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zoom RSS 森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』(講談社選書メチエ)

<<   作成日時 : 2008/11/22 00:29   >>

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アメリカについて、わたしたちには、知っているようで知らないことがある。

本書は、宗教に熱狂するアメリカ人という側面からアメリカの姿を浮き彫りにする。

アメリカ第25代大統領マッキンリーは、
米西戦争を決意したときのことを振りかえって、
のちに、つぎのように語っている。

私は毎晩、夜中までホワイトハウスのなかを歩き回っていた。……
私はいく晩も全能の神に光と導きを祈った。そして、ある晩おそく、次のように神の光と導きが示された。
それがどのようにして示されたかは私には分からない。しかし、確かに示されたのだった。
その内容は
 @フィリピンをスペインに返すことはできない。そうすることは臆病で、不名誉なことである。
 Aフィリピンをフランスやドイツに渡すことはできない。東洋における経済的なライバルを利することは、採算が合わないことであるし、不名誉なことである。
 Bフィリピンをフィリピン人にまかすことはどうか。彼らは自己統治に適しておらず、すぐに現在のスペインの統治よりもさらに悪い状態である無政府状態に陥るだろう。
 C残されている道は、フィリピン人を教育し、高め、文明化し、キリスト教化するために、アメリカがフィリピンを統治することである。……
こうして、私はベッドに入り、眠りについた。そして、ぐっすりと眠ることができた。(30−31頁)


ここには、典型的な帝国主義者の発想があらわれている。

それだけでない。

寝る前の思いつきで戦争を決断していることにも驚くが、
この程度の思いつきを「神の光と導き」と呼んでいることにも驚く。

フィリピン人がこの文章を読んだら、呆れてモノも言えないにちがない。

アメリカと宗教の関係はどのようになっているのだろうか?

アメリカは歴史上、最初に国教制度を憲法によって否定し、信教の自由を保障した国だが、それは「政治における宗教的次元」を否定することではなかった。むしろ、政治を含む公的領域における宗教的次元は、積極的に肯定されてきた。(34頁)


どういうことだろうか?

政教分離にあたる英語は、Separation of Church and Stateすなわち、「教会と国家の分離」であり、「政治と宗教の分離」(Separation of Politics and Religion)ではない。(36頁)


なるほど。

だから、宗教的価値観の実現を政治を通じてはかる、という人びとがあらわれる。

レーガンとブッシュが勝利した3回の大統領選挙において、選挙中の論争点として主に論じられたのは、妊娠中絶の是非、公立学校での「祈りの時間」の復活の是非というような、宗教的・文化的問題であった。(60頁)


アメリカで注目されるのが、大統領と牧師との関係である。

日本人にはあまり知られていないが、ビリー・グラハムという名の牧師がとくに有名だ。

ビリー・グラハム牧師とアイゼンハウワー大統領以降の歴代大統領との関係は、アメリカ国民に彼は「大統領の牧師」であり、「国家の牧師」であるという印象をあたえてきた。(69頁)


彼は、大統領に「お墨付き」を与える役割のようである。

ブッシュ大統領が湾岸戦争の「砂漠の嵐」作戦を開始する前夜、ビリー・グラハム牧師は大統領の要請でホワイトハウスに招かれ、次の日の朝まで、そのそばに留まっていた。このことは日本ではほとんど知られていない。(69−70頁)


ここにおいて、
この記事の最初に引用したマッキンリー大統領のエピソードを、
ふたたび連想してしまうのは、わたしだけであろうか?

ニクソン大統領はビリー・グラハム牧師を特使としてイスラエルに派遣したことがあるし、最近では、クリントン大統領の親書を北朝鮮の故金日成主席に手渡したことは記憶に新しい。(70頁)


次に、アメリカと言えばモルモン教である。

アメリカにおける宗教の歴史を振りかえると、特定の宗教集団にたいする社会的な弾圧が現実に存在してきた。そのもっとも顕著な例が、モルモン教にたいする弾圧であった。
 ……あのリンカーンが、ことモルモン教にたいしては連邦軍を派遣してまで、それを弾圧しようとしたのである。(105頁)


日本人にもモルモン教の名はよく知られている。

しかし、彼らの思想内容はあまり知られていない。

なぜモルモン教はアメリカで弾圧されたのか?

モルモン教はどのような思想を抱いているのだろうか?

湾岸戦争にたいしては、アメリカのカトリック教会とプロテスタントの主流派(メインライン)とよばれる諸教派はそろって経済制裁による解決を主張し、武力介入には反対した。しかし、モルモン教会は一貫してブッシュ大統領の決定を支持し、武力介入に賛成の立場を貫いた。(105頁)


戦争を積極的に支持する宗教団体だった。

ベトナム戦争当時、アメリカの多くの教派は戦争反対の立場を打ち出した。しかし、モルモン教会は海外伝道の義務を一時停止してまで、若者を兵役に就かせたのである。
 今日、モルモン教は「超アメリカ的」(super-American)な宗教であると受けとめられている。モルモン教はコカ・コーラとならんでアメリカを代表する存在と受けとめられている。(106頁)


これほど国家権力につき従う宗教団体なら、
弾圧された経験はどのような理由からなのかが不思議であろう。

スミスの暗殺をも含めてモルモン教にたいする弾圧の原因は、モルモン教が採用していた一夫多妻制(ポリガミー)にあったと一般にいわれている。(110頁)


この「スミス」という人物は、モルモン教の創始者である。

……ユタ州の中絶禁止法が全米でもっとも厳しい内容であるように、最近のモルモン教の姿勢は、キリスト教の超保守派であるファンダメンタリストの立場に非常に近い。すなわち、家族、勤勉、禁酒、愛国心を重視し、中絶、ホモ、婚前交渉、ドラッグ、酒、たばこ、ギャンブルに反対するという立場である。(122頁)


「ホモ」という表現は筆者によるものだが、もうちょっと配慮があっていいのではないか。

ともかく、これでモルモン教の思想内容はおおよそ想像がつくというものだ。

「アメリカ的生活様式」がいちおう定まった19世紀後半、アメリカ社会が工業化を進展させていた時代、工場での労働力として「新移民」が千万人単位でアメリカに移住してきた。
 いわゆるWASPとよばれる「旧移民」は、自分たちの生活様式こそがアメリカ的なのであり、「新移民」の持ち込んだ異質の生活様式はアメリカの統一を乱すものとして排斥しようと努めた。これがいわゆる「ネイティビズム」である。K・K・K(クー・クラックス・クラン)もこの思想に立つ団体の一つである。
 19世紀末から20世紀にかけて、カトリックは「ネイティビズム」の差別の対象となった。その理由は、カトリックが「外国の宗教」であり、「アメリカ的でない」というものであった。また第二次世界大戦後の冷戦の時代、1953年から54年にかけて、「マッカーシズム」の嵐がアメリカ社会に吹き荒れたとき、弾圧の対象になった者は「非アメリカ的」であるという理由で弾圧された。(126頁)


カトリックが差別される側であったというのは、日本人にとっては、意外かもしれない。

次に、アーミッシュについて。

アーミッシュといえば、映画『目撃者 刑事ジョン・ブック』にも描かれた、
伝統的な生活スタイルを守りつづけている人たちである。

アーミッシュは伝統的に、紛争の解決に裁判を使うことを認めてこなかった。国家と教会の分離が彼らの基本にあり、自分たちの内部の紛争は、自分たちで解決するということが彼らの立場であった(聖書の教えから、宣誓を拒否するということも、アーミッシュが裁判に関わることのできない原因であった。彼らはそのために、陪審員になることも拒否している)。(139頁)


さらに、モルモン教とはだいぶちがうのが、次の点である。

アーミッシュはアメリカに移住してきて以来、良心的兵役拒否を続けてきている。(141頁)


アーミッシュは、アメリカ人にとって特別な魅力を放つ存在のようだ。

どうしてか?

アーミッシュがアメリカ人を引きつける理由の一つは、アーミッシュの平等主義、反インテリ主義(アンティ・インテレクチャリズム)、反聖職者主義にあるように思われる。
 アーミッシュはセクト的宗教ではあるが、1人のカリスマ的な人物によって指導されている宗教集団ではない。(143頁)


次に、右翼系の宗教団体について見てみよう。

白人優越主義者たちの団体としては、たとえば「アーリア国家」(Aryan Nations)、「愛国主義者」(Patriots)があるが、彼らは国連や国際主義がアメリカを支配することに反対し、いわゆる「新世界秩序」的な考えかたを拒否する。彼らはかつての「強力なアメリカ」を夢見ており、連邦政府が国連との協調や、世界の諸国との協調を進めようとすることを、アメリカを弱体化するための陰謀であると理解している。(174頁)


この本では、人民寺院やブランチ・デビディアンなども取り上げられている。

これらは集団自殺したことで知られている団体である。

どうやら「反連邦政府」という思想的な共通点を持っているようである。

それにしても、次に紹介する右翼系団体の「妄想」はすごい。

思わず笑ってしまうものばかりだが、彼らは本気のようだ。

国連はロスアンゼルスのマフィアと手を組んで、アメリカ人民を武装解除させようと画策している。国連軍の侵入の準備をするために、黒い色のヘリコプターが最近、西部諸州の上を飛び回っている。

最近の化学薬品の流出事故は、国連が家に押し入り、武装解除を容易にするための訓練である。

デトロイトの地下のかつて岩塩を掘っていた洞穴に、ロシア軍が潜んで命令が下るのを待っている。道路標識の裏に付けられた、小さな色付きのバーコードは、侵入軍のための標識である。

インディアナポリスの鉄道修理工場跡に、反連邦政府的政治思想を持った人びとを焼却するための施設が建設されている。(174−175頁)


現実離れした「陰謀説」は、こうした連中に特徴的なものである。

普通はこれを読めば、「バカじゃないか」と思うだろう。

しかし世の中には、「へえ、そうなのか」と納得してしまうバカがいるのだ。
困ったものである。

ちなみに、「陰謀説」といえば、田母神俊雄元航空幕僚長も同じであった。

「日本が侵略国家だというのは『濡れ衣』であり、
すべてコミンテルンの陰謀、蒋介石の陰謀、アメリカの陰謀であった。」

と「最優秀賞」(!)を受賞した「論文」(!!)で述べていた。

田母神をはじめとする日本の右派・ナショナリストたちの「妄想・虚言」は、
上に記したアメリカの右翼たちと同レベルの「妄想・虚言」である。

妄想としか思われない、このような情報がまことしやかに語られ信じられる背後には、連邦政府に代表されるような、現在のアメリカを支配している人びとは、自分たちとはまったく違った価値観を持っている人びとであるという、「草の根」の人びとの欲求不満があると思われる。(175頁)


欲求不満は、正しい敵に向かって発散されなければならない。

こんな妄想に付き合わされる方はたまらない。

次に挙げるのは、反進化論の動きである。

1981年には、アーカンソー州とルイジアナ州の2つの州で創造科学法案が可決され州法となった。これにたいしてアメリカ市民的自由連盟(ACLU)は、政教分離を規定した憲法に違反しているとして裁判に訴え、最終的には1987年に連邦最高裁判所は、ルイジアナ州の創造科学法は違憲であるという判決を下した。判決の理由は、創造科学は科学ではなく、特定の宗教の信条を科学として教育するものであるというものであった。(184頁)


「創造科学」(creation-science)とは、「科学」とは程遠い内容の反進化論のことだ。

筆者によると、新宗教右翼には3つの特徴があるという。

@ 世俗的人間中心主義(humanism)への批判

A 伝統的な家庭を守ること(Pro-family)

B アメリカ至上主義

@は、つぎのような内容を含んでいる。

……公立学校での祈祷の時間の復活、進化論と並んで「創造科学」を教えることの要求、キリスト教主義学校の教育内容にたいする政府の干渉拒否……。(210頁)


日本の教育における右傾化は、政府によって「上から」強制されているが、
アメリカの場合は「下から」の右傾化である。

第二の伝統的な家庭を守ろうとする主張としては、人工中絶反対、男女同権法案反対、ホモの権利を認めることへの反対、家庭の教育に対する公権力の介入への反対などである。ドラッグやロック文化やポルノに対する反対も、それが伝統的な家庭の価値を否定したり批判したりしているという理由からであった。(211頁)


また筆者は「ホモ」と書いているが、書き方に配慮してほしい。

第三のアメリカ至上主義については、……単純な二元論的理解によって、自由主義諸国をキリスト陣営、共産圏を反キリスト陣営と理解し、アメリカに敵対する勢力は神に敵対する悪魔であると認識していた。悪魔にたいしてはいかなる手段も正当化されるのであり、軍備の増強支持や核兵器削減への反対の背景には、このような世界認識があったのである。(211頁)


こんな幼稚な二元論で国際社会を理解してもらっては困るのだが、
単純なだけに信じてしまうひともいるのだろう。

アメリカ人の宗教熱はすさまじい。

しかし、日本人がこれを見て、
日本人はアメリカ人とちがって宗教から解放されていると思ったとしたら、
それは誤りであると、筆者は述べている。

95パーセントの人びとが神を信じていると答えるアメリカと、人口の3分の2の8千万人が初詣に出かける日本は、どちらも宗教的である。
 初詣だけではない。大掃除をして新しい年を迎える準備をし、初日の出を拝んだり、NHKの「ゆく年くる年」を見て、「新しい時」を獲得したと感じられる日本人の在りかたは、たとえ、日本人自身がそれを宗教的であると感じていなくても、りっぱに一つの宗教的在りかたなのである……。(272頁)


なかなかおもしろい本であった。






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。森先生が助教授だった頃の弟子で、ゲイです。
この本の年代を考えれば、「ホモ」という記述は仕方ないと思います。
http://chambre.jog.buttobi.net/
北夙川不可止
2010/07/06 04:24
◆北夙川不可止さま

はじめまして。お返事がすっかり遅くなってしまって失礼いたしました。

森先生のお人柄をよくご存知のお弟子さんなのですね、どうもありがとうございます。ただ、この本の奥付を見ると、出版されたのは「1996年」ですね。とすると、この時期ならやはり配慮があってもよかったころなのではないかと思いました。もちろん自戒をこめて申しております。
影丸
2010/08/24 00:07

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