フォーラム自由幻想

アクセスカウンタ

zoom RSS 笠原十九司『南京事件論争史』(平凡社新書)D

<<   作成日時 : 2009/08/09 21:14   >>

トラックバック 0 / コメント 5

1990年代でまず特徴的だったのは、「戦後50周年」をめぐる政治的な動きである。

1995年の「戦後50周年」を区切りに、
日本の侵略戦争と植民地支配について反省、謝罪する国会決議、
いわゆる「不戦決議」が国会で可決された。

これに抵抗したのが、自民党の極右勢力である。

……「不戦決議」阻止の運動を推進した自民党勢力、つまり、日本の戦争は侵略戦争と見ず、東京裁判を否定し、南京大虐殺や「従軍慰安婦問題」はなかったという戦争認識・歴史認識をもった、あるいはそう国民に認識させるべきだという国会議員……。(231頁)


右翼系国会議員たちに刺激されたのか、
右翼系市民による暴挙も起きるようになった。

たとえば、次の事件を見てみよう。

1996年4月1日、新築開館した長崎原爆資料館……の「日中戦争と太平洋戦争」のコーナーの年表に「1937年12月南京占領、大虐殺事件おこる」と書かれ、その下に泣き叫ぶ婦人、一般市民らが兵隊に連行される場面の写真が掲示された。(237頁)


これまで見てきたように、南京大虐殺は歴史的事実である。

そして、従来の被害の記憶ばかりを重視する歴史認識をあらため、
加害の歴史を直視しようとする試みがやっと日本でもはじまったのであった。

だが、右翼勢力はこれを阻止しようとした。

 これにたいして、「日本を守る長崎県民会議」「長崎日の丸の会」「長崎の原爆展示をただす市民の会」さらに自民党長崎市議団などが、原爆資料館に南京大虐殺や731部隊など侵略、加害の展示をなぜしたのかと抗議し、写真削除を迫った。この問題を「産経新聞」がさっそく取り上げて「長崎原爆資料館の展示 『虐殺』ヤラセ写真 戦争中の『反日宣伝』作品 圧力に屈した悪しき前例」(『産経新聞』1996年4月23日夕刊)と全国版に報道した。これらの抗議・圧力に毅然と対応した伊藤一長・長崎市長は、2007年4月、市長選挙運動のさなか暴力団員の凶弾に倒れた。(237頁)


長崎市長の暗殺は、「公共事業」関連の文脈だけでなく、
日本社会の右傾化という文脈のなかでも捉えることができる。

これだけではない。

その後も次々と反戦運動は右翼勢力によって攻撃を受けることになる。

紹介していて、本当に吐き気と眩暈を覚えるが、
現在の日本の深刻さを理解するためにも見ておかなければならない。

……全国の自治体が設置した「平和記念館」「戦争博物館」における南京大虐殺などの日本軍の加害行為を扱った展示写真や映像を批判し、攻撃して、展示場から撤去させる活動を展開した。(238頁)


まだまだある。

 映画『南京1937』は、1995年に中国で製作された南京大虐殺をテーマにした劇映画で、……女優早乙女愛が主人公の中国人医師の日本人妻を好演した。……しかし、そのような映画でも、日本で1998年から劇場公開を始めたところ、6月に横浜で右翼が上映中のスクリーンを切り裂く事件が発生、街宣車が執拗に妨害活動をしたために、中途で上映を打ち切らざるをえなくなった。早乙女愛には右翼から脅迫があり、ボディガードを雇わざるをえなくなったという。さらに彼女はその後日本の映画界からは冷遇されたという話も聞く。(238−239頁)


ナチスを扱った映画はたくさんある。

現在もドイツやアメリカやその他の国で製作されている。

では、こうした映画に対して抗議するドイツ人がいるだろうか?

もしいたとしたら、そのひとは「ネオナチ」だということになるだろう。

ところが日本では、右翼の行動を問題視する世論がない。

右翼の行動が非難されたとしても、それは「実力」を行使したという点だけだ。

こうして、政治問題には触れないのがいちばん、という空気が醸成されていった。

 2002年7月2日、鹿児島県議会は、鹿児島市の「つくる会」が提示した、中国を訪れる県立高校の修学旅行の訪問先から、南京の南京大虐殺記念館を除くよう求めた陳情書を、賛成多数で採択した。理由は、同記念館が「反日洗脳教育の牙城」となっているからというものだった(『朝日新聞』2002年7月3日)。(240頁)


「反日洗脳教育」?

バカではなかろうか。

それならば、日本の原爆資料館を訪れる外国人も、
「反米洗脳教育」をされていることになるから、
原爆資料館には来てはいけない、と抗議しないといけないことになる。

彼らは自分たちが何をしているのかが、分かっていない。

鹿児島県議会というのは、クズの吹き溜まりだということが分かった。

 2004年9月、雑誌『週刊ヤングジャンプ』(集英社)の連載漫画、本宮ひろ志「国が燃える」が同誌の第42号(9月30日発売)と第43号(10月7日発売)に南京事件の場面を描いた。これにたいして右翼活動家の西村修平らが「集英社の不買運動を検討する会」「本宮ひろ志の歴史偽造を糾弾する会」を立ち上げ、集英社に直接赴いて抗議を繰り返した。集英社もこれに応じて、『ヤングジャンプ』編集長ら集英社幹部が何度か直談判を受け、最後には漫画の削除・修正を約束した。さらに右派系の地方議員グループも集英社に「抗議面談」に赴き、右翼団体の街宣車が集英社の前で威圧行動を展開した。ほかにもメール、ファックス、電話などでさまざまな抗議と圧力が寄せられた。この結果、集英社側は連載の一時休載を決定し、同誌11月11日発売号において、編集部・本宮ひろ志の連名で「読者の皆様へ」という「お詫び」の文章を発表、単行本出版にさいしては虐殺描写の大幅な削除・修正をおこなうと具体的に表明した。(240−241頁)


右翼の圧力によって、
漫画家も南京大虐殺を描くことができなくなってしまった。

他方、あの破廉恥な小林よしのりは、ますます図に乗って、犯罪的行為を重ねる。

……「つくる会」結成当初はその広告塔として活躍していた小林よしのりが雑誌『SAPIO』(小学館)に連載している漫画「新ゴーマニズム宣言」には、東中野修道や藤岡信勝の否定説を受け売りして「南京大虐殺は嘘」と好きなように描いて人気を博し、さらに単行本にまとめた『戦争論』(幻冬舎、1998年)は65万部のベストセラーになったという。(242頁)


まだまだある。

 2003年4月、……稲田朋美らが原告訴訟代理人となって、本多勝一『中国の旅』の「百人斬り競争」の記事……のため、……著者の本多勝一……を提訴した(「百人斬り」訴訟という)。(242頁)


稲田朋美というのは、自民党所属の国会議員で、
映画『靖国』にいちゃもんをつけてきた救いようのない人物である。

では、裁判の結果はどうなったのか?

「百人斬り」訴訟は、2006年12月の最高裁の決定によって、原告側の敗訴が確定した。1970年代におこなわれた「百人斬り」論争について、司法の場においても、「百人斬り競争」が事実であったという結着がつけられたのである。(243頁)


当然の結果である。

次は、東中野修道という名の歴史修正主義者の話である。

彼も破廉恥な犯罪的行為を重ねる、妄想癖の人物である。

南京事件当時、8歳の少女だった夏淑琴さんが一家9人家族のうち7人も殺害され、4歳だった妹ともに孤児として生きなければならなかったことを証言したのにたいし、東中野は「夏淑琴が事実をありのままに語っていれば、証言に食い違いのおこるはずもなかった」、証言内容に「一点の食い違いがあってもならない」と、証言記録……によって年齢や家族数が一致していない、として夏淑琴さんを「ニセ被害者」と書いたのである。(247−248頁)


東中野は、あろうことか公の場で被害者を侮辱したのである。

誰がどうみても許しがたい行為であろう。

 日本人の研究者に「ニセ被害者」と書かれた夏淑琴さんは心に大きな衝撃と傷を受け、憤りと無念さで精神不安定な状態に陥った。その怒りと悲しみから東中野の本を名誉毀損で提訴したのである(2006年6月)。夏淑琴さんが来日、東京地裁の法廷に立って、「東中野に直接申し上げたい」と証言したが、東中野は法廷にあらわれることなく、準備書面で自分は「学問的な見解を述べたまで」と繰りかえし、自分の言論が被害者の夏淑琴さんの心を傷つけた「第二の罪」を犯しているという自覚はまったくない。(248−249頁)


東中野は一度も法廷に現れなかったという。

卑劣なオトコである。

 同裁判の東京地裁の判決が2007年11月2日に出され、夏淑琴さんの名誉毀損を認定し、慰謝料など400万円の支払いを命じた。判決文は「被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」と言い切った。東中野の研究者としての資格を否定する厳しいものである。東中野は「非常に心外だ。控訴する方針だ」とのコメントを出したという(『朝日新聞』2007年11月3日)。(249頁)


東中野のやってきたことは、「学問研究の成果というに値しない」。

この言葉を覚えておこう。

それにしても、どうしてこのような犯罪的行為が日本では繰り返されてしまうのか?

 ドイツやフランスでは「ナチガス室の嘘」「ホロコーストの嘘」を出版することが法律で禁止されているのに、日本では逆に、南京事件の事実を報道したジャーナリストが「南京大虐殺の嘘」を主張する人たちから裁判で訴えられるという、あべこべ現象が起こった。(243頁)


日本では、「南京大虐殺の嘘」を出版することが、禁止されていない。

しかし、このような行為は、被害者への攻撃、歴史の捏造、人類への挑戦という意味で、
世間が大騒ぎする「麻薬所持」よりもはるかに重い罪であろう。

日本の加害の歴史をなかったことにする書籍の出版は、
ヨーロッパと同じように法律で禁じるべきなのかどうか、議論する時期に来ている。

さらには、出版社と著者の金儲け主義という背景も見逃せないだろう。

 このような時代状況のなかで、出版不況ということもあって、南京大虐殺否定本の出版に、老舗の文藝春秋、産経新聞社、新潮社に加えて、小学館、PHP、草思社、幻冬舎なども参入するようになり、出版メディアにおける否定派の巨大メガホンは増加傾向にある。(245頁)


大手出版社は、金になるなら、何でもやる。

彼らも歴史修正主義者の共犯である。

否定派はすでに破綻した否定論の繰りかえしと、新たな否定論の「創作」という2つの方法で、否定本を多量に発行しつづけているので、世間一般は「南京事件論争」は結着がつかずにまだつづいていると錯覚することになる。それが否定派の狙いでもある。(250頁)


もうこんな恥ずかしいことは繰り返すべきではない。

国際社会のなかで日本がどんどん孤立しているのが分からないのか。

北朝鮮の政治指導者と「そっくり」になり下がっていることに気づかないのか。

 東中野や藤岡らの南京大虐殺否定派がことさら強調しているのが、南京大虐殺は中国や欧米社会が「犯罪民族日本人」というレッテルをはって日本人を貶めるための情報戦による謀略である、ということである。(251頁)


ほとんど病的な妄想というほかない。

ここで出てきた藤岡というのは、藤岡信勝である。

彼は、「新しい歴史教科書をつくる会」の中心メンバーだ。

彼はまだ懲りずに東中野とともに「南京大虐殺否定」の本を出版している。

先に挙げた稲田朋美も歴史偽装の本を文春新書から出している。

……「百人斬り競争」の……実態が無抵抗な捕虜や農民の斬首であった事実も否定できない……。(265頁)


こういう犯罪者を放置してはいけないだろう。

彼ら・彼女らの存在こそ、日本が「野蛮な国」であることを証明しているのだから。

ドイツは戦後、戦争責任をドイツなりに果たしてきた。
(これについては、後日あらためて記事を書くつもりだ)

だが、そのことをもって「犯罪民族ドイツ人」などとは誰も思わない。

 自国が過去に犯した非人道的な虐殺事件にたいして、現在の政府と国民がどう歴史事実と向き合い、その過誤を反省し、被害者への謝罪と償いを通してどう「和解」を達成し、「過去の清算」「過去の克服」に努力してきたか。……ドイツ政府は、「記憶・責任・未来」財団による、第二次世界大戦時のドイツ・ナチ政権による国内や占領地の強制労働の被害者への補償金支払いを2007年6月には終了したと報告、「過去の清算」を基本的に達成したことを内外に宣言した。(268頁)


ところで、過去に行なった自国の犯罪を直視できない国として、
国際社会でよく知られているのは、日本とトルコである。

いっぽう、トルコでは第一次世界大戦時期のオスマン帝国崩壊時のトルコ軍によるアルメニア人虐殺について、政府・国民が国家ぐるみで事実を認めることを否定、虐殺の事実を公的に主張すれば「国家侮辱罪」に問われる。(268頁)


これに関連して、怖ろしい事件がトルコで起きた。

2005年2月、トルコの作家オルハン・パムクは、「100万人のアルメニア人が殺されたが、私以外に誰も語ろうとしない」と発言して「国家侮辱罪」で検察官から告発された。有罪ならば6ヵ月から3年の懲役刑になるが、彼が翌年にノーベル文学賞を受賞して国際的に注目されたことから、裁判所は訴追取り下げを決定した。(268頁)


トルコは、日本の近い未来を示しているのだろうか?

 2007年1月、トルコとアルメニア人の歴史的和解を呼びかけていたアルメニア系トルコ人のジャーナリストがトルコ人民族主義者に暗殺される事件が発生した。しかし、フランス下院議会は2006年10月、「アルメニア虐殺否定禁示法」を可決、欧州連合(EU)もトルコの加盟条件として言論の自由を制限する国家侮辱罪法の改正やアルメニア人虐殺の事実の認定などを求めている。2007年10月、アメリカの下院の委員会で「アルメニア人虐殺事件」に関する非難決議案を賛成多数で通過させた。(268−269頁)


トルコの状況は、日本の現状ときわめて似ている。

日本も、従軍慰安婦をめぐる非難決議を各国から突きつけられているのだから。

歴史を勝手に書き換えてしまう日本は、国際社会からどのように見られているのだろうか?

ある専門家の次の発言は、それをよく物語っている。

 今年3月30日にワシントンのアメリカ平和研究所で開催された国際シンポジウムにおいて総括発言をおこなったジョージ・ワシントン大学のマイク・M・モチヅキ教授は、「日本の文化は恥の文化といわれているが、日本の市民社会の歴史認識をみると『歴史における恥』の意識は弱い」と指摘した。(282頁)


そうだ。

だからわたしたちは、歴史修正主義者を「破廉恥!」と名指しつづけねばならないのだ。

世界に知られている南京事件について、日本国内では政治家、大学教授が中心になって否定論をふりまいていることが国際的にはどんなに恥ずかしいことであり、日本の評価を貶めているかということに思い至らないのである。(282頁)


繰り返すが、歴史修正主義者の行なっていることは、
立派な犯罪的行為である。

日本では立法措置・処罰化が進んでいないだけで、立派な犯罪的行為である。

ドイツではホロコーストの歴史を否定する「アウシュヴィッツはなかった(アウシュヴィッツの嘘)」に類する宣伝活動は刑法によって禁止されている。フランスでもゲソー法によって、ナチ犯罪を否定する公的な言論や行為は禁止されている。ほかにもオーストリア、ベルギー、チェコ、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキアが同様にホロコースト否定論を禁止している。さらにフランスでは、アルメニア人虐殺を政府が公式に認知した「民族虐殺認知法」を公布(2001年)、さらにアルメニア人虐殺を否定する公的行為を禁止する「アルメニア人虐殺否定禁止法」が下院を通過(2006年10月)した。(283頁)


これを「言論弾圧」などと言うのは、まったくの的外れである。

「言論の自由」をはき違えた無知な暴力にほかならない。

いずれ、ヨーロッパなどで歴史修正主義者を処罰する法規制が強化されたら、
日本の歴史修正主義者たちは、たとえ日本にいたとしても、
海外から訴追されることになるかもしれない。

そういう方向での運動も模索されていいだろう。

だが、日本の現状は救いがたいものである。

……日本軍「慰安婦」問題も南京事件も、それを否定することが被害者たちを精神的に深く傷つけているにもかかわらず、国会議員をはじめ政府の側から加害の事実を否定する公的言説が放任されている。(283頁)


日本人は、どこまで愚かになれば気が済むのだろうか?

これほどまでに、日本人は腐りきっているのである。

その重い重い事実を日本人は自覚すべきであろう。

最後に、著者の言葉を引用して、記事を締めくくりたい。

「日本人は南京事件を忘れても、世界は忘れない。日本人がなかったことにしても、世界はなかったとは認めない。世界各国は、忘れてはならないし、なかったことにしてはいけないと考えているのである。なぜかといえば、このような非人道的行為が二度と繰り返されてはならないと考えているからである。」(278頁)


非人道的行為が二度と繰り返されないために、加害の歴史を記憶する。

加害の歴史を否定するのは、非人道的行為をまた繰り返したいからである。







テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
南京大虐殺があったと思ってるの?バカなの? 今では教科書にも南京大虐殺はウソだって書いてあるんですよ? だいたい現在進行形でウイグル人やチベット人をホロコーストしている連中の言うことなんて信じる必要あるですか?中国はGDPでさえウソの数字を発表するような国なですよ? 毛沢東ですら南京大虐殺は無かったと言っているのに、いまさらあったことがわかるなんでことありえると思いますか?
普通のチベット人
2009/08/10 20:38
だからその教科書が問題なんだってば。。

サブシルマ
2009/08/13 03:05
◆普通のチベット人さま

ようこそいらっしゃいました。その口調、ボキャブラリー、没論理性から、本当は以前からちょくちょくコメントをくださる方ではないかと推測していますが、記事中、自称ユダヤ系アメリカ人の話を書いたばかりなのに、こんどは「チベット人」を名乗って中国に対する偏見を広めようとしているひとからのコメントをいただいたので、驚いて腰を抜かしそうになりました。でも、もしかしたら本当に「チベット人」かもしれませんので、冷静にお答えしたいと思います。

南京大虐殺はあったと考えています。日本政府でさえ認めていると書きましたように、当たり前のことです。あなたは、まさかなかったと思っているのですか? だとしたら、相当に頭がいかれていますね。

「バカなの?」というご質問ですが、それは率直に認めたいと思います。ただし、あなたよりはマシな「バカ」だと思います。

「南京大虐殺はウソだ」などと書いている教科書がありますか? あったら教えてください。どこにそんなものがありますか? まさか「つくる会」の教科書ではありますまいね。あなたの口ぶりをまねるなら、商品偽装・歴史偽装を平気で行なう日本人の言うことなど信じる必要があるのですか? 「拉致事件はウソだ」と言われたら、あなたはどんな気持ちになりますか? うれしいですか? ハッピーですか?
影丸
2009/08/22 12:49
◆普通のチベット人さま

あなたは、中国人はウソつきだと言いながら、「毛沢東ですら南京大虐殺は無かったと言っている」と毛沢東を信じていますね。毛沢東は中国人ですよ。これはどうしようもない矛盾ですね。それより、毛沢東がいつそんなことを言ったのでしょうか? あなたのよなひとは毛沢東の本なんてひとつも読んだことなどないのではありませんか? わたしは読んでいますけど、珍奇な説をつくるのがお上手ですね。もしネット上にそういう珍説が流れていて、それを信じてしまったのなら、あなたの頭はやはり相当にいかれていると思われます。

あなたは本当にチベット人なのか、それとも、チベット人を語る卑劣な日本人なのかどうかは知りませんけど、ある国民をまるごと「ウソつき」呼ばわりするような暴言を許すわけにはまいりません。断固抗議したいと思います。

歴史を勝手に書き換えようとするひとに、民族虐殺を非難する資格はありません。ひとの痛みが分からないようなひとは、恥ずかしいです。ふざけるのもいい加減になさってください。
影丸
2009/08/22 13:00
◆サブシルマさま

ひどいコメントを寄せるひとがいるものですよね。あまりにひどい場合は、通報することも考えたいと思います。

中国人が、ではなく、日本人研究者が南京大虐殺はあったと述べているのに、そのことも分からないなんて。しかもいつの間にか、教科書では南京大虐殺がなかったことになっているなんて。世も末です。
影丸
2009/08/22 13:05

コメントする help

ニックネーム
本 文
笠原十九司『南京事件論争史』(平凡社新書)D フォーラム自由幻想/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる