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zoom RSS 広井良典『定常型社会』(岩波新書)@

<<   作成日時 : 2009/09/03 12:41   >>

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なぜ日本社会は1990年代以降急速に右傾化しているのか?

このことを考えるときの手がかりのひとつが、「歴史認識の誤り」である。

「歴史認識」といっても、今回取り上げるのは「戦争の歴史」ではない。

「経済の歴史」である。

わたしはこれまで右派のひとびとを観察してきて気づいたことがある。

それは、右派が「経済の歴史」をまったく間違って理解しているということだ。

トンチンカンなひとたちである。

彼らは、どういうわけか一様に、
1970〜80年代までの日本が「福祉国家」であったとイメージしているのである。

日本はこれまで社会主義的で平等主義的な「福祉国家」であったが、
これからの日本は競争原理を導入していかなければならない。


右派はそう認識していたのである。

逆に言えば、そう認識しているひとが右傾化してきている、ということだ。

これが右派のあまり知られていない共通点である。

そこで彼らはこぞって小泉純一郎による構造改革を支持することができたわけだ。

しかし、この「経済の歴史」に関する認識は、まったくの誤りである。

日本はもともとアメリカ並みの「小さな政府」だった。

日本はこれまで北欧のような「福祉国家」だったことは一度もない。

多くの日本人は、「福祉国家」がどのようなものであるかを正しく理解できていない。

試しに、右派とおぼしきひとたちに問うてみるとよい。

「かつての日本は大きな政府でしたか? それとも小さな政府でしたか?」


きっと右派は口をそろえて「大きな政府!」と答えるにちがいない。

そこで内心「バカなひとだなあ」と冷笑してはいけない。

徹底的にその場で論破して、反論の余地もないほどに批判して差し上げるべきである。

それから、もうひとつ。

金融危機後、不況からの脱出が叫ばれている。

経済成長が国家の目標であるとして、政治家も選挙公約に掲げていた。

不況のときはとくに「景気回復」「経済成長」を望む声が高まる。

だが、そのときほとんどすべてのひとたちが忘れていることがある。

それは、環境問題はどこへ行ってしまったのか? ということだ。

環境問題への取り組みはしばらく棚上げにする、ということなのか?

それより何より、そもそもわたしたちはまだ「経済成長」をしないといけないのか?

こうした根源的な問いに答えようとするのが、本書である。

しばらく前に出版されて話題になった本なので、すでに読んだひとも多いだろう。

筆者が主張するのは、「定常型社会」である。

「経済成長」を絶対的な目標としなくとも十分な豊かさが実現される社会である。

「ゼロ成長社会」と言い換えてもよい。

では、「定常型社会」とはどのような意味をもつ社会なのだろうか?



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「定常型社会」とは何か?

定常型社会とは実は「高齢化社会」と「環境親和型社会」というふたつを結びつけるコンセプトでもある。(A頁)


これまでの社会は「経済成長」を目標とするものであった。

「成長」あるいは物質的な富の拡大ということがすべての究極的な目標となり、企業や官庁などを含む経済システムも、学校や家族を含む社会のあらゆる制度も、そして人々の価値観そのものも、「成長」という目標に向けて強力に「編成」され、また現にその目標を実現し続けることができたから(つまり消費を「拡大」し続けることができたから)、「すべての問題は経済成長が解決してくれる」と考えて間違いない、という時代が50年前後にわたって続いたのである。(C頁)


自民党の景気回復政策も、企業の成長によって解決されるというものだった。

失業率の高さも雇用の不安定も、
すべて企業の成長によって改善されると自民党は主張していた。

だが、もう何十年も前から、資源の枯渇が警告されている。

環境問題もますます深刻化している。

それに加えて、日本は少子高齢化が進んでいる。

このまま「経済成長」路線をつづけていくことは不可能である。

そこで出てくるのは、この「定常型社会」というコンセプトなのだ。

……「定常型社会」とは、別の観点からいうと「持続可能な福祉国家/福祉社会」と呼べるものであり、「個人の生活保障がしっかりとなされつつ、それが資源・環境制約とも両立しながら長期にわたって持続しうる社会」の姿のこと……。(E頁)


ここで、世間によく見られる「誤解」について取り上げたい。

それは「福祉国家」にまつわる「誤解」である。

世の中には、「福祉国家」を「社会主義」とほぼ同義のものと捉えるひとがいる。

高負担・高福祉の福祉国家は資本主義を否定している、と彼らは考える。

実際、小泉構造改革を支持して進めたひとたちは、
「小さな政府」路線こそが資本主義社会の進むべき道であると説いた。

「大きな政府」(福祉国家)は「社会主義」であると、竹中平蔵も言っていた。

そこで、社会主義アレルギーの強いひとたちが、構造改革を圧倒的に支持したわけだ。

だが、「福祉国家」というのは、経済成長を達成するためのひとつの戦略であり、
「経済成長」を目標としている点で、「小さな政府」論と同じ地平に立つ思想なのである。

「大きな政府」論は、
その方が「小さな政府」論よりも経済成長を達成することができると主張する。

このように、福祉国家の理念は「経済成長と所得分配の平等化」の両方を同時に達成するものとして構想されたのであり、それは戦後における“高度大衆消費社会”の実現ということとも不可分であった。
 ……当時の文脈では、福祉国家という発想はあくまで「市場経済」ないし自由主義をベースにしつつ、それを政府が補完・修正するシステムという意味で、社会主義ないし共産主義に対抗する理念という意味合いをももっていた。(3頁)


ここで著者が、福祉国家は社会主義・共産主義に対抗する理念であった、
と述べていることに注意しよう。

つまり、福祉国家は社会主義なのではなく、
社会主義に対抗する資本主義の生き残り政策だったのである。

ここが多くのひとたちによってよく誤解されているところである。

とくに新自由主義イデオロギーに洗脳されたひとたちによく見られる誤解である。

だから、福祉国家=社会主義だと言うひとには、「バ〜カ」と言って差し上げよう。

昔は、共同体のなかでひとびとが支え合って生きてきた、という側面があった。

だが、近代化は共同体のつながりを解体していった。

……かつては共同体ないしコミュニティの中でインフォーマルな「相互扶助」として行われていたことが、産業化や都市化の中で徐々に希薄化していき、それに代替するものとして、公的な社会保障ないし福祉のシステムが整備されていったのである。(6頁)


共同体が担ってきた「相互扶助」の役割を国家が代替するようになった。

これが「福祉国家」の登場である。

しかしそれはあくまで「経済成長」を達成するためであった。

言い換えれば、経済成長というゴールについては共通の了解の上で、それをもっとも効果的に達成するためのいわば手段の選択として、市場への自由放任か、ケインズ主義的積極財政か、という選択ないし対立があったということである。(16頁)


「市場への自由放任」を採用するのが、「小さな政府」論だ。

それに対して、「ケインズ主義的積極財政」というのが、「大きな政府」論だ。

すなわち「福祉国家」である。

しかし、日本では、この社会保障・福祉のシステムを国家が担ってこなかった。

これについては、のちに詳しく説明する。

では、この「セーフティ・ネット」の役割は誰が担ってきたのか?

それは言うまでもなく「企業」である。

だからこれまで日本は「福祉国家」であったことなど、一度もないのだ。

ということは、右派は二重の意味で「無知」だということになる。

ひとつは、「日本は福祉国家だった」という「無知」。

もうひとつは、「福祉国家とは社会主義だ」という「無知」。

日本はアメリカに比べて平等性の高い社会だったと言うことはできるが、
だからといって「福祉国家」だったことを意味するわけではないのである。

これもどういうことなのかは次回説明する。

ともあれ、「小さな政府」論も「大きな政府」論も、
ともに「経済成長」を目標とする資本主義イデオロギーなのである。

しかし、少なくとも伝統的な、つまり「不断の経済成長」、言い換えれば人間の需要(ないし消費)はいくらでも拡大しうるものだということを前提とした上での「大きな政府vs.小さな政府」という対立の構図は過去のものとなりつつある。(20頁)


経済成長戦略は、もう維持することができない。

だから、「経済成長」を目標とする「大きな政府」も「小さな政府」も、
ともに克服されなければならない過去のイデオロギーなのである。









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