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zoom RSS 不破哲三『マルクスは生きている』(平凡社新書)

<<   作成日時 : 2009/07/17 19:29   >>

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先日、誰だったか忘れたが、あるひとがわたしにこんなことを言ってきた。

「最近の大学生は、経済学部でも『資本論』さえ読んでいないらしいですよ」


そのひとはこう驚いてみせていたのだが、
最近どころか、もう何年も前から日本の大学生はそういう絶望的な状況だろう。

さらに勘ぐれば、わたしは、
最近は大学の経済学部の先生でさえ、
マルクスの『資本論』を読んでいないひとがいるのではないか、
と疑っているくらいだ。

経済学部のひとだけでなく、
大学というところに籍をおいたひとなら、古典くらいは読んでいてほしいものである。

大学生たちがきちんと古典を読んで教養を積んでいれば、
こんにちの日本に顕著になっているような右傾化は、
これほどひどいものにはならなかったのではないか、と思われる。

ともあれ、マルクスはすっかり読まれなくなってしまった。

冷戦崩壊後の90年代、資本主義の勝利を高らかに謳うひとたちがいた。

しかし、テレビには出演しないまともな専門家・研究者たちは、
すでにそのころから資本主義システムの崩壊を予見していた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

日本共産党の議長だった不破哲三が、80歳を目前にしてマルクス入門の新書を書いた。

しかも共産党系の出版社ではなく、平凡社新書。

いま書店では平積みになっているが、
読んでみてびっくり、驚くほどの分かりやすさである。

マルクスについてちょっとかじってみようというひとには、とてもよいと思う。

もっとも、マルクス主義について専門的な知識のあるひとにとっては、
著者が日本共産党の重鎮であるから、「?」と思ってしまうところもある。

しかし、まあそれくらいはよしとしようではないか。

今ほどマルクスが読まれるべき切実な時代はないのだから。

……1999年、イギリスのBBC放送が、国内と海外の視聴者を対象に、「過去1000年間で、もっとも偉大な思想家は誰だと思うか」というアンケート調査をおこないました。調査の結果は、カール・マルクスが圧倒的な第1位でした。第2位はアインシュタイン、第3位はニュートン、第4位はダーウィンと、3人の自然科学者がそれに続き、資本主義をほめたたえた思想家は、1人も上位には現れませんでした。(8頁)


1999年といえば、金融危機の前である。

しかも第1位にマルクスが挙げられているなんて、驚くべき教養の高さではないか。

日本の放送局が同じようなアンケート調査をしたら、どうなるだろうか?

ほとんどの日本人は、カール・マルクスはおろか、アインシュタインもニュートンも、
さらにはダーウィンでさえ知らない可能性が高い。

では、マルクスとはどのような思想家だったのだろうか?

本書は、マルクスという人物の姿を、3つの切り口から照らし出す。

 @ 唯物論の思想家としてのマルクス
 
 A 資本主義の病理学者としてのマルクス

 B 未来社会の開拓者としてのマルクス

はじめは、「唯物論の思想家・マルクス」だ。

著者はいきなり読者に向けて3つの質問を提示する。

 質問の第一。「あなたは、人間が生まれる前に、地球があったことを認めますか」。

 質問の第二。「あなたは、人間がものを考えるとき、脳の助けを借りていると思いますか」。

 質問の第三。「あなたは、他人の存在を認めますか」。(13頁参照)

おそくらほとんどのひとはこれらにすべて同意するだろう。

するとあなたはすでにマルクスと同じ側に立っている、と著者はいう。

どういうことなのかは直接本書に当たってほしいが、
マルクスがダーウィンの「進化論」をきわめて高く評価していた、
ということはよく知られている。

 以前は「自然には歴史がない」というのが、自然科学の世界での“常識”でした。ダーウィンの進化論によって、生物の種の発展には歴史があることが明らかになりました……。(34頁)


ごくごく大雑把にいうと、この考え方を「弁証法的唯物論」という。

次に著者は、意外なことに、昨年の日本人ノーベル賞受賞者を取り上げる。

2008年にノーベル賞を受けた小林誠と益川敏英が発表した小林・益川理論だ。

 益川氏は、「私にとって弁証法的唯物論は予測を立て、自分の世界観をつくる上で重要だった」と語り、唯物弁証法が自然科学の研究方法に奥深い関係があることを強調しています。(50頁)


益川敏英は、「九条の会」にも関わるとても立派な反戦のひとだ。

おそらく湯川秀樹の反核の教えにも大きな影響を受けているはずだが、
マルクスの思想は、今もこうして科学の世界で立派に「生きている」わけだ。

次は、「資本主義の病理学者・マルクス」。

資本主義の秘密は、『資本論』のなかで見事なまでに解明されている。

ただ、すべてを読みこなすのは大変だ。

そこで著者は、『資本論』の内容をざっくりとまとめる。

 イ. マルクスがまず明らかにしたことは、労働者が資本家に売っていたのは、それまで思いこまれていたように、「労働」ではなく、労働をする能力、すなわち「労働力」だということでした。
 ロ. 「労働力」商品の価値は、ほかの商品と同じように、その商品の再生産の費用で決まります。再生産の費用とは、労働者が引き続き働ける状態を維持する費用ということになりますから、労働者とその家族の生活費ということになります。
 ハ. 資本家は、買い入れた「労働力」を消費する、つまり自分の工場で働かせます。……必ず、賃金分に相当する時間をこえて、労働を続けさせます。……これが、「剰余価値」です。(81頁)


「剰余価値」というのは、労働者が「タダ働き」させられる部分のことだ。

労働者自身は、それ相応の賃金・給料を企業からきちんともらっている、と思っている。

労働に見合った賃金・給料をもらっている、と思い込んでいる。

しかし、それは間違いである。

もしあなたがその間違いに気づいていなければ、
あなたは相当に資本主義イデオロギーに洗脳されていることになる。

みなさんのその考えは、完全に企業に騙されているものなのである。

実際は、1日のうちの数時間は、「タダ働き」をさせられているのである。

「泥棒はいけません」「ひとのものを盗んではいけません」
などと世の中のひとたちは言うのだが、
企業という存在は、わたしたち労働者から「剰余価値」をごっそりと盗む。

これは「泥棒」以外の何ものでもない。

企業は「泥棒」であり、「こそどろ」であり、「ひったくり」である。

これを「搾取」という。

 そもそも、資本家が自分のもつ貨幣をあれこれの事業に資本として投下するのは、剰余価値を手にいれて資本を増殖させるためです。(83頁)


資本はこれを無限に増殖させようとする。

……新たな資本をたえず生産に投じ、剰余価値の生産の規模をひたすら拡大すること、つまり、「生産のための生産」が資本主義の合言葉になります。マルクスは、ここに、資本主義的生産のもっとも根源をなす病理を見ました。(83頁)


したがって、資本主義はその本性をむき出しにして、
わたしたち労働者の「労働力」をひたすらむさぼりつづけるのである。

真っ当に働いていても、企業は労働者を「搾取」している。

それでけではない。

実際の企業は、もっと労働者を「タダ働き」させて「搾取」を強化している。

「サービス残業」という名の「泥棒」である。

 第一生命研究所が2003年におこなった調査では、現実に時間外労働をさせながら賃金が支払われない「サービス残業」(もちろん違法です)は、年々増えて、2002年には労働者1人あたりの平均で年間200時間をこえるところにまで達しました。1日7時間労働として計算すれば、1年に29日、1カ月分はただ働きさせられていることになります。1世紀半も前のイギリスの資本家たちも舌を巻くような貪欲な搾取形態ではありませんか。(91−92頁)


1年のうち1か月分はじつは「タダ働き」!

こんにちの企業は、かつての資本家もびっくりするほどの露骨な「大泥棒」なのだ。

これはサービス残業についてだけなのだから、
それ以外のことも考えると、相当な時間を「タダ働き」させられていることになる。

それでも労働者はこのような「奴隷状態」に抵抗しようとはしない。

労働者の間の競争が激しくなることで、
労働者は互いに反目し合い、足を引っ張り合う。

 マルクスは、『資本論』の「労働日」の篇で、労働日(1日の労働時間)の無制限な延長が、「人民の力の生命源」をおかし、労働者の肉体と精神の「退化」を生みだし……。(100頁)


ゆえに、「労働時間」の短縮こそが、まずは目指されなければならない。

ちなみに、労働時間の規制、有給休暇制度などは、
社会主義者たちの命をかけた運動によって勝ち取られたものだ。

右派のひとたちは、一体誰のお蔭で労働者としての権利が守られているのか、
ということを一度じっくり考えてみた方がよい。

ただし、企業の行動を法律で規制するだけでは、根本的な解決にはならない。

資本主義は、必然的に「恐慌」を生み出すからだ。

著者は、かつて恐慌で解雇されたある炭鉱労働者の家庭での
母子の会話を紹介する。

  子ども なぜ、ストーブをたかないの。
  母   お父さんが首になって、石炭を買えないからよ。
  子ども なぜ、首になったの。
  母   石炭が売れないで、炭坑がつぶれたからよ。(113頁)


資本主義のイデオローグたちは、いまでもこう言う。

経済は、需要と供給の市場メカニズムを通じて自動的にうまく機能する、と。

マルクスは、これにたいして、需要と供給の均衡が確実に成り立つのは、生産物と生産物が直接交換される物々交換の段階の話であり、貨幣が登場する市場経済の段階では、状況がまったく違ってくることを指摘します。(116−117頁)


つまり、生産と消費の場面がかけ離れていくということだ。

……恐慌の原因をなす消費と生産との矛盾は、まさに、資本主義経済が自分自身で引き起こすジレンマにほかなりません。(119頁)


これについても、詳しくは本書を直接当たっていただきたい。

この資本主義の矛盾は、現在も変わらない。

昨年起きた金融危機をきっかけに、企業は労働者を大量に解雇した。

では、企業はあのとき、経営の危機的状況にあったのか?

そうではない。

企業はじつは「内部留保」というかたちで資金をたっぷりと蓄えていたのである。

とくに、日本の一連の大企業が、巨額の利潤を内部留保などの形でためこみながら、その利潤の源泉となった多数の派遣労働者を年末の寒空に巷に投げだし、社会的な雇用危機を引き起こしたことは、「ルールなき資本主義」の残酷な実態を、露呈したものといえます。
 危機はなお進行中ですが、いま確認できることは、マルクスが『共産党宣言』で、恐慌が資本主義の「死にいたる病」であることを指摘してからすでに160年、資本主義はこの「病」から自分を解放するためにあらゆる手だてをつくしてきたが、ついに解決策を見出すことはできなかった、ということです。(131頁)


日本の企業は、たっぷりと内部留保を保有し、役員報酬も大幅に増額していた。

それなのに多くのひとびとをモノを捨てるみたいに切り捨てた。

彼らにはモラルのかけらもない。

こうした状況を知りながら労働者に向かって「自己責任」と言ってのける
タレント・評論家どもの下劣さは、何より企業の下僕の証である。

資本主義は、自ら生み出す諸問題を、自ら解決することができない。

その典型が、地球環境問題だ。

 最初に問題になったのは、紫外線から生命をまもる防壁・オゾン層に穴が空き始めたことでした。1970年代に、南極の上空に大きな穴が発見されたのでした。調査の結果、犯人は、1930年に発明され、冷蔵庫の冷却材や発泡スチロールなど多方面に使われてきたフロンガスでした。このガスが、オゾンを破壊する働きをしていたのです。やがてフロンガスの使用を禁止する措置がとられ、この危険は最初の段階でおさえられましたが、このとき、フロンガスをつくっていたアメリカの大化学企業デュポンが、フロンガスの規制に猛烈に反対したのは、特徴的でした。人類と地球の運命にかかわる大問題でも、利潤第一主義が資本の行動原理になることを、証明してみせたからです。(136−137頁)


企業の限界を厳しく批判するのが、NGOである。

……国際組織IPCC(「気候変動に関する政府間パネル」)は、地球温暖化の危険をくいとめるために、どうしても達成すべき温暖化ガスの削減目標を提起しました。それは、2020年までに「先進国」の排出量を25〜40%減らし、2050年までに世界全体の排出量を50%以上減らす(「先進国」では80%以上の削減が必要)という目標です。地球上の人類の生存を確保するための最低目標だといってよいでしょう。(141頁)


企業の利益・自国の利益を優先させたのは、あのブッシュ政権だった。

ブッシュ大統領(2001〜09年)の地盤であるテキサス州は、化学や石油などの産業が集中して、アメリカでも、排ガスの量のもっとも多い州の1つで、この州が吐きだす二酸化炭素の量はイギリス1国の排出量よりも多く……。(142頁)


では、アメリカ以外の国々はどうしているのだろうか?

* 主要な資本主義国の排出ガス削減実績 「国連気候変動に関する国際連合枠組条約」事務局が発表した2006年の排出量統計によると、主要な資本主義国のガス排出量の、1990年(「京都議定書」による基準年)にくらべての増減は、次のとおりです。
   ドイツ  マイナス18.2%
   イギリス マイナス15.1%
   フランス マイナス3.5%
   日本   プラス5.3%
   アメリカ プラス14.4%


なんということだ、日本も「プラス」になっているではないか。

京都議定書で約束したはずの削減目標を守れず、むしろ増やしているではないか。

これは、日本政府(自民党・公明党)が、産業界の言い分に逆らえないからである。

このように見てくると、よく分かるのではないか。

企業・経営者というのは、倫理的に立派なひとたちでは決してなく、
泥棒もするし環境も破壊するし、ウソだって平気でつく。

じつはマフィア・暴力団もびっくりするほどの立派な極悪人なのだ、と。

次は、「未来社会の開拓者・マルクス」である。

18・19世紀の多くのひとたちは、まだ貧困と差別に苦しんでいた。

しかしながら、貧困層を救う社会的余裕がない、とその当時は言われた。

だが、現在の日本は「経済大国」のはずだ。

 資本主義時代に達成された生産力の大きな発展は、たとえば日本についていえば、その社会の構成員に、少なくとも、憲法第25条がいう「健康にして文化的な生活」を保障できるだけの経済的基盤をすでにつくりだしています。(160頁)


そのとおり。

ところが、すでに豊かさを獲得しているはずの社会で、
すべてのひとが飢えから解放されたのかといえばそうではなく、
こんどは労働者に「努力が足りない」「自己責任だ」といった暴言を浴びせることで、
またしても貧困は放置されているのである。

いや、貧困は政府・企業が作り出しているのである。

人類にとって、飢えからの解放は悲願だったはずだ。

食べ物に困らなくて済む社会をつくるのが夢だったはずだ。

だからこそ、日本国憲法には第25条がある。

すべてのひとが貧困から解放され、自由を勝ち取る社会を築かなければならない。

マルクスは、資本主義社会に代わって、社会主義・共産主義の社会を主張した。

そこで多くのひとは、社会主義・共産主義の社会はどのような社会なのか?
と知りたくなるであろう。

しかし、マルクスは終生、未来社会を具体的に描くことに禁欲的だった。

わざと描かなかったのである。

それはどうしてなのかは、また本書を読んでみていただきたい。

ただ、そうはいっても、ある程度のイメージを思い描くことはできる。

ひとつは、人間社会が貧困と差別を一掃する。

そして、社会の経済活動が資本の利潤第一主義から解放される。

さらに、すべてのひとが各自の能力を全面的に発展させられるようになる。

そのためには、「労働日」を短くすることが必要だ。
苛酷な労働を強いられ、人生の多くの時間を企業に奪われていては、
まともにモノを考えることもできないからである。

そうなれば、社会のすべての人間が、一方で、労働の責任を果たしながら、また生活を楽しみながら、他方で、自分の肉体的および精神的な素質を開発し存分に発揮する充分な機会をもつようになります。
 マルクスは、「労働日の短縮」こそ「人間の力の発達の根本条件」だといい、ここに、人類の発展のなかで未来社会がもつ、もっとも重要な意義があるとしました(『資本論』第3部第7篇第48章)。(164頁)


マルクスは、貧困だけでなく、差別の一掃も望んでいた。

 マルクスは、アメリカの南北戦争の最中、大統領選挙で再選をかちとったリンカーンに、国際労働者協会を代表してお祝いのメッセージを書きました(1865年)。(180頁)


それから140年以上経った現在、
アメリカのオバマ大統領が核廃絶に向けたメッセージを発表した。

これに対して、
日本共産党の志位委員長は、歓迎のメッセージをオバマ大統領に送った。

 
日本共産党は九日までに、志位和夫委員長が四月二十八日付でオバマ米大統領あてに送った核兵器廃絶への具体的行動を要請する書簡を、日本にある百数十の外国大使館に送り、各政府に届けるよう依頼しました。また、同文書を潘基文(パン・ギムン)国連事務総長、ミゲル・デスコト国連総会議長にも送付しました。(『しんぶん赤旗』より)


そして、日本共産党にはアメリカ政府から感謝の手紙が届いたという。

差別と貧困を克服した平和な世界を築くのは、叶わぬ夢にすぎないのだろうか?

それは実現することのない壮大な理想なのだろうか?

ラテンアメリカには、次々と社会主義政権が誕生している。

インドでも、共産党を中心とする左翼政権が各州で成立している。

 社会主義をめざすこの動きは、ソ連を「社会主義」の先例とせず、「21世紀の社会主義」の旗を意識的にかかげていること、政治体制としては、議会制民主主義のもとでの前進という道すじを堅持していること、自主的な運動で独自の社会主義に道を開いてゆこうとしていること、など、多かれ少なかれ共通の特徴をもっています。(221頁)


忘れてはならないのは、
「21世紀の社会主義」には「常備軍の廃止」というプランも入っている、ということだ。

貧困も差別もない世界、軍隊のない世界。

わたしたちはいま、理想についてもっと語り合うべきなのではないか。










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コメント(2件)

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 必要なことは、人権の拡充です。
山路 独
2009/07/17 19:40
◆山路独さま

「人権の拡充」、とりあえずは同感です。ただし、マルクスの場合は、その先も見通そうとしていることも、付け加えておきたいと思います。
影丸
2009/08/05 15:21

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