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zoom RSS 『A』『A2』★★★☆☆

<<   作成日時 : 2009/04/26 04:56   >>

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オウム真理教の内部に入って信者たちに密着したドキュメンタリー作品。

本当なら、ジャーナリストがこういう仕事をしなければいけないと思う。

さて、『A』『A2』を映画としてどれくらい評価できるか?

むずかしいところだが、率直に言って、あまり評価できない。

テレビのドキュメンタリー番組のようだからだ。

フィルム撮影ではないことも大きい。

ただし、この作品を放映できるほどのジャーナリズム精神をもった
テレビ局はいまの日本にはひとつも存在しないだろう。

そのうえであえて言うと、
このふたつの作品は絶対に観る価値はある。

ものすごくおもしろい。


『A』

カメラは荒木広報副部長に密着する。

ところが、この荒木というひとには人間的な魅力が欠けている。

ドキュメンタリーの素材としての魅力が欠けている。

ただし、映画の内容は滅法おもしろい。

衝撃を受けるひとも多いと思う。

必見だ。

いかに警察がひどいかということが、よく分かる。

ワイドショーの記者(?)たちの「みにくさ」も、よく分かる。

「オウムは悪魔の集団」だと思っているひとには、
この作品は十分に衝撃的だろう。

信者たちの言動に矛盾を探して指摘してみせることは、
いくらでもできる。

麻原彰晃がいかにくだらない人物だったかを指摘するのもたやすい。

だが、そういうありがちな見方は大事なことを見落とす。

なぜ信者たちはオウムに入信したのか、という問題である。


『A2』

各地で「オウムは出て行け」という住民による反対運動が起こった。

オウム信者の住居の周りには、住民による監視小屋が設置された。

『A2』では、オウムと地域住民との対立が映画の中心になる。

信者に向かって、地域住民のひとりの女性が言う。

「社会でもっとまともな仕事につきなさい」

「まともって何ですか?」

「ひとの上に立って、ちゃんと仕事をするのよ!」

記憶で書いているので引用は不正確だと思うが、
だいたいこのようなやりとりがあったように思われる。

信者に説教をする女性の言葉が、「ひとの上に立て」であった。

この程度の言葉しか地域住民は持っていなかった。

そんな俗世間の価値観を何とも思っていない信者たちにとっては、
まったく効果のない「説得」だった。

かえってそこで、世間の思想と価値観の貧しさが浮き彫りになる。

どこの地域でも、「オウムは出て行け」。

ところが、やがて変化があらわれる。

この『A2』でものすごくおもしろいのは、
監視小屋の市民が信者たちと交流を持つうちに、
徐々に親しい関係になっていくというところである。

メディアは決して報道しなかった信者と市民の姿である。

そして、信者が退去するときには、別れの挨拶をして、
「さみしくなるなあ」と漏らす住民さえ出てくるのである。

映画としては評価しにくいが、滅法おもしろいので超おすすめ。

『A』(監督森達也/1998年日本)

『A2』(監督森達也/2001年日本)






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