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zoom RSS 家永三郎『戦争責任』(岩波書店)A

<<   作成日時 : 2009/01/28 21:27   >>

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国民の生命・財産を守るのが軍隊だ、と多くのひとは信じ込んでいる。

おめでたいひとたちである。

歴史をきちんと学べば、そうではないことが分かるはずなのだが。

どうしたらそんな「おめでたい」人間になれるのだろうか?

何を食べていたらそんな「おめでたさ」を身につけることができるのだろうか?

アメリカ軍が日本近海に進撃してきて、日本人の居住している地域に上陸してくる段階に入ると、一般日本国民は、はじめて空襲のほかに地上戦にもまきこまれて、多くの死傷者を出すにいたったが、敵の攻撃による死傷以外に日本軍からも殺害されるという、予想もしなかった悲劇があらわれたのである。(195頁)


「予想もしなかった悲劇」。

当時のひとにとっては、予想もできなかったにちがいない。

自分たちがまさか日本帝国軍によって殺されるとは。

日本帝国軍によって殺されたのは、沖縄の市民たちだった。

ところで、ここでまた驚くべきことに、
軍隊によって沖縄の市民が殺されたことを、
まるで軍人の代弁者のように正当化するひとがいるのだという。

それはいったい誰か?

あの曽野綾子である。

帝国憲法がいかに君主中心主義の外見的立憲主義憲法であろうとも、その発布のときの告文に「八洲民生ノ慶福ヲ増進スヘシ」、その上論にも「朕ハ我カ臣民ノ権利及財産ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ」とそれぞれあって、帝国憲法といえども、国民の生命を守ることを大前提とした立法であることを明示している。曽野の主張は、作戦要務令綱領という軍隊内部の掟が、日本国家の法秩序に優先する最高規範であるかのように考え、軍が国家の法秩序内の存在であることを忘れた謬論といわざるを得ない。(235頁)


ここから分かることは、
日本帝国の軍隊は当時の「大日本帝国憲法」でさえも守っていなかったということだ。

国民もまた当然軍隊が自分たちの安全を守ってくれるものと信じていたからこそ、「肩をならべて兄さんと、今日も学校へ行けるのは、兵隊さんのおかげです」と子どもたちに歌わせていたのではなかったか。(236頁)


しかし実際には沖縄の市民は、その兵隊さんに殺された。

それでも戦後の日本は生まれ変わったのだ、という意見もある。

「過去は過去だ」などというワケの分からない意見もある。

しかし、そのような暴論がまかり通るはずもない。

日本国家の戦争責任は、公法人としての大日本帝国とその継承者としての日本国が全面的に責任を負わねばならず、責任が消滅するものではない。(241頁)


当然のことである。

しかし、公法人としての国家という、法律上の権利・義務の主体にとどまる抽象的存在のみに戦争責任をすべて吸収させて終りとすることはできない。法人を運営するものはその機関としての自然人であるから、当時の日本の国家機関の地位にあって、違法・無謀の戦争を開始または遂行する権限を行使ないし濫用した自然人個々人にも、また責任のあるのは当然である。(242頁)


その筆頭に、天皇ヒロヒトがいることは、言うまでもないだろう。

天皇の戦争責任についてはどうか。帝国憲法第三条の君主無答責の規定により、天皇に法律上の責任を問う余地のないことは明白である。しかし、それは国内法に関するかぎりであって、外国からの責任追及を免除する国際法上の根拠はない。(258頁)


このように述べて、
さらに国内的にみても政治的・道義的責任は免れない、とする。

1975(昭和50)年10月31日に天皇と日本記者クラブとの会談がおこなわれ、その実況がテレビによって放映された。その席上『ロンドンタイムス』記者中村浩二が「陛下は、いわゆる戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか、おうかがいいたします」との質問を発し、天皇は「そういう言葉のあやについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます」……などと答えている。(261−262頁)


これが、大元帥天皇ヒロヒトの発言である。

これを思い出すたびにヘドが出そうである。

さらに、A級戦犯と言われるひとたちにも、重大な責任がある。

そこまでは、バカでも分かる。

問題はそのほかの人物にどのような責任があるのか、である。

右は、15年戦争についての特に重要な国家意思の決定と軍事力行使とについての、主として最高当局者の責任を考えてきたのであるが、戦争期間の中・下級の権力機関の地位にあった者については、文武官を通じて、たとい違法無謀な戦争であったにせよ、形式的に有効な国内法上の手続きを経て決定された戦争の遂行に関し上司の命令にしたがい、職権濫用を自らおこなわず部下にもおこなわせない態度で忠実に職務に従事したかぎり、法律上の責任を問うことはできないが、道義上の責任は本人の良心の問題として残るのではなかろうか。そうではなく、形式上有効な権限の行使であったとはいえ、自ら積極的に無謀な作戦を発案して多数の部下をむざむざと無意味な死に追いやった第一線の高級指揮官やその幕僚とか、部下の残虐行為を放任看過した上級下級の指揮官とか、国民の自由・権利をいちじるしく圧縮する立法を企画・推進したり、人民に対する弾圧を積極的に実施したりした行政・司法官吏とかについては、本人の良心による自己批判に任せるにとどめることなく、被害者である国民からの責任追及がなされて然るべきであると思う。まして自ら被侵略国・占領地域・植民地の人民、ならびに日本の一般人民に対し、虐殺・強姦・暴行・拷問・傷害・放火・財産破壊・掠奪その他の加害行為を直接に加えた文武官は、下級の職にあった者であっても、きびしい責任を問われるのが当然であろう。(249頁)


ここは、著者の評価がだいぶ甘い。

道義的な責任だけで済むはずはない。

帝国議会の議員として、積極的に戦争政策推進の活動をした人たち、ことに「翼賛議員」として当選した人たちの責任も重い。……国会議員として戦争政策追随以外に選択肢がなかったとは言えないと思う。(250頁)


国会議員の責任も、当然のことながら、重い。

……15年戦争下の裁判官たちが、どれほど侵略戦争と国民弾圧とに積極的自主的に加担していたかが、端的に知られるであろう。(251頁)


意外に忘れられているのが、この裁判官たちの戦争責任である。

戦時中の政治指導者やメディアの責任については、
よく取り上げられる。

しかし、どういうわけか、裁判官の戦争責任についてはほとんど取り上げられない。

次に、学校の先生たちの戦争責任である。

……児童の教育にあたる際の教師の裁量の自由は、教育内容に関するかぎり皆無に近かったにせよ、毎日の児童との人格的ふれあいのなかで積極的に侵略主義や狂信的日本主義を吹きこむ方向に熱意を傾注するか、できるだけ冷静に普遍人類的道徳と理性とを忘れない態度を堅持するかでは、児童に与える影響には大きな相違が生じたはずであり、前者の道を選んだ教師の責任は免れない。教師は、同じ下級官吏である巡査のような、裸の権力行使の任をもつものではないとはいうものの、児童に対しては権力の側に立ち、事実上権力をふるうことができたのであり、ことに児童の心の中までを左右する影響力をもっていたのであるからには、肉体的な弾圧を加えて人民を畏怖させるに終った巡査よりも、軍国主義教師のほうがいっそう重い責任がある、と考える余地もあるのではなかろうか。(252頁)


心ある教師たちは過去の自分の言動を強く反省したのだが、
大多数の学校の先生たちは敗戦直後からころりと態度を一変させた。

そして「マッカーサー万歳」を叫んだ。

「天皇万歳」から「マッカーサー万歳」へ。

「万歳」のカメレオン的転回である。

陸海軍刑法には「戦地又ハ帝国軍ノ占領地ニ於テ住民ノ財物ヲ掠奪シタル者ハ1年以上ノ有期懲役ニ処ス。前項ノ罪ヲ犯スニ当リ婦女ヲ強姦シタルトキハ無期又ハ7年以上ノ懲役ニ処ス」という規定があるし、刑法は殺人罪・傷害罪などの罰条について帝国外においてこれを犯した帝国臣民に適用すると定めている(第三条)のであるから、兵士といえども、駐屯地・占領地・戦場で自ら進んでおこなった残虐行為についての法律上の責任は免れない。(253頁)


これも重要な指摘である。

日本帝国による数々の残虐行為・不法行為に対して、
「戦争だったのだから仕方がない」という屁理屈をこねるひとがいるが、
それらは当時の日本の国内法にさえ違反していたのである。

そのことを彼らはわざと見逃す。

だからわたしたちは、日本の過去の戦争行為を曖昧化させようとするひとたちを、
躊躇なく「うじ虫」と呼ばなければならないのである。

つづく





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