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zoom RSS 北村年子『「ホームレス」襲撃事件と子どもたち』(太郎次郎社エディタス)

<<   作成日時 : 2009/09/20 11:30   >>

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前著『大阪道頓堀川「ホームレス」襲撃事件』(太郎次郎社)が出版されたのは、約10年前。

当時わたしはこれを読んで、とてもよい本だと感心した。

ところどころに散見されるやや臭い文章が気になるのだが、
表現・言い回しの細部よりもはるかに充実した内容をもっていたからだ。

その「あとがき」で、著者は続編が出ることを予告していたように記憶している。

わたしはそれをとても楽しみに待っていたのだが、その後、続編は出版されなかった。

そして今回、旧版に新たに書き加えた部分を追加して、この本が出版された。

それに合わせて、書名も変更された。

帯には、上野千鶴子と湯浅誠による推薦文が寄せられている。

ぜひ多くのひとに読んでもらいたい本である。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


1995年10月、大阪の繁華街ミナミ。

戎橋のうえで台車に寝ていた「ホームレス」の男性が、
通りかかった若い男たちに道頓堀川へ突き落とされる事件が起きた。

川へ投げ落とされた男性は、間もなく死亡した。

事件発生からただちに殺人容疑で2人の若者が指名手配された。

主犯格とされたのは通称「ゼロ」と呼ばれる24歳の青年。

共犯とされたTは、元会社員の25歳。

彼らはすぐに逮捕された。

ちなみに同じ年に阪神・淡路大震災が起きている。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


著者はこの事件に衝撃を受け、取材をはじめていく。

なぜ若者は「ホームレス」男性を殺害してしまったのか?

犯人とされる若者はどのような生い立ちだったのか?

取材を進めるうちに、意外な事実が浮き彫りになっていく。

詳しいことはぜひ本書を直接読んでいただきたいが、
事件の背景には、
日本社会に根深く存在する「ホームレス」差別という問題があった。

過酷な日雇い労働のすえに、高齢・病弱・労災事故など、さまざまな事情で野宿を余儀なくされている人は、釜ケ崎内だけで一日平均150人、大阪市内では多いときで2000人にもなるという。そして釜ケ崎周辺の路上で、行き倒れとなって亡くなる人(行路死者)は、年間約150人、道端から瀕死の状態で病院にはこばれ亡くなった人(行路病死者)は、年間500人以上にものぼる。(64頁)


釜ケ崎以外にも、日本の主要都市には日雇い労働者たちの街があり、
「ホームレス」があふれている。

釜ケ崎のあちこちの電信柱には、西成警察に通じる“監視カメラ”15機がそなえつけられていた。24時間、労働者の行動を管理し、「なにをしでかすかわからないもの」として取り締まろうとするその視線に、私はとっさに学校の「教師」の目を思った。そして労働者を見張る西成警察は、監視カメラの下で白昼堂々とサイコロバクチを打つ暴力団の違法行為には見てみぬふりをし、瀕死の状態で倒れている野宿者を「450(ヨゴレ)」と暗号でよび、倒れている人を放置し、救急車を重態の労働者を路上に置きざりにしていく。それが“寄せ場”の報道されない現実だった。(74頁)


事件当時、大阪市と警察は、APEC大阪会議を控え、
大量の警察官を動員して「街の美観を守る」ために「ホームレス」を一掃した。

なぜ殺害された野宿者の男性は、戎橋にいたのか?

市や警察が「クリーン作戦」と称して、野宿者を公園や駅から追い出したからだった。

路上生活者の支援を行なっている神父は、次のように述べた。

「大阪市が、大阪迎賓館の整備にかけた費用は、12億円。それにたいして、野宿労働者への就労対策費は、3ヶ月でわずか1900万円です。行政が最低限、生活保護法で決まってることをやり、就労の機会を保障すれば、いま野宿している人の3分の2は、野宿せずにすんでいるでしょう。」(97頁)


釜ケ崎のひとびとを中心に、事件について考えるシンポジウムが開催された。

そこで、「最近の若者」について発言したパネリストの大学教授に対して、
会場にいたひとりの野宿労働者が声をあげた。

「さきほど先生は、いまの子どもたちは“善・悪”の区別がわからない、その感覚が大人の意識とズレてきている、といわれましたけど、ぼくは、そう思いません。大人の意識が、子どもに反映してるんです。まず大人が、差別してるんです。商店街では水まいて寝られないようにするし、警察は追っぱらうし、公園には網を張ってはいれないようにするし、ベンチには仕切りをつけて寝られんようにする。大人がまず、排除してるんです。大人と子どもの違いがあるとしたら、大人は殺さないだけです!」
 会場から「そーやー!」と、労働者たちの拍手がおこる。(107頁)


近年、野宿者を巧みに排除する「オブジェ」が街に広がっているが、
これについては後日あらためて記事を書こうと思う。

「困っている人がいたら助けましょう」「いじめをみんなでなくしましょう」と、子どもに教えながら、街にあふれるホームレスの人びとを「見てはいけません」「かかわっちゃだめ」と、子どもの手をひいて足ばやに通りすぎる親たち、大人たち。無関心と非介入、それこそが子どもたちへの最大・最悪の「教育」になっていることに気づいてほしい。(321頁)


しかし、いまでも、路上生活者たちへの暴力は繰り返されている。

野宿者が殺害され暴行される事件は、いまも繰り返されている。

いったいどうすれば、襲撃を食いとめることができるのか。
子どもたちの野宿者襲撃は、「学校のいじめ」の延長線上にある。(322頁)


こうして著者は、「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」を立ち上げる。

路上生活者を「講師」にむかえて開催されたある日のセミナーには、
小中学生から大学生、教師、主婦などが参加したという。

はじめに、野宿生活者の暮らしを学ぶ。

「さて、野宿で生活している人は、どうやって食べているのでしょう?」。講師からの質問に、グループごとに話しあい書きだしたあと、全体で発表する。……。
「空き缶あつめ」「炊き出し」「コンビニで賞味期限切れのお弁当などをもらう」「ビッグイシューの販売」「雑誌・ダンボールあつめ」「日雇い仕事」「残飯あつめ」「もらいもの」など。なかには「畑をつくっている」「釣り!」といったユニークな答えも飛び出す。……
「では、いま聞いたことが事実か、当事者のゲスト講師に聞いてみましょう」
……
「コンビニの弁当は、昔は出してもらえたんですけど、いまは衛生上の問題とかできびしくなって、あんまり出してもらえないんですね。店長をよく知っていると出してもらえるんですけどね」……。
「釣りは?」と聞かれて、「釣りしても、池袋では食べられる魚が泳いでないから……ありません」……。会場は爆笑。(382頁)


路上生活のひとびとと直接交流していくことで、
彼らに対する理解を深めていくのである。

野宿者のなかには空き缶の回収をしているひとがいることは、
多くのひとが知っていると思われるが、それでも詳しいことはあまり知らない。

……アルミ缶を集めるのに、どれぐらいの時間・労力がかかるのか。「だいたい6時間かけて歩いて、ポリ袋2つ、がんばって満タンにしても14キロぐらいだね」……。夜中に集めて、昼に業者に売りにいく。公園などで日中、寝ている野宿者を見て「なまけている」と思う子どもたちは、夜中に働いている野宿者の姿を知らない。でもその報酬も、空き缶1キロ60円とすれば、1日14キロで840円。時給にしたらわずか140円である。しかも毎日回収できるわけではない。いかに過酷な状況で野宿者たちが食べて働いて生きているか、生徒たちにも「現実」が伝わる。(384頁)


この本を読むと、路上生活を強いられているひとびとの「顔」が見えてくる。

講師には元野宿者もいた。

彼は次のように自身の体験を述べた。

野宿生活をしていたとき、襲撃などの暴行にあったことはないというが、「ある日、子どもを連れた母親がまえを通っていくときに、“なまけているとああなるのよ”って子どもにいうのを聞いてね。そんときは、さすがに腹がたって追いかけていって、“親がそんなふうに教えるから子どもがまちがうんだ、あやまれ!”って、叱りつけたことがあるよ。親の責任だよ」。(388頁)


このとき叱られた母親が、素直に反省してくれていればいい。

だが、もしかしたら、自分の差別を反省せずに、
逆に野宿者に対して「まあ、怖いわねえ」と身勝手な「恐怖心」を募らせていたら。

こんな母親でも、おそらく『ホームレス中学生』には感動してみせたりするのだろう。

路上生活者を差別しているのは、一般市民だ。

一般市民の差別感情を利用して、行政は「人間」を排除するのである。

「生きがいとか、趣味はありますか?」と聞かれ、即座に「映画だね!」と答える○○さん。空き缶で苦労して得た貴重な収入の大半を、食費よりも映画館のチケット代に注ぎこむ。「今年は70本見ようって目標だててます。ほとんど洋画。自分は淀川長治先生を尊敬していますから」。「ちなみに、ポニョ(「崖の上のポニョ」)は何回観ましたか?」と聞く△△さんに、「ロードショーで4回!」。おおー、と会場がどよめく。(389頁)


路上生活者との交流によって、相手にも「顔」があることを子どもたちは知る。

野宿者問題は決して「自己責任」ではなく、
社会の仕組みが作り出している「社会問題」であることも、
子どもたちは「交流の場」を通じて知っていく。

こうした貴重な実践活動をつづけている著者には、頭が下がる思いだ。

最後に、著者の重い過去が明らかにされる。

こんなにも苦しい過去を背負って生きてきたひとだったのかと、驚く。

ぜひ多くのひとたちに読んでもらいたい1冊である。







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暴力をふるって快楽を得るひとびと
ホームレス状態のひとたちに対する暴力がつづいている。 ...続きを見る
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
実は私は橋の子グループのとある子と事件後一緒に居たことあります。
そのとき、ゼロから来た手紙を見たことありますが、その時はとてもとても反省しているとは思えない内容だった思い出があります。
私にとっては、事件は直接関係ないものの、心に残る話ですね。
通りすがり
2009/09/28 20:02
◆通りすがりさま

コメントをくださったのにお返事が遅くなってしまって失礼いたしました。

そうでしたか。偶然にもわたしのブログをご覧くださって、しかもコメントまでいただいて、どうもありがとうございました。

ええ、ゼロくんのことについても、この本には詳しく紹介されていましたが、その後彼は大きく変わったそうですね。彼が味わわされた学校などでのひどい仕打ちのことも、書かれていました。事件をひとつのニュースとして日々消費していくのではなく、きちんと考えていかないといけないですね。ありがとうございました。
影丸
2009/10/08 22:52
随分以前のブログのようなのですが 偶然検索をしていていきついた者です・・・今日、偶然にゼロくんと名乗るある男の子に出会いました。最初全く事件のことは知らずになんてくったくのない優しい笑顔をする子なのだろうと思いました。私が会ったゼロくんは 私が何度も何度も繰り返し彼に伝えたほど 「お人好しだね♪」って言ってしまうような繊細な部分をたくさんもっていました。。。彼の過去はよく知らないし彼のことは本当によく知らない私がこんなコメントをするのはとってもおかしいな〜と思ったのですが、なんかどーしても書き込みを残したくなり突然すみません。。。☆
通りすがるのもの
2011/07/12 04:02
◆通りすがるものさま

そうですか、そんな出会があったのですね。コメントをいただいてうれしいです。どうもありがとうございます。
影丸
2012/07/19 10:09

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