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zoom RSS 高木仁三郎『市民科学者として生きる』(岩波新書)

<<   作成日時 : 2008/12/28 01:39   >>

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自伝のように書かれていて、読みごたえのある本である。

大学で核化学(放射化学)を学んだ著者は、卒業後、企業に就職する。

就職先は、東芝・三井系の日本原子力事業株式会社(NAIG)だった。

そこで、放射性物質の研究をつづけていく。

しかし、そんな日々を送っていると、だんだん慣れて来る。とくに仕事が面白く成果が上がってくると、実験に熱中し、放射能など怖がっていられないという気持になっていく。この時、自分としてはまったく矛盾した状況に置かれていたのだが、そのことに思い至らなかった。
 一方において、私は放射性廃棄物の挙動があまりにも複雑で分っていないことが多いと思い、その基礎の研究を充実しなくては安全は確保できないと思っていたわけだが、その研究にのめりこめばこむ程、他方で自分の身のまわりの放射能の安全には鈍感になっていた。(79−80頁)


仕事への慣れだけではない。

日本の企業の特殊なあり方が、「個」を認めないのである。

私の体験的仮説からすれば戦後の民主教育の基本精神は、企業というシステムの中に入ったとたんにその教育効果によって、漂白され、失われてしまうのではないだろうか。(87頁)


個人の自律、個の確立、自主性、人権などの理念は、企業によって粉々にされる。

多くのひとびとは、「会社とはそういうものだ」と「現実」を受け入れていく。
「現実とはそういうものだ」と自分に言い聞かせて会社の従順なしもべとなっていく。

しかし、高木仁三郎はそうではなかった。

山へ行っても、海へ行っても、私は、人工の放射能に出会った。地上の泥でも岩石でも海底の泥でも表面から下の方に下がった部分は、さすがに人工の放射能はまったく検出されないのだが、どの試料も表層のほんの一皮の部分では、セシウム−137のような核実験の死の灰の成分が検出される。(105頁)


ありとあらゆるところが、すでに放射能で汚染されていた事実に衝撃を受ける。

やがて著者の心のなかで、原子力と科学者に対する疑問が強くなっていった。

それより私の心をとらえたのは、一連の公害事件である。……とくに私にとって印象的だったのは、会社側が詳しいデータを隠し続けていたことと、水俣など多くの公害の原因調査に加わった科学者が、一部の例外を除いて、風土病説やウイルス説などの仮説を立てて企業側を擁護しようとしたことだ。(108頁)


科学者たちが被害者と対立して、企業を擁護する。
こうした科学者たちの姿に疑問を強めていったのである。

日本では、「原子炉の使用済み燃料の中から取り出したプルトニウムは、その組成上、核兵器にはならないから、本来平和的なものだ」という議論が、権威者たちの口を通じてまかり通っている。しかし、「あらゆる組成のプルトニウムが核兵器になるし、プルトニウムはそういう軍事的物質として管理されなくてはならない」ことは、今や国際的には常識化し、科学的にも確証されていることである。(177頁)


すでに有力な政治家たちの口から、日本の核武装に関する発言が繰り返されている。

かつては、そのようなことを言えばただちに大スキャンダルになった。
しかし何度も「問題発言」が繰り返されると、スキャンダルではなくなっていく。

そして現在では、日本の核武装を支持するひとが増殖している。

どうして日本は原子力発電をつづけるのか?

政府のねらいは、もはや明瞭であろう。

日本はそういった世界的な共通認識から遮断され、鎖国状態の中で軍人たちの進軍ラッパのみが鳴り響いているようだった。これはいつか来た道ではないのか。これにきちんと立ち向かえないとしたら、いったい自分は今まで何を学んで来たのか。まず、この鎖国状態を解く必要がある。(178頁)


「いつか来た道」。

歴史に学んだひとりの科学者の知性が、ここに見える。

私自身がしばしば体験したことだが、反対派には、TCIA(Tは東京電力なり東北電力なり)などと呼ばれる監視体制が存在して、たとえば私の講演会に誰々が出席したか、街頭で演説すれば、家の前に出てそれを聞いたのは誰々か、すべてチェックされてしまう。反対派の講演会には公民館も貸さないし、時には旅館から宿泊を拒絶されたこともある。(202頁)


これはもはや秘密警察と同じである。

反対派を徹底的に監視し、そのうえ弾圧する。

原子力発電は、ただの発電技術ではない。
こうした監視体制とセットになった巨大なテクノロジーなのである。

原子力事業に携わっていた筆者は、原子力に対する批判を強めていった。

そして企業をやめ、東大の研究室に移り、
やがて市民団体「原子力資料情報室」を創設した。

「市民科学者」として生きる道を選んだのである。

そこで、反原発運動の先頭に立って闘うことになる。

しかし、世の中のひとたちは、なかなか原子力発電の危険性を理解してくれない。

たとえば放射性廃棄物の処分の困難さを評して、「トイレのないマンション」という表現は、誰のつくり出したものか知れないが物事の本質をついて分りやすい表現になっていると思う。(206頁)


原子力発電に頼る日本は、「トイレのないマンション」だという。

この比喩なら、世の中のひとたちにも分かりやすい。

原発があるかぎり、「放射性排泄物」はたまっていく一方なのだ。

……原子力のような中央集権型の巨大技術を国家や大企業がひとたび保有するならば、核兵器の保有とは別に、それ自体がエネルギー市場やエネルギー供給管理のうえで、大きな支配力、従って権力を保障する。風力とかバイオマスとか太陽電池などの地域分散型のテクノロジーを軽視し、ほとんどの政府がまず原子力にとびついた(その段階での商業化の可能性の不確かさは、前述の分散型ないし再生型のエネルギーが現在もつ不確かさより、はるかに大きかった)のは、この中央集権性ないし支配力にあったと思う。その底流には、巨大テクノロジーと民主主義はどこまで相容れるかという、現代に普遍的な問題が関係している。(217頁)


原子力は人類と共存できないと述べたのは、
あの日本人初のノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹だった。

高木仁三郎は、原子力は民主主義とも相容れないと捉える。

重要な指摘だと思う。

そういえば、原子力発電推進派・賛成派のひとたちは、
ほとんど例外なく「反民主主義」的なひとたちばかりである。

自分の行った研究、開発の成果について、科学者は人類の一員として、また地域社会に生きる市民の一員として、責任を負わなければならない。(247頁)


「科学者の社会的責任」。

原子力推進の立場で研究をはじめた筆者が反原発の思いを強めたという事実は重い。

日本から原発が消えるのを見ることなく、彼は2000年、本書を書き上げた翌年に亡くなった。

核廃絶と平和のために闘った稀有な科学者であった。

いちおう言っておくが、医療者も「科学者」である。

社会的責任を忘れた科学者の何と多いことか。




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高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波新書)
当ブログは、2008年に高木仁三郎の著書を紹介している。 ...続きを見る
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2012/12/06 12:02

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