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zoom RSS 目取真俊『沖縄「戦後」ゼロ年』(NHK生活人新書)A

<<   作成日時 : 2009/08/15 09:01   >>

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現在、日本人にとって沖縄は、豊かな自然の残る観光地である。

「独特の文化」をもつ沖縄は、手軽に行くことのできる観光地である。

NHKドラマ「ちゅらさん」。

沖縄出身のタレント、歌手。

沖縄料理。

長寿の地、沖縄。

何年か前から、日本では「沖縄ブーム」が到来した。

だが、そうした「沖縄ブーム」におどる日本人の姿は、
沖縄のひとびとからどのように見えているのだろうか?

 「沖縄ブーム」で、三線を弾いたり、エイサーを踊るヤマトゥンチューが増えています。だが、どれだけの人が、そういう沖縄人が味わった差別と同化の歴史を知っているでしょうか。彼らは差別を克服したのではありません。たんに無知なだけです。そういう沖縄大好きヤマトゥンチューは、自分が気に入った「沖縄」をつまみ食いするだけで、気に入らない所は無視してすませます。今の「沖縄ブーム」は、ヤマトゥンチューにとって都合の悪い沖縄の歴史や現実を見ないために利用されています。そういう無知の怖さを自覚しないで、「いちゃりばちょーでー(出会ったら兄弟)」と沖縄民謡の一節を口まねして近寄ってくるヤマトゥンチューが、私には薄気味悪くてなりません。(47−48頁)


沖縄が経験した過酷な歴史、沖縄が経験している過酷な現実。

そうした側面を切り捨てて、日本人は「沖縄ブーム」を消費しているからだ。

「沖縄」のつまみ食い。

日本人によるつまみ食い。

沖縄は、日本人のことを素朴な笑顔で歓迎しているわけではない。

だからわたしたちは、沖縄の歴史を考えなければならないのだ。

米軍に占領された沖縄では、各地で女性が強姦される事件が続出する。

妻や娘が目の前で強姦されても、武器を手にした米兵に村の男達は抵抗することができませんでした。(67頁)


わたしたちが沖縄戦を知ろうとするとき、
こうした「証言」を聞きつづけることができる。

また、写真や映像を見ることで、沖縄戦について学ぶこともできる。

けれども注意しなければならないのは、
その「カメラ」の視点には限界があるのだ、という点である。

カメラはすべてを映し出すわけではない。

では、カメラが写さなかった沖縄戦は何だったのか?

そのことを常に念頭において見る必要があると、著者は言う。

 私がそのことを強調するのは、高校時代の同級生からこういう話を聞いたことがあるからです。その人のお母さんが沖縄戦の記録フィルムを見て、これは本当のことを映していない、と言ったそうです。なぜかというと、彼女は戦争中まだ子どもで、家族と一緒に米軍の収容所に入れられたのですが、村人が行列をなして収容所の入り口に歩いていくと、入り口前で米軍の撮影班がカメラを構えて住民を撮っていたそうです。その撮影班の後ろには何名もの米兵がいて、カメラの前を通り過ぎた村人の列から女性を引きずり出すと、茂みに連れていって次々と強姦したといいます。同級生の母親はそれを目撃しているのです。しかし、撮影班のカメラが、仲間が民間人の女性を強姦している場面を撮るはずがありません。(86頁)


だから、戦争を考えるときに重要なのは、
誰の視点から歴史を捉えるのか、ということであろう。

日本軍の視点から捉えるのか、
米軍の視点から捉えるのか、
それとも沖縄の市民の視点から捉えるのか。

この問題は、現在にまで一直線でつながっている。

 1995年の9月4日に、沖縄島北部で小学生の少女が3名の米兵に強姦されるという事件が起こります。そのとき私は、沖縄市にある高校に勤めていました。生徒達も事件に衝撃を受けていて、10月21日に開かれた事件に抗議する県民大会には、高校生も大勢参加しました。大会には8万5000人が集まり「日本復帰」後最大規模となったのですが、それからしばらくして、ある女生徒からこういう話を聞かされました。
 近隣の高校で女生徒が米兵に襲われて妊娠した。彼女は堕胎したが、そのことを隠したまま学校を退学した。先生達は北部の少女のことで騒いでいるけど、近くの学校でこういうことがあったのを知らないでしょう。そう言われて、私には返す言葉がありませんでした。
 別の女生徒からは、信号待ちで歩道にたっていたら、目の前に車が止まって米兵が下りてきて、無理やり乗せられそうになったけど、必死で抵抗して助かった、という話も聞きました。そのとき拉致されていたら、その女生徒もただではすまなかったでしょう。(109−110頁)


沖縄の少女たちの視点から見えてくる沖縄の現実。

しかし、日本人はこうした現実をまったく見ない。

……名護市辺野古沖への海上基地建設です。普天間基地の「代替施設」として「海上ヘリポート」を建設するという新たな基地の受け入れをめぐって、1997年の12月に名護市で市民投票が行われます。


このとき、日本政府をはじめ保守勢力は、公然と買収工作まで行なった。

それでも名護市民は建設反対の意志を断固として示した。

にもかかわらず、市長は投票の結果をくつがえし、
建設受け入れを表明してサッサと辞任してしまった。

海上ヘリポート建設に反対する住民はいまも抵抗をつづけている。

宜野湾市の沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落しても、「本土」マスコミの多くは巨人軍の渡邊オーナーの辞任よりも小さな扱いしかしませんでした。(115頁)


この事件に関連して、先日のニュースを取り上げておこう。

 沖縄県宜野湾市の沖縄国際大に、隣接する米海兵隊普天間飛行場のヘリコプターが墜落した事故から丸5年となった13日、同大はキャンパス内の墜落現場で、米軍機が上空を頻繁に飛び交う現状に抗議するとともに一刻も早い飛行中止と飛行場の早期返還を日米両政府に求める集会を開いた。

 事故は2004年8月13日午後2時18分頃、大型輸送ヘリが旧本館の壁に接触しながら墜落。プロペラでえぐられたコンクリートの破片が住宅地に飛び散った。住民にけがはなかった。同大は「5年たっても米軍機の飛行状況が改善されないのは問題」として、この日初めて抗議集会を開いた。

 ヘリ炎上で焦げたアカギの木の前が会場となり、教員、学生、周辺住民ら約200人が参加した。

 富川盛武学長(61)が「大学は静かな環境で勉学や研究をする場。安全保障論で飛行を正当化しても、生命を脅かす飛行は認められない」とする声明を発表。学生代表で総合文化学部4年親川博敏さん(22)は「(事故が)風化することがないようにしっかりと伝えていきたい」と決意を語った。

(2009年8月14日07時13分 読売新聞


沖縄は「戦後60年間」平和だったのだろうか?

沖縄は今、平和なのだろうか?

そうではなかったし、そうではない、という事実が本書によって明らかにされる。

こうして問われるのは、では日本人はどうするのか、ということである。

 そうやって露呈した沖縄の現実に対して、あなたはどうするのか、という問いが、すべての日本人に向かって沖縄から発せられています。「沖縄問題」を作り出しているのは「本土」に住む日本人です。沖縄を「捨て石」にすることによって「本土決戦」を回避し、沖縄をアメリカに売り渡すことによって戦後の経済成長を実現した。そして「戦後60年」が経った今も沖縄に軍事基地を集中させ、一部の地域を除いては日米安保体制の負担を感じることもなく生活している。その醜さを日本人は自覚すべきです。
 日本のために沖縄が犠牲になるのは仕方がない。金のために沖縄県民は基地を受け入れたじゃないか。差別意識丸出しの本音を恥じらいもなく口にするヤマトゥンチューが最近は増えています。……日本人の目には、ウチナンチューはお人よしでおとなしく見えるかもしれませんが、あまり甘く見ないことです。ヤマトゥの都合に合わせて振り回されても、いつまでもウチナンチューがおとなしく従順であるはずがない。自分を踏みつける足を「どかせ」と言っても、どかさない者にはどうすればいいのか。最後は刺すしかないのか。コザ暴動の記録映像にひとりの青年が発した「沖縄人は人間ではないのか」という怒りの声が残っています。その叫びに近い声が、近頃しきりに思い出されてなりません。(116−117頁)


「日本人の醜さ」。

自己中心的で欺瞞と独善にまみれた日本人の姿。

 韓国や中国で起こった「反日」デモに対して、あたかも自分達が被害者であるかのように報道する日本のメディアを見ていると、日本人には踏まれている者の痛みが分からないのかと思います。自分達が犯した重くつらい加害の歴史から目をそらし、自分達が踏みつけている者があげる声に耳を傾けようともしない。(119頁)


反論の余地もないほどの著者の言葉である。

「踏まれている者の痛みが分からない」日本人。

「加害の歴史から目をそらす」日本人。

被害者の声に耳を傾けようともしない日本人。

著者の厳しい批判は、沖縄を愛するひとりの映画監督にも向けられる。

『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』の映画監督・中江裕司である。

……九州・沖縄サミットのときには、海上基地問題を隠蔽しようという政府と協力して名護の西海岸でイベントをやった中江が、辺野古で撮影すること自体が、私の神経では理解できないですけどね。(155頁)


中江はこの批判にどう答えるのだろうか?

沖縄をつまみ食いする日本人。

この醜い姿は、エスニック・ブームのもとでアジアをつまみ食いする日本人と同じだ。

本書は、消費に浮かれる日本人に向かって語られている。

政府、官僚、保守派、右派、土建屋、そして多くの日本人によって、
沖縄は現在も捨て石にされ、都合よく消費されているのである。






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内 容 ニックネーム/日時
昨日は靖国神社に反対するデモに友人と行ってきました。
今回は8月11日のタイヤル族の抗議が靖国神社で行われたことに対して報復宣言をしていた在特会の連中の妨害が激しかったです。
奴らはひたすら犠牲者を冒涜するなと主張していましたが、戦没者すべてが天皇のために戦ったとし、それを英霊として賛美するやつのほうがよっぽど冒涜していると思うのですが。相変わらず矛盾が激しいです。
直接行動も行ったのですが、警察は右翼はうじゃうじゃと神社近辺にのさぼらせておいて、私は一切近づけず遠くからシュプレヒコールをあげざるを得ませんでした。中立性を欠く警察の堕落ぶりには怒りを感じました。
夜にNHKで「踏み込んだ」(NHKいわく)核保有等についての議論が行われていました。終始なにかもやもやを感じていたのですが影丸さんのblogを読んでわかりました。議論には一見様々な立場の人がいるように見えたのですが、沖縄からの参加がありませんでした。議論はやはり日本の平和を前提にされていました。沖縄無視は企画の段階から間違っているでしょう。そここそが問題点であるにも関わらず。
あつし
2009/08/16 10:15
NHKのあの放送も酷かったですね。たった一人参加していた中国の人の意見に、「『おまえたちが』ウイグル人に…。」と興奮して怒鳴ってましたが、どうしてなんでもごっちゃにしてしまうのかと悲しくなります。ところで、沖縄の米軍基地は、とりあえず、より台湾に近い無人島に移転させることが必要です。とりあえずに過ぎませんが沖縄の人たちの苦痛が少しでも取り除けます。アイヌの人たちのことも含め、日本が多民族国家であることを明確にし、状況を改善して恥ずかしくない多民族国家の見本とならなければなりません。皇族サンたちは日本国籍すら持ってないので、現状の日本は多国籍差別国家です。早く改善しましょう。
山路 独
2009/08/17 07:50
◆あつしさま

感動的なコメントをありがとうございます!

わたしはその日、あいにく仕事がずっと入っていたので行くことができませんでしたが、勇気ある行動ですね。敬意を表します。すばらしいと思います。あなたのようなまともなひとがいると思うと、わたしも心強い。お疲れさまでした。

それから、NHKの番組ですが、わたしはちらっとだけ観て、耐えられなくなって観るのをやめました。仕事もたまっていましたし。あの番組には、核武装を主張する「人相のわるいひとたち」がいましたね。それから、わたしの言いたいことを正確に読み取ってくださって、感謝しております。まさにそのとおりです。彼らは「日本の安全」などと言いながら、じつは沖縄を捨て石にしているのです。だいたい、核武装をするとして、どこで核実験をするつもりなのでしょうか? 日本国内でするのでしょうか? ということは、そこでまた犠牲にさせられるひとたちが出るわけですね。ということは、核武装を主張する連中は、「日本人の安全」などじつはこれっぽっちも考えてはいないのです。所詮、彼らはバーチャルな妄想のなかで興奮しているだけなのですよね。沖縄は公共放送においても公然と無視され、勝手に日本人たちが「日本の平和」を語る。おぞましいとしか言いようがありません。
影丸
2009/08/22 13:17
◆山路独さま

そうですか、そんなひどいことを言っていた日本人がいたのですか。呆れるというか、情けなくなりますね。

日本の民族差別をなくしていくことはわたしも賛成ですが、米軍基地の無人島への移転というアイデアについては賛成できません。移転先に適した無人島はありませんし、あっとしても、環境破壊、戦闘機の騒音、米兵の犯罪、恐怖、不安、北東アジアの緊張は改善されません。考えられる選択肢は、本土ですべて米軍基地を引き受けるか、米軍の完全撤退です。山路さんは、一時的で緊急的な対処として述べられたのでしょうが、これ以上沖縄周辺を危険な地域にしてはいけないと思います。
影丸
2009/08/22 13:24

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