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zoom RSS 道場親信『占領と平和』(青土社)A

<<   作成日時 : 2009/05/30 15:13   >>

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本書の後半は、戦後の反戦運動の歴史である。

戦後の反戦運動をまとめた本は、ありそうで、なかった(気がする)。

その意味でも、大変に貴重な研究書だと言える。

世の中には、何も知らないくせに、
「全学連はモノを壊すだけのテロリスト」などという無知なひとがいるので、
こういう本を読んでちゃんと勉強していただきたい。

ただし、この本では、党派よりも市民運動の歴史が中心に書かれている。

敗戦後、日本は平和憲法を手にした。

しかし、政治家どもの大半は戦前の価値観をそのまま継承した連中だった。

東久邇稔彦首相はアメリカ人記者に対して「米国民よ、どうか真珠湾を忘れて下さらないか。われわれ日本人も原子爆弾による惨害を忘れよう」という破廉恥な書簡を寄せた。(268頁)


このひとは、皇族出身で、国民に対して「一億層懺悔」を唱えた御仁である。

だから、市民による反戦運動は、戦後の新しい日本政府「とともに」歩んだのではない。

反戦運動は、日本政府と米軍「に対して」行なわれたのである。

この本では、戦後の反戦運動の歴史が詳しく書かれているが、
ひとつずつ紹介していくと大変なボリュームになるので、
そのうちにいくつかを紹介するにとどめたい。

1955年、米軍立川基地の滑走路延長が計画された。

これに対して、立ち退き要求をされた東京都下砂川町(現立川市)の住民が立ち上がった。

有名な「砂川闘争」である。

非暴力で抵抗した住民に対して、警官隊は警棒で市民をめった打ちにしたという。

殴る蹴るの露骨な暴力が、住民・市民にふるわれた。

まったくの非暴力で対した反対同盟、労組員、全学連に対し、このような暴力を振るったことが、1人の警察官を自殺に追いやった。遺書には、「砂川問題から私の人生観は変りました。このような手段をとったことを深くおわびします」とあったという。また、この「衝突」をフェンスの内側で見ていた「アメリカ兵」の1人、デニス・バンクスは、無抵抗の市民や僧侶が血にまみれているのを見て、自分は一体ここで何をやっているのか、と思ったという。彼はのちにアメリカで先住民運動のリーダーとなる。(336頁)


警察官は一体誰の味方なのか考えさせられるが、
当時はそれでもまだ暴力行為に良心の呵責を感じた警官も存在していた。

いまは、そんなひとはひとりもいないのではないか?

次に、おととい報道されていたニュースにも関わることについて。

日本では、よくこう言われる。

「日本は、世界唯一の被爆国である」と。

じつはこれも「神話」である。

日本は「唯一の被爆国」ではない。

また、北朝鮮の核実験をキッカケに、日本国内で核保有論議が高まっている。

日本も核兵器を保有せよと主張するひとたちは、
北朝鮮が核実験を行なう以前からそういうことを言っていたので、
じつは「北朝鮮の脅威」は都合よく使われている口実にすぎないのだが、
彼らの求める核保有の根拠は、「日本の防衛」である。

しかし、強力な兵器を持てば国を守ることができる、というのも「神話」である。

 ふり返って見れば、核保有国は、自国及び自国植民地に原水爆を投下していたのであり、そこで生まれた「ヒバクシャ」は、自国または宗主国政府による「核攻撃」を受けていたということができる。これは「内戦」というべきか、「国家テロリズム」と呼ぶべきか、と考えざるを得ない。「反戦」を徹底するならば、そのような国家による「大量破壊兵器」所有そのものを問題にしていくべきであったはずである。(437頁)


被爆するのは「自国民」なのである。

これが歴史からわたしたちの学ぶべきことである。

もし日本が核兵器を保有したとしたら、
まあ、そういうことは今のところはできるはずもないのだが、
そういうことを主張する連中が現にいて調子にのって発言しているのだから、
彼らは核兵器の保有と同時に核実験も行ないたいと考えているはずであろう。

では、どこでそれを行なうつもりなのか?

もうお分かりだろう。

ということは、核保有を主張する連中こそ「テロリスト」だ、ということになる。

「国家テロ」をもくろむ「テロリスト」だ。

このテロリストたちの歴史観は、きわめてご都合主義的なものである。

筆者はそれをこう呼んでいる。

……戦争責任からは「断絶」し、ナショナリズムに支えられた「国民」的共同性は「連続」させるという、ご都合主義的な歴史観……。(573頁)


こうした粗暴な連中が増殖している日本ではあるが、
市民による反戦運動は着実にその成果を重ねていった。

その歴史に学び、これを継承していかなければならない。

現在の反戦運動のあり方に大きな影響を与えたのは、「ベ平連」である。

「ベ平連」とは「ベトナムに平和を! 市民連合」の略称だ。

この運動はとてもユニークな原則を打ち立てていた。

 ベ平連のスローガンは3つ、「ベトナムに平和を!」「ベトナムはベトナム人の手に!」「日本政府はベトナム戦争に協力するな!」であった。その集団原理について言えば、小田実が述べる如く、「本部」―「支部」関係をもたず、そう名乗れば誰でも「ベ平連」であり、「ベ平連」を名乗る集団は規模にかかわらず対等であり、「会員」制度はなく、固定した組織もないため、「情報交換、経験交流の場は『ベ平連』のデモ以外にどこにもない」。そして言いだした人間がする、人のやることにとやかく文句を言わない、好きなことは何でもやれ、という「三原則」が行動原理であった。……ベ平連は自らのことをしばしば「組織」ではなく「運動」である、と主張した……。(444頁)


こうした反戦運動のほかに、筆者が注目するのは、
民衆の側から戦争犯罪を裁く試みもはじまっているという事実である。

いわゆる「民衆法廷」と呼ばれるものだ。

ベトナム戦争時に行なわれた「ラッセル法廷」が有名だが、
それ以外にも民衆法廷は実績を積み重ねている。

たとえば、湾岸戦争のときだ。

こうした「多国籍軍」の行為に対し、アメリカの元司法長官、ラムゼイ・クラークは、ブッシュ(父)米大統領を被告とする国際戦犯法廷を開催した。これはベトナム戦争時の「ラッセル法廷」に倣ったもので、戦争犯罪に対する民間法廷の試みであるといえる。ここでは多岐にわたる「罪」が問われており、イラクを挑発した「罪」、和平努力排除の「罪」、イラク破壊の「罪」、非戦闘員攻撃の「罪」、無差別爆撃の「罪」、無防備兵士殺害の「罪」、禁止兵器使用の「罪」、核関連施設攻撃の「罪」、パナマ侵攻の「罪」、国連機能腐敗化の「罪」……など、19にわたる「罪」が告発されている。(586−587頁)


ほかにもまだある。

1990年代前半の「アジア民衆法廷」

2000年代初めの「女性国際戦犯法廷」

「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」

「イラク国際戦犯民衆法廷」など。(496頁)

市民の側から国家の暴力を裁く、という偉大な試みだ。

日本国内では、また別の新しい動きも見られる。

また、政府が打ち出した湾岸戦争支援の資金拠出40億円と追加支出90億円の計130億円に関し、その違法性を争う市民平和訴訟や良心的軍事費拒否の会による還付請求も提起されている。(583頁)


これを「良心的軍事費納税拒否」と呼ぶ。

こうした多様な運動を通じて、市民による反戦運動は成長しつづけている。

市民の政治活動は、何も選挙における投票行動だけでない。

反戦運動は、街頭で、法廷で、市民生活の場で、展開されていくものなのである。











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