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zoom RSS 芝健介『ホロコースト』(中公新書)

<<   作成日時 : 2009/06/26 18:29   >>

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ヒトラー率いるナチスは、地球上からユダヤ人を抹殺しようとした。

これを一般的に「ホロコースト」と呼んでいる。

本書は、「ホロコースト」の歴史を概観するのには便利な本である。

なぜユダヤ人は殺されなければならなかったのか?

それは、「ユダヤ人だったから」である。

それだけだ。

なぜ障害者は殺されなければならなかったのか?

「障害者だったから」である。

「ホロコースト」でいったいどのくらいのユダヤ人が殺害されたのだろうか?

第二次世界大戦がはじまった1939年9月からナチ・ドイツが敗北する45年5月までのあいだに、およそ600万人のヨーロッパのユダヤ人が殺害された。(i頁)


どうしてこのようなおぞましい行為が可能だったのだろうか?

「ホロコースト」が実行される前に、反ユダヤ主義が蔓延していたのである。

では、反ユダヤ主義とはどのようなものだったのだろうか?

ユダヤ人は儀式のためにキリスト教徒の子供の血を必要とする、十字架刑を行いキリスト教を冒瀆している、人肉食が行われている……、こうした風聞は無根拠ながら俗耳に入りやすく、しばしば反ユダヤ人暴動や迫害の引き金になっていった。(4頁)


民族的偏見が反ユダヤ主義の根っこにあったわけだ。

……1920年代初めにドイツでは、『シオンの賢者の秘密』という偽書が出回っていた。……ユダヤ人の世界支配を企む陰謀が存在する決定的証拠とされた。
 具体的には、世界支配の目標に向けてユダヤ人が党派間の対立を煽り、自由主義理念を広め、マルクス主義などの助けを借りて信仰や法と権威への尊重を否定させ、最終的にはテロをまき散らして国家間の戦争を起こさせる。すでにフリーメーソンなどを利用して実行されようとしており、この提案者は国際ユダヤ人社会であるというものであった。(19頁)


陰謀論を展開するのが差別主義者・排外主義者の特徴だ。

もともとこの偽書は、ロシア人の手によって『シオンの長老の議定書』としてつくられ、19世紀末から流布されていた……。(20頁)


こんな荒唐無稽な陰謀論を、多くのひとびとが信じてしまったのである。

この事実をわたしたちは冷静に聞くことができるか?

過去の「過ち」と冷静に受け止められるか?

あの田母神俊雄を持ち出すまでもなく、
いま日本でも聞くに堪えない「陰謀論」がネット右翼の間で広まっている。

陰謀論を駆使して排外主義を煽る手法は、
反中国・反韓国を主張する今日の右派と酷似している。

当時反ユダヤ主義者はユダヤ人を「民族を冒すウイルス」であるとし、接触を回避するために、どこかに移すべきだと主張していた。そこで浮かんだのがアフリカの孤立巨大島マダガスカルであった。……現在からみれば奇想天外な意見に聞こえるが、この時期はまさしく帝国主義全盛の時代であり、またアメリカではネイティヴ・アメリカンを居留区に押し込める政策が行われており、決して非現実的な話ではなかった。(81頁)


結局、ナチスは各地に強制収容所を建設して、そこにヨーロッパ中のユダヤ人を送った。

以下、どのような絶滅収容所があったのかを見てみよう。


ベウジェツ絶滅収容所

ここではどのくらいのユダヤ人が殺戮されたのか?

 親衛隊経済管理本部査察官へルマン・ヘーフレ(1911〜62)の報告によれば、3月に開設されると、同月15日〜31日に総督領(特にルブリン地区、東ガリツィア地区)の5万8000名のユダヤ人がここでガス殺された。その後も、ドイツ本国、スロヴァキアから1000名規模の移送が続き、1日4〜5回、したがって1日平均4000〜5000名のユダヤ人が殺害される。(178頁)


有名な話だが、ガス室をシャワー室に偽装して、ユダヤ人を送り込んだ。

……ユダヤ人が収容所に到着したとき、殺害のために連れてきたことを悟らせないため、労働収容所あるいは通過収容所と思いこませ、そのまま「シャワー室」に偽装したガス室に入れた。(178頁)


シャワーを浴びるだけだと安心させるための偽装だった。

 ベウジェツ絶滅収容所でのユダヤ人を殺戮した人数は、1942年3月の開設から、同年12月のガス殺停止まで、ホロコースト研究者レニ・ヤヒルによれば約60万名にのぼったという。(179頁)



ソビブル絶滅収容所

ここでは、どのくらいのひとびとが殺戮されたのか?

 ガス室が稼動していた1942年5月から43年10月までの1年半のあいだに、ソビブル絶滅収容所では、レニ・ヤヒルによれば約25万名が殺害されたとしている。(182頁)


これだけのひとが淡々と殺害された。

 
トレブリンカ絶滅収容所

ここも有名な絶滅収容所である。

 開設された1942年7月から閉鎖される43年11月までのあいだ、……70万〜90万名のユダヤ人が大量殺戮され、トレブリンカ絶滅収容所は、ラインハルト作戦のなかで最もユダヤ人を殺害した絶滅収容所として歴史に刻まれることになった。(185−188頁)


ラインハルト作戦とは、「ユダヤ人問題の最終解決」=「絶滅作戦」のことである。

 
マイダネク絶滅収容所

ここでは、どのようにひとびとが殺害されたのだろうか?

 ポーランドの公式の記録によれば、マイダネク絶滅収容所では、累計で50万名が収容され、総計20万名が殺害されたとしている。そのうちユダヤ人犠牲者は12万5000名であった。全犠牲者の死因の6割は飢餓、病気、拷問、衰弱、あとの4割がガス殺や銃殺などであった。(195頁)


国家の名による大量殺戮である。

ヘウムノ絶滅収容所

ここではどのくらいのひとが殺されたのか?

終戦直後のポーランドの公式の調査では、ヘウムノ絶滅収容所で殺害された犠牲者の数は総計34万名にのぼった。(197頁)


どこの絶滅収容所でも膨大な数のひとびとが殺されていった。

 
アウシュヴィッツ絶滅収容所

強制収容所のなかでもっとも有名なのが、ここであろう。

アウシュヴィッツのユダヤ人犠牲者は何名だったのだろうか。

人数ははっきりしないらしいが、300万名とも約130万名とも言われている。(227頁参照)

ナチス・ドイツの蛮行は、戦後、国際軍事裁判の場で裁かれることになる。

ニュルンベルク裁判は、米英仏ソの連合国が、「ヨーロッパ枢軸国の主要戦争犯罪人追及および処罰に関する協定」(1945年8月8日)を結び、国際軍事裁判憲章を制定し、ナチ・ドイツの最重要人物と認定した22名に対して、国際軍事裁判所の管轄に属する犯罪(憲章6条)としてa項/平和に対する罪、b項/通例の戦争犯罪、c項/人道に対する罪を問うものだった。(236頁)


もっとも責任を問われるべきヒトラー、ヒムラー、ゲッベルスは自殺した。

結局、12名が絞首刑判決を受けた。(237頁参照)

しかしドイツはそれだけで戦後処理を終わらせなかった。

戦後ドイツは、自らの手で戦争犯罪を裁いていった。

1992年まで西ドイツの裁判所は、ナチ犯罪に関して10万名以上を起訴し、1万3000件以上が裁判にかけられ、6489件の有罪判決を下した。そのうち最高刑である終身刑は163件である。また1958年にすべての州の検察官が集まり組織されたルートヴィヒスブルクの「ナチ犯罪追及センター」は、4853件の立件を行っている。(241頁)


ナチスの犯罪追及は、現在もつづけられている。

ドイツの検察陣は、ナチスの過去と対決し、ナチ犯罪の証拠を固め、犠牲者の苦しみを忘却させず、正義を求めるという原則を維持している。(242頁)


それに比べて、日本はどうだろうか?

ドイツは10万人以上を起訴、6千件以上の有罪判決を下している。

日本は、「0件」(!)である。

従来、ドイツ国内の多くの人びとは、アウシュヴィッツに象徴されるユダヤ人の絶滅政策について知らなかったという見方が少なくなかった。だが、近年の世論報告の分析によって、東部地域の情報は一般住民のあいだにも伝わっていたと考えられている。そしてほとんどのドイツ人住民がユダヤ人の絶滅政策に対しては受動的な態度しかとらず、その多くが沈黙したのであった。
 こうした態度については、現在二つの解釈が提起されている。一つは、知ろうとしない、知りたくないという意味での無関心である。もう一つは、政策に対する同意、あるいはナチ体制との暗黙の合意である。もちろん、世論報告の分析だけで事実が明確になるわけではないが、いずれにせよ、ドイツ人のある程度は、気づいていたのである。(259頁)


そして、一般のドイツ国民による反省は今日もつづけられている。

首都ベルリンの中心地区……には、コンクリートの角石2711個の群から成る広大なホロコースト警鐘碑(正式名称は「虐殺されたヨーロッパ・ユダヤ人のための慰霊追悼碑」)広場が設けられている。その下には歴史ミュージアム……が設置……。(264頁)


このことと現在の日本を比較して絶望的な思いにかられるのはわたしだけではあるまい。

東京の中心に虐殺された中国人や朝鮮人を追悼する碑が建立される。

こんなことはほとんど想像もできない。

いまドイツでも、「ホロコースト」の歴史を否定する卑劣な連中がいる。

これについては後日あらためて記事を書く。

被害者に対して責任を果たしていくために、
歴史を風化させないために、
歴史を自分たちに都合よく勝手に書き換える連中を批判するために、
記憶を継承しなければならない。

最後に、「ホロコースト」という言葉について述べておきたい。

「ホロコースト」とはどのような意味の言葉なのだろうか?

 ホロ(holo-)はギリシア語で「全体」を意味するホロス(holos)、英語のwholeで、コースト(-caust)が「焼かれた」を意味するカウストス(kaustos)。したがってホロコーストとは「全体が焼かれた」つまり丸焼きにされたもの、あるいはその丸焼きにする行為のことなのです。(高橋哲哉『国家と犠牲』NHKブックス、22頁)


しかし、単なる「丸焼き」のことではない。

ホロコーストといえば、私たちはただちにナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺(ショアー)を連想しますが、もともとこれは新約聖書のなかでユダヤ教の「犠牲」、つまり子羊などを殺して神に捧げる行為(およびここで捧げられる動物)にあてられていた言葉でした。(同書、22頁)


つまり、宗教的な(キリスト教的な)犠牲の意味を持った言葉なのである。

ということは、ユダヤ人大量殺戮を「ホロコースト」と呼ぶことは問題なのではないか?

実際、イタリアの著名な思想家ジョルジョ・アガンベンは、
「ホロコースト」という言葉を使用することについて厳しく批判している。

「ホロコースト」という不適切な言葉は、理由のない(sine causa)死を正当化しようとし、意味をもちえないように見えるものに意味をほどこそうとする、この無意識の欲求から生まれている。(ジョルジョ・アガンベン『アウシュヴィッツの残りもの』月曜社、32頁)


だから「ホロコースト」という語は使うべきではない、という。

この語は、火葬場の炉と祭壇を同一視するという受け入れがたいことを前提としているだけでなく、反ユダヤ主義的な色合いをはじめから担っている意味の遺産を相続している。……この語をあいからわず使う者は無知か無神経さ(あるいはその両方)を露呈しているのである。(同書、37−38頁)


アガンベンの批判はもっともだと思う。

そのこともあって、わたしはこの語を使用する際、必ず「 」をつけていた。

ところが、著者の芝健介は「ホロコースト」という語をそのまま使用している。

これはとても問題だと思う。








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