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zoom RSS 森岡正博『33個めの石』(春秋社)C

<<   作成日時 : 2009/05/11 16:52   >>

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というわけで、おなじみのナショナリズムである。

筆者は、ある日本の映画を取り上げる。

想田和弘の映画『選挙』の短縮版が、BBCやNHKをはじめとする、世界のテレビ局で放映された。これは、小泉改革のまっただなかに行なわれた、川崎市議会選挙に出馬する落下傘候補の選挙活動を、密着取材したドキュメンタリーだ。白手袋、握手、選挙カーからの連呼、地元自治会の会合、朝礼への参加、などなど、絵に描いたようなドブ板選挙の表裏を切り取っている。(98頁)


以前NHKで「民主主義」をテーマにした各国製作のドキュメンタリーが放映された。

アメリカ、デンマーク、中国、パキスタン、インドなど。

そのなかに日本の作品も含まれていた。

それがこの『選挙』だった。

わたしもこれを観たが、まあそれはそれは典型的な日本的選挙の姿であった。

これを観ると、日本にはおよそ民主主義というものがほとんど存在していない、
ということがまざまざと見えるのである。

小泉フィーバーに乗ってこの落下傘候補者は当選するのだが、
当選直後に行なわれた関係者全員による「万歳三唱」シーンに筆者はこだわる。

この、全員がするのが当然だろうというふうにしてはじまる、まったく拒否権がないかのような万歳三唱は、日本文化として世界に誇れるものなのだろうか。(99頁)


皇居で見られる「天皇陛下バンザーイ」。

北朝鮮で見られる「金正日将軍マンセー」。

瓜二つの光景。

多くの人はきっと、「みんながしているんだから、肩肘張らずに一緒にすればいいじゃないか」と言うだろう。そしてそれを拒めば、「そんなに日本がいやなら、とっとと出て行けばいいじゃないか」と脅されるだろう。私はいままで何度もこういう目にあってきた。日本のもっとも嫌いな一面である。(99頁)


「みんな一緒主義」。

空気を読むことを強要する同調圧力。

民主主義の欠落。

全体主義。

君が代斉唱のときに見られる異様な光景。

著者は、君が代斉唱のときに起立しない、という。

私がそのような頑なな態度を取っているのは、やはり「君が代」の歌詞が天皇を崇敬するものであって、人民を称えるものではないからだ。そして、かつて天皇陛下の赤子という名のもとに、我らが祖先を大陸侵略へと先導していったそのイデオロギーを、私はけっして肯定できないからである。(112頁)


これは、ごくごく真っ当な考え方である。

しかし、日本ではこのごく真っ当な考え方が異端と見なされる。

起立しない人間を見たときに、人々がどのようなことを思うのか、だいたい想像できる。「みんな立っているのに、どうしてこの人はみんなと同じことができないのだろう?」「国歌斉唱のときに起立するのは、日本人として当然のことなのに、なぜこの人はそれに従わないのだろう?」「国歌斉唱のときに座り続けるとは、なんてふてぶてしい奴だ」。(113頁)


著者は、以前、ある文章をホームページ上に発表したという。

タイトルは「国歌斉唱のときに座り続けること」。

すると、こんなメールが著者のもとに届いたという。

「実に下らない文章であった。本当に、国から給料を貰う“教授?”か? ……余りに臆病でかつロジカルでない。あなたのような卑怯者で売国奴は、中国、韓国の国旗でも飾っておけば良い」。(116−117頁)


ああ、じつに下らないメールである。

じつに下らないのだが、こういう連中が「うじ虫」のようにうじゃうじゃいる。

卑劣なヤツである。

彼らはこれで罰せられることもないし、傷つけられることもない。

「ごめんなさい」と謝罪することもない。

こういう連中は歴史を知らないから、
「天皇とその国家こそが最大の『売国奴』」であることも知らない。

言いたい放題である。

「国家権力に従順なひとたち」。

狂信的な全体主義者。

きっと全国に、こうした破廉恥で薄汚い罵声にじっと耐えているひとがいるのだろう。

「みんな一緒主義」。

「君主崇拝」。

日本における民主主義の実現は、まだまだ道のりが長い。








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