フォーラム自由幻想

アクセスカウンタ

zoom RSS 立岩真也『唯の生』(筑摩書房)

<<   作成日時 : 2009/07/05 10:04   >>

トラックバック 1 / コメント 2

いまコメントを数件いただいているみたいです。

ありがとうございます。

目下猛烈な忙しさのため、数日以内にお返事を書くつもりですので、
コメントをくださった方々、もうしばらくお待ちください。

さて、この本は、『良い死』の続編である。

ただ、あまりまとまっていない印象を受けるので、ひとつだけ論点を取り上げることにする。

その論点を説明するに当たって、理解に必要なことを説明をしておく。

尊厳死・安楽死を積極的に肯定するひとに、ピーター・シンガーという生命倫理学者がいる。

彼はパーソン論と呼ばれる理論を展開するひととしても知られている。

パーソン論とは何か?

これは、生物学的な意味での人間を、自己意識や理性をもった「〈ひと〉person」と、それらをもっていない「非〈ひと〉」に分け、前者の人間の生命のほうが、後者の人間の生命よりも価値が高いと考える理論である。(森岡正博 『生命学に何ができるか』勁草書房、104頁)


シンガーの場合、3つに分類するらしい。

@ 〈ひと〉person:理性的で自己意識のある存在

A 意識ある存在conscious being:感覚すること、快苦を経験することはできるが、
  理性的でなく、自己意識ももっていない存在

B それ以外の生命:意識も感覚もない存在


@にどのようなひとたちが括られるのかはすぐに分かると思う。

問題は、AとBに誰が分類されているのかということだ。

シンガーは、新生児や後期胎児や知的障害者をAに放り込んでいるらしい。

Bには、妊娠18週目以前の胎児や脳死のひとを入れているという。

@が最上位で、以下A・Bとつづく階層を形成し、
A以下の存在は〈ひと〉と同じだけの生きる資格はない、と断言する。
(同書、106頁参照)

彼は「動物の権利」論者としても知られている。

「動物の権利」を主張するひとが、どうして安楽死・尊厳死を主張するのか?

動物に権利を認めようとするなら、人間の権利は当然すべて認めるような気がする。

しかしそうではない。

ある種の動物に権利を認めようとする場合、どういう理屈をつくるか?

それは、その動物が高い知的能力を持っているから保護するべきだ、と主張する。

ということは、逆に言うと、知的能力の低い人間は殺してもよい、となる。

チンパンジーは高い知的能力を持っているし、コミュニケーション能力も持っている。

だから「権利」を認めるべきだという。

他方、知的能力に欠き、コミュニケーションができない人間もいる。

そういう人間は「権利」を認める必要はない、というのだ。

これによって中絶を容認することはできるが、安楽死・尊厳死を認めることになる。

「動物の権利」論は、ある人間の殺害を正当化するものがある、というわけだ。

シンガーなどは、ブッシュ政権の政策を厳しく批判していたので、
保守的な「生命尊重論」とちがって「ラディカル」な論者だと見なされていた。

ここでいう「生命尊重」とは、人工妊娠中絶を認めないものをいう。

しかし、この「ラディカル」と見なされる点がまた問題なのだ。

ここからが、きょう取り上げようと思っていた論点だ。

「ラディカル」と見なされることのどこが問題なのか?

ただ、なんでもありという「ラディカル」な人たちがいてくれると、今度は、そこまでは行かないものはすべてかなり穏便なものとして受け止められ、受け入れられることになるかもしれない。例えばシンガーたちは「(積極的)安楽死」を認めるのだが、そうすると、そこまで行かない「尊厳死」の許容は穏健な中庸な立場に見えてくるといったことがある。それも認めない人はよほど偏屈な人間だということになるのである。(19−20頁)


とても極端なことを言うことで、これまで極端だと思われていたことが極端ではなくなる。

こういうことは、政治でもよく見られる。

しばしば自民党議員から「核兵器保有」という極論が飛び出る。

彼ら自身も、すぐに日本が核保有できるなどと思ってはいない。

彼らのねらいはそういうことではない。

「核保有」というとても極端なことをドカンと言ってみせることで、
それに比べれば現在の軍事力など大したことではない、
といった印象をひとびとに抱かせ、錯覚させる効果を生むのである。。

「核兵器保有」の議論をすること自体は自由だ、言論の自由だ、
などと言っている連中はそういうことがまったく分かっていない証拠である。

トンチンカンな連中なのである。

そうやって、着々と自衛隊という存在が既成事実化されていくのだ。

ずるずると軍事力が強化され、右傾化していく。

いまや自衛隊は海外にまで派兵されているが、
これは憲法上とんでもないことのはずなのに、
多くのひとたちはこのことに驚きもしなくなってしまったではないか。

これは、「核兵器保有」などの極端な主張が積み重ねてきた効果である。

ひとびとは、まんまと騙されていることに、気づかない。








テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
加藤秀一『〈個〉からはじめる生命論』(NHKブックス)
「生命」に関する議論が活発になっている。 ...続きを見る
フォーラム自由幻想
2010/01/31 12:38

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは、またコメントさせていただきますm(__)m

「パーソン論」、いろんな意味で可笑しいです。
この人は、子供に「どうして人を殺してはいけないの?」と聞かれたら、きっと、「いや、殺していい人間はたぁくさんいるんだよ」とか答えるんでしょうね(T_T)
なんだか、計り間違えてますねシンガーっていう人は(-_-メ)
そして、わっかりやすい規準のような論を立てられると、それを利用して、合法的に人殺しをしようとする輩がわいて出てくるんですね(*_*)
船頭
2009/07/06 21:58
◆船頭さま

こんにちは。

まったくです。「殺してもいいひと」と「殺してはいけないひと」を分けているのと同じですものね。これはまさしく「いのちの線引き」にほかなりません。ただ、この問題が一筋縄でいかないのは、シンガーの主張にしたがえば、中絶を「殺人」と見なさなくてもよくなる、という点です。これについても、いずれ書こうと思っています。
影丸
2009/07/14 11:06

コメントする help

ニックネーム
本 文
立岩真也『唯の生』(筑摩書房) フォーラム自由幻想/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる