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zoom RSS ドゥルシラ・コーネル『“理想”を擁護する』(作品社)

<<   作成日時 : 2008/10/17 16:14   >>

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筆者は、アメリカの著名な政治学者である。

彼女が「擁護」しようとしているものが何なのかは、
本書を読めば分かるのだが、
この本でおもしろかったのは終わりの2章だ。

ひとつは、「黒衣の女性たち」について書かれた部分である。

「黒衣の女性たち(Women in Black)」。

まるでウイル・スミスが主演して宇宙人を退治するハリウッド映画のタイトルのようだが、
黒衣をまとった彼女たちは一体誰なのだろうか?

1988年1月、パレスティナのインティファーダからほんの1ヶ月後、イスラエル人の女性の小さなグループが、パレスティナ人の抵抗に対するイスラエルの攻撃に強く心を痛めて、行動を起こす決意をした。週に1回、同じ時間と同じ場所(大きな交差点)で、彼女たちは黒い服を着て、白い文字で「占領をやめろ」と書かれた手の形をしたプラカードを掲げた。(217頁)


イスラエル人の女性たちが、自国の政府が行なっている侵略行為に抗議したという。

彼女たちこそが「黒衣の女性たち」である。

イスラエルの女性たちがヨルダン川西岸へと勇敢にデモ行進して行き、戦死したパレスティナ人の男性や女性たちのために沈黙の徹夜祈禱をする時、そしてニューヨークで、別のイスラエル人の女性たちのグループが過去5年間に殺されたパレスティナ人の62%は12歳以下であることを悲惨にも思い起こさせるプラカードを掲げ、彼らとその母親たちのために涙を流す時、彼女たちは裏切り者、売春婦、レズビアンと呼ばれる。それは彼女たちが、それらの敵を、想像しうる限り最悪の獣たちとして扱うことを拒むから、それらの敵たちのことを人間として哀悼するからである。(224頁)


何と勇敢なひとたちなのだろう。

彼女たちの行なっている抗議行動は、
ただプラカードを掲げて徹夜で祈祷するというだけだ。

そして、犠牲となったひとびとの命のために涙を流すだけ。

石を投げるのでもない。

火炎瓶を投げるのでもない。

ただじっとそこに立ち止まって涙を流して祈祷するのである。

何と勇敢なひとたちなのだろう。

完全に非暴力の抵抗である。

しかし、彼女たちに対して暴言を吐くひとたちの、何と卑劣なことであろう。

例えばセルビアでは、セルビア政府がセルビア人の民族的優位性に関する人種主義的プロパガンダを展開し、それによってセルビア・ナショナリズムの民族浄化キャンペーンに火が点くと、「黒衣の女性たち」は勇敢にもベオグラードの公共の広場に立った。セルビアの「黒衣の女性たち」は、まさにイスラエルで行われたのと同じ徹夜祈禱を実施した。……それを行っている間女性たちは、「善良な」ナショナリストの男性たちから投げかけられた蔑称――裏切り者、尻軽女、レズビアン、売春婦――を喜んで引き受けた。(218頁)


この男どもが投げかけているあまりに貧しいボキャブラリーと、
彼らの恥知らずな性差別(セクシズム)的な言葉をしっかりと見ておこう。

それにしても、何と勇気のある彼女たちの行動であろうか。

今日、「黒衣の女性」たちは世界中の至る所に見ることができる。ドイツでは、「黒衣の女性たち」はネオナチに反対するデモを行い、外国人労働者に対する完全な市民権を要求し、ドイツが完全に非武装のままであるべきことを執拗に主張する。インドでは、「黒衣の女性たち」は、宗教の原理主義者たちによる女性への虐待を終わらせることを求めて徹夜祈禱を行う。彼女たちはまた、パキスタンの姉妹たちと結束し、インドとパキスタンの間の政治的、宗教的、民族的分裂を修復する橋渡しをしようとしている。(219頁)


徹夜で祈祷する。

犠牲になった女性たちのために。

そして、「敵」と見なされているひとびとのために。

さらには、「人間」としてさえ見られることのないひとたちのために。

こうした精神にもとづいた抵抗運動は、日本にもあるという。

日本の沖縄では、軍事暴力に反対する沖縄女性行動(Okinawa Women Act Against Military Violence: OWAAMV)と呼ばれるフェミニスト団体が、「黒衣の女性たち」の精神の下に、安全保障のためのプログラムを明示的に展開している。(226頁)


もうひとつ興味深かったのは、
筆者自身に関わる出来事である。

1996年『ニューヨークタイムズ』紙に、
パラグアイで赤ん坊たちが盗まれているという記事が掲載された。

グラディス・ゴメスという名の女性の話である。

 グラディス・ゴメスの靴は擦り切れ、指の爪はぼろぼろになり、ブラウスは裂けていた。しかしポケットに入れている、約3年前に姿を消した娘の写真だけは個人のお守りのようにプラスティックケースに包んでいたので、きれいな状態のままだった。23歳のミス・ゴメスによれば、彼女は1993年8月28日の夜、近くにすんでいる名付け親のところを訪ねる際に、14ヵ月の娘シンシア・カロリーナをいとこに預けておいた。数時間後、ミス・ゴメスが帰ってくると、彼女のたった1人の子供は消えていた。親戚たちの言うところでは、いとこが、国際養子にシンシアを売ったというのだ――このいとこは子供を売った容疑で拘留されている。(239頁)


養子縁組のシステムが、じつは子どもの売買に利用されているのである。

子どもを買っていくのはもっぱら裕福なアメリカ人だ。

海外の子どもを養子に迎えることに関しては、
たしかマドンナのケースがアメリカでは問題になっていたと思う。

ところで、どうしてこの記事を著者が引用しているのか?

それは、著者自身がパラグアイから養子をとっていたからなのだ。

1993年の4月に娘を養子縁組しようとパラグアイを最初に訪れた時、私は養子縁組の問題の間違った側に自分が立っているという事実に当惑した。私はグランデ・ホテル・デル・パラグアイに泊まっていた。それは暑い夜だった。ホテルの外の通りはデモ参加者で溢れかえっていた。彼らは、「ヤンキー、ゴー・ホーム!」、「子供の誘拐者!」、「パラグアイの子供はパラグアイのものだ!」と主張するプラカードを掲げていた。合衆国の市民はホテルを出ないように、さもないと危険なことになると言われた。(241頁)


パラグアイのひとたちの怒りは、もっともであろう。

人口わずか400万人のパラグアイは1995年までに、合衆国に養子を最も多く提供する国となっていたのである。(241頁)


しかし、先進国のひとたちは、彼らの怒りを想像することもできない。

なぜなら、途上国から先進国にもらわれてくることは、
その子どもにとって良いことにちがいないと彼らは考えているからだ。

移民・帰化局の役人が、養子になったパラグアイの子供たちは人生で「すばらしい宝くじに当たった」と話すのが耳に入ってくる。なぜなら私たちが彼らに、究極の商品、世界で一番望まれている賞品である合衆国市民権(U. S. citizenship)を与えたからだ。(239頁)


この話を読んだとき、
先日問題になった日本人夫婦によるインドでの代理出産のことを思い出した。

日本人の男性医師とその妻は、インドで代理出産をすることにした。

アメリカなどで行なうよりも格安でできるからだと言われている。

しかし、夫婦は離婚してしまい、
元妻は生まれた子どもの受け取りを拒否しているという事件である。

この事件では、夫婦の身勝手さがもっぱら注目されたと思うのだが、
それとともに考えなければならないのは、インド国内の反応だった。

というのも、インドでは、この赤ん坊の出国を拒否する運動が起こったからだ。

彼らから見れば、日本人が行なっていることは「人身売買」にほかならない。

およそ200万円のお金で赤ん坊を買ったのである。

この事件については、いずれルポか研究書が出るであろう。

それが出たら、また記事を書きたいと思う。

こうした状況について、思想家としてコーネルは何を考えたのか?

それは本書を読んでいただきたい。

子供の保護と国際間養子縁組を尊重する協力関係に関するハーグ条約(THC)は、1998年に成立した。THCは、条約を促進、監視する、国際法に関するハーグ会議によって推奨された。THCの目標は、「国際的な養子縁組のミニマルな基準を打ち立て、参加国の間での承認と、子供及び生んだ両親、養子を迎える両親双方の利益を守り、非合法な人身売買を防ぐことにある」。合衆国はまだTHCを批准していない。(242頁)


ちなみに、わたしの知るかぎり、日本もTHCに批准していない。

ところで、この章の註に次のような説明があった。

以前のINS(移民・帰化局)は、現在国土安全保障省に統合されている。(281頁)


これを見てぎょっとした。

「国土安全保障省」とは、
「9・11同時多発テロ事件」のあとにブッシュ大統領が、
テロ対策のために創設した新しい省である。

「移民・帰化局」が、その「国土安保省」に統合されているというのだ。

アメリカ政府のこの露骨なシステムに、思わず恐怖を感じてしまった。














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