フォーラム自由幻想

アクセスカウンタ

zoom RSS 保阪正康『安楽死と尊厳死』(講談社現代新書)

<<   作成日時 : 2009/07/06 07:16   >>

トラックバック 0 / コメント 0

尊厳死や安楽死の初級者編、といったところだろうか。

問題の掘り下げは甘いし、やや古い本だが、分かりやすいし、読みやすい。

尊厳死や安楽死は、歴史的背景を考えることも重要だ。

では、尊厳死が語られるようになったのは、いつごろからなのだろうか?

安楽死や尊厳死といった語が社会的に認知され、特別の抵抗もなく語られるようになったのは、日本では昭和50年代以降だからである。社会的に不安定な時期や戦争、飢餓といった時代には、「いかに安らかな死を迎えるか」とか「尊厳の伴った死を……」という主張自体、危険性が伴う。政治的に利用されるのが明白だからだ。安楽死や尊厳死を公然と語る状況は、物質的にも社会的にも恵まれた時代に生きているという証である。(13頁)


豊かな社会だからこそ、尊厳死が語れる。

日本国内だけではない。

アフリカの飢えているひとたちに、「尊厳ある死を」と言うひとがいるだろうか?

いない。

では、豊かな社会になったのだから、尊厳死について語ることには問題はないのか?

もちろんそうではあるまい。

豊かな社会でも、尊厳死が政治的に利用される歴史的要因があるからだ。

ここに目を向けなければなるまい。

それは何かというと、医療費負担の増大という歴史的要因だ。

この病院は東京郊外の人里離れた地にある。入院しているのは大体が他の病院で歓迎されない患者であった。身寄りがなかったり、家族に見はなされていたり、慢性疾患を幾つももっていて治療が大変であったり……という患者である。このような患者を、病院側は検査づけ、薬づけ、それに注射づけにして、患者の容態など知ったことではないと、保険点数をあげるための治療をおこなっているのである。
 あげくに容態が悪化すれば、「3ヵ月で逝かせるメニュー」をつくりあげ、最大限利益のあがる治療を行なって、死に至らしめる。あるときから自省にさいなまれた医師がこの病院を離れたあとに、私は取材して知ったのだが、もうそろそろこの患者は逝かせようかとひそかに薬剤師などと話し合って、そのメニューを実施するのだという。(173頁)


「もうそろそろこの患者は逝かせようか」……。

じつは、全国の病院でひそかにこのような安楽死が行なわれてきた。

別の本だが、精神科医なだいなだが、次のように語っている。

(なだいなだ):実は、……これまでも安楽死が行われていなかったわけではなく、医師と患者とその家族との人間関係が緊密だったので問題にならなかっただけです。言いかえれば、現在、安楽死を含め医療問題が取りあげられるのは、その治療の場で人間関係が崩れてしまったからなのです。(村上陽一郎『生と死への眼差し』青土社、198頁)


安楽死は本人意思を尊重していないことが多いし、
何しろナチスのイメージが付着している。

こうして、安楽死は尊厳死へと変化した。

「日本安楽死協会」は「日本尊厳死協会」へと改名した。

尊厳死というのは、本人の意思というアリバイを使って、
合法的に医療費のかかるひとたちをあの世に送り込もうとする試みである。

とりわけ日本のように、
「ひとさまに迷惑をかけるべきではない」という考えの強い社会では、
尊厳死は社会が抱える問題を解決することにはつながらない。

尊厳死という概念は、「尊厳ある死」を望むということだが、この世代は、アメリカやヨーロッパの個人主義的人生観に基づく尊厳死と同じ理解をもっているとはとうてい思えない。表面上はこの語を用いているが、実は、家族には迷惑をかけたくない、あまり老醜を他人には見せたくない、他人の世話にはなりたくない、といった日本的集団主義の延長線上でそれを考えているようにも思えるのだ。(188頁)


だとするなら、
そのような遠慮をひとびとに強いることのない社会をつくることが、
大事なのではないだろうか?

「ひとに迷惑をかけるな」と叫ぶ社会。

それは、誰かを「迷惑な存在」として排除しようと常に目を光らせる陰湿な社会だ。






テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
保阪正康『安楽死と尊厳死』(講談社現代新書) フォーラム自由幻想/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる