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zoom RSS 円地文子『食卓のない家』OD版、全2冊(新潮社)

<<   作成日時 : 2009/03/08 04:37   >>

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主人公・鬼童子信之は、有名電気メーカーの研究所に勤める部長だ。

しかし、彼を取り巻く状況は普通ではなかった。

彼のまじめな息子が左翼過激派のグループに所属し、
八ヶ岳山中で仲間を殺害し、
山荘の夫婦を人質に立てこもったのだが、
警官隊に包囲され、やがて息子は逮捕されたのである。

以来、彼の家には世間からの厳しい非難が押し寄せてきた。

毎日のように、自宅や職場に脅迫電話や手紙が届いた。

 どんな状況でも世論は残虐行為に対しては、用捨しない自衛本能を発揮せねばいられない。冷静に状況判断をするなどは、時が過ぎてからのことである。……極限状態に追いつめられた同志間の疑心暗鬼が生んだリンチ行為の残虐さが、世人の心を憤りに燃え立たせた。罪九族に及ぶ的な犯人を家族の中に包み込んでしまう倫理観がこういう場合知らず知らず翼を得たように羽ばたくのも日本人の本能なのであろう。(41−42頁)


犯人の家族のなかには自殺したものもあった。

死んで世間にお詫びしなければならない空気と圧力があったからだ。

多くの親たちは、職を捨てた。

そのままの生活をつづけることを世間が許さなかったからだ。

しかし、鬼童子信之は、世間に対する謝罪を一切拒否した。

いくら息子のしでかした犯罪だとはいえ、
息子は成人であり、その責任はすべて当人が負うべきだと考えたからだ。

信之は世間に対して一切の謝罪を拒んだばかりか、
息子に対しても面会を拒み、差し入れも拒み、縁を断ち切った。

そんな信之に、世間の風当たりは強かった。

だが、日本人の常識は、彼を許さなかった。

世間は彼を非情な冷血漢と嘲り、罵った。

普段どおりの仕事をつづけていた信之に、非難の陰口が繰り返された。

「いい度胸だね。おれにはとてもあんな真似は出来ない」

「つまり図々しいんだよ。息子の行為に責任を感じないなんて、親として人並みじゃないよ。あんな親父だから、息子が飛んでもないことをやらかすんだ」

「……今度のようなのはまるで無茶だよ。社会というより国民全体に対する反逆じゃないか。昔だったら磔(はりつけ)ものだよ。親だって間違いなく切腹だね。取り敢えず閉門謹慎というところなのに、あの部長はしゃあしゃあして、相変わらず現場に来て、文句をいっている……誰かあんたの息子さんはどうですとでも言ってやりゃいいと思うのに、皆おとなしいもんだね」(43頁)


こうした日本の風潮は、ほんとうは異常なことである。
でも、日本人はその異常さに誰も気づかないのである。

世間に圧力にひれ伏すことのない主人公の「自律した個」を、
風変わりな性格と見るのは読み方として誤りである。

彼が守り抜こうとしたのは、「法」なのである。

近代国家の基本原理である「法」なのである。

「罪」はそれを犯した本人が背負うものであり、
本人が自分の犯した行為の責任を背負うべきものである。

ところが、日本人の「人情」がそれを許さない。

世間は、犯人だけでなく、家族にまで徹底的なバッシングを加えていくのだ。

「法」を守り抜こうとした信之の家庭は、世間によって徹底的に非難された。

そして彼の家庭は崩壊させられていった。

「食卓のない家」。

恥知らずな「良識ある日本人」の姿が浮き彫りになる。

この小説のテーマは、だから、「法と人情」である。

必読である。

読めばすぐに分かるが、小説の元ネタは浅間山荘事件である。

円地文子という作家が、こんなに骨のあるひとだとは思ってもみなかった。

本書は文庫版などでは入手できないようで、
「OD版」(オン・ディマンド版)でわたしは読んだ。

「OD版」だと表紙の紙が薄いのだが、もうちょっと厚紙にならないものか。





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