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zoom RSS 太田昌国『「拉致」異論』(太田出版)

<<   作成日時 : 2008/12/11 01:25   >>

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北朝鮮政府が日本人拉致を公式に認めて以来、
日本国内では右傾化・全体主義化・ファッショ化の嵐が吹き荒れている。

もともと日本にはそうした危険な方向へ動き出す素地があった。

とはいえ、日本のナショナリスティックな反応の仕方は、
国際社会からの信頼も失わせるほど醜いもので、あられもない暴力であった。

本書は、日本の右傾化・全体主義化・ファッショ化に抗うための必読書である。

日本天皇制に酷似した金日成=金正日親子世襲体制下の用語である「将軍様」にまつわる現象をさんざんあざ笑った直後に、言葉遣いも同じく「雅子様」や「愛子様」の映像に移行するテレビのモーニング・ショーがどれほどあったことか!(11−12頁)


まったくである。

なにが「雅子様」だ!

なにが「愛子様」だ!

なぜ特定の一族にだけ「さま」をつけなければならないのか?

最近も天皇の健康状態がどうのこうのと報道されているが、
この日本では病院をたらいまわしになって命を落とすひともいるというのに、
彼だけ、いや彼の一族は最高の医療を提供してもらえるのだ。

「拉致」問題の根源的な解決を日本社会として北朝鮮政府に要求するときには、当然にも、日本社会は未決の植民地支配問題の解決を自らの課題としなければならない。(104頁)


もっともな指摘であろう。

日本人に植民地支配問題の解決を引き受けるつもりがないのであれば、
拉致問題の解決を図ろうとしない北朝鮮政府を批判する資格はない。

金正日の「謝罪のことば」の真意は、まるで「玉音放送」後の天皇裕仁のように、自己の主張の下で/自己の名において行なわれた重大な犯罪に関していくつかの逃げ道を用意しながら、たち現われたより強大な相手との談合で自己の延命を図りたいということだろう。(157頁)


だから、金正日は、天皇のパロディである。

ある特定の民族であるがゆえに、「拉致」をなしたり、なさなかったりするのではない。どの「民族」であるにせよ、それが形成する社会の、ある特定の時代の支配体制の下で、「拉致」「虐殺」「侵略戦争」「植民地支配」「死刑」などの国家犯罪が「国家」の名においてなされるのだ。(159頁)


北朝鮮バッシングに便乗する連中には、こうしたことが理解できないのだろう。

あふれ出る「日本人の物語」の陰で、誰が、どのように排除されてゆくのか。
 私たちの現実批判は、ここに視点を定めて、さらに深く掘り進めなければならない。(164頁)


無邪気に語られる「日本人の物語」を拒絶することが、大切である。





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蓮池透・太田昌国『拉致対論』(太田出版)@
約1年前に太田昌国著『「拉致」異論』という本を当ブログで紹介した。 ...続きを見る
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2010/01/10 23:16

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