フォーラム自由幻想

アクセスカウンタ

zoom RSS 坂井律子『ルポルタージュ出生前診断』(NHK出版)@

<<   作成日時 : 2009/09/12 13:57   >>

トラックバック 1 / コメント 22

出生前診断という医療技術がある。

子どもが生まれる前に胎児の状態を調べることのできる技術である。

そのうちにひとつに、「母体血清マーカーテスト」というものがある。

 母体血清マーカーテストは、妊娠15週から18週のころに血液検査を行い、複数のタンパク質やホルモンの値から、胎児の障害(染色体異常の一部や神経管閉鎖不全症の一部)の可能性を推定するものである。この検査はあくまでも可能性の高低を割り出すものなので、確定診断を希望する場合には羊水検査が必要とされる。しかし、診断の入り口が普通の血液検査となったことは大きな転換である。(7頁)


これまでは、胎児が男の子か女の子か、あるいは障害があるのかないのか、
こうしたことは子どもが生まれてくるまで分からなかった。

ところが、出生前診断によって、
出産前に、胎児の性別や障害の有無が分かるようになったのである。

もうひとつ、遺伝子診断という技術がある。

病気の原因となる遺伝子の研究が進んだことを背景に、
遺伝子診断という医療技術が発達しているのである。

 こうした遺伝子研究の結果と、不妊治療の技術「体外受精」が結びついたのが、「受精卵着床前診断」である。これは、体外受精で得られた受精卵の遺伝子を調べ、問題のない受精卵だけを選んで子宮に戻すという技術で、日本では1993年にはじめて臨床応用が申請され、議論を巻き起こしていた。(8頁)


遺伝子に異常のある受精卵は廃棄して、
異常のない受精卵だけを選んで子宮に戻すというものである。

出生前診断・遺伝子診断は、当然のことながら、倫理的問題をはらんでいる。

NHKのディレクターである著者は、この医療技術に疑問を持ったという。

日本では、出生前診断をめぐって1970年代に議論の山場があった。羊水検査が自治体の行政施策として取り入れられようとしたとき、「障害者の生きる権利を奪うものだ」として障害者団体が激しくこれに抗議したのである。一方この時期、女性の権利運動を進めていた人たちが刑法堕胎罪の撤廃を求めて「産む産まないを決めるのは女性の権利である」という、いわゆる「女性の自己決定」を主張していた。障害者団体は出生前診断について医師や行政を批判するとともに、この女性運動をも、批判の対象とした。障害者たちは、「産む産まないを決めるのが権利なら、障害を持つ子を産まないと決めるのも女性の権利だというのか」と問うたのである。確かに「障害を持った胎児の生きる権利」か、「女性の自己決定」かという問題は、25年前に提起されている。そして、その後答えが出たのかといえば、出ていないと私は思う。(10頁)


障害者団体からの批判については後に取り上げる。

そこで著者はイギリスで取材をはじめた。

母体血清マーカーテストを生み出した国であり、
出生前診断が着々と広がっている国だからだった。

著者は、「胎児の異常を理由にした中絶に関する相談センター」
(SATFA=Support Around Termination For Abnormality)という団体を訪ねる。

――相談を受けてどのようなことを感じますか?
「検査の範囲が広がるにつれて女性たちはジレンマに陥っています。選択の余地は広がりましたが、その選択にはジレンマが伴っているのです。でもほとんどの女性が、妊娠期間中に検査を受ける機会があること自体を歓迎しているのは確かです。両刃の剣なのですが、検査を受けることは選択の機会でもあり、ジレンマでもあるのです」(25頁)


イギリスでは妊娠初期の女性に対して、
助産婦が数々の検査についてていねいに説明する。

そして、それぞれの検査を受けるかどうかの意思確認が行なわれる。

その検査のなかには、母体血清マーカーテストのほかHIV検査も含まれていた。

これらの検査費用はすべて無料だという。

胎児に障害があることを理由に中絶することを「選択的中絶」というが、
イギリスではどのくらいの数の選択的中絶が行なわれているのだろうか?

イギリス全体で年間2000人が、おなかの赤ちゃんの「障害」を理由に中絶(これを一般の中絶と区別し、選択的中絶と呼ぶ)しているというのだ。(46頁)


イギリスで中絶が合法化されたのは、1967年だった。

この時点ですでに中絶を認める条件として
「胎児に障害があるとき」という胎児条項が入っていた。

さらに1990年に修正が加えられ、中絶が許されるのは24週以下と定められた。

この修正では同時に、24週という時間的制限を受けない3つの項目を明記した。
● 母体への緊急の危険が生じる場合
● 妊娠の継続によって母体に危険を伴う場合
● 子どもが重度の障害を負うなど、肉体的・精神的異常に苦しむことが予想される場合
 この3つの項目、いわゆる胎児条項によって、出生前診断などで「異常」が見つかり妊婦が中絶を選択したときは、出産直前までそれが認められることになったのだった。
 この90年の修正は、アメリカ、ヨーロッパ各地で本格的に血液スクリーニングが普及し、出生前診断が大衆化した時期と重なっている。(49頁)


妊婦に対する検査で大事なのは、「妊婦の自己決定」だとされる。

カウンセリングは妊婦に意見を押しつけず、「非指示的」であることが求められる。しかし、カウンセリングは「確かめましょう、確かめましょう」と妊婦にささやいているように聞こえる。(51頁)


政府が市民に強制しているわけではない。

政府が強制的に中絶させているなら話は簡単であるが、
これはそうではない。

しかし、市民の間で迷いと不安が広がっているという。

また検査の普及によって中絶も増えているが、「妊婦の自己決定」という論理がこれを正当化している。
 しかし、いくつかの疑問を感じないわけにはいかない。
● 本当に妊婦は選んでいるのか、希望しているのか。
● 障害者、特に検査の標的とされている「二分脊椎」、「ダウン症」の人たち、家族はどう思っているのか。
● 優生学的な懸念はイギリスでは問題にされていないのか。(55頁)


「自己決定」なら何の問題もないのだろうか?

「健康な子どもを願うのは親として自然な願いだ」と素朴に言いきれるのだろうか?

こうして著者は、次に日本の状況を調べていく。

東京の西部、八王子市。町並みからやや丘陵部へ入った日野市との境に近い一角。ここに、毎晩8万本の試験管が届けられる。日本最大の臨床検査会社SRLの集積場である。(60頁)


ここでは、毎日多くの血液検査や尿検査を行なっているという。

かつて、病院内にあった検査部門は、コスト削減と検査の高度化のために次第に切り離され、いまではこうした「臨床検査専門」の検査会社に、その分析が依頼される。日本に、こうした臨床検査会社は380社ある。市場規模は年々急増し、5800億円(1997年)といわれる。なかでもSRLは業界の全売上の10%以上を占め、順調に業績を伸ばしていた。(60−61頁)


そしてここでも母体血清マーカーテストが行なわれていた。

このテストについては先ほどから取り上げてきたわけだが、
実際このテストはどのようなものなのだろうか?

どうして母体の血液を調べることで胎児の障害が分かってしまうのだろうか?

血清中に含まれるAFP、hCG、uE3の三種類のタンパク質やホルモンの量の高低によって、ダウン症などの染色体異常と神経管不全(二分脊椎等)の可能性を計算する。(61頁)


なるほど。

そして、こうした検査が医療サービスのひとつとして拡大していき、
検査会社は利益を獲得することと市場拡大をねらっているのである。

企業の営利活動をすべて否定する必要はないが、
医療の背後にこうした利権が存在し、業界の意を汲む政治家がいる。

このことは覚えておいた方がよい。

ところで、出生前診断でターゲットとされるのが「ダウン症」だ、と前に記した。

ダウン症とはイギリスのジョン・ラングドン・ダウンという学者が最初に研究論文を発表したことから、ダウン氏症候群と呼ばれるようになった障害である。人は22対の常染色体と1対の性染色体、合計46本の染色体を持っているが、ダウン症の多くは21番染色体が3本あり、全体では47本の染色体を持って生まれる。……染色体の突然変異が原因とされているので、どこの家にでも生まれてくる可能性がある「先天異常」である。知的な障害や内臓の疾患などの合併症を伴うとされるが、その程度には個人差が大きい。(84−85頁)


ところで、ダウン症に関する誤った知識、偏見が世のなかには流布している。

「一生、10歳の体型から成長しない」
「家族は筆舌に尽くしがたい不幸を背負う」など。
 そうした誤った記述が、世界的に有名な百科事典、医学部の教授が書いた病理学の教科書などにあったりする。(86頁)


医学の専門家でさえ偏見を持っているというのは驚くが、
社会が抱く誤ったイメージは、当事者たちを深く傷つける。

あるお母さんは言った。
「どんなに心からこの子がかわいいと言っても、世間の人は無理しちゃってとか、がんばってるとか言うんです。どうしてわかってもらえないのでしょうか」(87頁)


社会で「ダウン症」のひとたちが「見えない存在」になっていること。

ふつうの暮らしのなかで彼らと出会う機会がほとんどないこと。

街を歩いていて当たり前のようにすれちがわないこと。

こうしたことが世のなかのひとびとの「偏見」を静かに助長している。

しかし、このような事態そのものが、ひどく暴力的なのではないか、と思う。

ダウン症の子どもを持つ母親は、
出生前診断を受けるひとの気持ちも分かると断ったうえで、
次のように言葉を発した。

「出生前診断って、何のためにあるんだろうって考えたら、間引き以外の何ものでもないって思いました。間引かれるのはまっぴらごめんだって。障害を持っていても、大切な存在だということ、存在する価値があるということ、それをまずお医者さんの側にわかってもらいたい、そう思ってはがきを送ります」(93頁)


出生前診断が広がっている。

それと同時に、ダウン症は排除の対象になっている。

日本ダウン症協会(JDS)は、検査の凍結を求めて厚生省(当時)に抗議した。

ちなみに、当時の厚生相は小泉純一郎だった。







テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
出生前検査〜妊娠中におなかの中の胎児の状態を検査する〜
産科で働いている身としてそれについて思うことは、”そこに赤ちゃんの意思はないよね・・・”っていうことと、赤ちゃんは五体満足で生まれてきたとしても既に人格をもった1人の人間で、両親の思い通りにいくことは1つもないよ、ってことです。でも、だからこそ子育てしながらお互い成長してくのが醍醐味かなって思います。あくまで、わたしの意見です。 ...続きを見る
アーユルヴェーダHappy妊娠・出産・育...
2009/10/26 16:19

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(22件)

内 容 ニックネーム/日時
I really wanted to send a small word to say thanks to you for the fantastic points you are writing on jiyuu-gennsou.at.webry.info. My time-consuming internet lookup has at the end been honored with extremely good ideas to exchange with my pals. I 租 express that many of us site visitors actually are extremely endowed to exist in a notable community with so many lovely individuals with useful points. I feel really fortunate to have used your webpage and look forward to so many more fun moments reading here. Thanks a lot again for a lot of things.
Clenbuterol
2011/12/04 07:43
You made some Good points there. I did a search on the topic and found most people will agree with jiyuu-gennsou.at.webry.info
appliance repair
2011/12/13 13:49
I like reading jiyuu-gennsou.at.webry.info and I conceive this website got some truly useful stuff on it!
anabolics
2011/12/19 05:48
I like the valuable information you be offering to your articles. I can bookmark your jiyuu-gennsou.at.webry.info and feature my children test up right here generally. I am slightly positive they are going to be informed quite a lot of new stuff here than anybody else!
loose weight
2012/03/12 14:56
Pretty nice post. I just stumbled upon jiyuu-gennsou.at.webry.info and wanted to say that I have truly enjoyed browsing your blog posts. After all I'll be subscribing to your rss feed and I hope you write again soon!
appliance repair
2012/03/19 13:23
Thank you for making the sincere attempt to speak about this on jiyuu-gennsou.at.webry.info . I feel very strong about it and would like to read more. If it's OK, as you achieve extra extensive wisdom, may you mind including extra articles similar to this one with additional info? It will be extraordinarily useful and helpful for me and my friends.
escorts France
2012/03/30 11:47
Hello there, just discovered jiyuu-gennsou.at.webry.info on Yahoo, and found that it's really awesome. I'm gonna watch out for brussels. I will appreciate if you keep writing about this subject in future. Lots of people will benefit from your writing. Cheers!
anabolics online
2012/04/02 08:19
This is such a great resource that you are providing and you give it away for free. I enjoy seeing websites that understand the value of providing a prime resource for free. I truly loved reading your posts on jiyuu-gennsou.at.webry.info . Thanks!
??韈 ?
2012/04/18 01:56
You completed some good points on jiyuu-gennsou.at.webry.info . I did a search on the theme and found the majority of persons will have the same opinion with your blog.
Danabol 10 mg
2012/04/24 16:43
Its Pleasure to understand jiyuu-gennsou.at.webry.info . The above articles is pretty extraordinary, and I really enjoyed reading your blog and points that you expressed. I really like to appear back over a typical basis,post a lot more within the topic. Thanks for sharing?eep writing!!!
electric glass insul...
2012/05/02 19:27
jiyuu-gennsou.at.webry.info will be the perfect blog for anyone who wants to know about this subject. You know a lot its practically difficult to argue with you (not that I really would want). You absolutely set a whole new spin on a topic thats been written about for years. Fantastic things, just excellent!
glass insulators for...
2012/05/05 11:52
I will really love for you for guests posting on jiyuu-gennsou.at.webry.info
appliances repair LA
2012/05/17 22:50
Very informative post. Thanks jiyuu-gennsou.at.webry.info for taking the time to share your view with us.
Appliance repair Enc...
2012/06/08 00:45
the Web site of Learn More about the
Relevante links:
pletchervey
2012/06/21 05:28
Hello there, I love your blog jiyuu-gennsou.at.webry.info . Is there something I can do to receive updates like a subscription or some thing? I am sorry I'm not acquainted with RSS?
escorts Emirates
2012/07/06 00:32
I just book marked your blog jiyuu-gennsou.at.webry.info on Digg and Stumble Upon. I enjoy reading your commentaries.
escorts UAE
2012/07/06 22:40
I dont usually post on many Blogs, still I simply needs to express gratitude continue the spectacular work. Ok unfortunately it's once again time to get at school.
private tours in Rus...
2012/07/12 07:40
I like the valuable information you be offering to your articles. I can bookmark your jiyuu-gennsou.at.webry.info and feature my children test up right here generally. I am slightly positive they are going to be informed quite a lot of new stuff here than anybody else!
paris escortes
2012/08/28 00:37
Its Pleasure to understand jiyuu-gennsou.at.webry.info. The above articles is pretty extraordinary, and I really enjoyed reading your blog and points that you expressed. I really like to appear back over a typical basis,post a lot more within the topic. Thanks for sharing…keep writing!!!
website optimization
2012/09/03 17:25
それは本当に情報のクールで親切な作品だ。私はあなたが私達とこの有用な情報を共有している満足している。私たちは、このような通知をご利用ください。 jiyuu - gennsou.at.webry.info宜しく上でそれを共有していただきありがとうございます!
escort girl Oslo
2012/09/08 22:27
こんにちは、私も同程度の問題を検索としてGoogleを経由してあなたのブログを発見し、あなたのサイトに来て、それが良いようです。私は私のGoogleブックマークにブックマークしている。ご多幸を祈る
0
2012/11/12 01:18
I want to transfer to a college that focuses on English and have a good Creative Writing program. I want to major in creative writing but don't know what college to transfer to..
Sony Cyber-shot DSC-...
2012/12/30 03:24

コメントする help

ニックネーム
本 文
坂井律子『ルポルタージュ出生前診断』(NHK出版)@ フォーラム自由幻想/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる