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zoom RSS 家永三郎『戦争責任』(岩波書店)@

<<   作成日時 : 2009/01/27 12:23   >>

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教科書裁判で有名な家永三郎による「戦争責任」論である。

必読書である。

とくに日本のことをよく知らない若者は読むべきである。

この本は現在「岩波現代文庫」に入っているはずなので入手しやすいと思う。
ただしわたしは単行本で所有しているので、そちらのページ番号で紹介する。

長くなると思うが、大事なところを拾ってみたい。


********************************


近年の日本では、戦争責任をまるごと否定する論調が多くなってしまった。
恥知らずな日本の、これが「はしたない」現状である。

日本の閣僚をはじめ、国会議員やその他の政治家たちは、
靖国神社への参拝を繰り返している。

彼らは何のために行っているのか?

靖国神社に祀られている「英霊」に参拝するためである。

「英霊」とは正当な戦争での功績ある戦死者を賛美する呼称であり、後続の軍人への「英霊」となる覚悟を促すはたらきをもつ用語であり、「英霊」顕彰は将来の戦争への心理的布石としての役割を演ずることになろう。(19頁)


だから、靖国参拝は単なる「神社参詣」ではない。

過去の戦争を正当化する行為である。
そして、後の世代を戦争に駆り出すための行為である。

だからこそ、靖国参拝が大問題になっているのである。

靖国神社は、A級戦犯合祀だけが問題になっているのではない。

「靖国神社に参拝することは日本の文化だ」などといった、
根本的に間違った印象を持つことは「無知」以外の何ものでもない。

日本人のなかには、次のように考えるものもいる。

「過去の戦争行為はひどいものだったが、仕方のないことだったのだ」と。

「そういう時代だったのだ」と。

バカなことを言ってもらっては困る。

そもそも「戦争の惨禍」は、天災地変のような、人間の意志によらず、また人力をもって予防も阻止もできない自然現象によって生じた被害と異なり、人間の意志と行為とによって開始され遂行された戦争という社会的事件の結果であるからこそ、その責任が問題となるのである。(23頁)


戦争は自然現象ではない。

ところが、日本政府には戦後一貫して、
戦争責任を曖昧化し罪を否定しようとする欲望が働いていた。

戦後日本政府は一貫して侵略戦争と認めない態度を固執し、首相その他の政府高官は国会で侵略戦争と認めよとの要求を常に言を左右にして拒み続けてきたが、教科書検定での「侵略」抹殺がついに1982(昭和57)年に中国で大きな憤激をまき起こし、中国政府からきびしい抗議を受けるにおよんで、さすがの日本政府もようやくこれまでの教科書検定の方針を「是正」して教科書に中国「侵略」と書いても合格させる措置をとらざるを得ないはめに追いこまれたばかりでなく、同年8月6日の衆議院文教委員会で文部大臣小川平二の口から、「苦渋に充ち」た口調ではありながら、中国との戦争は「侵略戦争でありました」と国務大臣としては最初の言明をおこなうにいたったのである。……あまりにも国家としての自己批判がおそすぎ、しかも外国からの抗議を受けてしぶしぶ「是正」するにいたったのは、日本国民として遺憾千万であり、日本人自らの力で政府の姿勢を「是正」させることのできなかった責任を痛感しないではいられない。(56頁)


ここには、国民としての「責任」に対する筆者の自己批判がある。

その誠実な自己批判が、著者に『戦争責任』という大著を書かせたのである。

また、当時、戦争へと突き進んだのは仕方のないことであり、
他に方法がなかったのだという意見も、まったく正しくないものである。

これらはわずかに一端の例示にすぎないけれど、このように日本人の間からも、中国を戦争によって屈伏させることが到底不可能であり、侵略の中止以外に解決の道のないことを主張する声があったにもかかわらず、日本の政府も軍も、いたずらに中国占領・傀儡政権支持に固執してついに対英米開戦まで惹起する結果となったのであるから、謀略に基づく侵略戦争を開始し、正しく提示された戦争の中止、中国の自主的統一発展への友好的援助という選択の道を故意に選ばなかった点において、重大な責任を免れないことは明白である。
 戦争の開始と継続という全体的政策において責任があったばかりではない。戦争の遂行過程において中国軍民の生命・財産、中国女性の貞操に与えた被害は、はかり知れないものがあった。その被害の正確な統計は求め得べくもないけれど、1970年に台湾で出版された林則芬『中日関係史』によると、中国軍人の死傷者415万人、民間人の死傷者2000万人、民間人の家を失い流亡する者1億人と記されているとのことであって、これを紹介した『昭和の歴史5 日中全面戦争』の著者藤原彰が、「一般民衆の被害が大きいのが特徴である」と注意しているとおり、日本軍によって中国の民衆がどれほど悲惨な運命につき落されたかを、私たち日本人は永く肝に銘じておく必要があると信ずる。(65−66頁)


日本は、戦争という道を「選択」したのである。

ほかに方法がなかったというのは、明らかに無知に基づく誤りである。

1900(明治33)年に日本が批准した毒ガスの禁止に関するヘーグ宣言、1925(大正14)年に日本が署名した毒ガス等の禁止に関する議定書に照らし、毒ガスの使用は確立された国際法において禁止されていたことが認められるので、日本軍の毒ガス作戦による中国軍民への加害行為は、道徳的にとどまらぬ法律上の責任をも負わねばならない。(77頁)


当時日本自身が署名した国際法にさえ、日本の行為は違反していたのである。

道徳上の責任にとどまらず法的な責任も免れない、
というこの指摘はきわめて重要である。

弁解の余地は微塵もないのだから。

次に筆者は、「大東亜戦争肯定論」を取り上げる。

そして、それがいかに根拠のないものであるかを示している。

第一に、もし日本が真にアジア諸民族を帝国主義的支配から解放しようと考えていたのであったならば、まず日本自身が植民地として支配していた朝鮮を独立させ、台湾を中国に返還すべきであった。……自国が欧米帝国主義政策の尻馬に乗って植民地支配を堅持しながら、欧米帝国主義からのアジアの解放などとどうして主張できるのか。……朝鮮・台湾を植民地として支配していながら欧米の植民地の一掃を叫ぶことの矛盾は、何人の目にも明白ではないか。
 第二に、中国との戦争がどのような角度からみても侵略戦争であり、それまでにすでに関東州を租借し、満州・東部内蒙古を半植民地化していた日本帝国が、さらに全中国を日本の植民地同然の状況に置こうとするために15年にわたる戦争が続けられていたのであった。……中国に対し帝国主義戦争を推進し、中国民衆に残虐行為をほしいままに加えていた日本にアジアの帝国主義からの解放などを唱える資格のないことは、これまた何人の目にも明白であろう。
 第三に、朝鮮・台湾・中国を除く、南方アジア諸民族に対して日本は真の解放者であったか。なるほど独立国であった朝鮮の植民地支配や同じく独立国中国への侵略と異なり、日本の南方占領が、一時的に欧米列強の植民地支配を切断したことは事実である。しかし、それは決してそれらの地域の諸民族を日本をふくむあらゆる帝国主義支配から解放するためにおこなわれたものではなかった。……中国侵略を継続するための戦略物資獲得のために対英米戦争を賭しても南方地域を占領する必要にかられて「南進」が実行さたのである。欧米列強の支配からの解放というのは、その真の目的をカモフラージュするための美辞麗句にすぎない。(118−120頁)


だから、欧米の帝国主義からアジアを解放するために日本は戦ったのだ、
という「大東亜戦争肯定論」は、恥知らずで盗人猛々しいというほかない。

……これで見れば、フィリピンとビルマとだけは独立させるが、軍事・外交・経済などは日本の「協力ナル把握下ニ置」くところの、「満州国」類似の「独立国」とするにとどめ、その他はインドネシアをはじめすべて日本の「領土」とするというのであるから、いわば欧米から植民地を奪って日本の植民地とするだけのことにすぎない。これが「大東亜共栄圏」の実質的内容であったのであり、帝国主義支配からの植民地諸民族の解放などとはおよそ似ても似つかぬものであったのである。戦後にこれらの地域の諸民族は独立を実現した。しかし、はじめから日本の侵略と戦い続けてきたフィリピンのゲリラやヴェトナムの独立同盟にせよ、またはじめは日本軍を歓迎しこれに協力したが、その正体を看破して反旗をひるがえしたビルマのオン−サンたちや、ついに日本の傀儡に終ることを肯んじなかったインドネシアの独立運動家たちにせよ、いずれも日本の植民地支配的軍政とたたかって独立を実現したのであることを忘れてはならない。アジア諸民族の解放が日本のもたらした恩恵であるかのごとくいうのは、まったく真実を転倒させるものとのそしりを免れないのである。したがって、これら南方諸民族を「大東亜共栄圏」の美名のもとに征服し、各項で具体的に述べたとおりの禍害を与えた日本が、これらの諸国に対し戦争責任を負わねばならないのは当然である。(122−123頁)


アジア各国が戦後独立を果たしていったのは、
言うまでもなく彼ら自身が戦い独立を勝ち取ったからである。

これを日本のお蔭などというのは、図々しいにもホドがある。

しかしまた、広島の被爆者代表が国際連合で核廃絶を訴えた帰途「真珠湾を訪れたとき、一行は現場にいあわせた一団のアメリカ人観光客から冷たく厳しい視線を浴びせられ」、「期せずして『ノーモア−パールハーバー、ノーモア−ヒロシマ!』と叫ぶと一斉に拍手が湧き起り現場の雰囲気が一変したそうで」、この人たちは帰国後「やっぱり私たちは加害者だったのですね!」と述懐したという事実……も見られるのであって、むしろ日本人が率直に日本国家の戦争責任の自覚をアメリカ人に示すときに、相互の戦争責任の自覚を新たにさせ、世界平和の確保への道を開くのに役立つことを学ぶべきではなかろうか。(142−143頁)


原爆の評価については、ほかに書くべきことがあるのだが、
自国の加害責任を直視せずに他国の加害責任だけを追及することはできない、
という事実は誰でも確認できるだろう。

西部軍では、日本内地を空襲したのち撃墜されて捕獲された米航空機搭乗員8人を九州帝国大学医学部第一外科の教授石山福二郎の生体解剖の材料に供して殺害している。(147頁)


この話は、戦後、遠藤周作が『海と毒薬』(新潮文庫)で描いている。

アメリカ人捕虜を生きたまま解剖したというおぞましい実話である。

ところが、信じられないことに、この犯罪行為でさえ「仕方のないことだった」と
正当化する無茶苦茶な人物がいるという。

誰だろうか?

そのひとの名を「上坂冬子」という。

……関係者を綿密に取材した上坂が「あの時代を体験した人間の一人としてそれを告発、糾弾というかたちで書き記すだけでは治まらない思いがある」とか、「あの時第一外科教室の医局員は一体どうすればよかったのか。(中略)ああするよりほかに仕方がなかったのではないか」とかの感想を散見させているのには、いずれにも同感できない。……この行為が、たとい戦争中だとはいえ軍隊外の大学医学部で4回にわたり冷静な計画のもとにおこなわれている重大性を「区々たる事件」として些細なことであるかのように表現するのも、医師の筆に成る著作としてあるまじきわざである。(149−150頁)


なお、ここで「医師の筆」と記されているのは、
上坂とは別の人物による事件の文章を指している。

わたしが被害者遺族だったら、
上坂冬子を同じ目にあわせてやりたいと思うであろう。

次に、日本人の間で広く共有されている、
ソ連に対する根強い批判について著者は取り上げている。

日本人の間には、ソ連は「日ソ中立条約」を一方的に破棄して
日本を攻撃してきたのだとして、ソ連を批判する意見が多い。

わたしも小さいころから、このような「歴史」を大人から何度も聞かされてきた。

しかし、本当にソ連が一方的にわるかったのだろうか?

カンチャズ・張鼓峰・ノモンハンの三事件を一貫するものは、日本軍の対ソ挑発であり、トハチェフスキー元帥処刑などの内紛によって国情不安定の状況にあったソ連の弱味を見通した「威力偵察」と認められるのである。(158頁)


大陸における日本の行為については、多くの日本人がどういうわけか黙殺する。

仮に百歩を譲り、違法とまでは言えないと仮定しても、日本がかような背信行為に出た以上、1945(昭和20)年のソ連の対日開戦を非難する道義的資格のないことだけは明白である。形式的には日ソ中立条約がソ連の宣戦布告時にまだ有効であったとしても、日本は実質的に1941年7月2日の御前会議決定と「関特演」実施によって中立条約の一方的破棄の準備を実行していたからである。
 防衛庁防衛研修所戦史室長野村実は、『増刊歴史と人物 実録・太平洋戦争』に掲げた「太平洋戦争 通説の問題点」において、次のように述べている。
 「日本では、上は閣僚から下は家庭の主婦まで、ソ連を非難する場合に、ソ連が終戦の直前に日ソ中立条約を侵犯して日本を攻撃したことを挙げる。
(中略)日本は、ドイツの攻撃が計画どおり短期間に成功して、ソ連が崩れそうになった場合には、シベリアに攻め入ろうとして、関東軍特種演習と称して動員兵力を満州に集中して、その機会をうかがったのである。
 日本が対ソ攻撃を断念したのは、日ソ中立条約のせいではなく、ドイツの攻撃が予期どおりに進展しなかったからである。日本も、日ソ中立条約侵犯の未遂犯の位置にある。
 ソ連の対日進攻の現実から、本心からの結論として、ソ連の不信のみを引き出すのは、国際社会で生きていくのに、あまりに感情的である。」
 防衛庁の高級職員であり旧帝国軍隊の将校であった人でさえ、はっきりと「関特演」を「日ソ中立条約侵犯の未遂犯」と断言しているのに徴しても、上記の卑見が決してエクセントリックな結論でないことに同意していただけると信ずる。(164−165頁)


反共イデオロギーに洗脳されてしまうということは、怖ろしいことである。

本当は「日ソ中立条約」を破棄したのは、日本自身だったのに。

つづく







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