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zoom RSS 雨宮処凛『プレカリアート』(洋泉社新書)

<<   作成日時 : 2009/07/19 23:03   >>

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「プレカリアート」という言葉を聞いたことがないひとは、まだいるのだろうか?

いたとしたら、この機会にぜひ覚えていただきたい。

「プレカリアート」とは何か?

……『プレカリアート』は、「不安定なプロレタリアート」という意味の造語である。「不安定な(precario)」と「プロレタリアート(proletariato)」を足したこの言葉は、03年、イタリアの路上で落書きとして発見されたという。
定義は、「経済至上主義のもと、不安定さをしいられた人々」というような意味だろう。(4頁)


すなわち、「プレカリアート」とは、わたしたちのことにほかならない。

企業は、グローバル化の時代に適応するためにも、
「雇用の流動化」を進めなければならないと言ったが、
その結果起きたのは、生きていくこともままならない「雇用の不安定化」であった。

この本を読んでいると、とても暗い気持ちになる。

なぜなら、現実がこれほどひどいことになっているのかと知らされるだけでなく、
それでも世の中のひとたちは「自己責任論」をふりまわして弱者いじめをするし、
若者たち自身も本当の敵に対してなかなか立ち上がらないからだ。

フリーターや低所得層は「自己責任」だ、と思っているひとに、おすすめの本だ。

そういうひとたちの思い込みが、ことごとく粉砕されていくからだ。

このブログでも、世間によるフリーター批判・若者バッシングは不当であり、
それらは頭の使い方からして根本的に誤っていることを指摘したことがある。

非正規雇用で生活している若者の実態はどうなっているのだろうか?

冒頭、筆者はある若者を紹介する。

 月収は8万円程度。日雇い派遣で働いていたものの、毎日仕事があるとも限らない。仕事にあぶれた日はネットカフェに泊まることもできないので夜中じゅう歩き(!)、日中、電車を往復して仮眠をとっていたという。(3頁)


この若者は、ネットカフェに7年間(!)も住んでいたという。

月収8万円程度でどうやって生きていけばよいというのだろうか?

こんなひどい状況に追い込まれているひとが、この日本にはたくさんいる。

これが「経済大国日本」、「先進国日本」の実態である。

苛酷な状況を強いられているのは、日雇い派遣のひとたちだけではない。

……私が取材で知ったケースでも、歩合制で運送業に従事していた人がいた。一応「正社員」扱いらしいが、社会保険も残業代もない。トラック運転手で、何トン運んで幾ら、の世界。月の労働時間は酷い月で550時間。単純に30日で割っても、1日の休みもなく連日18時間働かないとこの数字には達しない。そのうえ会社はトラックを「持ち込み制にしてくれ」と言い出す。トラックを買い取り、メンテナンスや燃料代もすべて自分持ち。もし事故を起こしても自己責任というほとんど奴隷制度のような条件だ。(222頁)


非正規雇用の低所得化が進み、
それに合わせて正規雇用の低所得化も進められている。

「難民」は、海外からやってくる存在だと思われていた。

しかし「難民」は、日本国内にもいた。

「ネットカフェ難民」という言葉が世の中に広まり、
「マック難民」という言葉さえ生まれてしまった。

マクドナルドは「マック難民」対策として、店舗によっては午前2時から4時までを清掃時間にして追い出しにかかっている。(30頁)


現在、多くのひとが「難民化」する時代である。

彼らは新しい形の「ホームレス」だ。

企業は、労働者を「人間」ではなく、「モノ」扱いしている。

 ちなみに、こういった派遣労働者を管理する部署は人事部ではない。「調達部」や「工務」など、部品を扱う部署だという。……派遣料金は人件費ではなく、「物件費」として管理されている。機会のリースと同じ人材派遣。しかし、機械は壊れたらメンテナンスしてもらえるが、人間は壊れたら捨てられる。(21頁)


必要なときは「調達」し、必要なくなったら「廃棄」される。

血も涙もないというのは、このことだろう。

「国境なき医師団」によると、大阪だけでも毎年200名前後のホームレスが路上死している。(32頁)


憲法第25条が空文化している。

「豊か」なこの国で、それでも餓死することはないって? この11年で国内で餓死した人は、867人(しんぶん赤旗)。(226頁)


これが、ナショナリストたちが「アジアのリーダー」と誇らしげに言う国の実態だ。

「国民が飢えているのに、政治指導者たちだけは贅沢な暮らしをしている」
という批判は、よく北朝鮮に向けて発せられるものである。

しかし、同じ批判を日本の政治指導者・天皇家には向けられないのは、なぜだろう?

若者がどんなに努力しようと、就職の運不運は経済状況に左右される。

……「超就職氷河期」などと言われ、いい大学の新卒者でも、平気で100社落ちる……。(36頁)


では、どうしてこのような悲惨な状況になってしまったのだろうか?

これは自然現象などではない。

日本の企業経営者たちと政府が、意図的に作り出したものだったのだ。

1995年、日経連は発表した「新時代の日本的経営」というレポートを発表した。

 ……働く人を「長期蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」と3つに分けた。つまり、これからは幹部候補生レベルのエリート正社員と、特別なスキルを身につけたスペシャリスト、そしていつでも使い捨てにできる激安労働力の3つを組み合わせて使っていきましょうという提言をしたのである。(44頁)


それに合わせるかのように、派遣労働の拡大が実施されていった。

 もともと労働者派遣事業は、職業安定法で禁止されていたものだった。そこには強制労働やピンハネがまかり通り、戦前の「口入れ屋」として合法化されたのが85年。当初は専門性の高い16業種に限られていたが、それがどんどん解禁され、99年には原則自由化されてしまう。そして04年には製造業まで派遣が解禁。この流れの中で、究極の不安定雇用である「日雇い派遣」が広まった。(45頁)


ポイントは、1999年と2004年である。

そして、民主党も派遣労働の拡大を一貫して進めてきたことを忘れてはならない。

驚くべきことに、なんと社民党でさえ、法改正に賛成してきたのである。

政権与党である自民党・公明党の責任がもっとも重大だが、
民主党・社民党の責任もきわめて大きい。

その結果、非正規雇用が他の先進諸国に比べて異常な多さになった。

……現在の日本では3人に1人が非正規雇用になっている。数にして1600万人以上。働く人の33.7%だ。正社員と非正社員の月給格差は平均で12万7800円。正社員の6割にとどまっている……。(47頁)


非正規は昇給もほとんどないので、賃金格差はとてつもなく広がる。

生涯賃金で見ていくと、……正社員層は2億1500万円、フリーターは5200万円……。(47−48頁)


著者は、ある過労自殺(未遂)を図ったひとからのメールを紹介する。

「最近の労働環境の実態は、世間で言われている通り厳しいものです。成果主義の導入、残業代の未払い、他の社員への見せしめ的首切り、成果主義導入に伴う社内での人間関係の悪化……など両手で数えても足りないくらいです。
 人間は機械部品ではありません。代わりはいくらでもいる、壊れたら交換すればいい……という発想は社員の意欲を削ぎます。人間は使い捨てですか? 壊れた部品(人間)はどうなるのでしょう?」(53−54頁)


人間を徹底的に「モノ」扱いする社会をつくったのは、企業だ。

そして、その副産物として、人間をまるで「モノ」のように壊す殺人事件が起きる。

最近の殺人事件は、
まるで社会が進める「人間のモノ化」を再現してみせているかのようだ。

企業は、労働者を貧困に追いやるだけではない。

貧困層をターゲットにして、彼らからさらに金をむしり取る方法を次々に考案する。

人材派遣会社。

マンスリーマンション。

保証人紹介ビジネス。

フリーター向けの格安ドヤのレストボックス。

敷金・礼金ゼロをうたうゼロゼロ物件のスマイルサービス。

これを「貧困ビジネス」という。

なかでも、人材派遣会社の仕組みには、欲深さが露呈している。

なんと、派遣会社がローン会社までつくっているというのだ。

「派遣スタッフの身分証明書となるIDカードには、『福利厚生機能の一部として急な資金ニーズに対応するキャッシング機能も搭載しています。お申し込みはとっても簡単。しかもATMでご利用できるのでイザッ! というときにご活用ください』『詳しくはフルキャストファイナンスへ』」。日雇い派遣会社がローン会社も作っているわけである。(60頁)


「貧困ビジネス」に警鐘を鳴らす湯浅誠は、次のように述べている。

「……例えば、アメリカのシプラー氏(元・NYタイムズ記者)の著書に、ある貧困家庭の子供が言った言葉が載っていました。それは『お母さん、貧困ってお金がかかるんだね』。
 米国はローンの利率が高いために、貧乏人ほど高コストで生きなければならない社会になっている。……」
――貧困ビジネスには人材派遣会社やレストボックス、敷金礼金ゼロ物件などがある……。
「賃貸物件の保証人ビジネスもありますね。……」
……
「日雇労働者相手の飯場などは昔からありました。しかし、日本全体に広がったのはここ数年の『日本社会の寄せ場』化に合わせてですね。……」(61−63頁)


「日本社会の寄せ場化」(!)。

これは、いったいどのようなことなのだろうか?

以前は寄せ場が目に見える形で存在したが、現在は都市に点在するネットカフェや、携帯電話で仕事を得る日雇い派遣などで「寄せ場」が拡散し、日本全体が「寄せ場」となっているような状況のこと。(72頁)


日本は、時計の針をいったいどれだけ逆にまわしてしまったのだろう。

世間は、苦しい生活を強いられているひとびとに、「自己責任」だと言い募る。

そして、若者自身も「自己責任」を内面化してしまうために、
公的なセーフティネットを活用しようとしない。

実際、窓口でひどい対応が行なわれているのも事実だが、
本当は生活保護を必要としているはずのひとたちにもっと利用されてよい。

 ちなみに、生活保護の具体的な金額だが、20歳から40歳までで東京で1人暮らしの場合、上限で家賃込み13万7400円。もちろん、今住所がなくても、そして現在働いていても生活保護基準を下回る金額しか稼げず、また貯金が6万円以下であれば法的には断れる理由がないという。働いている場合は、働いた額が「収入認定」という形で引かれる。家がない場合は、アパートを借りるための諸費用、引っ越し代金などの転宅費も出る。(70頁)


生活保護の水準以下の生活をしているひとたちは、
どうかこの制度を遠慮することなく活用していただきたい。

あなたたちがわるいのではないのだから。

わるいのは企業なのだから。

 若者に対して「モラルの低下」などと言われることが多いが、この10年でモラルが地に落ちたのは間違いなく企業、社会の方だ。日本を代表するような大企業が「偽装請負」という犯罪を繰り返し、日雇い派遣大手は違法派遣で事業停止を食らう。その皺寄せを食らっているのは若者たちだ。史上最高の利益を連発する企業の末端で働く若者たちから「食えない」どころかネットカフェ難民になる若者が量産され、日雇いで働く若者は、現場でスタンガンで脅されながら(実話)何の保障も安全対策もないまま働かされる。そして恐ろしいことに、今の日本では、会社がひどい働かせ方をして過労死、過労自殺が起きたとしても、企業側には何の罰則規定もないのだ。(222−221頁)


モラルを低下させてきたのは、若者ではない。

企業である。

企業こそが、恥知らずにも犯罪を繰り返しているのである。

トヨタやキヤノンよ、恥を知れ。

ところが、こうした現実を直視できないひともいる。

企業(資本)の論理に洗脳されてしまったひとたちは、現実を直視できない。

そうすると、若者にバッシングを加えることで、自己正当化を図る。

彼らはこう言う。

一、そんなにフリーターで大変なら、田舎に行って農業でもすればいい。
二、貧乏でも楽しく生きればいい。文句を言うな。
三、フリーターが高い家賃の家に住んでいることが間違っている。風呂なし、トイレ、台所共同の家賃2、3万円台の部屋に住めばいい。
四、フリーターよりもっと大変な人はたくさんいる。世界には飢えて死んでいく子どももいる。それに比べれば大分マシ。(230頁)


こう思ってしまったひとは、ぜひ本書を読んでいただきたい。

そしてご自分が「チリの犬」以下の存在であることを噛みしめていただきたい。

※「自己責任という名の暴力」を参照。

いま、「プレカリアート」たちが連帯した運動が日本でもはじまった。

「プレカリアート」は黙ってはいない。

ところが、こういう運動に対して、冷ややかな視線を投げかけるひともいるという。

この運動を肯定してしまうと、それまでの自分の人生が否定されてしまう恐怖を感じるような、何か。本当の金持ちや安定層は、貧乏人が何をやろうと気にしない。もちろんヒステリックに怒ったりもしない。(131頁)


そうだ。

本当のお金持ちたちは、「プレカリアート」の運動に何の関心も示さない。

ジャーナリストの斎藤貴男はこう言う。

「弱い者同士が対立し、傷つけ合う間隙で上前をハネ、雲の上でほくそ笑んでいる人々が他にいる」。(131頁)


「プレカリアート」の運動を「左翼だ」「過激派だ」などとバッシングするひとは、
まず鏡で自分の姿をじっくりと見つめてみた方がよいだろう。

あなたは自立/自律した人間になりたいのか?

それとも、企業の従順な奴隷になりたいのか?

よく考えるべきだろう。

本書の後半には、座談会と対談が収録されている。

座談会のメンバーは、以下のとおり。

雨宮処凛。

フリーター。

息子を正社員として就職させた60歳代の母親。

大手企業勤務の女性(いわゆる「勝ち組」?)。

ひたすら若者の自己責任論を展開しつづける母親の発言が印象的であった。

偏見も持つと現実を直視することができない、という例証になっている。

座談会のつぎは、なんとあの石原慎太郎と雨宮処凛の対談。

雨宮処凛にはもっとレトリックを磨いてほしいと思うが、
この対談で石原慎太郎から「若者の暴動」を容認する「言質」をしっかりとっている。

「都知事公認の暴動」。

万国のプレカリアートよ、団結しよう!

そして選挙に行って、自民党・公明党政権を打倒しよう!

右派政党と宗教政党を打倒しよう!









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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
 人が生きていくために必要な費用(=存在経費)を、人権の拡充によって社会的経費と認めて、各人が持てる能力を発揮できるようにすることが必要です。
 この方法のみが、人類の持てる能力の無駄使いを防ぐ方法です。今のようなカネゴン(金権亡者)のための社会体制は、全人類に対する犯罪です。
山路 独
2009/07/21 00:42
◆山路独さま

そうでうね、誰もが能力を発揮でき、誰もが安心して生きていけるようにしないといけませんよね。ただし、山路さんのおっしゃる「存在経費」はどんどん水準を引下げられているという問題があります。そこが資本主義の怖ろしいところでしょう。
影丸
2009/08/05 15:24
資本主義社会である以上、ある程度の経済格差は常に存在する訳ですから社会のセーフティーネットを充実させるしかありません。今、大企業の正社員で働いている人でも何らかの理由で貧困層に落ちてしまう可能性はゼロでは無い訳ですから。湯浅さんも貧乏と貧困は別の存在と発言しています。非正規でも年収300万以上は確実に稼げるようにして消費税を引き上げる代わりにお金の無い人は教育費や医療費をタダにするぐらいの政策を日本政府は今すぐ実施すべきです。
みかん男
2010/11/01 22:04

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