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zoom RSS 三浦信孝編『来るべき〈民主主義〉』(藤原書店)

<<   作成日時 : 2008/09/28 01:16   >>

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民主主義をめぐる論文集である。

なかなかおもしろかった。


ポストモダン後の思想の共和国(三浦信孝)


基本的人権という考え方は、近代になって生まれたものである。

1789年8月の「人と市民の権利の宣言」が「人は生まれながらに自由であり権利において平等である」と宣言してはじめて、人々は身分や門地、人種や民族、宗教の違いを越えて、権利において平等な市民になった。基本的人権の保障は人が市民になってはじめて実現された。市民権こそ人権の基礎である。(17頁)


しかし、フランス革命には、限界があった。

1789年の人権宣言は、その後19世紀、20世紀を通してマルクス主義やフェミニズムから、白人でブルジョアの男性の権利を定めたものにすぎないと批判された。(18頁)


こうして、人権の対象が、労働者、女性へと広がっていった。

人権思想は普遍性を獲得していった。

しかし、人権思想はいまさまざまな問題に直面している。

このことを分かりやすくまとめているのが、この論文だ。


内的秩序と戦争(西谷修)


テロとの戦い。

このキャッチフレーズが、戦争を正当化しはじめている。

ここでは、どのような事態が進行しているのだろうか?

「テロとの戦争」の特徴をひとことで言えば、「外部のない戦争」ということである。湾岸戦争以来、軍事行動はしばしば警察行動になぞらえられるようになった。それは、世界がひとつの「内的秩序」とみなされているということである。軍事行動は領土や統治権をめぐって起こされるのではなく、すでにある統治の秩序維持(治安)のために発動される。(24頁)


だから、アメリカの軍事行動は、
まるであらゆる紛争が自分の家の庭で起こっているかのように、
世界を股にかけて展開されることになる。

……アメリカ政府は「テロリスト」という融通無碍の「敵」を世界に認知させた。この場合、誰が「テロリスト」かを決定するのもアメリカであり、事実アメリカはそのテロリストを作っている。そしてこの「敵」は、「例外状態」のなかで剥き出しになる「主権」の全能の暴力の前に、もはやいかなる法的保護もない「無法」状態に裸で投げ出されることになる。「敵」とみなされるだけで同罪だとされ、実際このことは、すでにアフガニスタンにおける一方的空爆や、グアンタナモの収容所で現実化している。こうして「9・11以後」の状況は、まったき無権利の「罰せられることなく殺しうる者」という新しい人間のカテゴリーを「テロリスト」という規定の下に生み出したのである。このことは、ヨーロッパの法制度がこの200年にわたって紡いできた「人権」という概念を根底から危ぶめるだけでなく、「アウシュヴィッツ」をなかったことにするにも等しい事態だと言わなければならない。(25−26頁)


厳しいアメリカ批判であるが、まさにそのとおりであろう。

アメリカによって「テロリスト」と見なされた者、
「テロリスト」の疑いをかけられた者は、
殴ろうと殺そうと好きにしてよい存在にされてしまうのである。

アメリカが攻撃しているのは、人権思想そのものである。

いまや、アメリカ自身が「ならずもの国家」なのである。

そして「戦争」はいまや国家間の争いではなくなった。……それは「諸国家の社会」のわきに身を置いて「超国家」を自認する強大な権力が、個人やその私兵組織、あるいは一国の政権を握る人物を「悪」の体現者として標的にする。そしてみずからの秩序に靡(なび)かないその標的を破壊するために、無数の人びとを犠牲にすることを厭わない。それどころか大規模な空爆による攻撃と占領を、「悪」の支配からの「解放」だと主張しさえする。これが冗談でも誇張でもなく行なわれるようになる。(26頁)


何の罪もないのに殺された無数のひとびとは、
いったいどこに怒りを向ければよいのだろうか?

他方、この「ならずもの国家」に尻尾をふって求愛のダンスを繰り返す、
恥知らずなアジアの野蛮人の国がある。

日本である。

ブッシュ政権に積極的に追従する政府をもつ日本。

「テロとの戦争」への協力は、憲法体制を足元からなし崩しにする「超法規的」貢献の機会を与えているし、「安全」への「備え」の名のもとに社会管理・統制のさまざまな方途が法制化されるようになった。「9・11」事件へのアメリカ社会の反応も日本をみごとに感染させ、「犠牲」を敵意や憎悪の正当化のバネにし、「報復」をあたりまえとするような風潮が社会に蔓延している。「敵」を作り、守るべきものを押し立て、「関係」構築の可能性を抹消すること、それが今「ふつう」のこととしてまかり通っており、これもまたアメリカにならって、思慮も原則も棄てて見世物番組を作ろうとするマスメディアによって煽られている。(27頁)


「報復」を当たり前とする風潮は、
国家の暴走を止めることはできない。

死刑制度はこの文脈で捉えられなければならない。

そして、北朝鮮の「脅威」を宣伝するメディアは、
国家の暴走を煽っているのであって、
総じて日本はアメリカの世界軍事戦略に組み込まれていくのである。
















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コメント(2件)

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 新『死刑正当論」の紹介<BR>
 <BR>
 【契約主義】【生命に関する八種の公理命題】といった未知未見未聞の思想・生命観に基づいて構築された新しい『死刑正当論』を紹介します。<BR>
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 掲載順位のトップ(第1位)に【死刑正当論(公理命題死刑論)】とありますので開いてみて下さい。<BR>
 また、URLは、<BR>
 【http://www1.odn.ne.jp/shikei-ron】<BR>
 です。<BR>
<BR>
竹本護
2008/09/28 22:52
◆竹本護さま

なんですか、これ? 

正体不明のサイトに誘導したり、宣伝したりするようなワケのわからないコメントは、無視します。さようなら。
影丸
2008/10/01 19:18

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