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zoom RSS デイビッド・ポトーティとピースフル・トゥモロウズ『われらの悲しみを平和への一歩に』(岩波書店)

<<   作成日時 : 2009/01/15 19:18   >>

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2001年9月11日、アメリカで同時多発テロ事件が発生した。

アメリカ全土が悲しみにくれた。

その後、アメリカは怒りの感情で覆われた。

報復を叫ぶ声で覆われた。

「怒りがあることは知っています。わたしも感じています。しかしわたしは、自分の息子が、他人を殺すことを正当化するための駒として利用されることは望みません。わたしはわれわれの政府に、安全確保の名のもとにわたしたちの自由を取り上げることの白紙委任状をわたしたくはありません」。(16頁)


遺族のひとりは『ニューヨーク・デイリー・ニューズ』紙のインタビューでこう答えた。

当時、報復を正当化するひとたちばかりだったのではない。

戦争に反対するひとたちがいたのである。

それが「ピースフル・トゥモロウズ」を結成した9・11の遺族たちだった。

親愛なるブッシュ大統領殿
 わたしたちの息子は、火曜日の世界貿易センターへの攻撃による犠牲者の一人です。わたしたちは、ここ数日間のあなたの反応とテロ攻撃に対してあなたに無規定の権限を付与しようとする上下両院の決議について読みました。
 この攻撃に対するあなたの反応は、息子の死については、わたしたちに不快感を与えました。わたしたちに悪感情を与えたのです。つまり、わが政府は息子の思い出を、他の国の息子たちと親たちに苦しみを与えることの正当化の口実として用いているように感じるのです。今までにあなたのような無限の権力を与えられた立場にある人で、後にそのことを後悔した人もいます。
 今や空虚なジェスチャーでわたしたちを喜ばせるべき時ではありません。今やいじめっ子のような振る舞いをすべき時ではありません。わたしたちはあなたに、どうしたらわが政府がテロリズムに対して、平和的な、理性的な解決を展開できるかを考えてほしいのです。それはわたしたちをテロリストの非人間的なレベルにまで落ち込ませない解決策です。
                                        敬具
                         フィリスとオーランド・ロドリゲス(17頁)


『ニューヨーク・タイムズ』に投書したひともいた。

編集長殿
 弟のエイブ・ゼルマノウィッツは、最初の飛行機が世界貿易センターに衝突したとき、その27階にいました。彼はそのビルから脱出することもできたのですが、そうしないで、脱出できなかった彼の四肢麻痺の友人と共に留まる道を選びました。ブッシュ大統領はナショナル・カテドラルでの演説で、彼の勇気について語りました。
 どうか弟とわたし自身の名において、かくも深く傷ついたわたしたちとこの国が、取り返しのつかないような力を解き放つことがないように祈ります。
                                   リタ・ラサール
                         ニューヨーク、2001年9月17日(20頁)


当初、個別に発言していた遺族たちは、「合同声明」を発表した。


9・11家族会合同声明         2001年12月2日
 わたしたちは、戦争に代わる選択肢を考え、探求し、実行すべきであると要求する権利を主張します。

 わたしたちは、アフガニスタンにおいてなされている暴力が、わたしたちの名においてなされるべきでないと要求する権利を主張します。

 わたしたちは、9月11日の恐るべき犯罪の実行者たちが、公開の法廷において、白昼の完全なる光の下で、わたしたちが享受している諸権利を容認されつつ、裁かれるべきであると要求する権利を主張します。

 わたしたちは、わたしたちの深く個人的で家族的な悲観への応答としての復讐を拒絶する権利を主張します。

 わたしたちは、アフガニスタンおよびその他の国の罪なき家族が、わたしたちが自らの家族において味わっている痛みと悲しみを味わうことから免れるべきであると要求する権利を主張します。

 わたしたちは、全世界におけるテロリズムと悲劇の罪なき犠牲者たちと、非愛国者とか非アメリカ人とかのレッテルを貼られることなく、共通の絆で結ばれていると表明する権利を主張します。

 誇り高いアメリカ人としてわたしたちは、言論の自由を保障する憲法的権利を行使したために、監視され、検閲され、罰せられるべきでないと表明する権利を主張します。

わたしたちは、この戦争がアメリカ国民の管理や同意なしに、次から次へと無限に拡大するのを防ぐ権利を主張します。

 わたしたちは、この8日間にわたる『癒しと平和のための行進』を終えた結果、わたしたちだけがこれらの主張をしているのではないことが分かったことを、声高にかつ明確に公表いたします。

 そしてわたしたちは、他の9・11犠牲者家族のメンバーがわたしたちと接触することを歓迎します。(47−48頁)


こうして結成されたのが、「ピースフル・トゥモロウズ」である。

彼らの活動が画期的だったのは、「反戦と平和」を独自の方法で実践したところにある。

テロの遺族が平和を訴えることはあるだろう。

政府の武力行使を厳しく批判することもあるだろう。

しかし彼らの画期的な点は、次の点にある。

なんと遺族自らアフガニスタンに赴いたのである。

これは無比の物語なのだ。すなわち、伝統的な知恵とあるいは常識に反して、家族が米国の地で行われた最悪のテロリズムによって引き裂かれたのに、そのテロリストの裏庭とされている国に到着したのである。その彼ら自身が、まったく同じ立場の人々、つまり十字砲火の下で家族を失った市民たちと、食事を共にするためにやってきたのである。(63頁)


そして、彼らは、
米軍による「テロ」の被害者であるアフガニスタンのひとびとと抱き合って泣いた。

「それらの家族全員について言える驚くべきことは、彼らがあんなにもわたしたちに同情を寄せてくれたことです」と、キャンベルは言った。「わたしはクレイグとわたしたち家族の写真を取り出しました。すると何人かが戻って行って、シワシワになった彼らの子どもや、失われた家族の写真を持ってきました。こうしてわたしたちは一緒に泣きました。」(67頁)


アフガニスタンのひとびとは、「9・11」とは何の関係もないひとたちだ。

それなのに、アメリカ政府によって「報復攻撃」を受けた。
かけがえのない家族を何人も殺された。

アフガニスタンのひとびとも、「テロ」の犠牲者だった。

わたしたちが出会ったアフガンの人々は、わたしたち9月11日の犠牲者家族に、「あなたがたの喪失を悲しんでいます。あなたがたの痛みは、わたしたちの痛みです」と、告げてくれた。この人々の多くは、米軍の軍事行動によって家が破壊され、家族が殺されて、すでに苦しんでいた。その彼らがアメリカ人に同情できるなどとは、まったく信じられないことだった。わたしたちがこの相互の共感の上に関係を築いていくことが、どんなに大事なことか。また、わたしたちが共に泣き、お互いの心にある痛みを抱きしめ合い、この地球大の苦しみを同じ人間家族として癒す道を見出すことが、どんなに本質的なことか。(130−131頁)


この話を読んで、
北朝鮮による拉致被害者の家族のことを連想するのはわたしだけだろうか?

拉致被害者家族が北朝鮮に渡って、
同じ被害者である北朝鮮のひとびとと抱き合って泣く……。

今の日本ではとても考えられないことだろう。

哲学者の高橋哲哉も、どこかで同じようなことを述べていた。

ピースフル・トゥモロウズのひとたちは、イラクにも行った。

ピースフル・トゥモロウズの代表団は、また2002年12月の米軍の爆撃でバスラの町で殺されたイラク人、ジャミル・フェダの家族を訪ねた。この一家の女性たちは、伝統的な長い黒色のローブと頭の被り物であるアバヤとヒジャブを身にまとっていた。そしてわたしたちは、イスラム教の伝統では、喪中の女性たちは家庭の外では4か月間、男性と接触してはならないということを教わった。そこでわたしたち代表団の内女性だけが「喪の部屋」に入ることが許され、わたしたちの政府警備員を含む男性たちは中に入れなかった。
 それはわたしたちが警備員なしにイラクの人たちと一緒にいることができた、最初で唯一の時だった。わたしたちは共に歌い、泣き、互いの愛する故人たちの物語を語り合った。そこには民族性とか、文化とか、宗教の垣根を越えた明白な人間同士のつながりがあった。(119頁)


ここには、国家による戦争の論理に絡めとられることなく、
国家による暴力を乗り越えようとする市民の可能性を見ることができる。

2001年の10月7日にアフガニスタンに爆弾が投下され始めたとき、これがわが国がテロリストの行為に応えて選んだ道であることを考えて、わたしは深く悲しんだ。皮肉なことにそれは弟の誕生日であった。たしかに、これは彼の死に対する当然の処置だと主張している者もいる。しかしそれは、暴力に暴力をもって返すことが永続的な解決にはならないと思っているわたしの主張ではない。たとえ、9月11日の恐怖に対してでもである。戦争は、わたしたちの失った家族の命を擁護するものではない。(142頁)


報復は、何の解決にもならない。

むしろアメリカによる「報復」は、新たなテロの口実を生みだすことにつながる。

もし「9・11」の「報復」としてアフガニスタンへの武力行使が許されるのなら、
アフガニスタンのひとびとにもアメリカに対する「報復」が許されなければなるまい。

アフガンの人々はもてなしの深さで知られている。どこへ行ってもわたしたちは、最高の尊敬ともてなしで歓迎された。わたしたちが、米軍の爆撃によって影響を受けた人々の家、あるいはその残骸を訪問した時でさえ、彼らは同じような礼儀で迎えてくれた、また十分に差し出すものがない時でさえ、わたしたちはお茶を、そしてたいていの場合に軽食を提供された。それは常に敵意を超えたもてなしであった。(144頁)


世界一の軍事力を誇るアメリカでさえ、テロを阻止することはできなかったのだ。

ここで、冷静に考えてみたい。

アフガニスタンやイラクの市民を殺戮することをあられもなく叫ぶひとびと。

武装集団であれ国家であれ、「テロ」に等しく反対するひとびと。

いったいどちらがまともな人間的な知性と感性を持ち合わせたひとびとなのか。

「敵国」と見なしたら、その国に対するあらゆる攻撃を正当化するひとびと。

国家による暴力を等しく批判しようとするひとびと。

いったいどちらが真っ当な人間なのであろうか。

つづく





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蓮池透・太田昌国『拉致対論』(太田出版)B
拉致問題を解決するのは、ナショナリズムとは別の方角にある。 ...続きを見る
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