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zoom RSS 伊藤真『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)G

<<   作成日時 : 2009/08/26 08:43   >>

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憲法の基本を学ぶと、いろんなことに気づく。

改憲派の主張は、どれも立憲主義の基本をふみじるものばかりである。

「国民の権利ばかりでなく、義務の規定もふやすべきだ」

「国民の責務を憲法に書き込むべきだ」

「国防の責務」

「社会的費用を負担する責務」

「家庭等を保護する責務」などなど。


諸個人は国家=公に尽くせ、というわけだ。

「命を差し出して、われわれ政治家を守れ」というわけだ。

彼らは、現在の諸問題をなんでもかんでも「個人主義」のせいにする。

近代憲法が立脚する「個人主義」が、「利己主義」を招き、
その結果として、家族や共同体の破壊につながってしまった。


若者のモラルが低下したのも、個人主義のせい。

女性が社会進出し家庭が「崩壊」したのも、個人主義のせい。

ニートやフリーターが増加したのも、個人主義のせい。

なんでも個人主義のせい。

だが、これらの問題は、
個人主義のせいではないし、「個人の尊重」のせいでもない。

また「個人の尊重」が行き過ぎたのではなく、逆に、「個人の尊重」が徹底されてこなかったことが、現代の私たち、特に若い世代にとっての、生きにくさの原因になっているとはいえないでしょうか。(187頁)


ところが、改憲派は、日本国憲法は「押しつけ」られたものだと言いながら、
時代錯誤な価値観をわたしたちに「押しつけ」ようとするのである。

この生きにくい現実世界を作り出したのは、改憲論者たちなのに。

独立した個人の自由に根本的な価値を置くとは、何を幸福と感じるかは一人ひとりの自由であり、何が幸せかを他人に決めてもらう必要はないということです。そこで大きな意味を持つのが、「人はみな違う」――それぞれの国民が「みんなとは違う個人」として尊重されなければならない、という考え方です。(57頁)


それなのに、改憲派は、新憲法のなかに「愛国心」を書き込もうとする。

少なくとも近代憲法のなかには、文化や道徳的な価値観を表明する余地はない。近代憲法は、個人を尊重し、多様な価値観を守ることを目的にしていますから、文化的な価値や道徳観を一つに絞り込むことはできないのです。(61頁)


それは、「愛国心」も同じだ。

国を愛するかどうか、伝統的な日本人らしい道徳心を持って生きるかどうかは、憲法ではなく、それぞれの個人が決めることです。(61−62頁)


右派のみなさんよ。

どうか、あなたがたのみすぼらしい価値観を押しつけないでいただきたい。

愛国心に燃えたいひとは、勝手に心のなかで燃えればよいだろう。

どうぞご勝手に。

そして、自らの行動でそれを勝手に示せばよいだろう。

その手始めとして、ご自身の全財産を国家に寄付していただきたい。

そして、天皇家がそんなに好きなら、
信者のあなた方だけでお金を出し合って支えてあげればよろしかろう。

それもしないで「愛国心」などと言われても、誰も信用しない。

「日本人なら〜して当然だ」という発想は、全体主義的である。

人間は、「同じ」だから平等に扱わなければいけないのではありません。もし人がみんな同じだったら、「平等権」などというものを認める必要はない。みんな違うからこそ、あえて同じように扱うことが必要なのです。平等という概念は、まずは「違い」を認めるところから生まれてくることを、ここでは強調しておきたいと思います。(88頁)


憲法を、他人に価値観を押しつけるための道具にするのは、やめていただきたい。

国際社会に対して恥ずかしいからだ。

……憲法は法律とは違います。……法律をつくる前提となる大きな理念や原則を提示するのも、憲法の重要な役割です。……あまり具体的に書いてしまうと、時代の変化に対応することができません。抽象的な書き方をしておけば、それを現状に合わせて解釈していくことによって、幅広く対処できるのです。(134頁)


だから、公明党の改憲論も説得力を欠いているのである。

改憲のための国民投票についても、著者は意見を述べている。

……国会の発議が国民投票で否決された際の扱いも明確にしておかなければ、フェアとはいえません。たとえば、9条を改正して自衛隊を国防軍とする改憲案が発議され、それが国民投票で否決されたときには、自衛隊を軍隊として認めたくないという国民の意思が明確になったのですから、国際災害救助隊や国境警備隊などへの組織替えが必要と考えることもできます。そうでなければ、9条改憲派は可決されれば自分たちの思いが実現し、否決されても最低限、現状は維持されますので、何も不都合はなく、他方、9条護憲派は否決されても何のメリットもないので、不公平です。護憲派とすれば、当然そのような国民投票自体を阻止したいと考えるでしょう。(29頁)


もう一度確認しておくが、
これまで憲法を守ってこなかった政治家に改憲を主張する資格はない。

彼らは、どんな憲法をつくったとしても、それを守ろうとはしない。

新しい憲法をつくったとしても、また屁理屈を並べてすぐに破るにちがいない。

そのときにひとびとが後悔しても遅いのだ。

最後に、改憲後の日本を想像してみよう。

もしも憲法が変わったら、この国はどうなってしまうだろうか?

こういうことも想像してみる価値はある。

……正式な国防軍を持ち、自衛戦争が正当化され、集団的自衛権の行使も認められた状態です。それは、私たちの生活にどんな変化をもたらすでしょうか。(202頁)


さて、どうなるのだろうか?

……成長した一部の軍需産業と政・官の癒着が進むでしょう。(202頁)


ふむ、絶対に進むにちがいない。

いまでさえ、癒着が発覚しているのだから。

改憲が実際に行なわれたら、ますますひどくなるにちがいない。

さらに、人権保障の面での影響も無視できません。人権制限の根拠になる「公共の福祉」に、軍事的な利益が含まれるようになるからです。(203頁)


ふむ、軍国主義の復活である。

まちがいない、人権はますます縮小されるだろう。

想像しただけで、悪夢である。

いまよりもよい状態になるとは、とても思えない。

だから、憲法とは何か、何のために存在するのか、を再度確認しておこう。

……個人の尊重が憲法の中核的な価値であり、法律と憲法は役割が違うこと、そして憲法は国家権力に歯止めをかけるものであること……。……
……とくに、憲法が「弱者」を守るために国家権力に歯止めをかけるものだということ……。(208−209頁)


「戦後60年」以上経ったから、そろそろ変えてみよう、
などという単純な気分で改憲を主張するのはあまりに危険だ。

「戦後60年」以上経ってもまだ、日本人は憲法の精神を十分に学んでいないのだから。

主権者としての主体性を持つためには、くり返しますが、憲法的な価値の大切さを、体験を通じて学ぶことが必要だと考えます。……「9条平和主義なんてきれいごとだ」と言っているような若者も、ボランティア活動で戦後の復興現場を訪れると、それだけでガラリと意識が変わるといいます。また、一度デモ行進にでも参加してみれば、いかに警察というものが、主権者に対して強圧的で非友好的かがわかる。それだけでも、国家権力の実体を知るいい経験になります。(212頁)


「警察は市民の安全を守ってくれる組織だ」と思い込んでいるひとがいたら、
そのひとはこれまで権力の都合のいい存在だったというだけの話にすぎない。

あなたがデモに行けば、警察の本当の姿が分かるはずだ。

「自衛隊は国民の安全を守ってくれる組織だ」と思い込んでいるひとがいたら、
そのひとはこれまで国家の言うことに何の疑問も感じてこなかったというだけの話だ。

実際、反原発の市民運動や消費税反対の市民運動を、
自衛隊が密かに監視していたことが発覚しているのである。

いまこそ、日本国憲法の真の意味を考えるときだ。

そして、教育の現場でも、憲法について子どもたちに考える機会をつくるべきだろう。

ところが、日本の教育現場は怖ろしい状況になりつつある。

……最近は、沖縄、広島、長崎への修学旅行を制限する教育委員会も、少なくないといいます。(213頁)


日の丸・君が代の強制も行なわれている。

職員会議では、教師の発言の自由さえ認められなくなっている。

右派による圧力もどんどん強まっている。

「波風を立たせない方がよい」と事なかれ主義に流されている。

「周りに迷惑をかけず目立たないようにするのがよい」と感じはじめている。

これこそ、戦前の「空気」だったのではないか。








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