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zoom RSS ねじめ正一『落合博満・変人の研究』(新潮社)

<<   作成日時 : 2009/04/27 05:51   >>

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たまにはこういう本も紹介してみたい。

プロ野球のことにあまり興味がないひとにも知っていただきたいからだ。

何を隠そう、わたしは落合博満というひとが、
「好き」を通り越して「大好き」なのである。

すでに何度かこのブログで告白してきたとは思うのだが。

しかし、世間は落合博満のことを嫌う。

彼は世間が求める空気に同調しないからだ。

世間の凡庸なひとびとには理解されないのが、この落合博満である。

三冠王(打率王・ホームラン王・打点王)を3度もとっている。

これは、日本のプロ野球の歴史のなかでも落合ただひとりだけだ。

日本プロ野球史上初の1億円プレーヤー。

選手として優れていただけではない。

彼は現在、中日ドラゴンズの監督を務めているが、
2007年にはドラゴンズを53年ぶりの日本一に導いた。

選手として超一流であり、監督としても超一流なのだ。

落合博満。

1953年12月9日秋田県に生まれる。

なにしろ落合というひとは、変わっている。

これほどの輝かしい実績を残している偉大な選手なのに、
もともとプロ野球になるつもりはなく、
なんとプロボウラー(ボウリングのプロ選手)になるつもりだったという話は有名だ。

独特の練習方法にこだわり、
修正を迫るコーチ陣や野球評論家とも衝突した。

そして、プロ野球選手なら誰でも憧れるはずの「名球会」入りも拒否した。

権威におもねらないひと。

「孤高の天才」。

「オレ流」。

詩人ねじめ正一も、落合博満というひとに惚れ込んだ。

うん、ねじめ正一も「分かるひと」だ。

そこで、著者が落合についてエッセイを書き、
さらには落合博満のことをこよなく愛するひとびとにインタビューを行なった。

ただし、落合博満ご本人にはなぜかインタビューを行なっていない。

はじめに、ねじめは、江夏豊を訪ねる。

江夏豊は、オールスター戦で9人連続三振をとった伝説の投手だ。

江夏はこう述べている。

今では笑い話ですけど、落合が三冠王とれたのは、僕のおかげなんですよ。昭和56年、日本ハムとロッテのプレーオフが終わった後、一緒に麻雀やったのがきっかけなんです。落合が一生懸命リーチしてきて、僕が「ここを待っているだろう」と待ちを全部当てたら、「なんで江夏さん、わかるの」と言う。「わかるよ。麻雀と野球は同じで、一球一球追っかけたら楽に読める。ピッチャーにとって一番嫌なのは、ある一球をずっと待たれることや。図太く待つことのが、いいバッターなんだよ」と言ったら、落合はじっと考え込んでいました。あの顔つきは、忘れられません。(33頁)


こういう話は聞いていてとても楽しい。

麻雀という遊びのなかにも野球のヒントが隠されていたのだ。

これをキッカケにして、落合は変化したという。

秋田の県営球場やったかな。たしか4月の終わりか5月。試合はハムがリードしていて、8回の裏やったかな、ノーアウト満塁で自分が出ていって、リー兄弟の3番、4番に、5番の落合を三者三振に打ち取ったんです。その場は拍手喝さいでしたが、でも、投げている僕はもう冷や汗流していました。落合という人間の変わりように驚いたんです。
 その時の配球は、いまだに忘れられないですよ。1球目カーブ、ど真ん中。平然と待っていました。2球目カーブ、これも見送った。3球目、キャッチャーの大宮(龍男)はいろんなボールを要求しましたけど、全部、首振ってもう一つカーブ放った。つまり、カーブ、カーブ、カーブです。それも落合は見送って、三球三振。それで平然と帰ったんです。(35頁)


江夏は三球三振をとって勝負に勝ったのに、
落合の三振の仕方に驚いたという。

その江夏の目もすごい。

落合という男は、わずか数カ月で大きく変われるぐらいすごいんです。(35頁)


そうだ、落合はすごいのだ。

野球協約上は、アメリカの外資系が日本の球団を持てないけれども、制約がなくなれば外資系が入ってくるでしょう。そういう時代になれば、落合は引っ張りだこになるでしょう。結果を出す男だから。(49頁)


次に、ねじめは、芸術家の赤瀬川原平を訪ねる。

「ぼくは乾物屋の息子じゃないですか」と話し始めたねじめに、
「え? カンボジアに行った?」と聞き違いをする赤瀬川原平に、
わたしは思わず大笑いしてしまった。

実は、落合は日比谷公園で、ポケットに5円しかなかったりして、何度も野宿した経験がある人なんです。(56頁)


なに?

落合は、野宿経験者だったのか?

それはすごい。

世間のひとたちは、公園で野宿するひとのことを、
快く思っていないものである。

当時、日比谷公園の野宿者のなかに、未来の三冠王がいたのである。

実際、落合自身による次のような証言がある。

毎日あっちをウロウロ、こっちをウロウロ。犬を引っ張った西郷さんの銅像をながめながら上野公園で寝たこともあるし、日比谷公園に一泊させてもらったこともある。
 暑い夏の日だったが、後楽園でちょうど都市対抗をやっていた。外野席で朝から一日中見ていて、全ゲームが終わったとき、ヒョッとポケットの中を調べたら、5円しかない。
(185頁)


世間のひとたちは、派遣切りされた労働者のことを嘲笑った。

日比谷公園の派遣村に集まった派遣労働者たちを見て冷笑した。

彼らの所持金がほんの少ししかなかったのを見て、
どうしてそれまでお金を貯めておかなかったのかと
「自己責任論」を臆面もなく披露していた。

しかし、落合というひとはきっとそんなことは言わなかったはずだ。

彼自身が同じような経験をしていたのである。

次に、ねじめは、野球評論家の豊田泰光を訪ねる。

豊田は、落合のことをあまり好きではなさそうなのだが、
それでも落合のことを認めざるをえないという感じで答えていたのが印象的。

次に、ねじめは、女優の富士眞奈美と漫画家の高橋春男を訪ねる。

富士眞奈美は落合一家と家族ぐるみの付き合いだそうだ。

高校時代、年百本ぐらい見ていて、『マイ・フェア・レディ』なんかもう、英語の歌詞をぜんぶ覚えていたらしい。(109頁)


これも落合のユニークな一面である。

 優勝のビールかけに奥さんが出てきたのは球史で初めてでしょう。
 たしかに、息子の福嗣君とキスをしていたのも変でしょう。
 ……
 バスに乗り込む時でも、ぎりぎりまで夫婦2人手をつないで、なかなか離れない。(122頁)


落合というひとは、相当に変わっている。

世間の常識からは外れている。

ほかにも楽しい話が掲載されているのだが、
興味のある方は読んでみていただきたい。

最後に、落合博満の別の一面を紹介しておこう。

彼は、暴力が大嫌いなのである。

いきなりレギュラーだったから、そりゃもう、風当たりなんか人一倍強かった。上級生には毎日ぶん殴られた。
 だいたい、オレが練習に行かなくなった一因もそこにあるんだ。野球部の封建的な体質がたまらなかった。だって、たかが1、2年早く生まれただけで、なんでそいつらにぶん殴られなきゃいけないの。
 ケンカやらせてくれれば、絶対負けっこないと思っていたからね。やってやればよかったなあ。
 バカだよ。昔の軍隊じゃあるまいし、自分がされてイヤなものは、他人だってイヤに決まってる。そんなこと、まるっきりわかっちゃいないんだ。
(132頁)


だから落合は、選手を殴らない。

星野仙一とはそこがちがう。

落合は選手を殴らない。

殴らなくても強いチームを作る「実力」があるからだ。

問題を選手のせいにはしないからだ。

落合博満の逸話は、それこそたくさんある。

それらを知れば知るほど、彼のことをますます「大好き」になってしまうのである。





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