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zoom RSS 吉田裕『日本の軍隊』(岩波新書)

<<   作成日時 : 2008/10/08 19:45   >>

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本書は、日本の軍隊がどのようにつくられたのかを分かりやすく解説している。

そして同時に、日本の近代化の分かりやすい解説にもなっている。

1873(明治6)年1月、徴兵令の布告によって、「国民皆兵」の理念を掲げた徴兵制が日本にも導入されることになった。しかし、この時の徴兵令には、戸主及びその相続人、官吏及び所定学校の生徒・卒業生、代人料270円を上納する者、などに常備兵役を免除する広範囲な免役条項が存在していた。このため、徴兵を忌避する者は、この免役条項を最大限に利用した。例えば、養子に行って長男となるなどのやり方である。また、この当時の軍隊の主たる任務も士族の反乱や農民一揆の鎮圧にあり、その兵力数も小さなものでしかなかった。(17頁)


徴兵逃れをたくらむものがいるのは、どこの国でも同じだろうが、
ここでとくに重要なのが、軍隊の役割である。

主たる任務が「士族の反乱や農民一揆の鎮圧」だったと書かれているように、
はじめから軍隊は「国民の生命」を守る存在ではなかったのである。

だから、「軍隊は国民を守る」などと思い込んでいるひとは、
端的に言って無知であり、愚かである。

軍事力を強化すれば「国民の安全」が確保できると考えるひとは、
無知であり愚かであり、そして率直に言って狂っている。

軍隊の銃口は、外国人とともに、自国民にも向けられるのである。

軍隊は、武力を持った組織であるだけではない。
ひとびとの前近代的な身体も改造していくための装置だった。

どういうことか?

これは、「時間秩序の問題」につながる。

……近代の日本人は、「日程表に従って、定時に、集団で、定式化された行動(軍事訓練から食事・排泄・休息など生活行動まで)を一斉にすること」を「平時の軍隊生活において訓練された」……。(19頁)


それまでの日本人には、時間に従って機敏に行動する習慣がなかった。

「時間厳守」にうるさい日本人は、つい最近まで、
「時間」を守るという近代的な観念を持ち合わせていなかった。

だから日本人の身体を、時間に従順なものに作り変える必要があった。

集団生活を通じて徹底的に身体を作り変えるのが、軍隊という組織だった。

確かに、近代化の初期の段階では、どこの国の経営者も、労働者の欠勤や遅刻、就業時間内の不規律に悩まされた。このため時間的規律の習慣を身につけた労働者を新たに創り出すことが経営者側の大きな課題となった。日本の場合もこの点は全く同様であり、すでに時間的規律化が達成された欧米人の眼には、日本の労働者は怠け者に映った。こうした中になって、軍隊は、工場・学校とならんで、人間を近代的時間秩序の中に馴致してゆく重要な場となっていたのである。(20頁)


欧米人の眼からすると、日本人は怠け者に見えた、
というところがおもしろい。

規律化された時間をまだ身につけていない日本人は、
欧米人から見れば「怠け者」「野蛮人」に見えたということだ。

そして、この欧米人の差別的な視線は、
こんどは日本人からアジア人に向けて反復される。

日本人がアジア人に対して「怠け者」という印象を持つのは、
こういう「からくり」があるのである。

一般の農民を兵士として教育し、訓練してゆく上での大きな困難の一つは、身体の規律化だった。近代という時代は、それに適合した身体をあらたにつくり出すことを必要としたのである。(23頁)


これは「ナンバ歩き」に関わることである。

明治初期の「日本人」たちは、現在の私たちのような歩き方をしていなかった。

右手と右足を同時に前へ出して、前かがみに歩いていた。
これが「ナンバ歩き」だ。

また靴を履くという習慣もなかった。

さらには、整列行進などの習慣も当然のことながら、なかった。

今でも小学校などで「運動会の行進」の練習が行なわれるが、
これなども考えてみればきわめて軍国主義的である。

だから、これらの前近代的な「日本人の身体」を近代的な身体に改造した。

これが軍隊の果たした役割であった。

さらに軍隊組織の維持・運営にとって重要だったのが、
言語の標準化であった。

このあたりの本書の解説が、近代化の手ごろな解説になっている。
ぜひ読んでみていただきたい。

ところで、軍隊内部で使用されていた特殊な「兵隊言葉」というのがあった。

それが普通の日本語として定着したものもあるという。

例えば、「残飯」、「点検」、「たるんでいる」、「ボサッとしている」、「処置なし」、「ハッパをかける」、「気合をかける」、「割喰った」、「適当にやる」などがそれである。(29頁)


なるほど。

よく「たるんでいるぞ」などと子ども恫喝する大人がいるが、
彼らは軍隊にノスタルジーを抱いているひとびとだったのである。

……洋式兵制とともに採用された軍人のザンギリ頭と軍服としての洋服は、それ自体が封建的な身分秩序への挑戦を意味する存在だったのである。(32頁)


「ザンギリ頭」は、封建的な身分秩序への挑戦だった。

なるほど。

右翼や保守派は、ここでハッキリさせていただきたい。

明治以前の前近代的なものを評価するのか。
それとも、近代的なものを評価するのか。

彼らはこれらを無意識に混同するから、タチがわるい。

「武士道」を理想化するのであれば、封建的な身分秩序を肯定することになるから、
「ザンギリ頭」を否定しなければならない。

「武士道」が大好きなひとは、ただちに「ちょんまげ」にしてほしい。

そして、配偶者には「お歯黒」を強制していただきたい。

そして、近代的な軍隊を否定しなければならない。

もし近代的な軍隊を理想化するのであれば、
「武士道」を否定しなければならない。

どちらがいいのか、ハッキリさせていただきたい。

さて、本書の内容に戻ろう。

徴兵逃れについて、先ほど述べたが、
具体的にどのような方法があったのかが本書に紹介されている。

よく聞くのが「醤油のイッキ飲み」だろうが、次のようなものがあった。

詐病例である。

「卵黄を外聴道内に注入し化膿性中耳炎を疑はしめしもの」、「角膜を刺傷又は火傷せしめて角膜翳〔角膜の濁る病気〕を作為させるもの」、「魚鱗を角膜に貼して角膜翳を作為せるもの」、「右示指〔人差し指〕を故意に長日間伸展位若は屈曲位に緊縛し置き該指の萎縮、強剛を作為せしもの」などがあった。最後の事例は、小銃の引き金を引く人さし指の障害を装ったものである。(60−61頁)


いろんな方法を編み出すものなのだな、と思う。

角膜を傷つけるのは痛そうだからやめるとして、
卵黄を耳に少々流し込むくらいならできそうだ。

みなさんも、今後のためにぜひ参考になさってほしい。

次に取り上げるのは、軍隊内部における「暴力」である。

さらに、初年兵にとって深刻な問題は、古兵によって行なわれる私的制裁だった。私的制裁とは、一種のリンチだが、直接の肉体的暴力から精神的な「いじめ」に至るまで、様々なタイプがあり、上官の眼が及ばない内務班が、その恰好の場となった。……私的制裁は建て前の上では厳重に禁じられており、「ビンタは、刑法上の暴行罪であり、鼓膜が破れたら傷害罪」だった。しかし、暴行罪は親告罪であるため、難を逃れる初年兵が古兵を刑事告訴するなどということは、実際にはありえなかった……。また、軍幹部も強い兵隊をつくるための必要悪であるとして、これを事実上黙認したのである。(105頁)


軍隊は、外部に対して暴力をふるうだけではない。

その内部においても暴力を惹起するのである。

ところで、「梅干主義」というのをご存知だろうか?

わたしは知らなかったのだが、陸軍で根強かった考え方だそうだ。

……「梅干主義とは『何でも腹一杯に食へばよい。品物は何でもかまわぬ。料理法なんかどうでもよい。野戦的〔中略〕にやればよい。食事のことに顧慮するのは愚の骨頂だ、前へ前へだ。過去戦勝は梅干の握飯で勝つたのだ』と唱へるものを意味」していた……。(108−109頁)


これが「梅干主義」か。

ということは、石原慎太郎や麻生太郎などは、
「梅干主義者」ではなさそうである。

「高級ワイン」などを飲みやがって、根性がなさすぎるのではないか?

わたしは、彼らに「梅干主義」を叩き込みたい誘惑にかられてしまう。

みなさんの周りに、うまいものを食べながら右派を気取った連中がいたら、
彼らからうまいものをするりと取り上げて、
「貴様、梅干主義を知らんのか!」と怒鳴りつけてやっていただきたい。

軍隊は日本の近代化の象徴的な存在だった。

ところで、日本の近代化過程における内面的・主体的推進力としての「立身出世主義」の存在に注目した見田宗介は、民衆の「立身出世主義」的な上昇欲求を体制内化するために二つの経路があったと指摘している。つまり、民衆の上層に焦点をおいた「学校系列とそれによる官員登用のルート」、すなわち「現実の誘導水路」と、篤農二宮金次郎を準拠像とした精神主義的な「金次郎主義」、すなわち民衆の下層までをもカバーする「観念の誘導水路」である……。(120頁)


ここでいう「立身出世主義」は、内向きの論理だ。

「出世のためなら何でもやる」

「市民がどうなろうと環境がどうなろうと関係がない」


そう考えるからだ。

日本の現在のサラリーマンたちにとって、
この「立身出世主義」は、依然として大きな精神的な価値観である。

だから彼らは、
ちょうど日本軍の兵士たちが出世のために法を平然と破ったように、
出世のために、会社のために、法を平然と破るのである。

企業不祥事の根は深いと見るべきであろう。

現在の日本の問題を考えるうえでも、本書は重要である。













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