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zoom RSS 佐藤卓己『八月十五日の神話』(ちくま新書)

<<   作成日時 : 2008/09/03 02:14   >>

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きょうは何の日だか、ご存知だろうか?

いや、すでに日付が変わってしまったので、
正確に言うと「きのうは何の日だったか?」となるのだが。

【問題】 9月2日は何の日だろうか?

【正解】 「日本の敗戦記念日」


おや?

日本の終戦記念日は「8月15日」なのでは?

そう。

「8月15日」が「終戦記念日」だというのは、じつは「神話」なのである。

「八月十五日の神話」。

本書は相当に話題になったので、
すでに読んだ方も多いかもしれない。

玉音放送を聞きながら、うなだれる日本国民の姿。

そんな姿を写した写真を見たことが、誰でもあるだろう。

しかしその写真は、じつは捏造されたものだった。

そんな話から、この本は書き始められている。

「8月15日」。

あの日は暑かった。

そう語り継がれてきた「終戦記念日の記憶」。

しかしそれはメディアによって作り上げられた「記憶」だったのである。

さて、「終戦」にいたるまでの経過を辿ってみよう。

同〔8月〕14日午前10時50分、天皇は最高戦争指導会議と閣議の連合会議を招集し、再び「聖断」によってポツダム宣言受諾が確定され、午後8時天皇は終戦の詔書に署名した。(78頁)


ポツダム宣言の受諾は、8月14日だ。

翌15日正午、天皇が朗読した終戦の詔書の録音がラジオで放送された。新聞に掲載されたこの詔書の日付も、8月14日である。終戦の詔書という文書を根拠とするならば、終戦記念日は14日にならねばならない。(79頁)


ということは、8月15日というのは、
天皇がラジオ放送を行なったというだけの日である。

ところが、戦後の日本人は「8・15」を「終戦記念日」として記憶している。

なぜなのだろうか?

本書は、この「なぞ」を解き明かそうとする。

では冒頭で挙げた「9月2日」は、何があった日なのだろうか?

アメリカの対日戦勝記念日、いわゆるVJデイは、いうまでもなく9月2日であった。(81頁)


なぜ「9月2日」なのだろうか?

それは、戦艦ミズーリ号で降伏文書の調印が行なわれた日だからだ。

……近代戦争の伝統からすれば、日本の終戦記念日も休戦文書調印の9月2日ということになる。これが「グローバル・スタンダード」であり、外国の歴史教科書の多くはそう記述している。(84頁)


なるほど、客観的にいえば、そういうことになるだろう。

……戦後の日本人は玉音放送の8月15日を終戦記念日と記憶し、戦艦ミズーリ号で降伏文書調印が行われた9月2日の降伏記念日を忘却した。しかし、国際的に見れば今日でも連合国の多くは9月2日を対日戦勝記念日(VJデイ)としている。(52頁)


まとめてみよう。

8月14日 ポツダム宣言受諾
8月15日 天皇の玉音放送

9月02日 降伏文書の調印(戦艦ミズーリ)


以上のようになる。

なぜ天皇のラジオ放送の日を国民的に「終戦記念日」として記憶するようになったのか。
このことを明らかにするのがこの本の目的である。

そこそこおもしろい本であるという程度。

見逃せない問題点もある。

中国における戦争記念日の記憶は、
日本の影響を受けた結果であると著者は指摘しているのだが、
それはあまりに自国中心主義的な見方であろう。

ほかにも歴史的事実としておかしいと思うところもある。

ただ、高校野球と軍隊の話は、わりとおもしろかった。

たとえば、なぜ他のスポーツと異なり高校球児だけがいまだに「坊主頭」であるのか。なぜ、女子マネージャーを排する試合中の「女人禁制」が頑なに守られていたのか。(157頁)


たしかに高校野球の世界は、そこだけアナクロニズムである。

以前このブログでも、
高校野球の『常識』」の不可思議について書いたことがあった。

筆者によると、高校野球ははじめから「戦争」とのつながりが深いという。

どういうことか?

ちなみに、1915年の第1回大会から、朝日新聞では野球を戦争のアナロジーとして読者に解説していた。塁はもともと「基地(ベース)」「拠点」と示す軍事用語であり、「攻撃軍」「守備軍」が「戦場」(球場)で行う「決戦」(試合)の描写は、戦争報道そのままであった。(158頁)


「一塁刺殺」

「併殺」

「二死満塁」

「本塁へ生還」

なるほど、これらの野球用語は、そのまま「戦争用語」である。

そのように考えてみると、「犠打」も「戦争」というか「軍隊内のいじめ」を連想させる。

毎日第1試合前には球場内全員が宮城(きゅうじょう)遥拝、皇軍兵士の武運長久とその英霊のために黙祷を捧げ、愛国行進曲を唱和し、試合開始のサイレンのかわりに進軍ラッパが吹かれた。(159頁)


筆者は、作田啓一『高校野球の社会学』(1964年)を引きながら、
戦後の高校野球は「国民的宗教儀礼」であったと述べている。

 つまり、内野ゴロでも一塁にヘッドスライディングをする高校野球の敢闘精神と旧日本軍の玉砕突撃は同じ集団儀礼と理解できるのである。もちろん、先の戦争で戦地に赴いて散華した球児も多いが、各県代表という方式は県単位で行われた徴兵による師団編成や一県一社の護国神社(1939年招魂社から改名)と相似である。開会式の入場行進を「学生野球の父」飛田穂洲)は「日本魂の行列」と書いているが、確かに学徒出陣を彷彿とさせる。開会行進の先頭は日章旗であり、優勝旗の生地は「天皇旗」と同じ皇国織(綾錦織り)でつくられていた。年功序列、大声の挨拶、厳しい合宿生活は、軍隊内務班の生活にも酷似している。さらに、当の野球部員の事件ならともかくも、同じ学校の生徒の不祥事により連帯責任で出場辞退が強要されることなど、極度に「不浄」が忌まれることも、甲子園の「球宴」とお盆の「み魂まつり」の連想を容易にする。(160頁)


高校球児たちの一糸乱れぬ行進は、まるで軍隊そのものである。

監督や先輩部員による体罰(鉄拳制裁)が横行しているのも、
軍隊内部の実態とそっくりである。

そして、筆者は指摘していなかったと思うが、
高校野球の試合開始・終了を告げるサイレンは、まるで「空襲警報」である。

ここまで高校野球は「戦争」とつながりが深いのである。

このテーマは、まだまだ追究すべき点がありそうである。

ちなみに、話を戻すが、
筆者によると、
多くのアメリカ人も「VJデイ」がいつなのかを、答えることができないらしい。











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