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zoom RSS 金富子/中野敏男【編著】『歴史と責任――「慰安婦」問題と1990年代』(青弓社)・続

<<   作成日時 : 2008/09/26 00:00   >>

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前回のつづきです。


南部アフリカに「真実和解委員会」が残したこと(永原陽子)


この論文では、「真実和解委員会」が取り上げられます。

これも歴史における「責任」が問われる事例だからです。

「真実和解委員会」を知らないひともいるかもしれません。

これは、南アフリカ共和国の話です。

南アフリカは、悪名高いアパルトヘイト(人種隔離政策)を実施していました。

白人政権は、露骨な人種差別を行なっていました。
そして、多くのひとを殺戮してきました。

以前、『遠い夜明け』という映画をこのブログでも紹介しました。
ぜひご覧ください。

やがて、アパルトヘイトは破綻し、白人政権は崩壊します。

そして、黒人解放運動の指導者ネルソン・マンデラが釈放されます。
彼こそは新生南アフリカの大統領になる人物です。

さて、問題はここからです。

黒人政権ができて、めでたしめでたし、というわけにはいきません。

白人政権による数々の犯罪行為をどう処理するか?

新政権は、旧政権による過去の犯罪行為を
もちろんうやむやにはしませんでした。

1994年のマンデラ政権成立に至る過程で、
新旧の政権担当者間で、
真実を明らかにした加害者に対して法的免責(アムネスティ)を
与えることで合意しました。

この真実を明らかにして正義を回復するための和解の試みが、
「真実和解委員会(Truth and Reconciliation Commission以下、TRCと略記)」です。

……96年に発足したのがTRCである。委員会は、@被害の事実に関する調査・記録とその公表、A加害の事実に関する調査、ならびに加害者がすべての事実を明らかにした場合の法的免責、B被害者に対する補償の提案、の三点を任務として、約2年半にわたって活動した。(165頁)


TRCとは、過去を隠蔽せず、真実を明らかにするものだったのです。

TRCでは、真実を明らかにする目的のために、個別的な「加害」と「被害」を調査する方法をとった。これは、南アフリカに先立って真実委員会方式をとった軍事独裁体制崩壊後のチリなどで、旧体制下で政府や軍の要職にあった者を一律に免責する措置がとられたために、真実が明らかにされないまま加害者が不処罰になったことへの批判をふまえていた。(165頁)


世界では、政府による不正を明らかにする努力が積み重ねられているのです。

2004年、ドイツ経済協力相H・ヴィチョレク=ツォイル(社会民主党)は、
アフリカ南部の国ナミビアを訪問しました。

激戦地での戦闘百周年記念式典での挨拶のなかで、戦争中のドイツの行動について、「人々を土地から追い出した」「ヘレロがそれに立ち向かったとき、彼らとナマに対し、フォン・トロータの率いる軍隊を派遣し、女子供も容赦せず殺戮した」「生き残った者を砂漠に追い込み餓死させた」「収容所で強制労働させ、残虐行為を行った」などとその罪状を詳細に列挙し、「本日、私は、ドイツ植民地権力があなた方、とりわけヘレロとナマの人々に対して行った暴力行為を思い起こさなくてはなりません。私はこれらの蛮行について痛みをもって深く自覚しております。(略)当時行われた大量虐殺は、今日であればジェノサイドと呼ばれるであろうものです。フォン・トロータ将軍は、今日ならば訴追され有罪に処せられるはずでありましょう。私たちドイツ人は、私たちの歴史的・道義的責任と当時のドイツ人が犯した罪を認めます。私は、主の祈りの下に、私たちの罪に対する赦しを請うものです」と述べた。(170頁)


どうでしょうか?

ドイツはこうして今でも謝罪をつづけているのです。

このような行為が、ドイツへの国際的な信頼につながっているのです。

もっとも、ドイツといえども、その責任を十分に果たしているとは言えません。

……8月の「謝罪」は、確かにドイツ帝国がおこなった歴史的不正を詫びるものではあったが、そこでは、法的責任の問題は巧みに回避されている。(171頁)


この点はドイツの課題でありましょう。

ヨーロッパは、過去に植民地支配を行なってきました。
(本当は今も、ですが)

それに対して、被害を受けた国々から責任を追及する声が高まっています。

アパルトヘイト以前のイギリスの植民地支配の
責任に関する問いかけを見てみましょう。

たとえば、19世紀初めにイギリス人によって連れ去られ、ロンドンとパリで見せ物とされたあげく、「科学的」研究の対象としてその身体標本が長らく博物館に展示された先住民女性サラ・バールトマンの遺体返還を求めたりする動きである。(173−174頁)


先住民の女性の身体が、
博物館に見せ物として標本になって飾られていたなんて。

2007年、イギリスの奴隷貿易中止から200周年にあたり、
さまざまな記念行事がおこなわれるなかの出来事だったそうです。


紛争下の性的暴力と国際法の到達点(東澤靖)


この論文では、許しがたい話が紹介されています。

安倍首相の外交ブレーンであったその人物は、「20世紀は中国では何千万殺している。(旧ソ連の)スターリン粛清も何百万、米国も原爆やドレスデン(空爆)をやっている。日本の慰安婦なんか問題にならない」と語ったという。(177頁)


この「外交ブレーン」というのは、岡崎久彦のことです。

彼は、あの「つくる会」のシンパであり、元外交官です。

よくテレビにも登場する、人相のわるい人物です。
こんな人物を重宝がって呼び出すメディアもメディアです。

この屁理屈を見ましたか?

「つくる会」というのが、どういう人たちによって支持されいるのか、
よく分かりましたね。

ほんとうに吐き気がします。

こんな屁理屈がまかり通るのであれば、
テロでも何でも問題にはならないことになってしまいます。

これが日本の指導層の知的レベルなのです。


在日朝鮮人弾圧から見る日本の植民地主義と軍事化(金栄)


次は、日本国内で行なわれている人種差別です。

最近、東京で電車に乗っていて、不思議に思うことがあります。

かつてはよく見た「チマ・チョゴリ」を着た女学生の姿を、
ほとんど見かけなくなってしまったのです。

どうしてなのでしょうか?

原因は、「チマ・チョゴリ切り裂き事件」です。

「チマ・チョゴリ切り裂き事件」とは、1980年代後半から頻発した事件で、朝鮮学校の女子生徒の制服である民族服のチマ・チョゴリが、電車のなかで、あるいは駅ホームで、あるいは路上で何者かによって刃物で切り裂かれた事件をいう。同じ時期に次のような事件も起こっている。髪の毛をはさみで切られたり、小学生のランドセルが切り付けられたり、殴打されるなどの暴行事件が、「北朝鮮に帰れ」「死ね」「ミサイルを作っているんだろう」などの暴言、学校への放火未遂、ガラスの破損、悪質な落書き、さらにカミソリを送りつけるなどの脅迫行為、数えきれないいやがらせの電話やメール……。(308頁)


日本人としてわたしは、恥ずかしさを通り越して、
怒りを感じずにはいられません。

在日コリアンの女生徒たちは、身の危険を感じて、
「チマ・チョゴリ」を着ることがきなくなってしまったのです。

こんなことがこの日本であっていいのでしょうか?

筆者によると、事件にはいくつかの共通した特徴があるといいます。

 @「拉致被害者を返せ」「北朝鮮は悪の枢軸! 学校を爆破する」という言葉に見られるように「北朝鮮バッシング」を背景に、それらと朝鮮学校を単純にリンクさせて、暴言・暴行を受ける被害者である朝鮮学校側に非があるかのような問題のすり替えをおこない、人権侵害を正当化している。また、A「朝鮮に帰れ」という言葉に象徴されるように在日朝鮮人の歴史が全く理解されていないばかりか、B「チョン公」「三国人」「臭い」などの差別発言とともに「キムチ」「チマチョゴリ」「朝鮮語」などの民族的特徴を中傷する典型的な民族差別的言動が多い。C被害の地域はある特定されず全国に及んでおり、D暴行事件で報告された犯人は一部の右翼などではなく、「普通の人」だった。加害者は20代から30代の男性が多かったが70代の老人から、20代の女性や小学生まで含まれていた。特に近年、高校生や中学生による犯行のケースが増えている。(309頁)


立場の弱いひとにこんな暴力を加えて、恥ずかしくないのでしょうか?

どうして日本の政治家たちは、こうした卑劣な行為を非難しないのでしょうか?

どうして日本の一般国民は、こうした行為を黙って見逃しているのでしょうか?

黙って見ていることは、黙認していることであって、
それは加害者の共犯なのではないでしょうか?

こうした事件に対して、日本政府は何もしてきませんでした。

「チマ・チョゴリ差別事件」ほか朝鮮人差別に関し、国連の「子どもの権利委員会」や「人権差別撤廃委員会」などから再三是正勧告を受け、2006年9月18日には国連人権理事会で人種差別の是正が求められたにもかかわらず、日本政府は差別の事実さえ認めようとしなかった。また、政治家の差別発言が問題になっても、表現の自由を理由に処罰は困難だと開き直った。これに対して人種差別撤廃委員会から人種差別表現の自由は認められないと指摘されたのは言うまでもない。それでも、いまだに差別問題への是正措置はとられていない。(309頁)


またもや日本は国連から厳しく非難されていたのです。

これが経済大国の姿なのでしょうか?

これが先進国のあるべき姿なのでしょうか?

北朝鮮にまつわる問題が注目されるたびに、
こうした罪もないひとたちに対する暴力が繰り返されているのです。

筆者の示しているデータを挙げてみましょう。

1989年 パチンコ疑惑 20日間で48件
1994年 核開発疑惑 約3ヵ月間で約160件
1998年 テポドン発射実験 半年間で約70件
2002年 拉致事件 翌年3月までの半年間に321件
2006年 ミサイル発射実験 約1ヵ月間で122件
2006年 核実験 約1ヵ月間で55件


こんなにもあるのですよ。

すでに日本は立派な人種差別的全体主義国家です。

2006年のミサイル発射実験のときも同様でした。

前田朗はこのときの日本の過剰反応は常軌を逸したものだとしながら、「ミサイル実験を『発射』と呼び、ロシア沖に落下したのを、あたかも日本に向けて発射したかのように情報操作」がおこなわれていると述べている。さらに「朝鮮によるミサイル実験は不可解であり、東アジアの緊張を高めるので望ましくない」が、「ミサイル実験は国際法に違反していない。40数カ国がミサイルを保有している。年間百回もの打ち上げが行なわれているが、非難された国は一つもない」と、日本のダブルスタンダードを厳しく批判している。(311頁)


他国の軍事的脅威ばかりを強調するひとたちは、
自国の軍事的脅威には驚くほど鈍感です。

そして、アメリカ軍の脅威についても不感症です。

……「北朝鮮脅威論」を口実に東アジアにおける米日の軍事体制が強化されてきたが、それは言い換えるならば、北朝鮮に向けられた米日の銃口の数が増大してきたということにほかならない。日本は一発のミサイル実験に過敏に反応したが、同じ感覚をもって平壌に立って周囲を見回してみるくらいの想像力を働かせてみてはどうだろう。アメリカ本土と、在日および在韓アメリカ軍基地から数百、数千、いやそれ以上のミサイルと核兵器が平壌に向けられているのである。しかも朝米間は停戦ではなく休戦状態のままだ。(315−316頁)


まったく筆者の言うとおりです。

北朝鮮の脅威を強調したがるひとたちは、
重大な事実を意図的に隠蔽しています。

それは、韓国や日本から北朝鮮に向けられている軍事的圧力です。

それは、北朝鮮にとってはまぎれもない「脅威」です。

なぜ彼らが核開発に走ろうとするのでしょうか?

それにはそれなりの理由があるのです。

もちろんわたしは北朝鮮の核開発には反対しますが、
日本自身が与えている「脅威」に無自覚であっていいはずもありません。


アメリカ議会下院と「慰安婦」問題(荒井信一)


かつて日本には、安倍晋三という下痢気味の首相がいました。

2007年4月末、安倍晋三首相が訪米した。……翌日、ブッシュ大統領とともに臨んだキャンプデービッドでの記者会見でも、首相は元「慰安婦」に対する「心からの同情」と「非常に困難な状況におかれ辛酸をなめられた」ことに申し訳ない思いだと述べた。
『ニューヨークタイムズ』(電子版、4月28日付)は、ただちに「(首相は)どちらの言明でも、『慰安婦』問題についての責任をとらず、軍の直接の役割を否定した発言も取り消さなかった。安倍を支持するナショナリストたちの議論の核心は、慰安婦は売春婦か民間業者によって売春を強制された人々だという主張にある」と報じて首相の「同情」発言が謝罪と異なるうえ、争点をはぐらかしていることを批判した。(341頁)


安倍がまったく信用されていなかったのは、
当然のことと言えば当然のことでしょう。

しかし、こうしたところに、
日本の自称・愛国主義者の臆病ぶりが見事にあらわれています。

もし本当に自分が正しいことを主張しているのだと思ったら、
正々堂々とアメリカに言えばよかったではありませんか?

安倍は、「慰安婦」問題に関する自分の主張が、
虚偽に基いているデマだということを、じつは知っているのです。

万引き犯が、万引きが犯罪であることを知りながら万引きしてしまう、
というのと同じなのです。

殺人犯が、殺人は犯罪であると知っていてやるのと、
まったく同じことなのです。

だから、彼に向かって「正しい知識」を与えようとしても、
ほとんどムダでしょう。

法整備をして、きちんを処罰するべきなのです。

元「慰安婦」の女性たちをセカンド・レイプする「自由」など、
この世界には存在しないのです。

日本は2004年に、アメリカ国務省から「日本政府は人身取引を防ぐための努力を怠っている」(Trafficking in Persons Report, 2004)と批判され、人身取り引き撲滅のための最低基準を満たしていないという理由で監視リストに加えられた。(348頁)


日本がどういう国だと外から見られているか、
分かりましたか?

いまだに「人身売買」をしている国だと見られているのです。

そしてそれは事実なのです。

ともあれ、政府の責任を問う動きは、世界各地でますます高まっています。

この本を読むと、そのことがよく分かります。

2001年9月に南アフリカのダーバンで国連の主催で、
「人種主義、人種差別、排外主義および関連した不寛容に反対する国際会議」
が開かれました。

奴隷制や奴隷貿易を「人道に対する罪」であることを公式に認定し、
加害国の責任を問おうという試みです。

南アフリカ共和国では、先述のように、
「真実和解委員会(Truth and Reconciliation Commission)」
が実践されました。

お隣の韓国でも、同様の動きははじまっています。

1990年代からはじまった「過去清算」の営みです。

直接には光州民衆抗争に関する名誉回復と加害者処罰に
端を発した韓国での「過去清算」の営みです。

この「過去清算」では、
済州島四・三事件や光州事件などについて真相が糾明され、
大統領が国家の名において謝罪し、
名誉回復と補償の措置などがとられようとしているそうです(23−24頁参照)。

このように見ると、
韓国の方が日本よりもずっと民主化が進んでいるように思われます。

わたしたちは、韓国を見習わなければなりません。

日本はアジアのリーダーなどとうぬぼれているひとが多いですが、
気づいたら日本はアジアの中で孤立しはじめているわけです。

その理由はハッキリしています。

人権を軽視し、無責任な態度をとりつづけていることです。

このような腐敗した日本を変革するために、
わたしたちは大胆に戦わなければならないのです。












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