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zoom RSS 笠原十九司『南京事件論争史』(平凡社新書)B

<<   作成日時 : 2009/08/07 16:02   >>

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戦後、日本は戦争責任と向き合うことなく、経済発展に邁進した。

1970年代以降、どのような動きがあったのか?

それを見ていくこととしよう。

 いっぽう日本人の戦争の記憶は、空襲、原爆、引き揚げなど被害体験が中心に語られ、南京事件をはじめとする加害の記憶は「沈黙」「封印」されたままやがて「抹殺」「忘却」」される傾向にあった。(107頁)


侵略戦争を行なったのはほかならぬ日本だったのに、
いつの間にか日本では「戦争」は「被害の記憶」にすり替えられていった。

「空襲」の記憶は繰り返し語られたのに、
日本が行なった「空爆」の記憶は忘却の淵に追いやられていった。

だが、いくら「忘却」してみても、「敗戦」の「トラウマ」は簡単には消えない。

そこで登場するのが、「歴史修正主義」である。

その前に、加害の歴史を記憶しようとする真摯な試みから取り上げよう。

代表的な人物は次の2人である。

・ 本多勝一
・ 洞富雄


次に、代表的な歴史修正主義者を挙げよう。

破廉恥な面々である。

・ イザヤ・ベンダサン
・ 山本七平


ご記憶の方々は、後者の「2名」を見て、「お!?」と思ったのではないか。

現在30代後半以上のひとは覚えているはずだが、
ここで「懐かしいエピソード」を取り上げようと思う。

この「イザヤ・ベンダサン」と名乗る、謎のユダヤ系アメリカ人のことだ。

若いひとは知らないかもしれない。

本多勝一によるルポ「中国の旅」が新聞紙上に連載された。

すると、
「神戸生まれのユダヤ系アメリカ人」の「イザヤ・ベンダサン」なる人物が、
この記事に噛み付いたのである。

イザヤ・ベンダサン著、山本七平訳『日本教について』(文藝春秋)がそれだ。

そして、「中国の旅」のなかに出てくる「百人斬り競争」を取り上げ、
これは「伝説」であって「史実」ではない、と非難したのである。

イザヤ・ベンダサンは、その後、大ヒット作『日本人とユダヤ人』を著して、
大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。

ところで、このイザヤ・ベンダサンと本多勝一との「論争」の過程で、
意外な事実が判明することになった。

イザヤ・ベンダサンなる人物は実在しないのではないかという疑惑が生まれたのだ。

この自称ユダヤ人は、どういうわけか、
天皇制や靖国神社の国営化を支持していた。

「ユダヤ系アメリカ人」だというのに、どうしてなのだろうか?

突然世間に現れたこの「イザヤ・ベンダサン」とは、どういう人物なのだろうか?

真相は、何のことはない。

「イザヤ・ベンダサン」は架空の人物で、その正体は山本七平だったのである。

山本七平がユダヤ系アメリカ人を装って、本多勝一を批判してみせたのだった。

ああ、何という哀れ。

ところが、「ユダヤ系アメリカ人」を偽装してみたものの、
その著作の内容はボロボロであった。

著名な宗教学者の浅見定雄は、
イザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』に対抗して、
『にせユダヤ人と日本人』を書き、次のように見事に暴露したのである。

「『イザヤ・ベンダサン』こと山本七平氏は、『ユダヤ人』としてのへブル語はおろか『アメリカ人』としての英語さえもろくにできない、無知な『日本人』にすぎないことをいたるところで暴露しているのです。神戸生まれのユダヤ系アメリカ人『イザヤ・ベンダサン』氏など実在しないと小生は断言します」。(117頁)


痛快である。

イザヤ・ベンダサンの正体は、じつは山本七平だったのだ。

専門家によって「ヘブル語」も「英語」もまるでできないと言われてしまった
自称ユダヤ系アメリカ人は、立つ瀬がなかったことだろう。

そして、逃げ場を失ったイザヤ・ベンダサンはメディアから姿を消してしまった。

ここにも歴史修正主義者の特徴が垣間見える。

彼らは、平気で嘘をつく。

このことはしっかりと覚えておこう。

彼らはこんなことをしていて、恥ずかしくないのだろうか?

子どもたちに対してどう申し開きをするつもりなのだろうか?

この一連の「事件」について、著者の笠原十九司はこう述べている。

それにしても実在しないフィクション作家が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したとは出来すぎた話である。(118頁)


まったく大笑いである。

「大宅壮一ノンフィクション賞」というのは、文藝春秋がつくった賞である。

こういうのを本当の「自作自演」というのではなかろうか?

その後も文藝春秋社は、タカ派系雑誌『文藝春秋』『諸君!』などを通じて、
破廉恥な「南京大虐殺否定論」の量産に貢献していくことになる。

メディアが「歴史の捏造」を撒き散らしていくのである。

また、サンケイグループの右派系雑誌『正論』も、同様の役割を果たしていった。

他方、60年代には反政府運動も盛り上がっていた。

70年代の浅間山荘事件までは、反体制勢力も活動していた。

 しかし、戦後日本社会では、1960年代から70年代の学生運動の高揚期においても、親の世代の侵略・加害問題を直接問い、議論するようなこともなく、「過去の克服」へ向かったドイツとは逆に、中曾根首相に代表される公然たる戦争肯定の言論と現象が、日本全国において広く見られるようになっていった。(132頁)


1980年代に入って、経済大国を自負するようになった日本人は、
敗戦の「トラウマ」を消し去るべく、「歴史偽装」へと突き進んでいくのである。

次回は1980年代以降を取り上げる。






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