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zoom RSS 笠原十九司『南京事件論争史』(平凡社新書)C

<<   作成日時 : 2009/08/08 12:27   >>

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1980年代、南京事件をめぐる言説はどのような状況だったのだろうか?

著者によると、次のような変化があったという。

 ……1980年代は、……南京戦に参加した旧軍関係者の記録や証言がつぎつぎに発掘、公表され、南京事件における捕虜の集団虐殺などの局面がかなり明確になり、また下級兵士たちの陣中日記や手記が公刊されて、強姦、略奪、暴行、放火など末端部隊における不法行為の実態も明らかになり、それらの新資料を基礎にして、南京事件調査研究会のメンバーを中心に、南京事件の多面的な実態とその原因分析をふくめた全体像の解明が急速な進展を見せた。こうした史料の発掘と研究の進展のなかで、「まぼろし派」「虚構派」は学問的に破綻した。(165頁)


なるほど。

研究がさらに進んで、南京大虐殺を否定することはもうできなくなったわけだ。

「まぼろし派」「否定派」「虚構派」は学問的にはもうとっくに破綻している。

大事なポイントだ。

ところが、歴史修正主義者は、ゾンビのように立ち上がってきた。

だが、さすがに「南京事件は『まぼろし』だ」などとはもう言えない。

日本政府でさえその事実は認めているのである。

そこで新たに編み出されていったのが、「虐殺少数説」だという。

 それにかわって南京事件の事実は認めながらも、犠牲者数や規模を小さく見積もることで、「30万人虐殺」は「虚構」であると主張する「虐殺少数説」が登場するようになった。(165頁)


骨の髄まで腐った連中だと思う。

この章で著者が紹介する「歴史修正主義者」は、次のとおりである。

・ 田中正明
・ 板倉由明
・ 秦郁彦


秦郁彦は、南京事件をすべて否定するわけではないが、
殺害されたのはせいぜい「4万」程度と意図的に低く見積もった。

彼はいわゆる「中間派」の代表的人物である。

それに対して、歴史家・ジャーナリストは、加害の歴史を埋もれさせない努力をつづけた。

・ 洞富雄
・ 藤原彰
・ 本多勝一
・ 吉田裕


そのほかにも数々の元日本兵による証言が集められ、公刊されていった。

そして忘れてはならないのが、被害者自身の勇気ある証言だ。

ところで、この「中間派」はどう評価すべきなのだろうか?

「虐殺派」と「否定派」の間に割って入るポーズをとることで、
あたかも「客観的な立場」であるかのように彼らは装う。

だが、この「中間派」も、重大な「歴史の偽装」を行なっている。

「虐殺少数説」の論理に対して、著名な歴史学者・吉田裕が批判を行なっている。

著者によるまとめを見てみよう。

 @「便衣兵」の殺害、「便衣兵狩り」について。

 南京陥落後、戦闘意欲を完全に喪失した中国軍将兵は、武器と軍服を棄て、便衣(民間人の服)を身につけて、難民区に潜伏した。日本軍は、これにたいし、苛烈な掃討戦を実施し、「便衣兵」と認定した者を直ちに連行して大規模な集団処刑をおこなった。同時にこの過程で、多数の一般市民の男子が「便衣兵」に誤認されて処刑された。否定派や虐殺少数説派は、この「便衣兵狩り」を正規の戦闘行為とみなして「不法殺害」にあたらないとして、「虐殺」に区分しようとしない。
 しかし、日本の侵略行動の法的正当化に終始した当時の法学界においてさえ、南京で実際におこなわれたような軍事裁判の手続きを省略した集団処刑=「便衣兵狩り」は違法であると認定していた。すなわち、南京における「便衣兵狩り」は、明らかに国際法違反の「不法殺害」であって、疑問の余地なく虐殺を構成していた。(169頁)


当然であろう。

戦争状態であれば何をしてもいいわけではないのだ。

 A投降兵の殺害について。

 虐殺否定論者は、集団投降捕虜、個別投降捕虜で収容後に殺害された者だけを「不法殺害」として、個別的に投降したが殺された者を「準戦死者」とみなし、秦郁彦は、投降兵の殺害には戦闘の延長と見られる要素もあるとして、「戦意を失い、武器を棄てて、集団または個人で投降した中国兵をその場で殺害した例」を「不法殺害」から除外している。しかし、投降兵の殺害は、「兵器を捨てまたは自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁じた1907年の「陸戦の法規慣例に関する条約」等にたいする明白な侵犯行為であって、「不法殺害」を虐殺とみなす立場をとる以上、明らかに虐殺に分類されるべき性格のものである。(170頁)


これも当然である。

もう一度言うが、
戦争だからといって何をしてもいいわけではない。

 B「不法殺害」だけを虐殺とみなすことについて。

 当時の国際法には、植民地保有大国の利害などを反映して、ゲリラの保護規定の不十分さに見られるように国際人道法という観点から見たとき、さまざまな不備が存在していた。明文をもって禁じられている行為以外はすべて正規の戦闘行為であって「合法的」殺害であるといわんばかりの主張は、「陸戦の法規慣例に関する条約」の前文に、あくまでも人道主義の立場に立って行動するよう呼びかけている理念にも反する。南京攻略戦は「完全なる包囲殲滅戦」であったため、中国軍部隊は急激に潰走し、組織的統制と戦闘意欲とを完全に喪失した中国軍将兵が、武器を棄て、ときには武器を所持したまま、無力な群れとなって南京城の内外を徘徊した。ところが日本軍はすでに戦闘の帰趨が完全に決していたにもかかわらず、投降の勧告すらしないまま、これらの中国軍将兵に襲いかかり、その多数を殺害したのである。そうした日本軍の行動を正規の戦闘行為とみなすのは、やはり大きな無理があり、その非人道的実態において虐殺にふくめるべきであろう。(170−171頁)


これも当然である。

あれこれと数字をいじって、意図的に被害者数を小さくするなど、
卑劣この上ない行為であろう。

ちなみに、歴史家の藤原彰は、犠牲者数について、次のように述べる。

 藤原は、犠牲者総数について、「加害者である日本軍側の捕虜殺害や便衣兵処刑の記録、第三者である西欧人の証言や記録、それに日本軍占領下に活動した諸団体の埋葬記録などを総合して、南京とその周辺で犠牲となった中国軍民の数は、20万をこえているだろうということができる」と結論している。(203頁)


ただし、こうした事態を俯瞰して見るならば、
南京大虐殺を「数字の問題」に矮小化することの犯罪性も指摘しておかねばなるまい。

「数字の問題」にすり替えることで、
事件の本質を見失い、さらには責任から逃避することにつながるからだ。

このことは、原爆被害者の問題を考えれば分かるはずである。

ネオナチ系の連中でもそうなのだが、
歴史修正主義者は数字の問題にすり替えるという共通点をもっている。

次に、1990年代前半の日本の状況を見てみよう。

 1980年代前半の教科書問題のように近隣アジア諸国から強い反発を経験した日本の政府・官界・財界の一部は、85年ごろから、戦後処理に関する一種のシナリオを考えるようになった。それは、日本の戦争問題は1995年の戦後50年をかぎりに終わりとして、以後はマスコミやジャーナリズムでも取り上げさせないようにする、そのためにも、戦争責任や戦後補償の問題もある程度の処理をとることによって「過去の清算」をしておく、というものだった。(178頁)


この時期、新たな資料の収集や発掘も進められていった。

当時南京に在住していた外国人による日記なども見つかった。

そこには、事件の生々しい実態が詳細に記述されていたのである。

南京大虐殺は、もう誰も否定できない歴史的事実である。

 いっぽうでは、戦後の自民党政府が、過去の戦争を侵略戦争と見ない立場をとりつづけ、戦後処理・戦争責任問題にたいして無責任な対応しかしてこなかったことと対照的に、……市民の側から「草の根の過去の克服運動」が起こされ、被害アジア諸国民とも連帯しながら、世論の支持を広めていた。こうした市民運動の発展が、自民党政府の戦争問題にたいする保守性と、戦前政治を継承している側面を鮮明に浮き上がらせるかたちになり、自民党政府批判の世論を形成した。(179頁)


メディアのなかでも、あるいは草の根の市民運動においても、
日本の加害の歴史を忘却するまいとする動きが見られるようになった。

1990年代に入って、空襲や原爆被害を展示する博物館や資料館において、従来のように「被害体験」を展示するだけでなく、開戦原因や「加害」展示もおこなう動きが始まった。たとえば、大阪府民の要請と運動で1991年に開館した「大阪国際平和センター(ピースおおさか)」では、大阪における空襲被害の展示だけでなく、南京事件など十五年戦争中のアジア各地の被害についても戦争の悲惨さを伝えるために展示した。
また、広島平和記念資料館(原爆資料館)では94年に東館がオープンし、展示を大幅に改定し、軍都としての広島の歴史や開戦原因も展示追加することによって、原爆被害と日本の戦争責任との関連というむずかしい問題についてもあえて取り組み始めた。96年に新築開館した長崎原爆資料館には、「日中戦争と太平洋戦争」のコーナーが設置され、年表に「1937年12月南京占領、大虐殺事件おこる」と書かれ、下に関連写真が展示された。(182頁)


ところが、冷戦崩壊後の90年代後半に入って、
急速に歴史修正主義が再び台頭してくるのである。

これについては、次回。








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