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zoom RSS 内藤正典『ヨーロッパとイスラーム』(岩波新書)

<<   作成日時 : 2008/09/17 01:38   >>

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ヨーロッパには、イスラム教徒の移民が数多くいる。

ヨーロッパはいまどうなっているのだろうか?

欧州各国は、移民に対してどのような政策をとっているのだろうか?

この問題を考えるのに、非常によい本である。

とてもおもしろい。

知らないことがたくさんあったのだと思い知らされる。

筆者の経歴がまた変わっている。

学部時代は、東大の「科学史・科学哲学分化」に在籍。

大学院で理学系研究科地理学に進み、
いまはイスラーム地域を研究しているという。

NHK教育テレビに登場する姿を何度か観たことがある。

さて、外国人労働者、移民、難民の増加にともなって、
それぞれの国民国家の内部は異文化が共存する空間になっている。

外国人の受け入れに対して国がとる政策は、大きく分けて2つある。

ひとつは、同化政策である。

もうひとつは、多文化主義政策である。

移民の増加という事態に対して、多くのひとは、次のように言う。

「多文化共生が大切だ」

「お互いの文化を理解し合うことが大切だ」


若者に意見を求めると、
決まって上記のようなワンパターンの答えが返ってくる。

しかし、問題はそれほど単純ではないのである。

まず、ドイツから見ていこう。

ドイツには、多くのトルコ系移民が暮らしている。

彼らは、日常どのような体験をするのだろうか?

 道路を歩いていたら、向かい側から犬を連れて歩いてきたドイツ人の女性に「ここはあなたたちの道じゃないのよ。私の犬が通る道よ」と言われた。
 電車にのっていたら駅でドアが開いた瞬間に突き飛ばされてホームに投げ出された。
 窓口で受付の仕事をしていると、ドイツ人の客が、私を無視して、「ドイツ人スタッフを呼べ」と言った。
 娘と食事をしていたら、旧東ドイツの人が娘の腕をつかんで放り投げて言った。「ここはお前たちの国じゃない。さっさとイスタンブルに帰れ。もう俺たちがここにいるんだ。」
 極右のデモではいつも「トルコ人は出て行け。ドイツはドイツ人のものだ」と叫んでいる。(42−43頁)


ドイツのことであれ、
こんな差別的なひとが世の中にいるのかと思うと、悲しくなるが、
トルコ系のひとたちは日常的に屈辱的な差別を受けている。

彼らに「出て行け」と言うのなら、
まずは世界各国に進出しているドイツ企業やドイツ人たちを
呼び戻すべきであろう。

日本でもそうだ。

外国人労働者・定住外国人に「出て行け」というのなら、
まずは各国に進出している日本人・日系企業を呼び戻すのが筋だ。

そして、世界各国で「日本人よ、出て行け」と言われても、
何も文句は言えないことになる。

分かっているのか? 日本の右派・ナショナリストたちよ。

とはいえ、ドイツでは外国人差別が放置されているわけではない。

極右政党は、しばしばあからさまに排外的な主張をして憲法裁判所によって閉鎖に追い込まれた。(30−31頁)


なぜ極右政党は解散しなければならなかったのか?

ドイツでは外国人憎悪を他の差別問題と一くくりにせず、「外国人」を敵視することと定義づけたうえで違法な行為とする。(43頁)


なるほど。

きちんと法律で外国人差別を禁止しているわけだ。

外国人を差別する自由は、自由として認められていないのである。

この点は、日本とちがう。

日本では、あからさまな人種差別主義者が堂々と首都の知事になれる。

本当ならば、刑務所に行くべきひとなのに。

トルコ系の人たちは、週末になると友達や親戚が集まって遅くまで談笑することを楽しみにする。しかし、深夜まで騒々しくすることを嫌うドイツ人は少なくない。トルコ系移民はにおいの強い香辛料、とくにニンニクを料理に多用するから、建物中にそのにおいが充満して不愉快だ。子どもが多くて騒々しい。街頭にたむろしているのが気味悪い。これらはドイツ人がしばしば口にする不満である。(32頁)


これと似たような話は、日本にもあった。

わたしがテレビでずいぶんと前に観た話である。

どこの都市だったか忘れたが、
日系ブラジル人たちが、数多く暮らす街があった。

週末になると彼らは集まってパーティを開いていた。

日頃のストレスや疲れを解消するための、ささやかな楽しみだった。

しかし、そのことで地域住民とトラブルになっていたのだ。

地域住民は、彼らの出す「騒音」を嫌っており、
彼らが道路にゴミを捨てることにも不満を感じていた。

ここで日系ブラジル人に対する「偏見」が高まっていく。

だが、そこから先がおもしろい。

地域住民たちは、日系ブラジル人たちを集めて、
定期的に会合を開くようにしたというのである。

そして、日本語をほとんど話せない彼らのために、
無料で日本語教室を開くことにしたのだ。

こうしてコミュニケーションの機会をつくった。

すると思わぬ効果が生まれたという。

一方的に彼らに日本語を教えるのではなく、
彼らからもポルトガル語を教えてもらう機会もつくるようになったのだ。

さらに、話をしてみると、
いかに彼らが日々不安を抱えながら暮らしているか、
いかに寂しく孤立して暮らしているかということが分かってきた。

また、地域のひとが誰もゴミの捨て方について
彼らに教えていなかったことも明らかになった。

こうして、コミュニケーションを重ねることで、
お互いの理解が深まっていったというのである。

これは実際に交流を深めることで関係を改善していった例である。

さて、本の内容に話を戻そう。

1992年に着たドイツのメルン、93年には西ドイツのゾリンゲンでトルコ人一家が暮らす家が焼き討ちにあい、幼い子どもを含む犠牲者が出た。(44頁)


ドイツにおける排外主義の高まりである。

右傾化は怖ろしい。

スキンヘッドのネオナチが、トルコ系住民を襲ったのである。
右傾化は怖ろしい。

ここでしっかり頭に入れておこう。

外国人差別をするのは、極右やネオナチである。

日本で同じような排外主義を唱える連中は、だから、極右・ネオナチだ。

右傾化がいかに危険であるかを、あらためて確認しておこう。

もっとも、ドイツでは、こうした排外主義的な動きに対して、
ちゃんとネオナチに反対する市民の抗議デモも大々的に行なわれる。

ヨーロッパに暮らす外国人には、どのような権利があるのだろうか?

オランダをはじめEUのいくつかの国では、国籍がなくても一定の期間合法的に滞在している外国人には、生活に密着した地方政治には参政権を認めている。(54頁)


日本では、この点もまだまだである。

ところで、スカーフ事件について、以前ここで記事を書いたが、
フランス以外でもこの問題が論争になっていた。

ドイツではどうだったのか?

2003年の末、ムスリム女性が公的な場所、とりわけ公立学校の場で教師として勤務する場合に、スカーフやヴェールなどイスラームを象徴するものを身につけてはならないという決定が、バーデン・ヴュルテンベルク州につづいてバイエルン州、ニーダーザクセン州などで相次いで下された。(71頁)


やはりスカーフやヴェールは、ドイツでも禁止の対象になっていた。

キリスト教政党は、イスラームのシンボルを追放したかったのだが、十字架とキパ(ユダヤ教徒の男子が被る帽子)が対象になると及び腰になった。(73頁)


なぜイスラームのシンボルが禁止の対象になったのだろうか?

イスラームが男尊女卑で性差別を是認する宗教だと断定し、女性が被るスカーフやヴェールを人権抑圧の象徴とみなしている。(74頁)


やはり、イスラームに対する固定的なイメージが形成されている。

個人の自由を否定することに批判的な西欧社会は、当然、イスラーム原理主義を一種の全体主義として拒否する。(74頁)


では、ムスリムの女性たちは、どうしてスカーフを被るのだろうか?

コーランには、髪を隠せという記述はない。「汝の飾りとなるところ」や「隠しどころ」を覆えとある。「隠しどころ」とは日本語的に表現すれば陰部である。ムスリム女性が、イスラームの教えどおり、髪を性的な部位と考えているなら、下半身に下着をつけてスカートなりジーンズを穿くのと同じことを頭部にもしていることになる。
 ムスリム女性が、現実になぜスカーフを被っているのかといえば、さまざまな理由がある。彼女のように、イスラームの教えに従って自らの意思で被る人もいる。嫉妬深い、あるいは所有欲の強い夫が「髪を他の男にさらすな」と命じるために被っている人もいる。両親によって、未婚の女性が髪を隠さないと「ふしだら」に見えるから被れと命じられているケースもある。これが現実である。いずれにせよ、被っている人の場合には、女性の頭髪に性的意味があると考えている人は少なくない。(79頁)


だとしたら、スカーフを禁止することは、
かえってマイナスの効果を生むのではないか?

ムスリムたちは、自分たちがドイツ社会から弾圧されていると感じることだろう。

そして、次の筆者の指摘は重要である。

意外な盲点である。

この論争に関して、ドイツ社会には見えていない点がある。髪を身体の性的な部分と認識している女性に向かって、スカーフを取れと命じることがセクシュアル・ハラスメントにあたることに気づかないのである。(80頁)


スカーフを禁じることがセクハラに当たるというこの指摘は、
たしかにほとんど取り上げられることのないものであろう。

西欧社会は、カトリックの修道女のヴェールには政治的な意味がないと認識しているので、信教と表現の自由として彼女たちに干渉しない。一方、イスラームのスカーフには、もっぱら政治的意味を見出そうとするので、執拗に干渉するのである。(81頁)


これではあまりに不合理である。

次に、オランダの事例を見てみよう。

オランダは、多文化主義を掲げている。

オランダ社会への同化を強制しない国である。

スカーフを禁止するということもない。

では、多文化主義は、異民族との共存にとって有効な政策なのだろうか?

この国の多文化主義というものを理解するうえで、たいへん重要なポイントがある。それは、他者の生きかたを権利として保障することと、他者を理解することは全く関係ないということである。まして、他者の生き方を尊重することが、他者を好きになることを意味するわけでもない。(99−100頁)


つまり、こういうことだ。

多文化主義というのは、異文化の存在を認める代わりに、
お互いが無関心でいるということを意味するのである。

すると、オランダ社会にはいくつもの分裂した集団ができあがることになる。

したがって、多文化主義というのは、
まるでアパルトヘイトに近い分裂状況を生み出してしまうのである。

これは予想外の矛盾である。

「多文化主義」を唱えれば異文化どうしの対立がなくなるというのは、
しばしばわたしたちが理想化してしまう考え方であるが、
じつはそれはまちがった思い込みだったのである。

実際オランダでも、対立は起こっていたのである。

そして21世紀を迎えるや否や、オランダではイスラームとの共生に関して注目すべき事件が相次いだ。その一つは、9・11後に次々と起きたイスラーム関連施設への暴力事件だった。モスクへの投石や放火、顎鬚やスカーフで歩いているムスリム移民への暴行や暴言は急激に増加した。暴力事件の件数は、9・11以降の1、2か月でおよそ70件に上ったという。(113頁)


異文化に対して無関心でいる社会というのは、
相互の理解も深まることがない社会だということである。

ドイツもオランダも、うまいくいっては、いないようである。

次にフランスを見てみよう。

フランスでも、やはり事件が起こっていた。

1995年、リヨンの郊外に住むハーリド・ケルカルというアルジェリア系の若者が、憲兵隊との銃撃戦の末に射殺された。この年の夏、アルジェリアでのイスラーム過激派をめぐる紛争はフランスに飛び火し、リヨンやパリで爆弾テロが続発していた。(138−139頁)


この事件を覚えているひとも多いだろう。

厳格な世俗主義・政教分離を守ってきたフランスで、
「スカーフ事件」が発生するのがフランス革命200周年の1989年だった。

象徴的な年である。

2003年の12月、シラク大統領に対して一つの答申が出された。……委員会の代表の名前をとってスタジ・リポートという。……
 答申の焦点は、ムスリムの信仰実践が公的領域に侵入することを拒否し、フランス社会が宗教的コミュニティによって分裂することを抑止する点にある。細部を見ていくと、公立学校での宗教的シンボルの禁止はもとより、公立病院で患者が性別によって医師を選んではならないと記されている。ムスリム女性が男性医師の診察を嫌がることを念頭においての見解である。(145−146頁)


どうだろうか?

ムスリムに限らず、女性患者が男性の医師を嫌がることはあるだろう。

それのどこが問題なのだろうか?

これも差別意識の根深さを物語っているのだろうか?

フランスの宗教シンボル禁止法は、ムスリムだけを対象にしたものではない。

政教分離の原則・非宗教の原理を貫いた結果である。

しかし、ここまでいくと、問題がズレているようにも思われる。

フランスには、帝国主義の時代にも、フランスの国益のために中東を犠牲にすることに痛みを感じなかった人びとと、支配を正しいとは思わないものの、「野蛮なアラブ人」を啓蒙し、近代化するためにはやむをえないと感じていた人びとがいた。いまフランスで起きている論争にも、同じような構造があることを指摘しなければならない。
 スカーフ批判には、スカーフを被っている女性たちが「イスラーム原理主義に扇動されている」という表現が頻繁に登場する。(150頁)


こうしたヨーロッパからの視線に対して、
当のムスリムたちはどのように感じているのだろうか?

彼らは、次のように反論するという。

「肌を露出したら女性が解放されて自由になるって?」
「もし、そうなら服を着ていないサルの方が文明化しているとでも言うの?」(159頁)


ごもっとも、である。

アメリカの攻撃に憤るムスリムに、「あなたは原理主義者か?」と尋ねてみるとよい。一様に否定的な答えが返ってくる。「罪もない女性や子どもまでが犠牲になっていることに怒るのが、なにゆえ原理主義にあたるのか?」というのが彼らの答えである。そもそもイスラームには「原理主義」にあたる言葉も概念もないから、ムスリムには「イスラーム原理主義者」という言葉すら理解されないことが多い。(177頁)


本書は、イスラームに詳しい研究者によるヨーロッパ社会の研究だ。

だから、イスラームに対する理解も深い。

そこが本書のおもしろいところである。

おすすめだ。














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タイトル (本文) ブログ名/日時
内藤正典・阪口正二郎編著『神の法 vs. 人の法』(日本評論社)
いわゆる「スカーフ問題」に関する研究書である。 ...続きを見る
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2008/12/15 09:21

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