26日公布 9月26日施行)。(107頁)


1996年、今からほんの13年前のことである。

こうした怖ろしい事実を目にして、
昨今の「健康志向」「健康ブーム」を優生思想と結びつけたくなるのは、
わたしだけであろうか?








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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 私腹拡大を目論むカネゴン(金権亡者)達にとっては、戦時・平時に係わりなく、その時々に合ったやり方で国民を騙してきます。
 お互いに、気を付けましょう。
山路 独
2009/09/15 22:39
◆山路独さま

コメントありがとうございます。

「善意」に潜む「排除の心理」。これを粘り強く批判していくことが大事ですね。
影丸
2009/09/20 11:40

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